Underground Magazine Archives

雑誌周辺文化研究互助

ロリコンファンジンとは何か(80's創作同人とその周辺)──その過去・現在・未来 ロリコン同人誌界分布図の試み by 原丸太 with 志水一夫

ロリコンファンジンとは何か──その過去・現在・未来  ロリコン同人誌界分布図の試み by 原丸太

所載:『ふゅーじょんぷろだくと』1981年10月号「特集/ロリータ あるいは如何にして私は正常な恋愛を放棄し美少女を愛するに至ったか」pp.92-98

今、ロリコン・ファンジン(以下「ロリコン誌」と略す)がブームになっているようだ。この春にはせいぜい10誌ほどだったものが、現在では数10誌を算えるに至っている。ロリコン誌とはいったい何であるのか、ロリコン誌にはどのようなものがあるのか、そしてそのブームの引き鉄となった「シベール革命」(一名「シベの発現」)とはいったい何であったのか──そんなことについて、若干の考察を加えてみた。


ロリコン誌3つのベクトル

「残す」というのは、文化の基本である。誰もが焚書坑儒には賛成しないが、多くの人々は自分たちが今現在それとよく似たようなことをしているのに気が付かない。たとえどのようなものであっても、集めて分類し、記録・保存することによって文化たりうる、あるいはまた学問たりうるのである。極端な言い方をしてしまうと、歴史が書かれてはじめて、その分野は文化たりうるのだ、とも言えよう。

外国マンガ研究家のKOSEI氏によると、アメリカには、1930年代を中心にアングラ出版されて流行した、「8ページもの」と呼ばれる人気マンガのセックス・パロディーを集めて、立派な研究書を著わした人がいるそうである。ドイツの風俗研究家フックスも、戦前にヨーロッパの漫画の歴史を著わしている。諸先輩のひそみに倣って、私もこのロリコン誌を集め、分類し、そして記録しようというわけである。

私にとって、「ロリコン誌とは何か」という設問は、「何がロリコン誌と呼ばれているのか」という設問と同義である。そして、いわゆるロリコン誌及びその周辺に位置するファンジンを丹念に集めて見ていく内に、実はロリコン誌と呼ばれているものの中には、3つのベクトル方向が様々にからみ合って存在しており、それによって別図のように大まかに分類できることに気が付いた。

その3つのベクトルとは、x=メルヘンチックなあるいはオトメチックな、かわいいものに接したい(見たい、描きたい。以下同)。y=エロチックなあるいはまたセクシャルなものに接したい。z=(主にアニメの)ひいきのキャラクターに接したい。の3つである。

ロリコン誌登場以前は、この三方向はそれぞれにほぼ独立して存在していた。x方向としてはオトメチック・イラストを中心としたファンシンがあり、z方向には通常のアニメ・ファンシン、そしてy方向はフアンジンという形では存在しないかわリに成人向劇画(いわゆる三流劇画、エロ劇画)があった。

ところが、ロリコン誌は違った。x、y、zの内の二方向以上を合わせ持っていたのである。たとえば、そのブームのきっかけを作った『シベール』(東京「シベール編集部」79年4月創刊・81年4月7号で休刊、以下『シベ』と略す)は、x方向とy方向とを合わせ持ったファンジンであった。『シベ』に代表されるxy方向のベクトルを基本としたものを、「A群」と呼ぶことにしよう。A群は、「純粋ロリコン誌」あるいは「ロリコン・マンガ誌」ともいうべきものである。『シベ』の最初の2番せんじである『ロータリー』(東京「ロータリークラブ」81年8月現在6号)は、公権力より弾圧を受けた最初のロリコン誌という栄誉を受けることになった。同誌5号によると、某デザイン学校の有志数名が『シベ』を見て、「ワシらもこーゆーのやろーやないか!」ということになり、最初はコピー誌として創刊。ところが、3号を同校の文化祭で販売した所、「学校上層部から、えらい圧力がかかりました」というのである。幸い同誌は弾圧に負けることなく、5号からはオフセット化も果たして現在に至っている。『シベ』のインパクトが強かったためか、A群は数が多く、またその中にあって独自性を出そうとするためであろう、ややヒネリのきいたものも少なくない。その中で比較的質の高いものとしては、『Alice』(東京「Alice編集部」81年8月創刊)、『Collection』(埼玉「テクリス第2分室」81年8月創刊)などがある。また『LP』(神奈川「LP編集部」81年8月)は「2号は出ません」とわざわざ断わってある変わりダネ。『キャロリータ』(茨城「かーいーもんプロ」現在3号)はネーミングが群を抜いている。

