Underground Magazine Archives

雑誌周辺文化研究互助

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もくじ

鬼畜系

鬼畜系サブカルチャーの終焉/正しい悪趣味の衰退

鬼畜たちの倫理観──死体写真を楽しみ、ドラッグ、幼児買春を嬉々として語る人たちの欲望の最終ラインとは?

吉永嘉明『自殺されちゃった僕』解説◎春日武彦「掟破り、ということ」

Jam&HEAVEN

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百恵ちゃんゴミ箱あさり事件で有名になった自動販売機ポルノ雑誌『Jam』の編集長が明かすその秘密―わしらのフリークランド(宝島1979年12月号)

近藤十四郎インタビュー(『HEAVEN』二代目編集長)

隅田川乱一インタビュー(『Jam』ライター&コンセプター)

安田邦也インタビュー(元エルシー企画、アリス出版、群雄社編集者)

山崎春美インタビュー(『HEAVEN』三代目編集長)

高杉弾インタビュー(『Jam』『HEAVEN』初代編集長)

高杉弾インタビュー「ぼくはプロの編集者であったことなどなかったし、むしろ編集者に変装した変質者でした」

特集/僕と私の脳内リゾート──ブレイン・リゾーター高杉弾とメディアマンのすべて

 

スーパー変態マガジン Billy

1982年

山崎春美のスーパー変態インタビュー(第1回)「逮捕後の変態ロックバンド スターリン 遠藤ミチロウ」

山崎春美のスーパー変態インタビュー(第2回)「ウンチでビルが建った!? 群雄社代表取締役 明石賢生」

 山崎春美のスーパー変態インタビュー (第3回)「女房の流産を心底喜んだ!? 異端漫画家 蛭子能収」

 

月刊漫画ガロ

 

山田花子


1992年

花輪和一インタビュー(ガロ1992年5月号)

ねこぢるインタビュー「ゲームの世界に生まれたかった」(ガロ1992年6月号)

1993年

丸尾末広インタビュー(ガロ1993年5月号)

山野一「食えませんから」(ガロ1993年6月号)

1994年

混沌大陸パンゲア刊行記念/山野一インタビュー(ガロ1994年2月号)

 

ねこぢる山野一

1992年

ねこぢるインタビュー「ゲームの世界に生まれたかった」

1993年

山野一「食えませんから」(ガロ1993年6月号)

1994年

混沌大陸パンゲア刊行記念/山野一インタビュー(ガロ1994年2月号)

1995年

山野一インタビュー「カースト礼賛」(ユリイカ総特集=悪趣味大全)

1996年

山野一ロングインタビュー 貧乏人の悲惨な生活を描かせたら右に出る者なし!!(東京公司編『危ない1号』第2巻 特集/キ印良品)

ねこぢるインタビュー「なんかシンクロしちゃってるのかな、とかたまに思ったりして」(文藝1996年冬季号)

1998年

マンガ狂い咲き 山野一 ~アセチレンからドブの上澄みまで特殊全般~因業製造工場へようこそ!(BUBKA1998年1月号)

マンガ狂い咲き かわいくってざんこくな本棚のペットねこぢるの飼い方/鬼畜なねこちゃんの何かがわかる本/特集ねこぢるマンガの生態(BUBKA1998年1月号)

ねこぢる追悼ナイト@新宿ロフトプラスワン(根本敬×白取千夏雄×サエキけんぞう×鶴岡法斎)

2000年

ねこぢるyインタビュー ねこぢる/ねこぢるy(山野一)さんにまつわる50の質問(文藝2000年夏季号)

2005年

「自殺されちゃった僕」刊行鼎談(吉永嘉明×山野一×根本敬)

2006年

対談◎吉永嘉明×山野一「自殺されちゃった僕たち【Vol.3】正しく失望せよ!」

2008年

対談◎根本敬(特殊漫画家)×山野一(漫画家)「いまも夢の中にねこぢるが出てくるんです」

その他

うそかまことか、まことかうそか、うそからでたまこと──メディアリテラシーは現代を生き抜くためのサバイバル術!?

僕はよくウィキペディアの編集を行ってる。もちろん書き込む内容は分かりやすく要約している。森達也著『たったひとつの真実なんてない』という本では「分かりやすくする」ことの危険性が色々と書かれているが、それでも伝えるべき情報を切り下げたり切り上げることなく、過不足なく伝えることが出来ていると自負しています。

そもそもウィキペディアには文字数の上限がないので、自身が編集した記事(下記にURLを記載)を見て貰えば分かると思いますが、ものすごく膨大な内容になっているものが多々あります。逆に言えば、これほど膨大な内容でないと、些末な事柄であったとしても、その全体像は伝わってこないってことかもしれません。そしてこれはありとあらゆる事物に対しても言えるのです。

しかし、新聞やテレビなどのマスメディアでは制約(文字数や頁数、放送時間など)があるため、一部を切り取ってでしか伝えることが出来ない。ゆえにマスメディアからの情報だけでは、出来事を正確に捉えることが出来ないというわけです。

 

…まあ自身がウィキぺディアに散々雑文を書き散らしておいて言うのも何ですが、不特定多数の人間が書き込めるウィキペディアを、これまた多くの人間が何の疑いもなく信頼(盲信?)している現状については、僕は決して良いといえないと思っている。

「分かりやすく」「出典を明確に」「推測は必要最低限」をモットーとしている自分にとって、これは絶対にありえないことですが、僕であろうと、誰であろうと、例えば悪意ある人間がいたとして、それで悪意ある記述を、もっともらしくウィキペディアに書き込むっていうことは、十分にあり得ることでございます。

なにせ適当に出典を明示して、有ること無いことを書けば、いくらでも誤魔化せてしまえるのですから。

これは、恐ろしいことですよ。

事実、僕がウィキペディアに書いた文章は多くの人によって「事実」として支持され、しばしば引用されたりもしますよ。つまり誰が書いたかわからないよーな胡散臭い文章が「信頼」をもって迎えられているわけですね。これはイケナイ。

 

 

話は飛びますが、本書にあるように20世紀初頭は映画・ラジオ・新聞などの「マスメディア」が急速に普及しました。しかし、それからわずか数十年で人類は悲惨な世界大戦を二度も起こしてしまいました。

本書の著者は、マスメディアの登場以前にファシズムなんて危険極まりない政治思想は存在しえなかったと書いています。もちろんマスメディアだけが悪いわけでなく、戦争の原因はそれを支持する「大衆」と、それに迎合する「メディア」との「共犯関係」の上にあるということも、しっかりと書かれてありました。

しかし、近年の諸外国からは、送り手(マスメディア)と受け手(国民)の間で激しい乖離が起きているという印象を受けます。

その最たる例が米大統領選で勝利したドナルド・トランプ大統領で、彼はSNSを巧みに扱って大衆の支持を集めて、リベラル寄りのヒラリーを支持していたマスメディアの予想を大きくぶっち切って、ついに大統領になってしまいました。

