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高杉弾インタビュー(自販機本『Jam』『HEAVEN』初代編集長)

高杉弾(自販機本『Jam』『HEAVEN』初代編集長)インタビュー

所収『Quick Japan』Vol.19(構成:竹熊健太郎

 

高杉弾とは


「メディアマン」を自称する編集者、ライターAV監督、評論家作文家ステレオ写真家、旅行家、企画家、観光家、臨済禅研究家、蓮の花愛好家、ラリ公、廃人、天才詐欺師、天災カルト仙人一九五四年、東京生まれ。日本大学芸術学部中退伝説的自販機本『Jam』『HEAVEN』初代編集長として数多の伝説を築く。

一九七八年秋、道端で拾った自動販売機のエロ本を通じてエルシー企画の明石賢生佐山哲郎と出会い、そのまま編集者になる。七九年より山崎春美隅田川乱一、八木真一郎ら日大芸術学部の仲間を巻き込んで伝説の自販機本『Jamを創刊。創刊号の企画で山口百恵のゴミを漁り、ホリプロ関係者を激怒させる。

七〇年代後半からエロ、性的逸脱、ドラッグ、ギャンブル、バット・テイスト、モンド・カルチャー等、アンダーグラウンドサブカルチャーの分野に多大な影響を与えた人物であるが、高杉名義での著書が四冊しかないため、その活動の全貌はつかみがたい著書に『メディアになりたい』(JICC出版局)などがある。

高杉弾あるいは『Jam』の影響を受けた著名人に青山正明村崎百郎蛭子能収山田花子赤田祐一山野一竹熊健太郎手塚能理子がいる。

現在はくも膜下嚢胞、糖尿病、結核、手足の痺れ、関節炎、睡眠障害、勃起不全、難聴、認知障害、健忘症、心配性、失語症、貧乏症、便秘、痔、歯槽膿漏、ニコチン中毒、五十肩、老眼、ノイローゼ、対人恐怖症など多くの病を得て隠居療養中。

独自の世界観からの表現活動を極めて気まぐれに続けており、金銭的利益追求を第一義とするマスコミや出版業界は嫌いとのこと。青林工藝舎の漫画雑誌『アックス』に不定期で寄稿する以外は、超逸脱的オンラインマガジンJWEbBのみで活動している。詳細な経歴については高杉弾による自筆年譜を参照のこと。

 

そのむかし、パソ通の「NIFTYServe」に高杉弾という自称仙人が、ひっそりとCB(チャット)に顔を出していた。

掲示板にも「高杉弾通信」という連載をもっていて、その人のプロフィールに『HEAVEN』の文字があったのを覚えている。

おそらく、オイラにとって『HEAVEN』との出会いはそこにあったのだと思う。

何度か話していくにつれ、その重い腰つきと謎めいた存在感にTHC特有の「悟り」を感じずにはいられなかった。

「ぜったい、なにかをやらかして昇華しちまったおやじだ」

そう確信した。

メディアになりたかった人、高杉弾こと佐内順一郎。その人こそ初代『HEAVEN』の編集長だと知ったのは、それからずいぶん後になってのことだ。

いわゆるサブカル誌を読むにつれ、それらの雑誌のルーツを紐解いていくと、なぜかどれもが『HEAVEN』に行きついてしまう

いったいそれはどんな本だったんだ?

知れば知るほど興味はやがて深いものになっていく

「幻の自販機本」といわれるその本に、興味は一層募るものの、時は80年の自販機本。今となっては、どう尽くしても手に入る見込みはなかった。

すでに神田・神保町は歩き尽くしていたが、当時のカウンターカルチャーのなかに、ぼんやりと、でも一直線に光を燈していた「ハイ・ディメンション・幻覚マガジン」とも「アンダーグラウンド・インテリ・マガジン」とも銘打たれたその本を、自分の中で幻のままでは終わらせたくはなかった。

 

幻の自販機本『HEAVEN』にUGルーツを追え!」より

 

はじめに

●『Jam』『HEAVEN』関係者インタビューも、いよいよ大詰め。トリをつとめていただくのは、脳内リゾート研究家にして『メディアになりたい』等の著書でも知られる「作文家」の高杉弾氏だ。これまでの連載でも触れていた通り、高杉氏は本名の「佐内順一郎」で一九七八年暮れから八一年初頭まで『Jam』『HEAVEN』の編集長を勤めていた。

●筆者(竹熊)が直接高杉氏とお会いしたのは、比較的最近のこと。初対面の際、それ以前から筆者が勝手に抱いていた「高杉弾」のイメージとあまりに一致していたので、感心した覚えがある。

●氏のイメージを一言で言うなら「和製アンディ・ウォーホル」。内なる虚無を逆手に取り、あたかも真空掃除機のようにさまざまなイメージや人物を吸い寄せるウォーホルの才能は、実に編集的で、そのまま筆者の高杉弾像と重なる。ニヒリスティックなポーズの狭間に、時折り少年的好奇心が顔を覗かせるのもウォーホル的だ。となると、数々の異才を引き寄せた『Jam』編集部は、さながら和製ファクトリーと呼ぶべきか。

●そういえば『宝島』七九年一二月号に、氏が本名で『Jam』を自ら紹介した文章が掲載されているのだが、文中、佐内と高杉がまるで別人物のように書いてあるのを見てニヤリとさせられた。どこまでも虚実の狭間に身を置くのがこの人らしい。最近はライターとしての活動がメインのようだが、どこかで氏にメディアをまかせる「太っ腹」なスポンサーはいないだろうか。(竹熊)

 

高杉弾というペンネーム

───高杉弾というペンネームは植草甚一*1さんがつけたって、本当なんですか。

高杉 そう。植草さんが考えてくれたんだけど。三回ぐらいしか会ったことないんだけど。経堂の喫茶店で会って。俺の本名、佐内っていうのは、珍しすぎて覚えられない名前だから、名字は自分で考えて、高杉っていうのがいいんじゃないかなと。それで名前が考えつかないんですよねって言ったら、じゃあ君は鉄砲玉みたいな人だから、弾という名前はどうですかって言われたの。ああ、タマかと思って。