A群のヴァリエイションとして最も注目されるものに、ピグマリオン・コンプレックス(人形愛)をテーマとした『人形姫』(東京「サーカス・マッド・カプセル」80年12月創刊現在3号)がある。これは強い人気を持ちながら、2番せんじの全く出てきていない特異なファンジンである。関係者の話では、もともとは以前作った自主アニメに登場した少女サイボーグが仲間内でウケたので、それを中心としたファンジンを考えていた所に、『シベ』や当時のテクノ・ブームの影響を受けてこのような形になったとのことである。『ネコリータ』(京都「倒錯社」現在2号)はネコと少女のダブル・イメージを中心としたネコ・コンプレックス(なんて言い方あるのかね?)専門誌。但し文章が多いので、むしろこれは次のA群に入れるべきかも知れない。ユニークな題名は、吾妻ひでお氏の作品にヒントを得たもの。

私がA群と名付けたのは、比較的文章が多い「総合ロリコン誌」とも言うべきもので、これにはややz方向も含まれてくる。その最も古いものは、『愛栗鼠』(東京「アリスマニア集団・キャロルハウス出版部」78年12月創刊号のみ)及びその増刊の『ロリータ』(79年4月創刊、同7月2号)と思われ、後者は「(不健全)ロリコン文芸誌」を名乗っている。同傾向のものとしては他に、同じ編集発行人(蛭児神建)による『幼女嗜好』(東京「変質社」80年9月創刊、現在3号)がある。

しかし右のような“文芸誌”はむしろA群の中でもやや特異な存在で多くは『ブレザンス』(神奈川「ハンバート」81年4月準備号、同6月創刊、現在2号)や『美少女学』(兵庫「美少女愛好会」現在3号)、『グリフォン』(大阪「RCAロリータ」81年3月創刊)、『美少女自身・美少女狩り』(神奈川「EIRISHA」81年8月創刊)などのように、間にカットやマンガを交えながら、美少女への熱き想いを語り合うというタイブのものが少なくないようだ。特に『ブレザンス』の発行元「ハンバート」が最初「シベールFC・ハンバート」を名乗っていたことにも示されているように、A群とA群の関係は、『墨汁一滴』的創作ファンジンと『マンガの虫』的FCファンジンとの関係に似たような所があると言えよう。

なおFCと言えば、吾妻ひでおFCの会誌類の中にも、例えば『どこでも会誌』(京都「吾妻ひでおFC・シッポがない」81年1月創刊? 現在2号)のように、なかばロリコン誌化しているものが見られる。最近は「私は吾妻ひでおが好きで」と言うと、「ああ、あなたもロリコンですか」と言われるそうだから、仕方のないことかも知れない。その吾妻氏が出した『ミャアちゃん官能写真集』(東京、81年8月)は、やはりA群であろうか。


吾妻ひでおの『スクラップ学園』主人公のミャアちゃんこと猫山美亜のイラスト等を収録。1981年8月のコミックマーケット18にて1600冊を6時間かけて頒布)

 