そしてトランプ大統領はここぞとばかりに

ナショナリズム国民主義)を政策で打ち出します。

当時の西欧諸国は難民問題などもあって、国民感情としては排外主義(あるいは右傾)が強まってましたが、建前上は良い子ちゃんメディアであるマスメディアには、とても「不法難民を追い返せ!」なんて口が裂けても言えないような状況でした。

この選挙戦は、本音と建前でメディアとSNSが揺れた歴史的出来事であり、同時にテレビという“オールド・メディア”が、SNSという“ニュー・メディア”に敗北した歴史的瞬間でもある、と僕は思っています。

念頭に置いてほしいのはSNSにしろインターネットにしろ、その本質は「真偽の分からない情報が玉石混交に入り混じった、中立なんて程遠い無法空間みたいなもの」ということで、知的余裕と感情的余裕のない垂直思考の持ち主には、これら情報を分別できる能力はありません。日本が急速に右傾化したのも、この前の杉田水脈騒動も、私にはネットの影響が強く関わっているように感じます。

悪意を伝播するのにインターネットというメディアは残念ながら非常に効率的です。たった一人の工作活動で世論・印象を人為的に操作してしまうことが十分に可能なのですから。

メディア・リテラシーとは、情報化社会をサバイブするために、そして二度と大戦を起こさないために、全人類が自ずから備えておくべき必要がある「必修科目」になるに違いないでしょう。(了)

 

P.S 大庭が編集した一部のウィキペディア記事については下記にURLを記載しておきます(いずれも大庭が初版記事を作成)。

 

https://ja.wikipedia.org/?curid=3642006

https://ja.wikipedia.org/?curid=3792893

https://ja.wikipedia.org/?curid=3241728

https://ja.wikipedia.org/?curid=3810236

https://ja.wikipedia.org/wiki/POSO

https://ja.wikipedia.org/?curid=2856251

https://ja.wikipedia.org/?curid=3032557

https://ja.wikipedia.org/?curid=3207612

https://ja.wikipedia.org/?curid=2723976

https://ja.wikipedia.org/?curid=3005467

https://ja.wikipedia.org/?curid=3732459

https://ja.wikipedia.org/?curid=3630309

 

また初版を書いたわけではないけれど、7~9割ほど編集に関わったことがある記事は以下の通りです。

 

https://ja.wikipedia.org/?curid=58462

https://ja.wikipedia.org/?curid=1114612

https://ja.wikipedia.org/?curid=128794

https://ja.wikipedia.org/?curid=527304

 

最後に、あとがき的な蛇足を2つ書かせてもらいます(本来の意味で「蛇足」この上ない内容なので、別に読まなくていいです。また以下の内容と本題とを合わせると、指定された文字数を大いに超過することになってしまうので、以下に述べる文章をカウントするつもりはありません)。

 

1.世の中の情報は「僕」または「あなた」というメディアを通して伝達されます。いま書いた僕の文章も、僕が外界で見聞きした情報や経験を、僕という「メディア」が集積して加工し偏見も交えて情報化したものです。

それは言葉に、文字に、態度に、意識になってありとあらゆる場所に伝達されて行きます。しかし、受信~発信の過程で「歪み」が生じる事があります。これが「認知の歪み」だったり「フェイク・ニュース」だったりの原因になっているのでしょう。人間は時代性と信憑性を事細かに反映しているという意味で、やはりメディアそのものなのです。

 

2.しかし、他人から知覚される「僕」は、しょせん「他人」と「僕」の「中間点」にある「フェイク・メディア」に過ぎず、決してそれが「本質」だったり「正体」だったりするわけではない。

たとえば僕のことが大嫌いなAさんから見た「僕」と、僕のことを好いてくれるBさんから見た「僕」とでは、ほとんど別人だっていうこともあるかもしれない。

それは私からしたら「僕」ではなく、ほとんど「誰」なんだって話だけど、この「誰」かと「僕」とで生じるズレは決して「フェイク」でなく紛れも無い「真実」であるわけです。

もちろん100人いれば100通りの僕がいて、そのいずれもが「真実」であり「フェイク」である、といえるかもしれない。

前述したように「僕」と「他人から知覚される僕」は基本的に別人です。僕からしたら「他人から知覚される僕」は、僕と他人が便宜的に用いている「フェイク・メディア」に過ぎません。

しかし「他人から知覚される僕」もまた、他人にとっては紛れもない「真実」であるわけなのです。

だって僕という「メディア」(フェイクにしろリアルにしろ)が成立するには、あなたという「メディア」(これもまたリアルにしろフェイクにしろ)が必要不可欠なんだ。だから感謝しなくちゃいけない。僕の話をここまで聞いてくれたメディアの皆さん、どうもありがとう。

 

3.最後に参考になるかは分からないけど、今手元にある「オカルティズムとアフリカン格闘技と昨年度のマット界」(美沢真之助/79年5月発行『本の雑誌』12号所載)という記事を紹介してみよう。

この記事では「ヨルバレ族」というスーダン北部ナンラ地区に住む民族が紹介されている。それによれば、ヨルバレ族は「嘘」と「事実」の間に余り「区別」を設けず、「以下の対話」を了解することが、通過儀礼(イニシエーション)において重要なポイントになっているという。

▲―完全に八百長であるとも、事実であるともいえないときはどうか?

〇―それは八百長ではないし、事実でもない

▲―では、一体、それは何なのか?

 〇―八百長であり、事実である。

これは、250年ほど前に、アフリカのヨルバレ族の首長と呪術師との間で交わされた対話だそうだ。「メディア表現論」の受講生を悩ます「うそかまことか、まことかうそか」といった禅問答的ないし社会的公案の「回答」は、きっと彼らの思想にあるのでは?と僕は勝手に解釈している。……世の中には「噓から出たまこと」だってあるのだから。

ロックバンドがフジを電波ジャック 生番組の怖さまざまざ

ロックバンドがフジを電波ジャック 生番組の怖さまざまざ

 

フジ系の生番組「ヒットスタジオR&N」で十三日深夜、タイマーズというロックバンドが、二曲目に突然、―FM東京腐ったラジオ、最低のラジオ……などと、わいせつな言葉を交えながら歌った。

このバンドは、正体不明というふれ込みの四人組だが、実は中心人物がRCサクセション忌野清志郎。彼は昨年、反原発の思いを一部に込めたアルバム「カバーズ」を発表、これが一時発売中止となって話題を集めた。その時、FM東京原発問題を扱った曲の放送を自粛した。

加えて、忌野が別のバンドのために詞を書き、九月に出た「谷間のうた」が、FM東京FM仙台で放送自粛の憂き目に遭っている。この曲は、思わせぶりな表現が続くものの、コードに触れるような言葉はない。それで、―何でもかんでも放送中止さ、という怒りにつながったようだ。