でもそれ、香港あたりで言うと、すっごい変な名前だと思うんだって。中国語って漢字の意味が一個しかないから。読みも一個しかないでしょう。弾は「ダン」でしょう。それで高いっていう字は、「コウ」というのは、一文字で名字だと思うらしいんだ。それで「杉弾」というのが名前だと思うらしいんだ。それで「チャンタン」と言うんだけど。すっごい変な名前なんだって。「杉でできたピストルのタマ」っていうのが、イメージであるらしいんだね(笑)。

(群雄社出版『HEAVEN』1980年12月号より。「オナニー&メディテーション」のキャッチフレーズに恥じない意味不明企画)

 

ミニコミ時代

───高杉さんは日芸時代『便所虫』*2ってミニコミをやられてたわけですよね。実は今日持って来たんですよ。コピーなんですけど。

高杉 ああ、懐かしいね。一九七五年の一三号……あらら。小竹町に住んでた頃のだ。

 

──途中から『BEE-BEE』って誌名になって。

高杉 どこから『BEE-BEE』になったのかな。えーと……二〇号からか。この段階で一三号ということは、月刊ぐらいで出しているはずだから。七四年からだね。

 

───七〇年代の頭ごろって、面白い雑誌がポコポコ出てたでしょう。

高杉 うん。植草さんの『ワンダーランド』*3とか、唐十郎さんがやっていた『ドラキュラ』*4とか。あとなんだっけ黒の……。

 

───『黒の手帖』*5?

高杉 『黒の手帖』。面白かったよね。あと、あの頃は雑誌だけじゃなくて、ジミヘンだのジャニスだの生きてたから。オーティス・レディングも新曲でヒットチャートで聞いていたわけだし、そういう時代の雰囲気みたいなのがあって。俺も中学時代に、やじ馬でデモを見に行ったりとか、親戚に中核派のやつがいて、お前も来いとか言われて、行ってたりしてたから。なんかそういう時代の気風が、一番面白い時だった。

一方で、家族とか学校とかの日常の社会があるでしょう。そういうののつまらなさと、時代の面白さと、ギャップがものすごかったから。中学生としては、頭を錯乱させられるわけじゃん。それでギャップを埋める方法というのを考えるわけでしょう、自分なりに。そうすると、たとえばジャズとか黒人音楽とか。そういうものにひかれるマインドというのが自然にできあがっちゃうわけだよ。

まあ、それがフォークだったりする人は多かったけどね。俺達の周囲二、三人はドアーズだったり。ローリング・ストーンズだったり、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドだったりするわけだよね。俺はその頃から少数派だったよね。

 

日芸で出会った仲間

───それで日芸に入学されて、後に『Jam』をやる仲間と出会うわけですね。

高杉 最初は誰かな。順序がよく分からないんだけど。真之助(美沢真之助隅田川乱一*6に会ったのは二年生だよ。確か。それから山崎春美*7、坂本ナポリ*8ナポリは今、どこかの音楽事務所でマネージャーやってるよ。

 

───近藤十四郎*9さんは、後輩にあたるんですよね。

高杉 近藤は一コ下かな。でも、俺達の場合、学年っていう概念があまりなかったんだよ。留年してたりさ。浪人してきたやつもいたからね。

 

───まあ、年齢的にはメチャクチャ。春美さんはだいぶ若いでしょう。

高杉 うん。春美はけっこう後だよね。そのへんの前後関係は、ちょっとあいまいだけど。俺自身五年ぐらいいたからね。日芸には。

 

───それで『便所虫』を始めるきっかけというのは、やはり美沢さんとの出会いが関係してくるんですか。

高杉 いや、関係ないと思うよ。真之助に会う前からやってたから。

 

───『便所虫』は、なんかサークルみたいになっていたとか?

高杉 サークルっていうか……学校へ行っても授業なんて出ないから、居場所が欲しいなと思って。文芸学科の四階にロッカールームがあったんですよ。それでロッカーを勝手に移動して、囲いを作っちゃって。そこにじゅうたんを敷いて、レコードプレーヤーと酒を置いて。サロンみたいにして、くつろいでいたわけよ。じゅうたんの上に寝っ転がって。

それであの頃は、パンクがはやっていた頃かな。セックスピストルズが出始めた頃だ。レコード買って来て、そのロッカールームで聞いてたね。そこに真之助とか女の子とかが大勢来て、なんかいかがわしい世界でしたけどね。学校の中では、完全にあいつらは不良だからとかって言われてたの。

 

───(笑)でも芸術大学でしょう?

高杉 まあね。だけど普通の学校だったよね。芸術家はどこにいるんだっていうようなさ。体育系のやつとかいるでしょう。そういうやつが妨害しにきたりして。俺達が壁になんか張ったりさ、『便所虫』を食堂とかにドサッと置いとくわけですよ。印刷できると。それ全部持って行かれて、焼かれたりしてた。学校の中で好き放題やってるようなやつなんか、連中にとって邪魔なわけだから。

 

───なんでそんなに嫌われてたんですか。

高杉 いやあ、やっぱり学校のキャンパスで一升瓶出して酒飲んだり、マリファナ吸ったりしてたからかな(笑)。

高杉弾の個人誌『便所虫』。同級生の女子をブス順に実名でランク付けする鬼畜企画など『Jam』につながるアナーキーなセンスはこの頃から既に健在だった。末期には隅田川乱一山崎春美も寄稿。後に『BEE-BEE』と改題し『本の雑誌』主催の「輝け!第一回全国ウスバカ的無価値的チリガミコーカン的ガリバン誌コピー誌熱血コンテスト」で優勝した

 

『Xマガジン』と『Jam』

──それでエルシー企画に関わられた話を聞きたいんですけど。最初にSさん*10や明石さん*11と会われたわけですよね。

高杉 えーと、Sと明石は、会社に遊びに行った当日に会ったんですけど。そもそも俺は、拾ったエロ本に載ってたパンティストッキングの写真にグッときてさ。これ撮ったカメラマンに会わせてくれってエルシーに行ったわけ。そしたらSがいて、岡さんというカメラマンがいて、それから明石が来て。それでソファでこうやってしゃべってて。この写真を撮った武蔵野大門というカメラマンは誰なんだって言ったら、明石が俺、俺って。なんのことはない、武蔵野大門って、明石のカメラマンとしての名前だったんだ。

それで話してたら、「今、仕事どうしてんの?」って言うから、その時、俺、なんにもしてなかったからさ。「じゃあ、八ページやってみない」って。

 

(Xランドは高杉弾隅田川乱一コンビが、商業出版として初めてこしらえた八ページ。内容は独立宣言、架空のヒットチャート、Xインタビュー、ロックアルバム紹介、小説など。『Xマガジン』~『Jam』の原型となった)

 

───そのあと、もう『Xマガジン』*12?