キャラクターに魅せられて

『シベ』の発現は、y方向と2方向とを持ったファンジンの出現をもうながした。これまで数あるアニメ・パロディーの陰にかくれて、細々となされていたものが、独立した一個のファンジンとして登場するようになってきたのである。これをB群と呼ぼう。ガンダムネタ専門の『AMA』(東京「アニメニア・アーミー」79年12月創刊。80年7月4号で終刊)などはその代表的なものだろう。『聖裸』(石川、現在2号)は、同じ『ガンダム』のセイラネタ・オンリー。『方程式』(神奈川、81年8月創刊)は、AおよびA群との中間に位置しているようだ。『ヴィーナス』(東京「ムーン・ライン製作室」81年4月準備号、同5月創刊、現在2号)は、ハッキリと「アニメ女性キャラクター・ヌード専門誌」を名乗った最初のファンジンだと思われる。同誌は「アンチ・ロリコン」を謳ってはいるものの、それはあくまでタテマエで、スカートのすそからロリコンが見え隠れしている。キャラクター・ヌードを中心としたものには他に、男女人間に限らずヌードのある『百鬼夜行』(発行元不明、81年8月)がある。

前出KOSEI氏は、「マンガ家は、自分の創ったキャラクターの性生活が、アンダーグラウンド出版による〈八ページもの〉でからかわれたことを怒るよりも、喜ぶべきだろう。そんなパロディが出されるということは、それだけ、そのキャラクターが、読者のものになっていることを当然のことながら、示しているのである」(「ポルノ・コミックスの系譜」『えろちか』復刊3号、73年12月)と言っている。ファンジンとヌードの出やすいキャラと出にくいキャラが歴然として存在するのは、そんな所に原因があるのかも知れない。

B群の中でやや変わったものとしては、『お気に召すまま』(神奈川、81年8月創刊、現在2号)の創刊号が、これまでアニメに登場したヌード・シーンの特集を行なっている。場面紹介及び数10枚の写真の他に、ABCの三段階表記による露出度、興奮度、必要度を評価し、またそのシーンが掲載された出版物をほぼ完璧なまでに網羅した入念なリストである。巻末にキャラクター名の索引まで付いているというのは、これはもう、一つの歴史書としての体裁を充分備えているとさえ言えよう。2号は水着・下着・バスタオル編となっているが、さすがに創刊号ほどのヴォルテージは見られないようだ。

キャラ・ヌード誌の中でもロリ・キャラ専門のものはB群とすべきだろう。これには、『アニベール』(東京「シベール編集部」81年4月)がある。『のんき』(東京「おとぼけ企画」80年12月創刊、現在3号)は、創刊号でガンダム・ギャルズ・ヌード特集、2号でセイラ・マス特集、そして3号でロリコン特集(ヒ、ヒルダちゃーん♡)を行ない、もっぱらキャラ・ヌード路線を歩んでいる。このB群は、正にx、y、zの三方向のすべてを備えたファンジンたと言えよう。

もちろん、X方向と2方向とを主に持っているファンジンもある。アニメの少女キャラクターを中心にとリあげたファンジンがそれだ。これをC群と呼ぶことにしよう。C群には、『美少女自身・イマージュ・ソフィー』(神奈川「EIRISHA」81年8月創刊)があり、他に前出の『ブレザンス』や『美少女自身・美少女狩り』『美少女学』にも、この傾向がある。『CRA・CON』(東京、81年8月創廃刊)は、クラリス・オンリーみたいな題名たが、実は「宮崎駿ヒロイン特集誌」とのこと。C群にはy方向がほとんどなく、またマンガよりも文章やカットが主体となっているのが特徴である。基本的には、通常のアニメFCの変種たと見ることもできよう。

月桂冠』(愛媛、現在9号)は、毎回別々のキャラクターをとりあげているようだが、若干ヌードもあり、B群との中間点に位置するものだと言えるかも知れない。

クラリス・マガジン』(東京「クラリスマガジン編集室」80年8月創刊、同12月2号で休刊)のように、特定の少女キャラをとりあげたファンジンも、ロリコン誌と呼ばれている。これをC群としよう。『月刊カーシャ』(東京「ねこプロダクション」81年7月刊、現在3号)は全編これすべてカーシャネタで、しかも月刊というユニークなもの。創刊号はテスト用紙なとの裏に書いた肉筆誌だったとか。「清純派のための美少女マガジン」と銘打った『キッチン・ファイター』(東京「キッチン・ファイター」81年8月創刊)は、やはり『伝説巨人イデオン』にたった4話しか登場しなかった美少女キャラ、キッチ・キッチンを中心にしたものたが、スタッフがすへて女子高生だという噂は本当かしら?

