山崎春美のスーパー変態インタビュー(その2/前科者編)
第一回目のスターリンのミチローさんはヘンタイだけどちっとも変態ではなかった、というのが一部結論でした。群雄社の明石社長も、随分以前から変態呼ばわりされて久しいけれど、最初本人に、今ビリーはヘンタイ捜してるんです。って話したら、オレ、変態じゃないよ、って一瞬逃げかけたのでした。明石賢生は変態じゃ決してなかったけど、ココロは一流のヘンタイで、ビンビンのナウです。
さて今回は、カツモクのヒット企画《お名前だけはかねがね》の巻なのだ。いったいに《噂の真相》等では今や、スター並みの扱いの、それは誰かと聞いたれば……名を聞くだけでトイレも行けぬ中小企業「群雄社出版」社長明石賢生、その人御自らの御登場なのでありんす。まさに破格の実験インタビューというのもフツー、この手の人種は、出たがり屋と出たがらずとがはっきりわかれておりまして、いくら写真家・武蔵野大門として傑作をあまた発表しておろうと、人徳で売る明石さん個人は決して、出たがりビトではないのれす。そこを何とか……是非に無理を重ねがさねて時間をすけて下すった。ああ有難い。
オマケにかてて加えてフツー、取材側が接待を完備すべきところを、年末締切りの忙しさと若気の至りと弱少出版の悲しさ、ロクな用意もできぬのを見越して、「しゃぶしゃぶ」から新宿のクラブ「門」まで、あろうことか「取材陣が馳走に預かった」という由々しき事態、これ全て明石さんのオゴリとゆう太っ腹、ああ、いくら彼の人生訓が「金は、持ってる者が払う」であったにせよ、感涙のあまりナミダナミダの有難さ。
と、いうわけで以上、本気の感謝の念を込めて御報告の段でした。
まずは、なれそめから入るのが礼儀というものですね。明石賢生って誰? なんて自称・エロ本愛読者がもしいたら、そんなモグリは片端から蹴っとばしてやんなさい、と断言できるほどに、隠れ大立者のひとりである。そんなエライさんにどうやって知り合えたのか、何せ生れてから今まで、エロ本など1冊も「買った」ことのない私と致しましては、ただただ偶然の神を問いつめるよりない。
あれはジャムの創刊の頃ですから、かれこれ丁度3年前。根からオツムのテッペンまで暗さで決めたパンク文学青少年だった私は、プライドを持って(!)佐内順一郎(現・高杉弾)ヘヴン前編集長や、隅田川乱一先生や、八木真一郎御大とオツキアイ頂いていたわけですが、ある日ふとした拍子に佐内氏が拾ったエロ本に端を発して、エルシー企画という、その当時はアリス出版と並んで自販機界の売り上げ1、2位を争っていた会社へ遊びに行った、のかな? そうすっと八木氏も隅田川先生も、かつて明石社長の開いていたスナックの常連だったりして顔見知りのよしみ、“あ、あの時のあなた”とゆーわけで、トントン拍子に「ジャム」の創刊が決まり、てな、ま、大体は、んな調子ですが、しかしところで、合言葉のように明石氏を巡って繰り返される「太っ腹」なる表現は、何も彼の「ユビュ王」もどきの風貌からだけではなく、内面よりニジミでる人徳、必ずしも人の良さだけではない天啓みたいな育ちの良さから来るものらしい。
見るからにサマにハマった経営者然とした御人柄の口から直接、「集団組織は好きじゃない」「強いものはキライだ」「安定指向は全然ない」などの御言葉を耳にすると、やはり、当人の好き嫌いをはるかに超えて、運命的に経営者としてしか生を完うできない彼の、人間性がほの見えるのであった。
───去年から一年、大変でしたね(笑)。
「うん。いやァ…。(笑)うん。激動の一年。(笑)だったなァ。アリスと合体したのが、丁度二年前ぐらいで、で、それを半年で止めて群雄社作って、それから佐内の問題があって、ヘヴン作り直して、逮捕されて、ヘヴン潰して、方向転換して…」
───過渡期、ですか?