高杉 そうそう、まるまる一冊やったのは、『Xマガジン』が最初だった。ほとんど真之助と二人でやったわけだよね。

 

───なるほど、それで「爆弾企画」と銘打って「芸能人ゴミあさり」*13をやってるわけですけど、最初にかたせ梨乃やってるんですよね。この時は全然話題にならなかったでしょう?

高杉 うん。それで誌名が『Jam』*14になって、百恵をやったのが二回目。芸能人のゴミというものに興味があってさ。本当は第一回でいきなり百恵をやるはずだったんだけど、住所が分かんなかったんですよね。

 

(『Jam』創刊号より「芸能人ゴミあさりシリーズ」)

 

───あれ、すごく話題になったじゃないですか。栗本薫*15があれをネタにして小説書いたり。それから『微笑』*16で記事になったの見た記憶ありますよ。

高杉 うん。『微笑』の記者はすっ飛んで来たね。最初に。でも、そんなに話題になってないでしょう。自販機だもん。自販機なんて、一般の人は買う本じゃないしさ。

 

───まあ、買ったって、買ったことを言わないような雑誌ですよね。

高杉 うん、だからそんなに思うほどは話題になってないですよ。

 

山崎春美

───山崎春美さんの話も聞きたいんですけど。どんな人だったか。高杉さんから見て。

高杉 俺から見たら、真之助も春美も別に変な人じゃないんだよね。普通の人なんだよね。ただ春美は物を考える時のやり方とか、現実に対する見方っていうか、見る方法が違うんだよね。つまり脳味噌の回路が違うんだ。

現実は、一つじゃないから。人間の数だけ現実は、あるわけだよね。現実っていうのは、一人一人の脳味噌がつくり出すもんなんだよね。そこが違うだけだからさ。全員、違う現実を見てると考えれば、皆、同じなんだよ。そんな、特別一人だけ変な人なんていないんだよ。

 

───でも面白かったわけでしょう。山崎春美さんは。

高杉 面白かったですね。文章書いたりさせると、面白いんだよ。言語感覚がね。変わってるよね。

 

───インテリジェンスと幼児性が混ざっているような……。

高杉 それもあるし、いろんなのが混ざってるね。コンプレックスと、何かなあ。あいつ、意外と野望がある人でね。野望っていうか、欲望の強い人なんだよね。たぶん育った環境とか、親のこととかあるんだろうけど。野心を持つタイプの人なんだよね。

 

───成功したいとか?

高杉 うん、そう。成功したいとか。自分の思い描いている理想の現実っていうのに近づいて行きたいっていうか、環境に対する欲望とかね。そういうの強い人だと思うから。そういうことが文章の中にもにじみ出るし、面白いですよ。根はシンプルだよね、あいつ。すごくきれいな人だよね。

(終刊号となった『Jam』特別ゲリラ号に掲載された「X人名事典」。第2回は1980年の『HEAVEN』2号に掲載。第3回は2017年の『Spectator』39号パンクマガジン『Jam』の神話」に持ち越された。いずれも山崎春美による)

 

鈴木いづみ

高杉 あとなに? 鈴木いづみ*17?

 

───うん。鈴木いづみ

高杉 そう言うと思った。なんで鈴木いづみに書かせたいと思ったか忘れちやったけど。俺も鈴木いづみのファンだったからかな。電話したんだよ。電話の時、俺、風邪ひいててさ。声がガラガラ声でさ。いきなり「あんた、声いいわねえ」って言われて(笑)。こっちは風邪ひいてただけだったんだけどさ。それで会って、原稿頼んで。その時に、阿部薫になんか似てたんだって。俺が。

 

───ああ、山崎春美じゃなくて?

高杉 山崎春美の前にね。それで、気に入られて、書いてもらったんだよね。それで春美に紹介したら、春美のこともすごい気に入ってて。

 

(群雄社編集局長の佐山哲郎が編集長を務めた『NOISE1999』2号掲載、山崎春美鈴木いづみベッドインタビュー」より。鈴木いづみは伝説のサックス秦者・阿部薫の妻であり『恋のサイケデリック!』等の著作を持つ、これまた伝説の小説家。1986年に自殺した。山崎春美をモデルにした小説「ラブ・オブ・スピード」は文遊社から刊行されている『鈴木いづみコレクション3』で読める

 

───気に入っちゃって。

高杉 うん。彼女、だいたいそういう人だからさ。目移りの激しい人だから(笑)。それで大変でしたよね。最初、俺、原稿取りに行っててさ。夜中の三時頃電話がかかって来て、今から来いとか、メチャクチャだったから。もう嫌になって。春美とかに原稿取りは任せちゃった。

原稿取り以外、個人的に呼び出されたことは、もう数知れずだけどね。俺、品川に住んでて。あいつ野方かなんかに住んでてさ。電話かかって来て、夜中の三時頃。「今から新宿まで来い」って。「どうやって行くんですか。電車ないし」「タクシーでもなんでもいいから、来い」「来ないと来月の原稿書かないぞ」って。新宿まで行って、なんか喫茶店とか引きずり回されて、しょっちゅうだよ。そういうの。

 

───けっこう、孤独な感じだった?

高杉 だと思うけどね。まあ、よく分かんない。気まぐれでしょう。

 

───身体とかボロボロだったんですか?