ラナリータ』(神奈川「らなリいた」81年8月創刊?)も全編ラナネタで、「内山亜紀風ラナちゃん」などというしろものまである。

以上の内、『ラナリータ』及び『キッチン・ファイター』を除いては、y方向はほとんど見られない。また、通常のマン研やアニ研の有志が会誌の別冊のような形で作ったものが多いのも、C郡の特徴である。

なおこの方向の先駆として、少女アニメFCの会誌がある。その最初は恐らく「ヒルダFC」(東京「ホルスFC」ではないことに注意)の『フレップ』(78年3月創刊? 現在14号)と思われ、他に「若草のシャルロット・ファンサークル」(現東京、元新潟)の『セント・ローレンス』(78年11月創刊、現在6号)や「花の子ルンルンFC」(埼玉)の『七色の花』(81年7月創刊、現在3号)がある。また『女王陛下のプティ・アンジェ』に関するもの(複数?)も近日名乗りをあげる予定だと聞いている。

『キッチン・ファイター』のように女性中心のスタッフによるロリコン誌の台頭も、最近の傾向の一つである。もっとも内容的にはこれまでのオトメチック・イラスト・ファンジンとあまり変化がないものが多く、強いて言えばやや「少女」への思い入れが強いという所であろうか。

しかし、スタッフの自己紹介に「アニメ好きでロリコンで」とあるもの(『ままぜる』東京81年3月創刊)や、「女がロリータ趣味もってどこがいけないの」(少女専誌『VELVET』富山、81年8月)とか、女性のロリータコンプレックスは、根がふかいと言います」(To・From神奈川「少女愛好会トゥフルム」81年8月9号=ロリコン特集号)と、いった発言が目立つものもあるようだ。

また『クラリス・マガジン』が休刊になった後、その流れが旧来のオトメチック・イラスト・ファンジンへ注ぎ込み、その種のファンジンでアニメ・キャラのコーナーが設けられているものも増えつつあるようである。

奇妙なのは、オトメチック・イラストファンジンと女性の手による。いわゆるロリコン誌との間、また少女アニメFCの会誌とC及びC群との間は、内容的にはそれほど変わりがないのに、後者のみがロリコン誌と呼ばれていることである。その成立の歴史的経緯の差によるものであろうか。かつて「SFの定義」が問題にされた時に、「これまでなかったようなものはみんなSFに入れてしまえ」という意見があったが、ロリコン誌にも似たような現象が起きているのかも知れない。私としては、これらすべてをひっくるめて「美少女ファンシン」と呼ぶことを提唱したい。

それにしても、「『クラリス・マガジン』を手に入れたらガッカリしちやった。ヌードがないんだもの」などという話を聞くと、「何か違うんだよね!」と言いたくなるのは、私だけなのだろうか。『クラリス・マガジン』が2号で休刊になってしまったのも、この辺に原因があるような気がしてならない。

f:id:kougasetumei:20200309181243j:plain

さえぐさじゅんによる『ルパン三世 カリオストロの城』の非エロ同人誌『クラリスマガジン』。1980年8月創刊。同年12月の2号で休刊。ロリコンファンジンの中核としてコミケで人気を博すが、増刷時の未発送トラブル(サークル関係者ではなく再販時の関係者の不祥事)で再販予約を募った『アニメック』誌を巻き込んだ「同人誌史上最大の詐欺事件」と呼ばれる「クラリスマガジン事件」を引き起こした。

