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若者を覆う“ロリコンブーム”の仕掛人 (高取英)

若者を覆う“ロリコンブーム”の仕掛人

高取英(マンガ評論家)

ロリコン学生の殆どが童貞

現在、青少年の間に、〈ロリコン〉が流行しているという。

ウラジミール・ナポコフの小説「ロリータ」が発表されて以来、ロリータ・コンプレックという言葉が心理学上、ひとつの性的傾向を示すものとして定着した。一九五五年に出版されたナボヨフの小説「ロツータ」は、中年男・ハンパート・ハンパートが、十二歳の美少女、ロリータの性の魅力におばれていく作品である。

現在、日本の青少年の間にブームをよんでいるロリコンは、この小説のように、中年男が少女を抱くといったものではない。もっとソフトなブームであり、実際には、「二次元コンプレックス」と呼ばれるように、ほんものの少女ではなく、写真やマンガなどの、美少女を愛する傾向を指している。

ロリコンという言葉を翻訳するなら、美少女嗜好、美少女偏愛、といったところになる。もちろん、ブームをささえているのは、幻想としての少女であり、現実的にいえば、オナベットの対象でしかない。写真や、アニメ、マンガなどの美少女に対するプラトニック・ラブが、現在の青少年の間に流行するロリコンである。

すなわち、はやりのロリコンとは、観念であり、ゲームの要素を多分に含んだものなのである。

今年の二月に発刊された『ロリコン大全集』(群雄社出版・発行/都市と生活社・発売)は、ロリコンプームの青少年たちのための集大成ともいえる単行本で、初版二万三千部は完売し、現在、四万部まで版を重ねている。

この本は、八〇年から八一年にかけて自動販売機の雑誌『少女アリス』の編集長だった川本緋次氏(二十九歳)が編集したものである。

『少女アリス』の初代編集長は、当時アリス出版の社長でもあった小向一実氏であった。

ほどなくして、編集長となった川本耕次氏は、みのり出版で『官能劇画』『月刊Peke』の編集を担当していた編集者である。

ロリコン大全集』は、その川本耕次氏がロリコン本の集大成をはかったものである。

彼は、マンガ誌編集時代に知っていた吾妻ひでお氏にエロティックな美少女マンガを描かせることに成功した。

吾妻ひでお氏は、一部に熱狂的なファンをもつ、教祖であり、SFの星雲賞をマンガ部門で受賞しているマンガ家である。林寛子アグネス・チャンのファンであつた吾妻ひでお氏は、『少女アリス』に美少女マンガを連載し、ロリコンマンガファンに熱烈な支持を受けることとなったのである。

川本氏は語る。

「吾妻さんだけじゃなく、藤子不二雄手塚治虫も優秀なマンガ家は、ロリコン気質をもっています。マンガはモラトリアムなんです。みんな大人になりたくないから、今の若者はマンガを読み続けるんです。マンガマニアモラトリアム人間だから、彼らにとってSEX、イコール、ロリコンなんです。大学生は、入学した時はマザコンで、卒業した時はロリコンになります。小さい時から男女共学で育ってきたために、同世代の女にあこがれを持てないんですね。男女共学をやっていると、図々しい女性たちに幻滅しちゃうわけです。ロリコン学生のほとんどが童貞です。女は現実的だから永久就職(結婚)を求めるけれど、男はロマンチックになっていくんで、実際にはSEXできない小学生を夢として求めるようになるんですね」

一九四八年に男女共学制が実施された時、男子生徒たちは、あこがれの女子生徒と机を並べることに胸をときめかせたという。石坂洋次郎は、『青い山脈』の中で、恋文事件を描き、ほほたましい男女共学のエビソードを小説にしている。