高杉 そうでもない。元気だったよ。それはもう、あちこち遊び歩いたね。それで彼女、小説も書いてたけど。どこどこの担当編集者はアホだとかさ。早川書房のやつとか、あちこちの編集者に文句言ってたね。

 

───なんか、悪口を延々聞かされるんでしょう。他人の悪口を。

高杉 それはあった。だけど、あの人はやっぱりすごい人でさ。なんにもしゃべんなくても、一瞬の人の表情とか、一瞬の気持ちの現れとか、流れとか、そういうものを見てる人だから。すごい人ですよ。やっぱり。ものすごく頭のいい人だからね。

 

マンガの話

 

(『Jam』4号より蛭子能収「不確実性の家族」※再デビュー作)

(『Jam』5号より渡辺和博ハード・キャンディー」)

 

───あと蛭子能収さんを復活させたのも、『Jam』でしょう。

高杉 ああ、あの頃の蛭子さんはもう『ガロ』に描かなくなってて。マンガも全部辞めて、長崎に帰ろうかなとか言ってたの。だからまあ、帰っちゃうのはしょうがないけど、その前に、ちょっとだけうちの雑誌に、マンガ、毎月一本でいいから描いてくれませんかと言って。原稿料はちゃんと出しますからって。それでやってもらったら、他からも注文が来るようになってさ。今はもうタレントになって良かったよね。だからあの人、なんかバカの一つ覚えみたいに、「自分がこんなふうになれたのは、高杉さんのおかげです」とか言ってんだけど、本当にそう思うんだったら、金貸してくれって(笑)、俺は言いたいんだけどね。

 

───それはそれ、これはこれでしょう。

高杉 一〇〇万ぐらい貸してくれてもいいのになあ。あの人もケチだからね。頭もおかしいしね。

 

───『Jam』の時の蛭子さんは、もう気が狂うほど、面白かったですね。

高杉 なんか変だったよね。面白かったよね。だから蛭子さんとかナベゾ渡辺和博)とか湯村(輝彦)さんとか、皆、『Jam』でマンガ描いてもらってね。それで『HEAVEN』*18になった時、カラーページ使えるようになったから、マンガに色をつけて。当時、蛭子さんのマンガを四色でやるなんて、誰も考えなかったでしょう?

 

───あれ、湯村輝彦さんがカラーリングしたんでしょう。

高杉 そう、その時、湯村さんが一番面白かったから。

 

───本人に色をつけてもらうということは、考えなかったんですか。

高杉 それは考えなかった。やっぱり、マンガ家というのは、マンガだけ描いてりゃあいい。

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(群雄社出版『HEAVEN』1980年11月号/1981年3月号より)

 

明石「太っ腹」伝説

───『HEAVEN』は、どれぐらい予算かかってたんですか。

高杉 知らない。そのへんは、俺、聞いたことないし。金のことは考えたことはないから。

 

───確か近藤さんに聞いたら、一番出てた時が三万部出てて。

高杉 すごいね。ほんと? 俺は部数とか予算とか全然分かんなくて、それは明石に任してたからね。

 

───これは小耳にはさんだんですが、他の部署ではまともなエロ本を作ってたわけじゃないですか。その人たちとちょっと確執があったとか、なかったとか?

高杉 俺はあまり感じたことはないけど。向こうというか、そういう人達は思っていたかも知れないけど。

 

───俺達が稼いでるのに、あんなところで金を使いやがってみたいな感じで。

高杉 ああ、群雄社の内部で? それはあったかも知れないね。でも関係ないわ。俺はその人たちの部下じゃないんだから。俺のボスは明石なんだから、明石がいいよって言ってる間はやるし、明石が辞めろって言ったら、即辞めると。最初からそう思ってるから。

 

───明石さんとしては、エロ本で稼いで、一方で『HEAVEN』とか、なんかああいう文化的なものというか、変な言葉だけども、そういうのをやりたかったらしいですね。

高杉 そう思うよ。だからまあ、優遇はされてたよね。だって、あんな儲からない本に金かけてくれたんだから。明石はとにかくいい人だよ。太っ腹。ザルとドンブリが一緒になったようなやつなんだ。

池袋にエルシー企画があった頃、『Jam』の仕事やってて、そろそろ帰ろうかなあと思ったら、明石が、いきなり三万ぐらいくれるんだよ。「風呂行って来い、風呂」って。くれるんだよ。現金を。あれ、ありがたかったね。「本当にいいんですか」って。それで三万もらって、そのうち一〇〇〇円ぐらい使って、うまいもの食って。

 

───風呂行かずに?

高杉 とりあえず食ってさ。そのまま帰ろうかなと思ったんだけど、やっぱり風呂行けって言われたんだから、行ったほうがいいだろうなと思って。だからとにかく飯を食わせてもらって、風呂も行かせてもらって。それが一番ありがたかったね。

 

───他人におごって、そのまま昇天しちゃった人生みたいな感じですよね。

高杉 いや、ほんとそうでしょうね。本当にザルとドンブリだよね。いやあ、明石には頭、上がんないですよ。『HEAVEN』の後はあんまり会わなくなってたけど、もし、また印刷物やるようなことがあったら、いつでも呼んでくださいって言ってて。もうノーギャラでもなんでもいいし、手伝うからって言って。でも、死んじゃったからねえ。しょうがないけどね。

(ありし日の明石賢生氏)

 

編集長交代劇

(群雄社出版『HEAVEN』1981年2月号より。高杉弾に次いで近藤十四郎二代目編集長に

 

───八一年に『HEAVEN』の編集長交替劇*19がありましたよね。近藤さんや春美さんからは既に話を聞いてるんですけど、高杉さんからも聞きたいので。

高杉 あれは、よく分かんないんだけど。俺の印象としてはね、制作予算の中から、近藤とか、スタッフのギャラを出してたでしょう。それで俺が異常に取ってたんじゃない? だから配分の問題が……なんでそんなに使うんだとかなっちゃって。なんでお前がって。

だけど冷静に考えればさ、仕事量としては、圧倒的に俺が多かったから。編集者とカメラマンもやったし、イラストも描いてたし、コラージュも作ったし。版下まで線引いてたわけだから。今で言えば、編集者と作家とデザイナーを一人でやったようなもんでしょう。だから俺に言わせりゃ少ないぐらいだよ。もっとくれって言いたかったけどね(笑)。

 

───そうすると、編集方針の違いとか、そういうわけではなかった?