「ううん。いつもこんなもんよ。だから今は、意識的に宣伝したり売れる要素のものを出したりした半年間が終わって…」
───あ、例のスカトロの…。
「うん、まあそれも含めてね。あんまりいい加減に作ってると、潰れで人間、イージーになっちゃって、それしかできなくなったら困るからね。ま、まわりは風が吹きまくってるわけだし、ひしめて」
───なるほど。でも、今やスカトロの群雄社ってぐらいで、相当評判というか、マニアなんか来ません?
「来る来る。ホラ、さっきも一人来てたでしょ。九州からはるばる訪ねて来たとか、今、秋葉原でビデオ買って、すぐそっちヘうかがいます、とかね(笑)。現金10万円をポンと出したりして……」
───そういうマニアとかソレモン一筋っていう人間像、なんかはお好き……
「好き好き。もう、その手でスゴイ人がいたら是非、紹介してほしいね(笑)。イヤ、ホント。まじに」
───じゃ、そろそろ明石さん御自身の経歴あたりから……。
「ハハハ。喋るほどのもんじゃないですよ。ま、あれは何年かな、大学入ったのは。丁度、闘争の真最中で」
───ブンドですよね?
「そうそう。革マルとの闘争に明けくれてね。で、そのうち追いだされて、学校には近寄れなくなってね。ま、典型的な、思想うんぬんじゃないものがあったワケだから。20歳ぐらい、かな」
───それからは?
「ま、それで印刷屋をはじめたのよ。スポンサーがいてね、百二十万で印刷機買って、当時じゃ画期的なもんだったんだけど、ま、素人が講習会うけて習ってきてはじめたわけ。中核のビラなんかも刷ったりしてね(笑)。で、それがポシャって、今度はコンピュータのオペレーターをやってたのね。10何年も前だからね、『これからはコンピュータの時代だ』っていうんで、夜勤なんかだと誰あれもいないだだっ広いトコで、機械相手にポコポコやってたりしたんだけど、さすがにもうできないってんで、店をはじめて」
───あ、クレジオですか?
「うん。下落合でね。五ツボぐらいの絨スナックよ。たまたま知り合いにインテリア・デザイナーがいて、穴を掘って座る式にした方が能率いいからっていって、裸電球に黒のべっちんと、ユニークというかメチャクチャというか……」
───クレジオって名は、やはりル・クレジオから……?
「うん、そうよ。との頃は若かりし文学青年だったからね。もう、ここ10年は本なんて読んでないけどね(笑)。むき出しの壁のイメージが好きでねえ、店もそんな感じだったから変な奴ばっかり来てたよ。そうそう、真之助(隅田川乱一の本名)とか八木とか来てたね、よく」
───変な奴らのたまり場?
「うん。フジオ・プロが近くにあったし、及川恒平とか、あと暴走族の連中ね。音楽家の卵とか、色んなのがね」
───結婚は、じゃその当時……?
「うん、もう少し前かな。式なんか全然あげずにね。子供ができたから籍入れるみたいな。そういえば荒戸源次郎なんかもその頃から知ってて。ウチの女房と、自由劇場の同期でね。つい去年か、ヘヴンのインタビューの時に再会して、『お互い、醜くく太ったね』なんて……」
───昔はやせてたとか……?
「おおよ。50キロぐらいだったよ」
───店はどれくらいの間?
「うーん。オレが3年やって、女房が2年やって、あわせて5年か」
───それから出版界へ?
「うん、営業だけどね。盆裁の本を最初はやったのかな。それがまた……
ココはオフレコである。何、たいした内容じゃないんだけど、本をどっかへ通すために苦労して、そのどっかへのエライさんへ、親のコネを通じて持ってったら、ツルの一声で、そのオカゲで逆に担当者に意地悪された話や、そのどっかへの恨みつらみを述べているだけの話。文化と商売の二枚舌がどーしたこーしたなんて興味ないでしょ。ね。よってオフレコ。
……いや、もう大変でね(笑)」
───それからは?