〽若く明るい歌声に雪崩も消える花も咲く、の主題歌は、時を経て、舟木一夫の「高校三年生」によって〽僕らフォークダンスの手を取れば甘く匂うよ黒髪が、と歌われた。

映画「育い山脈」では、「僕は、新子さんが好きだ―ッ」と叫ぶ男子生徒の心情の告白に、新子も「私も六助さんが好きよ―ッ」と山に向かって叫ぶ、こだまが描かれていた。

一九六三年に公開された映画「高校三年生」では倉石功と姿美千子による高校生が、河原でキスをするシーンが描かれていた。

男女共学による恋愛の讃歌は、このあたりまでである。

一九七三年に、中学三年生の山口百恵は、〽あなたが望むなら、私、何をされてもいいわ、と歌い、「青い果実」の欲望をストレートに表現した。同世代の男子生徒たちが、もし、受験戦争に押しひしがれ、男女交際すらうまくいかなくなっていったとすれば、それとは逆に、山口百恵は、処女を恥とし、性ヘの冒険へと翔んでいく女生徒たちの心理を代表的に歌っていたと考えられる。〽あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ、と「ひと夏の経験」で歌った山口百恵は、やがて、〽くせが違う、汗が運う、愛が違う、きき腕違う、ごめんね去年のひとと、また比べている。(「イミテーション・ゴールド」)〽気分次第で抱くだけ抱いて、女はいつも待ってるなんて、坊や、一体何を教わってきたの(「ブレイパックPARTⅡ」)と歌うようになっていく。

〈16歳は体験エイジ〉と女子高生向けの雑誌が書くのに比し、男子生徒たちは、恋もできず、オナペット(「二次元コンプレックス」)に耽溺していったのだろう。

ロリコンプームを語る時、伊藤つかさ松本伊代までも含んで、マスコミはロリコンと称する。しかし、大学生が高校生のスターをあこがれとするのは極めて普通である。

ハイティーン・アイドル歌手の続出と、それに対するあこがれは、大学生や高校生をを市場とする音楽産業の戦略であり、ごく自然である。むしろ、大学生になっても、童貞のままである学生が増加し、彼らが現実に同世代の女子大生と性的な交際をせず、アイドル歌手に夢中であるという、一世代上から見れば幼児的な面がクローズアップされるべきである。

すなわち、学園闘争以後、レジャーランド化した大学で、受験勉強に力をそそぎ、肉体は大人だが、観念は子供の学生たちの〈遊戯〉のひとつが、京大のセーラー服研究会や、早稲田大学の董貞同盟などである。

 

オナペット文化の産物

青少年たちがロリコンになっていったとすれば、その原因は、彼らの〈幼児化―大人になりたくない〉とするモラトリアムと、オナニー無害論の普及にある。

七〇年代、半ばより『GORO』の篠山紀信による「激写」がヒットし、『週刊ブレイボーイ』や『平凡パンチ』がますます、ビンナップ(オナベット)雑誌化をはかり、果てはビニ本の登場に至った。「女の口説き方」を特集し、実践と理論を掲載した雑誌が、ビンナップ化していくのは、オナベットの提供のためである。

大学生や高校生の性は一部を除けば解放されてはいない。圧倒的に童貞が増加しつつある。これとは逆に、女子大生、女子高生たちの性の実践と理論化が進み、彼女たちは、「やさしさの世代」の童貞を軽蔑し、中年や一部の性的にオープンな同世代に走るようになった。ロリコンとは、性の体験前で踏みとどまる青少年たちの、オナペット文化の産物なのである。

この過程を図式化すれば、以下のようになる。

 

60年代前半

男はプロに学ぶ 女は処女尊重

60年代後半

男はオナニー無害論が普及し、合言葉は、「オナニーからセックスヘ」

女は恋愛からセックスヘ

70年代前半

男は同棲から結婚へ 女は、婚前交渉が常識化し、処女は恥だと考える

70年代後半

男はオナニーのみの童貞派が増加し、一部のみがんばる

女は、中年がステキと考え、アマチュアのセックステクニックが「婦人誌」によリプロ化

80年代前半

男は、オナニー雑誌、ビニ本に走り、ロリコン青年出現

女は、女子大生がビニ本モデルやノーバン喫茶で働くのが平気。性はますますエスカレート〈16歳は体験エイジ〉とハイティーンを誌がかく。

 

オナペットは、あくまでも、あこがれの対象であり、幻想のものである。空想の中で、自由自在なボーズを描くことが可能なものとは、現実の女性ではない。

現実の大人の女性たちに失望した青少年たちは、処女頭望の人も含めて、女子小学生ヘと対象を移動し、ロリコンとなっていったのである。

 

元祖としての「アリスプーム」

ロリコンプームに先んじて七〇年前後に、アリスブームがあつた。

テニスンのイラストで知られる「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」の作者であるルイス・キャロル(一人三二―一八九八)は、本名、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンで数学の教授であった。彼は、「ロリータ」のハンバートのように、想いをとげることが出来ず、アリスのモデルだった少女に恋し結婚を申し込み、拒まれている。ルイス・キャロルは、また、少女たちを写真に撮ることに熱中し、ヌードにして撮影もしていたと伝えられている。