なお、女性のロリコン誌進出に呼応するかのように、男性のオトメチック・イラスト・ファンジンも出はしめている。これには『FRITHA(フリス)』(東京「トラブル・メーカー」80年9月)、『CLAUDETTE(クラウディテ)』(愛知「SFマン研HAL9000」81年5月)、それにファンタジー・メルヘン専門誌たという『ティンカーベル』(東京、81年8月?準備号)も最近名乗りをあげた。女性のロリコン誌がオトメチック・イラスト・ファンジンの変形であったように、こちらにはロリコン誌の名残りのような所があるようだ。

ところで、ロリコン誌ではないが特集としてロリコン的なものを扱うファンジンも増えてきた。『漫画の手帖』5号は「アニメ美少女年代記」特集で、TV撮り写真などによるキャラクター・コレクションを組んでいる。また同誌では、この号から〈ロリコン・ライブラリー〉という連載コラムも始まった。その第1回は谷口敬。『ボツ情報』1号はその谷口敬にインタヴューした上、作品リストも付いた、小品ながらも良心的な編集である。コピーによるコラム・ファンジン愁波」(東京、現在19号)もしばしば美少女特集を行なっている。

また学内のマン研やアニ研の会誌でもロリコン特集が目立つ。「立正大漫研」の『月刊にゅう』創刊号(81年4月)は全編ロリコン特集。「上智アニ研」の『KEBE』創刊号(81年4月)は両面が表紙で一方から開くとパロディーや評論が、もう一方からはロリコン特集が始まるようになっていた。『KEBE』にはクラリスの「きせかえ」がとじこまれていたが、このきせかえというのも結構流行しているようで、私が入手したものだけでクラリスが4種、ラナが3種もある。恐らくファンジンとしてのその最初は『FILMN1/24 デラックス・未来少年コナン特集号』(東京、79年9月)の予約者特典についたものであろう。

ロリコン誌の変種として(?)、最近はセーラー服ファンジンというべきものまで登場してきている。その最初は『すずらん』(愛知「名古屋学セーラー服研究会」80年12月創刊)と思われ、また「明大SF研セーラー服研究会」(東京)の『ぼっくす・ぷりーつ』(現在2号)かあるいはその姉妹誌の『美少女草紙』(東京「いい人屋とすこい堂」81年8月創刊)が、『東京セーラー服マップ』を作るという情報もある。

 

「シベール革命」の意味

既にお気付きの方もいることだろうが、『シベ』は最初のロリコン誌ではない。それ以前に蛭児神建の『愛栗鼠』があり、またほぼ並行して『ロリータ』があった。しかもそれは、読物ありマンガありキャラ・ヌードありの、正に現在のほぼすべてのロリコン誌の先駆とも言うべきものであり、『シベ』への影響それ自体も無視し得ないものであった。なのに何故「ロリータ革命」ではなかったのだろうか。ここに「シベール革命」とは何だったのか、ということを解く鍵が密んでいるように思われる。

f:id:kougasetumei:20200125131117p:plain

C10(1978年冬のコミケ)で頒布された日本初のロリコン同人誌『愛栗鼠』(1978年12月創刊号のみ)。アリスマニア集団・キャロルハウス出版部(蛭児神建の個人サークル)発行。数十部程度のコピー誌(蛭児神すら現物を所持していない)かつ性的要素がない文芸誌のためか『シベール』ほどの知名度はない。その後、吾妻ひでおらと協賛関係を結び『シベール』の作家陣も参加した同誌増刊号『ロリータ』(1979年4月発行、同年7月の2号で休刊)が創刊される。

f:id:kougasetumei:20200309175504p:plain

『愛栗鼠』臨時増刊号として蛭児神建がC11(1979年春のコミケ)で頒布したロリコン同人誌。同年7月の2号で休刊。アリスマニア集団・キャロルハウス出版部発行。『シベール』と協賛関係を結んだ唯一の同人誌で、吾妻ひでお沖由佳雄孤ノ間和歩も原稿やイラストを寄稿した。