高杉 それはないでしょうね。だって編集方針なんてないんだから。皆が思いついたことを、ページの許す限りやってたわけだから。だから俺の企画ばっかり通って、他の人の企画が通らないとか、そういう文句は全然なかったよね。

 

───それで高杉さんが辞められてからは、事実上、山崎春美さんが『HEAVEN』編集長ですよね。名目上は近藤さんだけれども。

高杉 まあ、そうだね。

 

───僕としては佐内(高杉)路線も山崎路線も両方面白かったですよ。どっちもアナーキーであることには変わりはなかったし。

高杉 春美は作家的な部分はやれる人だけど、編集者のタイプじゃないでしょう。まあ要するに、そういうギャラの配分の問題と、あと春美なりに『HEAVEN』を作りたいという意識があったのかも知れないね。

 

───なんか、近藤さんの見立てでは、もっと春美さんなりに字の詰まった雑誌、というか、もうちょっと普通の雑誌にしたかったっていう。何が普通だか、よく分かりませんけど(笑)。高杉さんは、もっとビジュアル的じゃないですか。ページのあちこちにいろんな図版をポーンと持って来たりとか。

高杉 うん。俺、もともと字より絵のほうが好きだからね。空間を広くとったスカスカのデザイン、好きだし。そういう違いはあったかも知れないね。とにかく、そういうギャラの話も含めて、そっちの方針でやりたいんだったら、俺は全然構わないし。俺も編集者二年もやって、体を悪くしてたから。

まあ、編集長辞めるのは、こっちにとっても、ちょうどいいタイミングだった。もう飽きてたからね。つまり雑誌なんて、一〇冊ぐらい出せば、やりたいこと全部できるじゃん。あとはもうマンネリになるし。今『HEAVEN』を見ると、だせえなあと思うもんね。古い。『Jam』のほうが面白いね。『HEAVEN』と『Jam』を比べたら、はるかに『Jam』のほうが面白いね。

 

もう雑誌は作らない

───これから雑誌作ろうなんてことは?

高杉 もう無いね。面倒臭い。まあ……楽に作れるものであればね。だけど、俺自身は無一文に近い人間だし、俺に雑誌作ってくれっていう人間なんていないと思うし、まあ無理だね。それよりも、それこそタイの島*20でのんびり暮らした方がいいよ。もう忙しいの嫌だしさ。余生を楽しむって感じで。

 

───ちょっと早い余生ですね(笑)。

高杉 だけど俺病気だからね。糖尿と、結核は今のところ再発してないけど。あと、脳みそおかしいからなあ。糖尿が一番重いね。足動かないし。電車とか乗れないしね。座ってるといいんだけど、立ってられないんだよね。歩いてるとまだいいんだよ。止まって立ってられなくて。足が痛くて立ってられなくなっちゃうんだよ。

 

───糖尿ってインシュリン打ってるんですか?

高杉 打ってますよ。インシュリン高いんだよ。なんか価格が変わったんだよ、三日ぐらい前に病院にインシュリン買いに行ったんだよ。一ヶ月分のインシュリンで一二〇〇〇円かな。信じらんないよ。病院が儲けすぎてるよ。糖尿病に対する意識が間違ってるんだよ。栄養取りすぎて贅沢病って思われてるだろ。全然それはウソだから。遺伝なんだよ。だから別に贅沢したからなるものじゃないし。

 

───でも、可能であればまだそういう気分はあるんでしょ? 雑誌は無理でも自分の本書きたいとか。

高杉 ん……原稿は頼まれれば書くよ。頼まれないと書かない。面倒臭いしね。だって、今年(編注・このインタビューは九七年に行なわれた)になって連載している雑誌二本つぶれたろ。今レギュラー一本も無いんだよ。一回目の原稿入れた雑誌があるけど、あれ二回目ボツったからな。天皇の話書いちゃったから。もう日本じゃ仕事できないなあ。別に仕事無くても金さえあればいいんだけど。

俺はね「こういうことはやめろ」とか人に言われるのが嫌なんだよ。「こうしたほうがいいよ」とかアドバイスされるのはいいんだけど。人がやろうとすることをなんで止めるのって。俺気持ちいいと思ってやってるんだからいいじゃないって。

 

───とりあえず誰にもかまわれない世界に行きたいってことでしょ。

高杉 そうそう。でもとりあえず日本国籍があるからなあ。日本国籍があると日本の法律に縛られるでしょ。でもね、日本人止めて無国籍にもなれるんだけど、結構大変なんだよ、旅行するときパスポートとれないし。俺はナショナリティはいらないんだけどパスポートは欲しいんだよな(笑)。

いずれにしても完璧に食えなくなりましたね。今、ひと月どのぐらいかな。競馬の予想屋で入ってくるぐらいだから二万円ぐらいか。

 

───あとはどうなさってるんですか?

高杉 だから、借金ですよ。今はすごいよ、俺みたいな人間にも金貸すやついるからね。恐ろしい時代だよ。月一万返済で借りると年利が一八%とかだから一二〇ヵ月とかで借りられるんだ。一〇〇万借りて二八〇万返せばいいんだから。目の前に食えないって事実が迫ってるからもう借りるしかないじゃん。そろそろヤバイんだよ。衝動的にテロに走る可能性はあるね。

 

───銀行強盗とか?(笑)

高杉 そうそう。置き引きとかさ。だから、そういうのは避けたいからタイへでも行ってハンモックから動かない生活がしたいんだよ。病気で貧乏でどうしようもないよな。病気、借金ある、仕事ない(笑)。

 

───いっそ私小説書いたらどうですか。

高杉 どうせ書くならコメディーにしたいよな。もう暗いの通り越して、貧乏とかがわかんなくなっちゃってて、頭ぶっとんでさ。

 

───涅槃状態になっちゃってる(笑)。

高杉 そう。もうすごいこと考えちゃってるってやつ。そういうのがいいんじゃない。小説も、何月何日までに小説を五〇〇枚書いて下さいっていったら俺は書くよ。簡単だもん。