このルイス・キャロルこそ、今のロリコン青年たちの元祖だったといえるだろう。

現在、編集プロダクション・カマル社の代表である桑原茂夫氏(二十九歳)は、七〇年前後に、ルイス・キャロルの少女写真を掲載した『別冊現代詩手帖 ルイス・キャロルの世界』(思潮社)を編集し、八歳の少女サマンサをモデルにした沢渡朔の写真集『少女アリス』(河出書房新社)を編集した。『少女アリス』には少女の「ワレメ」を隠すことのないヌード写真も掲載され、今では、ロリコンのパイブルと呼ばれている。

桑原茂夫氏は、次のように語る。

ルイス・キャロルを編集していて、種村季弘さんにドイツの雑誌『DU』の中に、キャロルの少女写真があるのを見せられ、オヤッと思ったのが、きっかけです。中学生の時に少女雑誌のモデルで、パレリーナのコスチュームをしていた自鳥みずえのファンだったんです。こうした傾向は、みんな、持っているんじゃないかな。アリスに関しては、性的なものがなくて、性的な感覚を呼びおこすものだったが、今のロリコンプームってのは、幼女を触りたいというか、直接的すぎて、抵抗がありますね。モデルのサマンサは、最近、来日したんだけど、公にはしなかったんです。美少女は、謎の少女のままでそっとしておきたいし、ロリコンプームにはのせたくないからです」

『少女仮面』『少女都市』といった少女ものと呼ばれる戯曲を書き、つげ義春のマンガの少女を「美わぬオカッパの少女論」として特異な少女論を展開して唐十郎は、「少年は海を前に、あらゆる冒険を夢想するのに、少女は喫茶店のTOILEの汚物缶のフタを開け、人生の終わりを覗いてしまう」(『少女仮面』あとがき)と書いている。

その『少女仮画』の編集者でもある桑原氏はいう。

「みんなバラバラで、似たようなことをやっていたんだね。当時は、少女コンプレックスなんていってたね」

 

三流劇画誌に美少女路線登場

桑原茂夫氏が中心となったアリスプームは直接的には、ロリコンプームに引きつがれな

かった。アリスプームが〈文学〉であったのに対し、ロリコンプームは、〈まんが〉のイメージが強いからである。しかし、六九年、桑原氏が、「少女コンプレックス」の集大成として編集した『少女』(河出書房新社)を、『漫画エロジェニカ』(海潮社六九年六月号)が、ロリータ・コンプレックスという言葉を使い、その後のロリコン・プームを予見する形で紹介した。

「イメージの冒険14『少女』―謎とエロスの妖精―」(河出書房新社)〈1200円〉が出版された。これは、シリーズとして、『地図』『絵本』『文学』に続く第4弾である。

とりわけ、今回は、漫性的ロリータコンプレックスが増殖しつつある、わが日本列島の状況を照射するすばらしき『少女』特集である。(略)

なにしろ当代日本列島の少女病患者である鬼才たちが論じる好エッセイにくわえて、少女絵、少女写真、少女映画が溝載されたこの奇書は、時、同じくして発行された篠山紀信の『135人の女ともだち』(小学館)が、アッとおどろくベストセラーになるのに比して、深く静かにロングセラーとして伝染病化している」

この記事は、ロリコンブームを病いとしてとらえている。いうまでもなく、「ロリコン」「ビョーキ」と二つの言葉が流行語となっていく前兆であり、冗談半分の書き方である。

アリスブームの仕掛人の桑原茂夫氏と、エロ劇画誌でロリコン路線をいちはやくとりいれる『漫画エロジエニカ』とは、こうして連らなっていたのである。

『漫画エロジェニカ』は、エロ劇画誌の中でどこよりも早く「美少女路線」をとり、性の対象として、少女にターゲットをしぼっていった。少女姦を描いた主な執筆者は、中島史雄村祖俊一、グーティ松本といったマンガ家たちであるが、現在、ロリコンまんが家と称さる谷口敬氏がこの雑誌からデビューしている。

吾妻ひでお氏に次いで、ロリコンまんがの帝王といわれる内山亜紀氏の描くキャラクターは、美少女というよりも、美幼女である。エロ劇画誌で執筆していた内山氏は『少年チャンピオン』に「あんどろトリオ」を連載し、ロリコンに市民権を与えたまんが家と称されている。彼は、幼女のおむつプレイやSMプレイを、少年誌『少年チャンピオン』でも、ポルテージをおとすことなく描いてみせ、少年たちに人気を呼んだ。これは、永井豪の『ハレンチ学園」以来、少年たちも、性的好奇心が強くなっていたことの証明である。