『シベ』と他の2誌との違い。それは『シベ』がマンガ誌であった、ということにつきるのではなかろうか。「シベール革命」までは、セックスというのはマンガではなく劇画の世界のものだという先入観があった。いわばマンガにとって「セックスは他所ごと」であったのだ。その先入観を『シベ』は、実にアッサリと破ってしまった。「あ、マンガでこんなものも描けるのか!」という驚き──それこそがシベール革命だったのに違いない

もちろんそれ以前にも、吾妻ひでお作品の中において、ひいては手塚治虫作品の中においてさえ、そういうことはなされていたのだが、それはいずれも作者の並み外れた才能にのみ帰されていた。作者の才能に目がくらむあまり、それがマンガというメディアそのものの中に含まれた一つの可能性であることに気が付かれずにいたのである。「シベール革命」はまた、ファンジンの革命でもあった。これまで人々が漠然と持っていたファンジンにおけるy方向へのタブーの枷が、x方向の衣をまとうことによって、ここにようやく打ち砕かれるに至ったのである。

もとより、『シベ』以前にも、正にその予兆として、y方向とz方向とを合わせ持った作品が、アニメ・パロディー・ファンジンの中に芽生えていたことも否定できない。しかしその多くはホモネタであって、男女のセックスが正面から描かれることはほとんどなかった。しかもあくまでそれは“添えもの”であり、日陰の存在だったのである。

あるいはまた、そのyz方向に『シベ』のxy方向が加わり、その結果としてy方向のベクトルが明確化してきたという見方もできるかも知れない。

「シベの発現」は、ゆがんだ法律を主な原因とした俗世間のロリコン写真集ブームなどからも力を得て、本来それとは一線を画した存在であったはずの『クラリス・マガジン』などをも巻きこみ、一大ロリコン誌ブームの渦をひき起こした。『シベ』の終刊後も『シベ』を求める声は続き、ついに補遺編とも言うべき『プチ・シベール』(東京「無気力プロ」81年4月)さえも生み出すに至った。

需要があれば、供給が生まれる。それにどんな理由にしろ、自分の作ったファンジンが売れるというのは気持ちのよいものだ。中には描きたくないのに「会のため」とロリコンものを描かされたファン・ライターもいると聞く。また表紙だけロリコン誌風で、中身はただの下手クソな創作ファンジンという例もいくつか見られた。つまらないイラスト集を、さもそれらしくビニール袋に入れて売っているものもあった(ロリコン誌のビニ本は初期の『シベ』が最初である)。ブームなるものには、常にこんな一面がつきまとうものらしい。

今後ロリコン誌はどうなっていくのたろう。81年8月の創刊誌が多いことにも現われているように、ロリコン誌界はまだまだ混沌とした状態にある。しかしその中にも、一つの極めてゆるやかな流れを見てとれないこともない。x、y、z方向それぞれの合成形態として登場したロリコン誌は、今再び、それぞれの元の方向へと帰リつつあるように見えるのである。恐らく今後は、基本的にx方向でややy、z方向の加わったもの、z方向でややyあるいはx方向が入ったもの、そして極めてy方向のもの、既ち成人劇画的なものの3つに収束していくのではなかろうか。この内第一のものは既に現在の少女マンガ自体にその傾向が見られるし、第二のものは最近のアニメ・ファンジン全体の動向、そして第三のものは前出の『美少女草紙』他いくつかのファンジンにその萌芽が感しられる。

ただ地方においては、たまたま筆者が入手したものがそうだったのかも知れないが、東京等のロリコン誌がファンジン同士で互いに影響を与え合っているのに比べて、プロ(特に吾妻氏)の影響がとりわけ強いように思われる。『人形姫』のように、「通販はしません。コミケットで買って下さい」というグループの気持ちもわからないではないが、これは一つの残された課題であろうと思う。もっとも、地方ではまた、吾妻作品等の「その手のシーン」を切りばりして見せるたけでも、充分インパクトがあるということなのかも知れないが。