「うーん、人に使われるのって、あんま好きじゃないんだよね。で、2年ぐらいぶらぶらしてて、そのうち佐山哲郎と出会ってね。(注・この佐山さんは群雄社刊のキンキラ本『陽炎座』の編集者で、その筋のユーメー人である)で、林さんって『えろちか』作った人と会って、『異端文芸』だとか復刊前の『地球ロマン』とか、そうそうエロ本時代のね、そういうのを扱い出して、ま、林さんも文学青年で商売はヘタでねぇ。今はビニ本業界の会長やってるけど(笑)、就任式の次の日に逮捕されちゃったけど」
(明石賢生の相棒こと佐山哲郎。その正体は浄土宗僧侶、官能小説家、群雄社編集局長、スタジオジブリ制作の長編アニメーション映画『コクリコ坂から』原作者)
───性文化って意識はあったんですか?
「うん、『えろちか』なんて買って読んでたからね。要するにアレね、タブーとかフタするもの、権力ってのがすごい嫌いなんだよね。で、『幻影城』やってる頃に、その資金造りでエロ本を作りはじめたわけだけど……」
───最初に作ったエロ本、覚えてます?
「おお、覚えとるよ。日活のコ生意気な女優使ってね、ちょうど暴走族のはしりみたいのが出た頃だから、オートバイとのからみでね、スペクターって書いた旗をなびかせて……」
───ビ二本の前身ですよね?
「そうねえ。丁度、激写が出てきたんだよね、こっちのすぐ後に。その頃は『裸の必然性』みたいのがいるってんで、ミニ・ストーリー仕立てにしたりしてね、強姦ものとか覗きとか評判は良かったよ。だからタブーがいろいろあったのを、知らない強みでバンバン作ってたからね。それがまた、今見ても結構いいんだよね」
───そうね。取次がセーラー服をOKしたのが、ここ1年ぐらいかな。
「そう。とにかく取次本は、決定的に遅れてるね」
───解禁についてはどうですか?
「うーん。どうでもいいっちゃ悪いけど、なればなったで、こっちは次の手を考えるからね。ただ見せる、見せない、女が可愛いい、可愛くない、だけじゃない何かってのを出せないとね。いや、ホント、エロ本こそ崇高に作るべきよ」
───ヘヴン作ってた動機(笑)……ボクがきくのもオカシナ話だけど。
「いや驚いたね。とにかくビックリしたっていっても内容じゃなくて、ただ面白いからやりたいっていう連中がいるって事実に驚いて、オレ、内容なんか、悪いけど全然見てないわけ。読んでもいないし。だけど、面白いから作りたいって、そう考えてる連中がいるって事にね。で、あと中途半端は嫌いだからね。面倒見るなら見るで、みないならみないって徹底したかったから、だからアリスと合体して辞めた動機のひとつもそこにあるんだよね。売れない本だからって切り捨てていっちゃ、そういう姿勢じゃ、いつまでたってもダメだと思うから。売れない本を売る姿勢が大切なんだ、と思うね」
───どうも有難う御座居ます(笑)。で、群雄社を作って……
「当初は大変だったよ。ヘヴン入れて15人ぐらいか。とにかく人を引き受けるってのが大変なんだよね。最近、非常にそう思うんだけど、蹴っとばすと、例えば今回ハルミをこれで、イヤ忙しいからとか言って打っちゃっちゃっと、必ずあとでそれが自分に返って来ちゃうんだよね。だから、それは、自分よりエライ人がたくさんいるって事だよね」
───大体今の30から35ぐらいの僕って一番ヒカってますね。頑張って。
「うん。変に安定するのはキライだしね。だから今も、社内をナアナアっぽくしないように手を加えてるとこなんだ」
───でも、エルシーも群雄社も、社内のムードって、わりとファミリーっぽいですよねえ。
「いやァ、それはやっぱ体質が出ちゃうんだなあ(笑)」
───それでいよいよ、核心に触れてくるわけですが(笑)、逮捕前ってのは、事前にわかってたわけですか?