この“抗議行動”を、よくぞやったと評価したり、面白がったりする人もいるだろう。だが、電波ジャックをしての特定局の中傷は、少なくとも公平ではない。また、アルバム発売を来月に控えているだけに、宣伝、話題作りと勘ぐられても仕方がない。

フジの幹部は「リハーサルをやりながら、このような発言が出たことは遺憾」と言い、FM東京に陳謝した。今回の出来事は、深夜を中心に増えている生番組の怖さの一例。(ま)

 

読売新聞 東京夕刊 1989.10.19 芸能  13頁

フジの『ヒットスタジオR&N』(89年10月13日放送)にタイマーズが生出演して起こした”あの騒動”は読売新聞の芸能面にも載っていた。

が、結局のところ「やりすぎではないか」という見せかけだけの正論に終始した、実にくだらない内容だった。ていうかゼリーの正体を忌野清志郎ってバラすなよ(笑)そもそも「深夜を中心に増えている生番組の怖さ」とは何なんだ(笑)もっともらしく語っている感じが鼻についてしょうがない卑怯なやり口の記事だった(了)

 

www.youtube.com

はじめから「真実」なんてなかった―メディア表現論から―

はじめから「真実」なんてなかった

むしづか☆むしぞう

戦場を記録した写真や動画は、あくまで現実だし、決して虚構(ガセ)ではない。

だが、いくらでも「演出」が出来る。

近年のイスラム過激派には若者が多いというが、きっと彼らは激派がネットに発信したプロパカンダなんかを見てうっかり組織に入ってしまったのだろう。彼らは悪意あるメディア(というのにはあまりに稚拙なテロメディア)の「演出」を見抜けなかったわけだ。

戦時においては、戦場の記録は「プロパカンダ」になり、報道機関は世間の印象を操作する「洗脳メディア」と化す。もちろん都合の悪いことは全部フレームの外に追いやられ、真実はいとも容易く歪曲されるか捏造される。

こうなると民衆はもはや「何が真実か」なんて分からなくなるだろう。もはや「真実」という「概念」が瓦解しているのだから。

戦後、日本の価値観は軍国主義から民主主義にひっくり返った。言うなれば、それまであった「真実」は「大罪」になり、「大罪」は「真実」になったようなものである。まるではじめから「真実」なんて無かったとしか思えない転回(展開)だ。

私たちがメディアを通して知覚できる「真実」は、第三者によって常に「演出」されたものであり、しょせん「真実」はメディアによって日々濫造される「加工食品」のようなものに過ぎない。「演出」(やらせ)は「添加物」みたいなものだろう。

腐ってしまった味噌や豆腐に毒物を添加して作った味噌汁を「あまり美味しくないなあ」と無自覚に思いながら食べているのが日本人の現実です。「洗脳は舌から」、これがGHQ以来の戦略だったのでしょう。そして、メディアや文化についても同じことが言えるのです。

とか何とか言ったのは著書に『メディアになりたい』を持つ自称「メディアマン」の高杉弾だ。この発言はもう18年も前のものだから、9.11テロやイラク戦争よりも前のことになる。

とどのつまり「情報の偏食」はネトウヨや左翼ゲリラ、差別主義者にテロリストを生むのである。情報も食品も「鮮度」が大事だが、これからは多角的な視点を万遍なくとっていく必要があるだろう。ようは自然のサチも一杯食えということだ。

当然「人間には一度にはほんの少しのことしか把握できない」(スタニスワフ・レム)。そして人の数だけ「真実」があるのなら「真実」は一つのはずがない。しかし世間が支持する「真実」などに、本来の意味での「真実性」などこれっぽっちも残っていない。

一つ一つの事実は歪んだ鋳型(メディア)にはめられ、歪んだ形で大衆に伝達されている。さてメディア・リテラシーの行方とは…

(これがメディア表現論の最終的な帰結―着地点―になるのではなかろうか?)

最後にちょっとだけ言わせてもらうと、もはや人類は「ガセネタの荒野」に辿り着いてしまったのかもしれない。

ロリータ順子インタビュー「私が何で一部で支持されたかっていうと、白痴性とロリータ性とヴァージニティ、その3つだと思うの」

ロリータ順子インタビュー

ロリータ順子(本名・篠崎順子)

1962年(昭和37年)3月11日生まれ。A型。ニューウェーブ雑誌『HEAVEN』『月光』にエッセイ等を執筆した他、バンド「だめなあたし」「タコ」で山崎春美町田町蔵らと共にボーカルとして活躍し、戸川純とも交友を持っていた。持ち曲にタコの「嘔吐中枢は世界の源」がある。1987年(昭和62年)7月1日、夏風邪をこじらせ、咽喉に嘔吐物を詰まらせて永眠。享年25。

創作活動

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タコの時、私が何で一部で支持されたかっていうと、白痴性とロリータ性とヴァージニティ、その3つだと思うの。自分の中で創作活動をしてる意識って全く無かったから。自分はアーティストではないと…。音に走るよりは活字の人だから、まあそれをやりたいなと。じゃあ何をすべきかっていうと、活字を好きっていうのは単に活字中毒っていうのもあるんだけれど、活字を信用してるっていうのは全然無くて。創作活動って常に新陳代謝していないと、自分の中におりかたまっていくようでそれが気になって。

 

ロリータ順子のイメージ

山塚アイさんと同じ待遇を受けてると思ったわ。Phewみたいに伝説になってて、復活したというだけで、みんなに「あーっ」と言われるのと、私が復活して「あのバカ何やってんだ」と言われるのじゃホント差があるからね。イメージが先行してるから、ホントやりにくいと思う。例えば山塚アイさんとやるという具体的なプランがあったとしても、そういうジャンルでは意味が無いと思うの。商品鮮度が落ちてて。何でかっていうと、女の子ってヌードだし、売春婦でしょ。そういう意味で自分にはそういうものが全く失せていると…。

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(19才のロリータ順子)

 

ケンカ

(町田)町蔵が流血沙汰起こすっていうようなイメージが、相当浸透してることに驚いたんだけど。実際活動してて、あの人は他人から殴りかかられても殴りかえさないし、争わないし、自分からケンカ売るようなことも全くしないのよね。だけど最初に「イヌ」を出した時点で、攻撃性=パンクで、テロリズムっていうのがみんなの中に成立しちゃってて、イメージがどんどんて先行して損してるのね。そこへいくと山崎(春美)はずるかしこくて。山崎がケンカ売るだけ売って、あとはひっこむから、自分が殴られる前に。いつも町蔵は「あーやめーな」とか言ってる内に殴られる。

私は争いはいや!個人個人が自分の中で超越したのをもっていると、他人はどうでもよくなるのよね。そういうのってすごいコワイ世界だと思う。だからノータッチでいたいし、争いは嫌だし。

 