 

───自分で書いて持ち込みとかはしないんですか。

高杉 しない。だって面倒くさいじゃん。歩いたりするの。

(『BEE-BEE』22号「次回予告」より)

 

山崎春美/WHO'S WHO 人命事典 第3回

高杉弾〔たかすぎ・だん〕

美沢さんがいたから見えた、知れたんだ。地平が展けたんだ。『十戒』のように? なんてこったと頭を抱えているのはたぶんC・ヘストンは共和党員で保守だったから、ちがうだろうって? 海が割れて裂けるときにいったい水道管の修繕に駆けつけた、まさにそいつはココロの親分の領域としてならあのスタイルで居続けてくれていたから、したがって野心からは程遠過ぎて、クラーク博士の激怒から破門は必至とはいうものの彼(か)の地、北海道にはさまざまな植物が自生していて、そのあたりの事情は三島(由紀夫)の「憂国」と並べて掲載(『中央公論』)されたという「風流夢譚」発表直後の「嶋中事件」で、常時の護衛が附いていた。それが西暦一九六〇年、昭和で三十五年。だから? だからね。編集長でいられた、という一種の陰口めいた本音も成立はするだろうが、もっと言えば、明石(賢生)さんに似て「頁は渡す(任せる)が口は出さない」「なにもしない」編集長であったからこそだ、とは間違いなく言える。「責任は一切とらない」ことを錦の御旗に掲げて「メディアになりたい」などと平気で、それも真顔で! 宣うた点も『Jam』『HEAVEN』というケッタイな媒体、何がしかの本質を支えた。

それはそうと彼には渾名がなかった。そもそも完全な「シラケ世代」の先頭を切るつもりならまず、ニックネームで呼び合うのは止めなくてはならない。ただ齢(よわい)差おおかた三つ四つは上方に年が傾く現実世界(単に年上が周りに多い)では、シンノスケであり近藤オムであり、その格好のサンプルとしてなら、たとえば本来、つまりは通常の社会常識規範からすれば、いかな現代といえどこの会場の中心に座っているべき高杉弾がでもね、もしいたりしたら今夜のこのイベント(「山崎春美と『Jam』『HEAVEN』の時代」/東京・銀座・EDIT TOKYO、二〇一七年三月二十二日)が、どんなに味気ない、徒に空疎で現実性に乏しく、みのり、まるで無き、どころかマイナスであって、衆愚の、実に真骨頂を極めて堕したことだろう。最低。ああ、ばかばかしい! 高杉弾はもちろんまだ生きている(んじゃないか?)だのに! ここにはいない! すばらしい! 完璧だ! それこそ彼の十八番であり且つまた、ひたすらに、いやこの辺で中断しなければなるまい。トークにお後は委ねたく。

(『Spectator』39号「パンクマガジン『Jam』の神話」より)

 

高杉弾/倶楽部イレギュラーズ 第4回「寝ててお金が儲かりたい」

みなさんこんにちは。私が最近「カルトの帝王」とか「不労所得の王様」とか「懲りない馬券王」とかいろいろ噂されている高杉ネーブルティーマスター(臍が茶をわかす)弾と申す者です。しかし世間の呼び名がぜんぶ「王様」なのが凄いですね。わはははは。

ところで私の銀行振り込み口座は「住友銀行・目黒支店・普通口座・0711926・高杉弾」ですが、最近この口座への無意味な振り込みが後を断たないのはいったいどうしたことでしょうか? エノモトカズオさんからは3000円、タカハシサトルさんから2000円、ワタナベトモコさんからはなんと12000円もの無意味な振り込みがありました。これら無意味な振り込みはすべて私がありがたく着服させいただいておりますが、いくら無意味な振り込みを続けても私は貴様らに対して何の見返りも用意してないのでそのつもりでいなさいね。

それはそうと、最近うちのFAXに「コカインください」とか「当たる馬券教えろ」とか陰毛丸見えのビデオ送れとかが殺到してますけど、そういう無駄FAXはやめてください。コカインとか当たる馬券とか陰毛丸見えのビデオとかは貴様らではなく私が欲しい物です。そういう無意味なFAXには「現金送れ」という返事を出しますからね。

それからFAXに電話をしても「ぴーぴーがーがー」いってるだけで何も聞こえませんよ。無駄ですよ無駄。こっちはうるさいだけなんだからね。

そりゃ私だってね、働かないで月に百万ぐらいは稼いでますよ。今の世の中、働いて稼げるお金より働かないで稼げるお金の方が多いに決まってますからね。一生懸命働いてるなんか単なる御苦労さんですよ。たいした者ですよ働いてる人は。私、働くの嫌いですからね。寝ててお金が儲からなきゃ嫌ですね。嫌ですよ、寝ててお金が儲からなきゃ。寝ててお金が儲からなきゃイヤなんだもーん。

だからね、こないだもロシアにクーデターが起きてバルチック艦隊が攻めてきた時なんか私、翌日にはモスクワ行ってましたよ。共産主義はもう駄目だっていうんで、ロシアの偉い人はもう全員資本主義のこと勉強しはじめてますよ。でね、私、ロシア人相手に資本主義の通信教育やろうと思ってね。モスクワの教育委員会の人と会ってたのね。「すぐわかる資本主義」ていうテキスト、とりあえず二千部ほど売ってきましたけどね。私は別に働かないですよ。みんな手下がやるの。私はクーデター見物ですよ。エリチンとお茶飲んだりしてね。もう大変ですよ。

だからね、ロシアはこれから一生懸命資本主義の勉強するわけでしょ。アメリカのマネしてね。だからね、ロスケにマリファナ売ったら儲かりますよ。モスクワのアンディ・ウォーホルとか、ロシアのギンズバーグとか養成するんですよ。通信教育でね。

これからロシアにも色んな奴が育ちますよ。ロシアのマクルーハン、モスクワのジミ・へンドリックス。ウラジオストックから出てきた女のロック・シンガーが麻薬で死んだりしなきゃ駄目ですよね。