「何が? 逮捕されるってのが? うん、まあ大体はね。2ヶ月ぐらい前から、もうこりゃやられるなってのは自分でも気付いてたし、あらかじめ情報は流れてるから、用意して待ってたんだ」
───用意して(笑)
「洗面用具とかタオルとか持ってね」
───旅行に行くみたいだな(笑)
「んで、風呂入って、そろそろ寝るかなって頃にね、丁度12時5分ぐらいよ。ぴったし。だから逮捕状が出て5分ぐらいでね、来たの。ヨメさんが手振って、『行ってらっしーい』『頑張ってね』(笑)って言うから、あとで刑事が、『お前の女房はスゲエな』って(笑)、ホラ、普通は泣かれたり大変じゃない。だから」
───卒直に、どうでした? 房は(笑)
「いやあ慣れたけどね、寒かったよ。でも面白かった、なーんてあんま書くと困るけど、でも面白かったね」
───同居人とか……
「うん。サギとスリとアキスと、あとヤクザがいたのかな。入ってって『明石といいます。よろしく』つったら、『あーあー』って感じで、誰が入ってこようが気にしないって態度でね。『何やったんだ?』『ワイセツです』『イタズラか?』『いや、ビニ本作って……』なんてね。んでその頃丁度、そこにあった平凡パンチか何かに、オレのことが出てたんだよね。『明石さん、これでしょ』なんていわれて、あとはメシの時も、『ハイ、ビニ本屋の社長』とかいわれてさ(笑)」
───途中で誰か入って来ませんでした?
「来た来た。池袋の銀行ギャングってのが入って来たよ」
───あ、あの駅前の……
「そうそう。そんなみすみすつかまるような真似を、池袋の、それも信用金庫なんかでするなって(笑)言ってたんだ。あとねえ、シャブの打ち方とか、アキスに入られない方法とかねえ、そう、アキス自身が教えてくれるわけ。普通の格好をしてね、奥さんの買物のあとをつけるんだって。んで、電車乗ったら二、三時間は帰ってこないから、それでヤるんだって。だけど中へ入る手口は教えてくんなかったけどね。オレのは特殊だからって」
───ハハァ、雑誌の新企画みたい(笑)
「でもアレだってね。お金なんて、貯金を引き出しに行くようなもんだってね。朝はいつも、出勤に行くようなもんだって」
───ハハ。いいなあ。中での生活はどうでした?
「うーん。夜が早いのね。もう8時には寝て、6時ぐらいに起きるのかな」
───メシは?
「メシはねえ、それがよく考えられてて何ーにもしないじゃん。だから、ゴロゴロしてて、丁度、腹がすいたなァって頃に昼メシなのね。んでまた、喰って、しばあらくして、また減ってきたなっていうと夕メシが来るのね。最初は少ないななんて思ったけど、そのうちこんなもんだなって」
───寝れました? よく(笑)
「いやあ、もう、いろいろ10年ぐらいやってきたからねえ、そろそろいい経験だと思ってたけど、オレなんか普段は何も考えないじゃん。それが雑誌がないからいろいろ思い出したり、小学生の頃の事とかね、考えないこと考えたりして、いったん寝ても、1時ぐらいに起きちゃうんだよね。で、本は読んだなあ」
───20日……30日ぐらいでしたっけ。
「そう、起訴されて、かれこれ30日かな。裁判で10ヶ月、執行猶予3年。だからヤバイんだよな、あんまり刺激すると(笑)方向転換して考え直したって書いといてよ(笑)」
───本って、どんなの持ってったんですか?
「いや、オレはイロイロ固いのを持ってたんだけど、あすこに、前の人が残してった松本清張とか司馬僚太郎とかがあるわけ。そういうストーリー、筋を追うものしか読めなくてね。でも30日居て、1日1冊ぐらい読んでたかなァ」
───麦メシなんでしょ?