ファンダムの動きは確実に数年後のプロダムの動きとなって現われてくる。少年マンガの少女マンガ化、ないしは少年マンガと少女マンガの歩みよりなどはその一例であろう。このロリコン誌ブームはどのような形でプロダムに現われてくるのだろうか。もちろん少年マンガや少女マンガはヌード止まりで、セックスそのものを描くわけにはいかないたろう。そこで恐らくは、成人向劇画誌へのマンガの進出という形になってくるのではなかろうか。青年コミック誌や女性コミック誌の登場はその一つの現われであろうし、谷口敬氏の活躍なども、その先ぶれのような気がしてならない。

ほど遠からぬ内に「かつてロリコン誌ブームというのがあったなァ」と言われる日が来るに違いない。しかし、「ロリコン誌ブーム」は確実にわれわれの中に何かを残して行きつつある。われわれは「ロリコン誌ブーム」というファンダムの変革を通りすぎることによって、今まさに何かを得ようとし、また失なおうとしているのである。ファンダムにおけるロリコン誌ブームは、ある種の「成長の儀式」なのではなかろうか。『シベ』は、正にマンガ界のモノリスだったのかも知れない。

 

 

○残念なことに、ロリコン誌の関係者の中には、たとえペンネームであっても、こういう場所に名前が出るのを好まれない方が少なくないので、関係者名及び連絡先は今回原則として省略させていただきました。但し、*印のあるものは、「フリ・スペ」で扱っていますので、本誌巻末の「フリ・スペ」欄をご参照下さい

○多くのファンジンが生まれ、そして消えていく中で、これを記録に留めておくのは、後世の人々に対する同時代者としてのわれわれの責任だと思います。他にロリコン誌を出しておられる方や、ロリコン誌をご存知の方のご教示を仰ぐことができれば幸いです。勿論正規の価格で購入させていただくつもりです。本誌編集部気付で筆者宛ご連絡下さい。私事ながら、この場を借りてお願い申し上げます。なお、ロリコン誌のメタ・ファンジン(ファンジンに関するファンジン)を現在準備中です。年末の「フリ・スペ」にご注目下さい。(協力・志水一夫

 

特別資料室












(日本初の男性向けエロ同人誌/ロリコン漫画同人誌『シベール』創刊号。掲載作品は吾妻ひでお赤ずきん・いん・わんだあらんど」。表紙が黒一色のため「謎の黒本」とコミケで噂された。扉絵は吾妻ひでおのアシスタント・沖由佳雄が担当。無気力プロダクション/1979年4月8日発行)

 




米沢嘉博阿島俊名義で『レモンピープル』に創刊号から休刊号まで18年間にわたり連載していた同人誌紹介記事。創刊当初の題は「ロリコン同人誌ピックアップ」。'82年12月号のリニューアルから「同人誌エトセトラ」に改題。雑誌の性格上男性向け作品を中心としながら全ジャンルを対象とし、時には漫画同人誌の歴史にまでも言及した。休刊6年後の'04年9月、久保書店から350頁超の大著『漫画同人誌エトセトラ'82~'98』として単行本化された。記念すべき連載第1回目には日本初のロリコン漫画同人誌『シベール』が扱われている)

 



(高桑常寿編『ロリコン白書』掲載の同人誌紹介記事。監修は志水一夫

 




蛭児神建『出家日記―ある「おたく」の生涯』所載。吾妻ひでおのあとがき)

 








群雄社出版から1982年に発行された蛭児神建責任編集・監修『ロリコン大全集』所載の吾妻ひでお「仁義なき黒い太陽 ロリコン篇」。82年当時のロリコン漫画界の諸相を任侠映画パスティーシュという形で描き出した傑作短編)