吾妻氏の描く少女たちがアリス(少女処女)的であるのに比し、内山氏の描く幼女は、ロリータ(少女娼婦)的である。

 

少女マンガを読むオトコのコ

ロリコンプームを層として、もっとも担ったのは、マンガの同人誌(ファンジン)である。

原丸太氏によれば、日本最初のロリコン・ファンジンは、ロリコン文芸誌を名乗った『愛栗鼠/アリス』(七八年十二月創刊号)であり、プームの引き金となったのは、七九年四月から八一年四月まで続いたロリコンマンガ誌『シベール』である。

以後、ロリコン同人誌は続出し、マンガ同人誌の即売会であるコミック・マーケットに二十~三十誌が登場するようになる。ロリコン・マンガ同人誌のいくつかがエロスの対象としたものは、アニメの『ルバン三世』に登場する美少女クラリスや、同じくアニメの『未来少年ヨナン』に登場する美少女ヒルダなどである。

ロリコンブームのひとつをささえていたのは、こうしたアニメ世代の青少年(中には少女もいた)であり、もうひとつは、少女マンガを読む青少年であった。少女マンガを青少年が熱心に読むようになったのは、「花の二十四年組」と呼ばれる昭和二十四年生まれのマンガ家である萩尾望都大島弓子竹宮恵子山岸涼子たちが七〇年前後に秀れた作品を産みだした頃からだが、ロリコンの青少年たちは、『ポーの一族』(萩尾望都)の美少女メリーベルや、『綿の国星』(大島弓子)の美少女(猫である〉須和野チビ猫なども、あこがれの対象としている。

ロリコン同人誌には、そうしたアニメ、少女まんが、少女趣味(オトメチック)、エロまんがなどの要素が入りまじった、様々なものが続出したのである。

「これらロリコン系ファンジンの中心となっている人々の多くは、大学生ぐらいの年齢である。いくつかのグループは、大学の漫研やアニメ研の、一種のダミー団体できえある。

現在のいわゆるロリコン・ファンジン・ブームは、少年・少女・成人向けとオールマイティーの人気マンガ家吾妻ひでお(前出)の力による所が大きく、同氏の影響がさらに『シベール』を媒介として一般に広まったと思うべきであろう。

そしてこのブームをきっかけとして、マンガ、ファンジンにおける性表現のタブーが打ち砕かれ、これにエロチック漫画(いわゆるエロ劇画、三流劇画)出身の内山亜紀(野口正之)などの影響も加わって、今や一種のなだれ状態にあるようである。

「東京におけるロリコン系ファンジン・ブームは1981年夏に一つのビークを迎えた」(「ロリコン・ファンジンの諸相」原丸太)

同人誌『幼少嗜好』(八〇年九月創刊)の、蛭児神建氏は、幼女姦や幼女SMを描くイラストレーターである。彼は、同人誌の販売を行なうコミック・マーケットで、ハンチング、サングラス、マスクで顔を隠し、コートで身をつつむ、不思議なスタイルで登場した。まんがのキャラクターに仮装して、若者が歩く、カーニバルの要素もあるコミック・マーケットで、蛭児神氏は、変質犯罪者ルックスでロリコンマニアのスタアとなったのである。

もちろん、これも「変質犯罪者」ごっこであり、ゲームなのである。

「まあ、なんて言うか、初めは悪い冗談でしてね。このカッコして会場の隅の方から『ニーサン、ニーサン、おもしろい同人誌あるんですがね』と……これがかなりうけましてね。」

蛭児神建氏は『ふゅ―じょんぶろだくと』八一年十月号のインタビューでそう答えている。彼は、成人女性に魅力を感じない理由として、「母性に対する嫌悪と言うんでしょうか」と答え、「少女とは守りたい存在であり、また襲わなければいけない存在である……」と語っているが、もちろん、それは、イラストの上であり、空想の凌辱者にすぎない。

彼は、『ロリコン大全集』の責任・監修者として名を出しているが、キャラクターとしての人気が買われたためであって、実際は川本穀次氏が編集した。

 

変態派、実践派は邪道?