「いや、あのね、拘置所は麦メシなんだけど、留置所はコメ、量は決して多くないんだけどね、でもあそこの生活になれちゃうと、差し入れなんかは喰えないね。とてもじゃないけど、腹いっぱいで」
最近、別の事件の公判に、証人として呼び出された明石さん、証人という立場の気楽さからか、言いたい事を喋ったら、検事が突然「この証人を弾効します」
何事かと思ったら、証人・明石賢生の過去を、それこそ学生闘争時代のからひっぱり出してきて洗いざらいぶちまけられて、ビックリしたという。いったん休裁して、その後、「今の検事の発言は却下します」で救われたと。
「うん? 前科一犯? 二犯? 知らんよ」
群雄社の本はリアリティーがある、とよく言われる。現在は「無理矢理に順調にしている」らしい出版状況らしいが、やはり作られるそのエロ本一冊一冊に、深くしみついた明石賢生氏の底抜けの姿勢が読み取れる、と言ったら誇張にすぎようか──なーんか言ったりして。
取材サイドの不備から、用意していったテープのうち一本しか使えない羽目にあって、「仕事」は早々のうちに、つまり90分テープ一本分の一時間半で終わってしまい、あとはたっぷり「しゃぶしゃぶ」を賞味し、新宿まで出て女のコとキャアキャア遊んできてしまった、ふがいない取材陣だが、どうもテープの切れたあたりから明石社長の言葉の切れには、ソラ怖しいところがあり、例えば、
「闘争の時もそうだったが、二列目はダメだ。最前列、最先端にいる者のみが、すべてを状況把握できるのだ。まん中にいる奴は、実際に殴られないからいつまでたっても、ビビったり病気になったりしてラクなままなのだ」
といった重要発言が随所にとびかい、かろうじでメモできた今の一言を除いてはすべて忘れてしまったこのだらしなさ、とするのが、重要発言を、あえてオフレコに踏みきった編集サイドの義務でもまたあるのかも知れない───なーんか言ったりして。でも、こればっかりはホントに、明石さんは女を、それもすべての女という女を、愛しているように見える。
「女はきれいだ。猫みたいに美しい」
なーんか言ったりして。
でも、ま、実際、「よく聴き取れませんでした」とせずにはおれない難聴の哀しさは、やはり、いくらショッキングで刺激的で面白い内容があったとしても、そのオカゲで別に、テメエのフトコロがあったかくもなりゃしないオフレコならば、あえて男一匹義理果たし、棒に振ってしまおうとする姿勢というのは、これは正しいのだろうか。
───結局ね、ハタから見てると、逮捕劇はあるは、スカトロのスゴイのは出すわ、ヘヴンみたいな雑誌は出すわで、群雄社っていうのは何なんだろうって疑問が、一般にあるようなんですけど……。
「何にもないんですよ(笑)」
最初にインタビューの話を持ち込んた時の明石氏の開口一番は、「オレ、変態じゃないよォ──」であった。事実、彼は変態では、どうやらない、とするのが今月の結論。皆さん、どうも御苦労さまでした。
あのね、もひとつ。明石さんの子供っていうのと遊んだことあるんだ。ヒマで、何かの日曜日みたいな日に、会社へ遊びに来てて。すごくシニカルで冷笑的で、とても子供(6つぐらい)とは思えないその態度に、驚いだ事がある。ハハァ、親がこうだと息子も……って思ったの。それだけ。
PS
身長170 体重78キロ
B105 W98 H100以上
好物 焼きおにぎり、メンタイ、タカナの油いため
以上
群雄社出版『HEAVEN』1981年3月・通巻9号(廃刊号)
山崎春美/WHO'S WHO 人命事典 第3回
明石賢生〔あかし・けんせい〕
(1947~1996/享年48)
そりゃあ太ってはいたろうさ。(以下数十行をミスから消去してしまった。最後の文は)とどのつまり、ぼくたちは痩せっぽちすぎたんだろう。享年四十八歳で夭逝した葬式にはその、たった二年後に逝ってしまう美沢さんと行った。
「エルシー企画」社長から「アリス出版」副社長を経て「群雄社出版」社長に。「カネは出すが口は出さない」という自らの社是をあくまで貫いてX-BOYこと美沢真之助をして「(『HEAVENが奇跡的に成立できたのは』社長のこの社是にある」と言わしめたほどだ。この国のポルノ業界(自販機本~ビニ本~ビデオ)にあっては伝説の風雲児である。それだけではない。群雄社のなんと律儀なこと! 詳細は別(『天國の…』)に記したので省くが『HEAVEN』10号が未発売になって行き場を失ったぼくを同社に招いてくれたのは蟻がたかった、もとい有り難かった。とはいえ、たったの1か月しか在籍していない不良社員でさえないぼくにさえ(労働実績皆無!)社会保険を支払ってくれていたことが二十一世紀になって年金問題が騒がれた頃に国からの電話で知った。
また『BILLY』なるセルフ出版(白夜書房)のエロ雑誌に載せたインタービュ企画があり、“スターリン”全盛時だった遠藤みちろう、蛭子能収に続いて明石さんに突撃取材を敢行したのだが、本来ならホストである我々『BILLY』編集者が支払わねばならない店の、取材飲食代金を奢って貰った!