深みにはまると愛情って死に向かうところがあるてしょう。だから、「心中しよう」とは殆どの人に言われたんだけど。さすがに今はセーブしているんですけど。愛憎裏腹っていうけれど、例えば男の人とつきあっててよく「母性的だね」って言われるのね。でもそれは、人間の母親が赤ちゃんを抱いて可愛がるというようなものではなくて、「あーどうしよう、この子だめになっちゃうわ」と思ったら食べちゃうような。私はいつもお母さん役と子供役両方やっちゃうから。それに女を加えると、女って娼婦でもあり、妹でも姉でもあるから。だから1人で5役演じなきゃならない。

私、「男を殺す」とか悪口言われるけれど、それはすごく悲しいのね。相手とつきあっている時に、私の中のエナジーを「あー吸い取られてるな」って思うのね。こっちも吸い取ってるけど。吸い取る量がすごく多い気がするのね。

 

男たらし

マイナー業界の女の人達がねぇ、私の一番嫌いなことが何かっていうと、イメージでね、私は知らなかったんだけれど、「男たらし」だって言われた。それが悲しいです。私は「男たらし」になれないから、自分の中のストイックな面を保とうとしている方向にあるのに、みんな違うベクトルに解釈してる気がする。

(1986年・ミニコミ誌『ラフレシア』より)

 

「娼婦は処女、非処女に関係なく女であるということですべからく娼女であり、それは或る意味でグロテスクな迄に美しい」(『娼婦と少女と―売春考』)

 

自殺未遂ライブ(1982年9月1日)

山崎春美(痙攣自傷、出刃包丁)

ロリータ順子(ヴォーカル)

篠田昌已細川周平向島ゆり子(伴奏)


www.dailymotion.com

 

 

TACO/ガセネタ

1983年夏に行われたタコのライブ

 

山崎春美&雑誌『HEAVEN』が主宰していた伝説のコンサート「天国注射の昼(Live at 日比谷野音 1983.08.21 / 09.17)

 

浜野純インタビュー「伝説とかいっても、ガセネタを実際に観た人は、30人いないんじゃないか」

伝説かガセネタか

浜野純──You are so foolish man,my friend.

文=中山義雄(音楽評論家)

(“ガセネタ”たった一度のチラシ)

 

伝説とかいっても、ガセネタを実際に観た人は、30人いないんじゃないか

浜野純というのは、逢った当時から、物事を達観したようでいて、自嘲的な、とにかく独特の物の言い方をする人間だった。

それはいまも変わらない。

アングラってさ、伝説になりやすいんだよ

“伝説”はいまも口から口へと木霊(こだま)している。

ラウドで、凶悪なエレクトリック・ギターは都市空間の物怪だろうし、浜野純は、憑かれていたし、走っていたし、血を流していた。彼はいまも鬼っ子として座敷にでも幽閉されていたほうがいいような風情は多分にある。浜野純は違いの解る奇形児であり、大人になれなかった神童として、わたしの青春に登場した。

浜野がギタリストとして在籍した、ガセネタの伝説は、山口冨士夫ラリーズに求められている肉体の軋みをそのまま音像化したようなロックという日本のロック永遠の課題の模範解答だったというもので、その推定30人の目撃者の内訳の関係者含有率ではないかと思う。活動時期も、東京ロッカーズが始動したのと同時期のロック過渡期だったし、東京ロッカーズとアヴァン・ギャルド隣接するような場所で活動していたのだった。

見取り図のうえではそうかもしれないけど、現実には吉祥寺のマイナーくらいしか演奏できる場所はなかったという情ない事情もあってね。実際、東京ロッカーズ観たときは、単純に上手いな、と思った。これは大事なポイントでさ、要するに、アレはパンクじゃなくて、ハード・ロックとか演っていた人たちが、新しいロックに飛びついたんであって、ぼくらみたいにムチャクチャやってたわけじゃないわけですよ。それに東京ロッカーズ聴いて、ギターの音を厚くしたくなったけど、どうすればいいか解らなかった(笑)。でも、音の本質的な激しさとディレイとか使った厚みや激しさは違うものだからね。ラリーズにしても、エコー・マシーン使う前のほうが断然良かった。久保田麻琴が出たり、入ったりしてた時期だけど

 

浜野はそうとう早熟なロック・マニアだったのである。わたしが浜野と出逢ったのは、江古田の掘越学園こと、日本大学芸術学部の入学式でのことだった。

マニアなら必ず通る、中古盤屋、トニー・レコードの袋を持って、入学式に臨んでいる不思議な男(シド・バレットの目をしたブースカを想像してください)がいたので、わたしが声をかけたというのが、真相だ。お互いホーリー・モーダル・ラウンダーズが好きだったので、意気投合し、彼は「俺はベース弾きで、不二家のペコちゃんの袋にモズライトのベースを入れている。君はギターを弾くのか? 昔、一緒に演っていたドラマーに逢いに行こう。バンドの名前は……

そういうと浜野はくしゃくしゃになった紙に“コクヨ”と書いたのだった。

いま思えば、ここまではローリング・ストーンズと同じだったな(苦笑)。

1981年当時、本人曰く“生傷が耐えなかった”という凶暴なギター、と灰野敬二の不失者で、“福生のライヴ・ハウスの壁をくずした”大音響のベースで、浜野は伝説だったのだ(東長崎の安アパートで、出入り禁止になったような類の話をタイニー・ティムをかけながら自嘲的に話してくれたというわけだが)。

派手に暴れたくても演奏する場所も、技術もない──結構、気味悪がられていた。日芸の頃の中山みたいなもんだな(笑)。それに、ピストルズやパンクを意識したことってなくて、中山は知ってるだろうけど、わたしは泣きのバラードというか、普通の音楽が好きなわけで、ドニー・フリッツとか、スプナー・オールドハム、ロニー・レインやヘロンとか。高校の頃は、ブラックホークに入って、レコード係を恫喝して『トラウト・マスク・レプリカ』とかかけさせていたけど、まあ、若気の至りです(笑)。中学の頃に灰野(敬二)さんと遊びでやっていたセッションは、モロにビーフハート風だったけど。大学で逢った頃、最低ビーフハートくらいは出来ないと駄目だ、とかいったけど、あれはハッタリです

連続射殺魔のHPにこう書かれていた。

浜野純は、俺と同じ中学(世田谷区松沢中学校)の一学年下である。彼はいつも構想について色々語ってはいるのだが、実際に曲を作って持ってきたことは一度もない。いかにして才能があるかと思われる振る舞いに、全存在をかけているようであった。

中学/高校時代の浜野と大学時代の浜野の違いは、“いかに才能がないように思われるかという振るまいに、全存在を賭けていた”ことになるだろうか。

その変化がガセネタと不失者の活動にあるのだろうと思う。確かに、わたしの知っている浜野は、大瀧詠一の「みだれ髪」やあがた森魚の「リラのホテル」が好きな男だった。

削ぎ落とすんだよ。削ぎ落として、削ぎ落として、残った骨だけがぼおっと光っていればそれでいいんだ

これもウェッブで拾った浜野の言葉。やっぱりオマエは激しい奴だよ。

 