少女写真集は、すでに五十種類は出版されている。沢渡朔の『少女アリス』以後、最も評価の高いものは、山本隆夫写真による『リトルプリテングー・小さなおすまし屋さんたち』(ミリオン出版)がある。これは五人の少女たちを様々なポーズで撮ったもので、七万部売れたといわれている。ロリコンプームの直前のことである。

十万部以上売れたといわれているのが会田我路写真による『ロマンス』(竹書房)である。その他の写真集にもいえることだが、こうした写真集の購入者は、いわゆるロリコン青少年に限らず、ふつうの大人も多いと考えられることである。すなわち、大人の女性ではスミを入れなければならない部分も、少女モデルはその必要がないために大人の女性の代償としてそれらを求めるのであろう。

「『もっとポーズを露骨にしろ…』『フレメちゃんをカットするな!』という人はたぶんロリコンではありません。ロリコンの人はそんな風に考えず『別にヌードでなくて良いからもっとかわいい子を載せろ』とか『化粧なんかしなくてよい』『ヌードよリフリルの付いた服の方がマシ』など、裸ということはそれほど重要ではないのです」(『美少女写真集コレクションーロリコンは裸にこだわらず』ムツ・カツハシ)

もちろん、どんな世界にも過激派が存在する。「あらゆるタブーに挑戦」することを主旨とした同人誌『突然変異』がそれである。

慶応大学の学生が中心となったこの同人誌は石原裕次郎の死亡記事や、面白主義的反原理研の記事などを掲載していたが、「六年四組学級新聞」として、「村田恭子ちゃんのブルマから恥毛が!?」などと、ロリコン記事も掲載していた。そのうち、『ヘイ!バデイー』(白夜書房)に「六年四組学級新聞」連載し始め、女子中学生に声をかけ、変に思われ、母親に通報され、お叱りをうけるわ、『ロリコン白書』(白夜書房)に書いた記事で刑法百七十五条に触れ、警視庁に警告を受けるなど、少々、心やさしきロリコン青年から逸脱している。

この『突然変異』は、マスコミがロリコンブームを取り上げる時、「ヘンタイ」だの「ビョーキ」だのとレッテルをはる時のかっこうの材料にされていて、テレビ朝日の「トゥナイト」でも、その点をクローズアップされた苦い経験をもっている。

ロリコンは、大別して①最も多い観念派=吾妻いでおの美少女ファンたち他、②変態派=幼女のスードを親に許可なく撮るアングラ『ベピ』の会のメンバー、③実践派=ロマン・ボランスキーの少女姦のように、犯罪に結びつくもの、に分れる。この他に売らんかなのロリコン写真集や少女ビニ本を作る金もうけ派もいる。

もちろん、『突然変異』とて、実践派ではない。しかし、多くの心やさしきロリコン青少年たちが、変態派や実践派が存在するために、世間の蔑みの目を気にしていることは事実のようである。

また、妄想として最も過激なロリコンには天使(聖なる者=少女)破壊願望が潜んでいると思われる。

 

ロリコン大学生の行く末は

ロリコンブームは、写真集、イラスト、まんが同人誌、エロ劇画誌などが混然となったものである。

八二年になって、エロ劇画家と同人誌のマンガ家とが共に執筆するロリコン専門誌『レモン・ピープル』(あまとりあ社)が創刊され、近藤昌良氏の少女写真などをメインにするなどロリコン色の強かったエログラフ誌『ヘイ!バディー』が五月号より〈愛しのロリコン誌〉とサブタイトルをいれた。しかし、『レモン・ピープル』は、部数が伸びず、頁数を増やし、豪華本となってマニアのための雑誌に変更するというし、『ヘイ!バディー』は、ロリコン誌と銘うった号の売れ行きが、かんばしくなく、〈愛しのロリコン誌〉のキャッチフレーズを今ではやめている。

再び、“静か”になっていくようである。出版社は、次のブームをさがして暗中模索している。しかし、美少女嗜好者たちがいなくなることはないだろう。ロマンテイックでセンチメンタルな若者たちがなくならない限り。

『ヘイ!バディー』の編集長高桑常寿氏(二十七歳)はいう。

ロリコンプームは、女子大生が強くなって女子高生にも幻想がなくなったことが大きいでしょうね。『ヘイ!バディー』を直接会社に買いにくる人は、学校の先生風のおとなしい人で、教え子の写真を見せるんですね、小学生は可愛いいと思いましたよ。マンガ同人誌『シベール』にかいていた人も中学校の美術の先生だって聞いてますね」

ロリコンブームを担った多くの青少年たちは、現実に少女姦を実行した映画監督のロマン・ボランスイーではなく、少女ロリータの媚態におばれたハンバード・ハンバードでもなく、少女アリスを抱くことが出来ず、少女写真撮影に熱中し、一生童貞だったといわれるルイス・キャロルに近かったのである。

所載:『創』1982年12月号