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山崎春美のスーパー変態インタビュー(連載第3回)「女房の流産を心底喜んだ!? 異端漫画家 蛭子能収」

 
【解説】「ボクは妻の流産を喜ぶ男を、はじめて見たのだった」再デビューの仕掛人山崎春美による、蛭子能収初期のインタビュー。これは現在管理人が確認している蛭子能収インタビューの中でも2番目に古い。
蛭子能収恐怖伝説のひとつ「女房の死産を喜んだ」というのは、おそらくここが初出であろう。話は飛ぶが、この蛭子能収インタビューが掲載されたBilly』(白夜書房発行/後のアングラ系サブカルチャー「鬼畜系」に多大な影響を与えた伝説的なエロ本・85年廃刊)が「スーパー変態マガジン」になったのは、何の因果か本号(82年3月号)からである。その為か連載1回目の記事がやたらと多い。
 
 
山崎春美*1は、漫画家をやめていて消息不明だった蛭子さんを見つけるため、青林堂渡辺和博に問い合わせるなどして捜し出し、1979年に伝説的自販機本『Jam』(エルシー企画)で再デビューさせた張本人のひとり(あとのひとりは高杉弾)でもあるのだが、結局このインタビュー記事を最後に、TACOのCDボックス発売記念イベントで2012年に再会するまで、2人とも世紀をまたいで30年間一切会わなかったという、実に「らしい」後日談も残っている。
 

*1:『Jam』編集者のち『HEAVEN』3代目編集長。1979年に解散したロックバンド「ガセネタ」のボーカルニューウェーヴ音楽集団「TACO」主宰。このインタビューから半年後の1982年9月1日、中野plan-Bにて“ハードコアという枠を飛び越え、多くのパンクファンを色んな意味で震えあがらせた”伝説のギグ「自殺未遂ライブ」を行った。