ガセネタ『Sooner or Later』(1993)

録音:1978年春 明治大学和泉校舎 学生会館1F仮設スタジオ

間章氏が推薦の辞を寄せているからというわけではないが、ガセネタの音楽にはロックやパンクよりもむしろ、フリー・ジャズ的な混沌が刻まれているように感じる。いちばん近いのは、やはりオーネット・コールマンだろうか。和声進行をはじめ既成のジャズの様式を解体したことで知られるオーネットだが、彼の音楽はまた、自らの内面に迸る情動を絞り出すようにして爆発させた、“ブルース”でもあった。息が詰まるほど濃密な想念が、知らぬ間に既成の様式を追い越し、最終的には徹底した解体に向かわせる。そんな過程は、本作にも確実に見て取れる。スタイルだけ取り出してみれば、3コードに8ビートというきわめてオーソドックスなパンクだが、実体を持たない個人の過剰な想いが、空気の振動となって確実に聴き手に伝わってくる。(土佐有明

 

(ガセネタのレパートリーは「雨上がりのバラード」「父ちゃんのポーが聞こえる」「宇宙人の春」「社会復帰」のたった4曲しかなかった

 

ブルース・インターアクションズ

『ロック画報 08』(2002年)より

高杉弾の昭和ポルノ史~印刷ポルノの黄金時代 自販機本から裏本まで~

以下の文章は伝説的自販機本『Jam』『HEAVEN』初代編集長の高杉弾自販機本からビニ本、アダルトビデオまでの“ポルノ黄金期”を3時間に渡って語り下ろした講演録の抜粋です講演の全内容は『霊的衝動 100万人のポルノ』朝日出版社・絶版/入手困難)として85年に書籍化されているので、お求めは古書店でどうぞ

貧しい僕らの性生活、そしてポルノ

まずは女の子の登場

フェラチオでね、しゃぶられるフェラチオって当たり前でしょう。汚なくも何ともないんだけど、それをほっぺたにすりつけたり、瞼にすりつけたりした女がいたわけ。これはいやらしい。で、硬くなる。興奮するよね。

それはやっぱり相手との関係性を如実にしていきたいっていうのがあるから気持ちいいんだよね。

あるいは女の子がおちんちんを入れてもいい場所って規定してるのが、ある女の子は穴だけだったりして、もう一歩進むと口もいいって、でも、まだ口じゃ終りじゃないよって。肛門(けつ)もいいわっていう女の子がいて、そこらじゅうにすりつけてほしいっていう女の子がいるっていうのは、やっぱり段階があるでしょう、タブーの程度があって。

風俗営業でさ、マッサージで口内発射っていうのがずっと常識だったんだけど、そろそろ顔面発射っていうのが出てきてるからね。とりあえずどこに出してもいいみたいな、おまんこ以外ならどこを狙ってもいいっていうのがあるしね。鼻の穴に出したい人は鼻の穴。

えらいと思うんだね。裏ビデオに精液すりつけてる子なんか出てくると。ああいうふうに女が自主的に自分の感覚で動いたりしてるようなのが面白いのね。言われた通りしかやんないモデルはダメだね。これはセックスに関しては女は甘えてるものね。一方的にやってもらうだけでいいんだって。いまの女子大生、腰振んないもんね。いや、振る子と振んない子が極端。でも、あれはその子の発想とか、社会との関わり方とだいぶ関係あるみたいだな。

一つには、すごく可愛い顔して、上流階級の子供みたいな顔してる女子大生が、どんな助平なことでもするっていう幻想があるけど、ほんと幻想じゃないかと思うのね。あの子たち、やっぱりそこまで出来ないよね。育ってきた環境、教育とかあるからね、住んでる世界が。あの子たちがあそこにいるっていうことは、その価値につなぎとめられてるわけでしょう。同じ価値がセックスも支えてる。やらないし、とりつくろうね。そういう場面になると、すごくね。

モデルの撮影なんかでもそういうことがあってさ。こっちはこういうの撮りたいなと思うでしょう。そうするとね、そのモデルの反応見てると面白いんだよね。拒否してるんだけど、撮られてもいいなとか思ってるのね。でもやっぱりそういうふうには、文句言わずに撮らしちゃいけないんじゃないかみたいなね、そこで社会が発動するんだね、面白いよ。でもアウトローやっちゃってる女の子って、やっぱり自由だよ。昨日ね、『裏ビデオ通信』(KUKIのビデオソフト)の撮影の時にね、オナニー・シーン撮るんでモデルが来たんだけど、その子が助平でねえ。ぜんぜん言わないことまでするんだよね。それで、撮影だからコマ切れで撮るんだけど、ぜんぜん自分が満足しないって言うんだよね。ほんとにやってほしくなるって言うんだよね。スタッフは「まあまあ」とか言ってさ。やればいいんだよね、あれ。

まず初めに言っとかなくちゃいけないのは、僕はいつだってポルノに対して野次馬的な立場にいるということなんだ。一時、ポルノの現場に接近して実際に出演したこともあったけど、編集者の立場で純然たるポルノ本を作ったことは一度もないからね。外から楽しんでる方が好きなんだよね。

そんなわけで、ポルノグラフィをこよなく愛してるマニアの人にはしかられるような意見をばんばん言っちゃったりして、そのへんは最初にかんべんしといてもらわないといけない。なにしろシロートだから。でも僕ね、ポルノって大好きなんだ。なんだかすごく脳天気な世界でしょ。それにポルノにはいろんな暗号がいっぱいある。

 

高杉弾 霊的衝動 100万人のポルノ

印刷ポルノの黄金時代 自販機本から裏本まで

『Jam』をつくっていた頃の話

僕が知ってるポルノ界というか、業界というのはね、自販機本以降なんです。

『Jam』という雑誌をつくりはじめて、その頃がちょうど自販機本の全盛期だったんです。七九年かな。七八、九年。これは僕が大学途中でやめてブラブラしてた頃ですよね、何にもしないで。原宿でTシャツ屋やったりしてたんだけど、その時たまたまよくゴミ捨て場に、エロ本てまとめて捨ててあるでしょ、引っ越したりなんかしたのか知らないけど。そういうの夜中にパッと見つけてね、わりと僕、ゴミ漁りの趣味あったんでまとめて拾ってきちゃったんです。

ぱらぱら見てたら、どうも書店売りの雑誌ではないということに気づいた。でね、文字が全然ないんだよ。全部写真写真でね。へんだなあと思って。そこにすごくいい写真が一つ載ってたんです。それはね、下半身素肌でパンツはかないでストッキングを直接はいてる、それを前から撮ってある。つまりストッキングの表面がちょうどぼかしみたいな作用になってね、うっすらと見える。そういうのがあってね、それすごくフェチっぽくていい写真だなあと思って、それで翌日電話したんですよ。この写真撮った人に会いたいんだけど、っていう感じで。