モスクワの郊外にヘイト・アシュベリニコフていう街があるの、知ってますか? マリファナ吸ってラリッてる若い芸術家が住んでる街。「モスクワ・セブン」て呼ばれてる指導者もいますよ。ジェリー・ルービンニコフていうのが大将でね。もう大変ですよ。

お土産は「ペレストロいか」ね。薫製になってるイカですけどね。不味いから捨てましたけどね。ロスケの食い物なんて全部不味いですよ。マクドナルドがモスクワで売ってるハンバーガーね、あれ本当はハンバーグ入ってないですよ。シベリアで働いてる労働者の靴の底を焼いて入れてるんですよ。噓だと思うでしょ? 私も嘘だと思いますけどね。噓かも知れないし本当かも知れないですけどね。そんなことわかりませんよシロートには。

だからね、誰だって大変なんですよ。余裕なんかないですよ。日本もこれから二十年間不況が続くらしいですよ。二十年ですよ二十年。物価がどんどん上がってね。食パン一枚が一万円になるんですよ。だからね、今から食パン溜めといた方がいいですよ。腐らないように溜めといた方がいいですよ。食パンがお金の代わりになるんですよ。十パンあれば家賃ぐらい払えますよ。だからね、ウチのFAXに電話してもパンは貰えませんよ。「ぴーぴーがーがー」いってるだけですよ。一枚一万円ですよ。お金振り込んでから連絡してくださいね。そうすれば封筒にパン入れて送ってもいいですよ。場合によってはね。送るかも知れないですよ。

だからね、これからは寝ててお金儲けなきゃ駄目ですよ。私ら遊ぶのに忙しくて働くヒマなんかないですからね。寝てる時しかお金稼ぐ時間ないですからね。そうでしょ? 違いますか? そうでしょ?

(『月刊漫画ガロ』1992年2・3月合併号より)

 

高杉弾/倶楽部イレギュラーズ 第7回「春の嵐と心の旅」

春の嵐がまた私の心の中にやってきました。最近、私の周囲にもいよいよ本格的なヤキが回りはじめており、不況は私たちのようなチンピラのところに最初に回ってくるものだと、しみじみ感じております。もうどこにも、なにもありません。部屋から一切外へ出ず、体重は四十二キロに減り、血圧は下がり、睡眠時間を一日平均十時間とって、この極端な精神衰弱状態に耐えているところへ、病院に勤める知人から再三再四入院勧誘のお電話があります。

頭は錯乱し、腹は減り、猫は部屋中を駆けずり回る狂乱状態の中で「はいはいはいはい、そのうち行きますからね頑張ってくださいね」などと生返事をする今日この頃でございます。私にはもう生きている実感などどこにもないのです。自分と他人の区別がつかない状態が板に付いてしまい、起きていても夢を見ているような心地でひたすら食べ物のことを思い浮かべています。髭は伸び、身体中に垢がたまりました。何も考えられず、猫と一緒に床で寝たりしています。突然頭が重くなり、あまり面白くない駄洒落を思いついてへらへら笑っています。そうこうしているうちに部屋代と借金の支払い日が迫り、返済できないので高利貸しから借金をすると外はもう夜です。風の音がひゅうひゅう耳に突き刺さるように感じ、また自殺衝動が訪れます。

目に見えるものが意味を失ってただの形にしか見えず、胃には次第に黒い幕が降りはじめて、東京にも春がやってきました。蒲団にもぐり込んで震えているうちにいつしか眠ってしまい、悪夢にうなされてがっくりと疲れ、やがて朝が訪れると低血圧状態で猛烈に腹が減っています。ぼんやりとした光の中で、私はまだ自分が生きていることを確認します。なにか食べなくてはいけないと思い、冷蔵庫から魚を取り出して鱗を削ぎ落とします。友人からの手紙によると、織田信長はとうの昔に失脚しているとのことです。窓の外には桜が咲いて、今年も笑いながら歩く人たちの生活が路上の水溜まりに滲み込んでいくようです。旅の心もすっかり忘れてしまった頃に、私は故郷の野山を駆けめぐることを思い出して涙を流すこともありました。散歩と週末の競馬だけが人生の楽しみとなって、社会はどんどん私から遠ざかっていきます。嘔吐と暴食を繰り返し、鏡の中に悪魔の姿を見て、絶望の淵に立つ孤独と真紅に色どられた躁鬱を呪う言葉を吐き続けます。鍋ややかんは路傍の石にも似て何も語らず、黒い緞帳は私の人間芝居を厚く覆い尽くします。猫がにゃんと鳴き、鴉はかあと鳴いて陰欝な夕陽がこの世を焼きつくし、やがて来る闇の大王の囁きに耳を傾けるとき、私は一匹の野獣となってご飯を食べます。きょうのおかずはさんまのかば焼き。昨日よりも不幸の度合いが増して、憔悴がにじり寄るように私に微笑みかけている。自殺すらできない不幸な私。私はもうとうの昔に死んでいるのかも知れない。

病院は暗黒の遊園地、そして社会は明るい墓場のように感じられます。春はまぼろし、淡い光の中を大勢の亡者が笑いながら走って行く。硝子のように透き通った蛇がにやにや笑いながら私にすり寄ってきて「お前ももうおしまいだね」と囁きます。水道管の中を這いずりながら前に進む私。ああバナナが食べたい。鳥の蒸し焼きも食べたい。病院では大勢の上海の老人が壷に入った紫の液体を柄杓ですくって水浴びをしています。私にはわからない中国語で、しきりに呪いの言葉を呟きながら。ああ蕨餅が食べたい。葛切りでもいい。そして突然の頭痛。私は床に伏せって暗黒の宇宙を想い、大理石の思念にすべてを集中しました。猫が五万匹死んでいます。人間も八人死んでいます。空からはもう九十日間も針の雨が降り注ぎ、地面は血の海となってどろどろに覆いつくされました。神も仏もあるものか。この世の地獄を思い知れ。お前なんか人間じゃない。二度と生まれてくるな。八百年間いじめてやる。目が醒めると妻が台所で野菜を刻んでいました。妻は悪魔の化身でした。私を監視するために悪魔が使わした化け物でした。気圧が下がり、脳が圧迫され、やがて雨が降りはじめました。借金の支払いが迫り、食べ物はなく、猫は鳴き叫び、激しい絶望と吐き気が私を襲います。関節が痛み、頭は混乱し、咽喉は乾き、どんよりと垂れこめる雲が私の精神を錯乱するのです。春の嵐は、まだ私の心の中から出て行こうとはしません。