それが当時のエルシー企画っていって、それとアリス出版というのが一応その当時の二大エロ本屋だったんだよね。亀和田(武)さんがいたのがアリス出版。

それでね、そこになんか一週間後ぐらいに遊びに行ったんだね。で、行ってみたら何のことはない自販機専門のメーカーだったわけで、その写真を撮ったのがそこの社長だったんだ。これがのちの群雄社、VIPエンタープライズを設立する明石(賢生)という男で、僕が会いに行ったその日のうちに、たまたま八ページつくんなきゃいけないというページがあって、そこをまかされた。行った日というところに業界の体質が出てる。あるいはいちばんの大きな原因としてね、その当時すごく儲かってたんですよ、自販機業界が。儲かってたんだけど、出せば売れちゃうみたいなわりとイージーな状態でもあった。そこでそういうことに甘んじてるよりはもっと新しい人材を入れてって、紙面に新しいものをつくっていこうみたいな意識もあったんだと思うんだ。

でも基本的にはカネがだぶついていた。なんかやりたいわけ、みんなで。そこへたまたま僕らみたいな変なのが行っちゃったんでおもしろがってくれて、取りあえずその八ページをやろうということになったんだけどね。で、俺まったくの素人だから八ページひとりで編集するの大変だから友達を誘ったわけ。そいつと二人でとりあえず八ページつくったのが“Xランド”というタイトルのやつで、これがそのあと『Jam』のコンセプトになってったわけです。

(Xランドは高杉弾隅田川乱一コンビが、商業出版として初めてこしらえた八ページ。内容は独立宣言、架空のヒットチャート、Xインタビュー、ロックアルバム紹介、小説など。『Xマガジン』~『Jam』の原型となった)

それでね、一ヵ月ぐらいあって、それがたしか寒い時だったから暮だったと思うんですけど翌年の一月ぐらいから『X magazine』というのを創刊したんですよ。八ページやったその次に。いま古本屋で五千円ぐらいするらしいけど。

特集ページは例えばドラッグ。つまりエロ本をつくろうみたいな気がないんだよね、もともと。でも流通経路は取次ぎじゃなくて自販機でしょう、つまり器はエロ本なわけで、自販機のエロ本という形態の中でなんかへんなことやらなきゃいけない。少なくとも表紙とか、巻頭巻末のカラーに関してはヌードをやらなきゃいけないわけでね。一応入れてある。で、いきなり的にそこから突然……。買った人おどろくよね。最初からどっかで本作れるチャンスがあったらドラッグ特集をやりたいなと思ってたんだ。









(幻の自販機本『X magazine』より)

それからその頃ちょうど『ポパイ』がすごく人気ある頃で、ポパイの形式にしてるよね。安易にパクッたり、笑気ガスつくったり、もうほとんど遊びでやってんだね。部数は、一万四、五千じゃないですか、せいぜい。売り方として自販機本というのは大体おおよその発売日は決まってるんだけど、はっきりしたもんがない。売れないとすぐ引っ込めちゃう。でね、いわゆる自販機本に二種類あって、文字の入ったやつは実話誌っていうのね。もう一つはグラフ誌という。それは六四ページぐらいで全部カラー、オール四色。グラフ誌は全部ハダカだけど、実話誌として『X magazine』はいろいろと遊んだわけ。例えば、書評のページ。全部架空の本でね、その紹介が。実在しない本の紹介っていうのは、すごく最初からあったアイディアで、いまだにやりたい気が残ってる。スタニスワフ・レムとか、ボルヘスがやってるでしょ、たしか。

やってる時は知らなかったけど。そういう細かいアイディアはたくさんあって、架空のヒット・チャートとかさ。それからケネス・アンガーの紹介とかもやった。そういう前から持ってたアイディアをどんどん入れてやったわけ。基本的に嘘のつけるメディアだということもどんどん利用した。ちょっとなんていうのかな、儲かってる業界ってさ、自由がきくでしょう。何やっても文句言われないんだよね。それで図に乗って毎月出しまくった。結局『Jam』は十何冊か出たね。上いくとあんまり嘘つけないでしょ。

一回目だけが『X magazine』というタイトルで、二号目からがもう『Jam』。創刊号がまず山口百恵のゴミ漁りという大問題企画のあった号でね。どうして名前が変ったかというとね、コードがあるのね、自販機本の中にも。その関係で新雑誌を創刑する形にしなきゃならなかったんで、『X magazine』というタイトルよりもっと、その頃の自販機本のネーミングみたいなのがあって、その時は『スープ』とか、要するにどろっとした雰囲気の。これも追っていくと流行りがあるんですね、『メッセージ』とか。自販機本独特のネーミングっていうのはおもしろいね、考えてみると。

 

(『Jam』創刊号より「芸能人ゴミあさりシリーズ」)

 

ニュー・ウェイブ・エロ




(自販機本では「もう書店では文化は買えない」など編集者によるアジ風の自社広告が、いやがおうにも目を引かされた。ただしアリス出版およびエルシー企画の二社に限っての話)

でね、ポルノグラフィに関しては自販機本独特のポルノグラフィというのがまだ僕の目からははっきり見えなかったのね。ただね、最初のきっかけになったパンティ・ストッキングの写真にしてもそうなんだけど、つまりカメラマンじゃない人が写真撮るわけです、明石なんてのは社長のくせにプロのカメラマンが撮る写真が気に食わなくて、しまいには自分で行って撮っちゃうんだよね。そういう人でね、そういう人の写真のほうがかえっておもしろかったりするの。けっこう素人がやれるメディアだったわけね。というのは自販機本以前の段階があるでしょう。本屋で売ってる猥写真集みたいな、エロ本の流れが。詳しくは知らないんだけど、『奇譚倶楽部』だとか、一つのマニア本の流れと、もう一つグラフ誌のほうのいわゆる三流エロ本みたいなものとの流れがあって、それが自販機本の世界にも残ってたんだよね。

つまりそういうエロ本をつくってたおじさん達が自販機がいま儲かるっていうんで自販機本会社をつくった人もいるし、あるいは全く違うところからきた人もいるし、いわばオールド・ウェーブとニュー・ウェーブが接し合ってた場所なんだね。

オールド・ウェーブってつまりモデルにまず制服を着せるっていうことだよね。代表的なのはセーラー服、それから看護婦、スチュワーデス、OL、そういう感じでね。制服着せて最終的に大股開き。あとは決まりポーズがいくつかあって、いろんな形をさせるとか、バック・スタイルだとか、で、“単発”って呼ばれる、一人のモデルを女の子だけで撮るやつと男がからむやつを“からみ”っていうんだけど、大体その二種類なんだよね。たまにレズ。レズだとモデルが二人いるから高くつく。そういう場合は二、三冊分撮るとかするんだけどね。たいていはグラフ誌用に撮るんだよね。六四ページのグラフ誌をつくるために撮影をして余ったポジを実話誌のほうに流用というかたちで使うことが多い。

そういう制服ものっていうのはやっぱりポルノの伝統であるんだね、これが。末井(昭)さんが書いてた土方が喜ぶかどうか。土方に買ってもらわないといけないわけね、こういうポルノっていうのは。自販機本なんていうのはほんとにそうでさ、工事現場の近くに自動販売機があったりとか、飯場のへんにあったりするわけでしょ。あと貧しい学生。だからいわゆる実用誌なわけだよね。実用誌っていってましたね。オナニーさせるため一本抜けなきゃいけないっていう。

土方をたたせるには制服っていうのがいちばん有効だったんだね。

すごく古い感じの写真と、ものすごくへんな雰囲気を持ったアートっぽいような写真とが一緒の雑誌に載ってたりするわけ。そういう時代に飛び込んでいくのがいちばんおもしろいわけだよね。で、行ってみたらそうだったということなんだけど。

古いほうのポルノっていうのを少し言うと、たとえばモデルの問題なんだけど、モデルをどういうふうに調達するかっていうと、モデルクラブというのがまだいまほど確立されてなくて、あったことはあったんだけどね。大体、スカウトしたり、募集したりするんだよね。会社で広告出して。それ見て全くの素人の人がくるわけ。児童福祉法でいちおう十八歳未満の人は使えないんだけど本人は二十歳(はたち)ですとか十九ですとかって言ってくるんだよね、これが。あとで十六だったりしてパクられちゃったりするんだけどさ。

ところがね、恐しいことにオールド・ウェーブのほうでいうとすごい年のモデルにセーラー服着せて、女子高生ですとかいうわけだよね。やみくもな大股開きとか。そういうのがまかり通ってた世界なわけでしょう、エロ本の世界って。つまりつくる人も読む人もモデル本人も、自分は要するに二十八だとか知ってるくせに、みんながなんか暗黙のうちにそれでもセーラー服っていう世界なわけだよね。

でね、なんか一回あったのはね、モデルがまず二十一だとかって言ってきたんだね。それで見た目はどう見ても二十五ぐらいになってるように見えるんです。だから二十一って言ってるけど嘘だねあれは、とか言ってたわけね。でもまあ、いいやってセーラー服着せて、“十七歳、処女”とかいって写真撮るわけだ。本人は二十一って言って、おれ達は二十五、六だと思ってて、本に出す時には十七だといってる。でもまあ取りあえず本はできる。それがしばらくたって、そのモデルのほんとの年がわかったりしたのね。なんかのきっかけで。実は二十八だった。十も下いっちゃうわけね。

それが恐しいことに、そのへんがすごく自販機というメディアのマジック性だと思うのね。つまりポルノっていうメディアのマジック性なんだろうけど。そんなこんなでいろんな自販機本が一社から出てて、大体平均十誌ぐらい出してたのかな、一社で。アリス出版、エルシー企画とか。まとめて東雑グループっていうんですよ。“トウサツ”って普通言ってたけど。でそこが何社かの製作会社を持ってて、土曜漫画とか。それを全部自分のとこの自販機に入れるわけ。それ全部ひっくるめると東雑グループでは五十何冊か出してるわけだ。グラフ誌、実話誌含めてね。すごくいろんなのがあって、徐々に自販機本のグラフィズム自体が変りつつあったわけ。

そこへ突発的におれ達がいっちゃったもんで、おれ達のほうも少しそういう世界のことを考えて、ちょうどいいようなものをつくればよかったんだけど、いきなりやりたいことをやっちゃったわけだよね。若気のいたりで。向うはびっくりするわけよ。ほかのスタッフ達は。なんでお前らみたいなへんな奴が来るんだみたいな圧力もあるし。でもこっちはお構いなく作っちゃったわけだよね。低予算で。大体、製作費は五十万ぐらいですね、一冊。そんなもんでつくっちゃう。デザイナーのギャラだとかイラストのギャラとかも入れてだよ。

その後八十万ぐらいにはなったんだけど、でもそんなもん。たいして変らない。だからこういうのはデザイン料なんか払ってられないわけですよ。全部自分で線も引く。版下までやっちゃう。

結構いまちゃんと印刷知ってる人っていうのはここの出の人が多いですね。いわゆる普通に出版社に入っちゃった人はわかってないんですよね、版下作業のノウハウを。ここにいた人っていうのは自由にやってるからよく知ってるんですよね。実験がきいちゃったから。ある紙にある色だとどう出るかとか、結構複雑な高等テクニックを知ってる。つまり編集者でもデザイン知らなきゃいけないし、製版のことも知ってなきゃいけないし、印刷、紙、みんな知らなきゃいけないというのあったよね。大きい(大企業出版社)と分業体制になっちゃってるもんだから、デザインは外注、何も外注って、結局編集者っていうのがコーディネーターみたいになっちゃってね。

えーっと、話を戻すと向う(オールド)にとってはある種のへんなカルチャー・ショックだったのかも知れなくて、へんな奴がきたっていう。初めは『Jam』だけつくってたんだけど、そのうちほかの雑誌を手伝ってくれとかって言われて、でも、できないからさ。じゃ、モデルやりますとかいってね、「男役モデル」ってあるでしょ。“からみ”。それの男役をね、僕は十何誌かやったな。編集者、とにかくこの業界ってね、新人の男は全員“からみ役”をやらされるんだよね。

だからたぶんどっかの古本屋探すと僕が出てるよ。自分ではあんまり持ってないけど、どっかへいっちゃった。べつにいまでもやれっていったらやりますよ。ギャラは飯食わしてもらうぐらい。すごく食えなかったからね、女の裸が見れてね、いじれてね、それで飯が食えりゃ、オンの字っていう感じだった。

 

自販機本ワンダーランド

そういう感じでつくってて、その当時もちろん自販機本だけじゃなくて、取次本をやってる会社もあったわけですね。それの代表的なのがセルフ出版(現・白夜書房)。セルフ出版は別会社でグリーン企画っていう会社を持ってて、そこがビニ本をやってたんだよ。ビニ本が登場するのは自販機本後期というか、だからメディアとしてはビニ本のほうが新しいと思う、自販機本より。で、アリス出版がどんどんでかくなってって、結局エルシー企画と競合状態になってきて、同じ東雑傘下の中でね。それである時アリス出版とエルシー企画を合併させようと、両方の力を結集してよりよいものをつくろうとか言い出して、たぶん東雑のほうの人間が言い出したんだと思うけど。それで合併することになったんですね。それで池袋の東口のビルに移って、合併したのちは自販機本の帝王の座に君臨したわけだけれども。