(『月刊漫画ガロ』1992年6月号より)

 

高杉弾の単行本

メディアになりたい』(1984年)

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メディアマン高杉弾の最初の単行本

人間の脳こそが唯一絶対のメディアであり、いかなるシステムも脳を凌駕することはできないことを冗談と隠喩と悪ふざけによって説き明かした世紀の名著。すでに絶版。

定価980円・JICC出版局(現・宝島社)・絶版

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週刊本38・霊的衝動 100万人のポルノ』(1985年)

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自販機エロ本からビニ本、アダルトビデオまでの“ポルノ黄金期”を3時間に渡って一気に語り下ろした著者会心の講演録。図版多数収録。

定価680円・朝日出版社・絶版

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楽しいステレオ写真』(1993年)

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ステレオ(立体)写真の初歩から撮影手法、裸眼立体視の方法までを丁寧に解説した入門書。裸眼で見るステレオ写真108点収録。

定価650円・竹書房文庫・絶版

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香港夢幻』(1995年)

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香港・マカオを舞台にしたギャンブル小説。雑踏、屋台、グルメ、九龍城砦、骨董、麻薬…香港リピーターのためのスーパー・ガイドブックでもあります。

定価1300円・大栄出版・絶版

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*1:植草甚一

評論家・エッセイスト。戦前戦後を通じて映画・ジャズ・ミステリーを中心とした海外サブカルチャー紹介で活躍、七〇年代は『宝島』の責任編集を勤めるなど、日本サブカルチャーの父とも呼ぶべき人物。七九年に享年七一で死去。

*2:『便所虫』

高杉氏が七四年から刊行していたフリーペーパー。高杉氏の読書記録や身辺雑記の他、隅田川乱一のエッセイも連載されていた。二〇号から『BEE-BEE』と改題。

*3:『ワンダーランド』

七三年八月に創刊された植草甚一編集によるサブカルチャー・マガジン。現在の『宝島』の前身である。

*4:『ドラキュラ』

七三年秋に創刊された唐十郎責任編集の季刊誌。『家畜人ヤプー』の覆面作家沼正三インタビューが掲載されたことで有名。

*5:『黒の手帖』

七一年五月に創刊された檸檬社発行のアングラ・マガジン。植草甚一にドラッグに関する文章を書かせるなど先鋭的な編集で名をはせた。

*6:真之助

『Jam』『HEAVEN』のコンセプター&ライター。詳しくは『Quick Japan』一四号の隅田川乱一インタビューを参照のこと。

*7:山崎春美

『HEAVEN』三代目編集長。ミュージシャン&ライター。ガセネタ&タコのボーカル。詳しくは『Quick Japan』一六号の山崎春美インタビュー参照のこと。

*8:坂本ナポリ

『Jam』に山崎春美と合作で「ナポリ夢日記」を連載した。ちなみに坂本ナポリは本名。

*9:近藤十四郎

『HEAVEN』二代目編集長。詳しくは『Quick Japan』一三号の近藤十四郎インタビュー参照のこと。

*10:Sさん

S氏は謎の歌人にして元エルシー企画&群雄社出版局長。あのスタジオジブリ製作の長編アニメーション映画『コクリコ坂から』の原作者でもあり、麻耶十郎の名で官能小説家としても活躍した。詳しくはWikipedia「佐山哲郎」参照のこと。

*11:明石さん

明石賢生(故人)。エルシー企画&群雄社社長。合併アリス出版では副社長だった。出版界に数々の伝説を残し九六年に急逝。詳しくはWikipedia「明石賢生」参照のこと。

*12:『Xマガジン』

自販機初のアンダーグラウンド・カルチャーマガジンとして七九年創刊。『Xマガジン』は最初の一冊のみで、二号目より『Jam』に改題。

*13:「芸能人ゴミあさり」

有名芸能人の自宅のゴミを勝手に回収し生理用品までグラビアで一挙公開してしまったバチ当たり企画。日本における「鬼畜系」の元祖はこの記事から?

*14:『Jam』

 七九年創刊。山口百恵のゴミ漁りで名を轟かせ、以後トラックやパンク系の記事の他、この世のものとも思えぬ冗談企画を連発し、八〇年エルシー企画とアリス出版が合併したことを機に『HEAVEN』と改題。

*15:栗本薫

女性小説家。代表作は『グイン・サーガ』『魔界水滸伝』『伊集院大介』シリーズなど。山口百恵宅のゴミ漁り事件の件で高杉弾をモデルとした小説「イミテーション・ゴールド」を執筆しており低俗週刊誌の記者がスキャンダル記事をでっちあげるためアイドルの家からゴミ箱を盗み出そうとする様子を描いている。後に本作は角川文庫『天国への階段』に収録された。二〇〇九年没。

*16:『微笑』

祥伝社発行の女性誌。七九年五月二六日号において四頁にわたる『Jam』の批判記事を掲載した。

*17:鈴木いづみ

鈴木いづみ伝説のサックス奏者・阿部薫(故人)の妻で、『恋のサイケデリック!』等の著書を持つこれまた伝説の作家。八六年に自殺した。

*18:『HEAVEN』

八〇年四月に『Jam』より改題。『HEAVEN』となってからは版型が大きくなり、羽良多平吉の表紙を中心にビジュアル面が強化された。当初はアリス出版が版元だったが明石賢生による群雄社設立とともに同社に移籍。八一年三月休刊。

*19:編集長交替劇

八一年初頭の『HEAVEN』編集長交代劇に関しては本誌一三号と一六号でそれぞれ近藤十四郎山崎春美の口からも語られている。ちなみに『HEAVEN』八一年二月号は、ほとんど全ページが残ったスタッフによる佐内順一郎高杉弾)糾弾に費やされるという、恐ろしい一冊だった。

*20:タイの島

事実、近年の高杉氏は一年のうち三分の一ほどをタイで過ごしているという。