名前はアリス出版という名前でやったんです。合併した頃ちょうど『Jam』から『ヘヴン』に発展しようみたいな話になってて、『ヘヴン』も前半はね、自販機でやった。

それをアリス出版から出してたんです。自販機の中に入れて。

自販機っていうのはまたこれが厄介でね、機械の関係で束(ツカ)が五ミリ以上ないと入らないんだよね。落ちないわけ。ハードの問題がものすごくあるんです。それから版型は天地がB5サイズまで。僕は、A4を入れたかったんだけど無理だったんで、じゃ横を拡げちゃえっていうんでね、AB版にしたんです。とにかく機械がまずある。機械に入んなきゃいけない。束も合わさなきゃいけない。ほんとは違う紙を使いたかったんだよね。欲が出てくる。結局、『ヘヴン』のザラッとした、あの紙になったわけだけど。

その時ロスでロゴは違うけど同んなじ「ヘヴン」ていうシャツが出て、あれは宣伝になったね。

それと自販機の隆盛とエロ劇画の時代というのがすごくダブってる。亀和田さんが片方でエロ劇画を盛り上げていったわけだよね。で、もう一人は高取英という、いま評論家的な仕事している、その人が『エロジェニカ』っていう雑誌をやってて、これは取次だったと思うんだけど、その二人がエロ劇画を支えてたわけだよね。石井隆がまず起爆剤になって、つつみ進清水おさむあがた有為……、みんなが自分の感覚から出発した過激なエロを追求しはじめた。それに、ひさうちみちお平口広美蛭子能収だとかも登場してきた。ま、蛭子さんに関しては『ガロ』に描かなくなっちゃった時期なんで、僕が会いに行って、取りあえず『Jam』に描いて下さいっていってね。『ガロ』に描いてたって食えないでしょ。『ガロ』は原稿料出ないから。漫画家をほぼあきらめてたみたいな状態だったのね。僕は『ガロ』に描いてた蛭子さんが忘れられなくて、自分が雑誌やるようになったら描いてほしいなと思ってたから、すぐ行ってね。

最初はエロは描けないというんだよね。女の裸描けないからっていう理由で。でもね、エロ雑誌だけど、エロの部分は写真でやってますから、漫画は特に意識しないで昔『ガロ』に描いてたようなのでもいいし、好きに描いて下さいって言ったの。それで一回描いてもらって、それからだんだん、カムバックっていうか、描き始めたんだね。

その頃はね、ひさうちみちおだとか平口さんだとかがどんどん出てきてね、それから渡辺和博に関しては、ちょうど『ガロ』の編集を辞めるとか辞めないとかって言ってた時で、じゃ描いて下さいっていって、ロボットの話だとかを描いてくれた。蛭子さんにしろ渡辺さんにしろ『Jam』から描いてくれてたんだ。

 

(『Jam』4号より蛭子能収「不確実性の家族」※再デビュー作)

(『Jam』5号より渡辺和博ハード・キャンディー」)

オールド・ウェーブが伝統的にやってきた古典的なポルノの世界は世界で守りながら、そこに新たになんか違った要因を加えていったり、違ったものとバイブレーションさせていままでなかったポルノができると簡単に思っちゃったんだね。まったく若気のいたりだ。

それで考えたコピーというのがさ、「オナニー&メディテーション」というわけ。一度聞いたら忘れない。これは全くあほらしい、なんとも言いようのないばかばかしさだけど。すごい。つまりすごくはっきり言っちゃったわけだよね。片方で実用書としてのオナニーというのがあればさ、もう一方では読んで楽しめる、オナニーしたあとは頭を使ったり、というようなノリで、メディテーションって大きく言っちゃったわけ。

これはさすがに業界の人にとってはインパクトがあったらしくて、たとえばこういうふうに言うと写真も変ってくるわけよ。たとえばセーラー服を着せて大股開きをさせて、その横に宗教書がうず高く積んであるとか要するに異質なものを入れちゃったわけでしょ。異質なものとの組み合わせでへんな感覚が出てくる。非日常みたいなことにもなっていく。たとえばオフィスの机の上でヌードになってるとか、町なかで、道路で全裸になってるとか、あとスタジオで撮る場合なんかでも全身に包帯巻いちゃうとか。そういうのはなかったからね。あとね、テレビの画面と組み合わせるとかね、ヌードをね。アンドロギュヌスなんかもやった。股間にさ、詰め物をして男の股間にしちゃう。こういうのはなかったわけ、オールド・ウェーブには。あるいは、消しをどうせ入れなきゃいけないんだから、実際に初めから自分の股間にマジック持たせる。マジックインキを自分の股間に当てといて、自分で消しを入れているように。あとここまで局部にマクロレンズを使って五センチとか寄っちゃうような写真はなかったよね、“局部アップ”。毛剃りもね、自販機の半ばごろからじゃないかな、たぶん。最初にやったのは荒木(経惟)さんだとか、末井(昭)さんだとかという説と、自販機の人が最初にやったっていう説とあるけど。毛剃りも新しかったね。

さらにいくと、テレビの上に乗っかったりとかね。それからアメリカン・ポルノ風にごちゃごちゃいろいろ出てくるのとか。乱交風に。そういうのを撮ろうとか言ってたんだけど、でもモデル代がないからブスしか雇えないとかね。

要するにいままでのカメラマンがやらなかったようなへんなことを写真でいろいろやってみたわけ。女体を物体化して。たまたま僕達のスタッフにフェチの強いやつが多かったからだんだん顔がなくなっていくんだよね、写真の中から。まず顔切っちゃう。顔出るとそのモデルの人格の部分が出てくるでしょ。性格とか。まず顔切っちゃったりする。

そういうフェチっぽい写真というのもあんまりなかったみたいね。それまでの自販機には。だからある種の実験場だったと思うんだよね。自動販売機というのはね。ポルノグラフィズムの実験場。デザイナーだって相当楽しんでいろんなことやっていたしね。羽良多平吉さんなんていうのは『ヘヴン』のメイン・デザイナーだったんだけど、あの人は『ヘヴン』でもって製版のいろんな遊びを、実験をいっぱいやってたね。こっちも好き勝手にやっていいって言ってたわけだからね。ところが泣くのは製版屋さんね。製版屋さんはさ、ヌード写真をそのまま印刷するだけのことをやってたのが、突然わけのわからない指定をしてくるデザイナーに会っちゃったわけだよね。なんでこんなエロ本でこんなややこしい指定するんですかってね、怒ってたね。ほんとに怒ってた。楽して稼ぎたいのにね。









(エロ本のニューウェーブ『HEAVEN』)

そのかわり製版代はものすごく高くついたんだよね、『ヘヴン』の表紙とかに関しては。ところがギャラはすごく安かったけどね。羽良多さんに払う分は。

だけどみんな楽しんでやってたと思うんだね、いろんなことをさ。儲かってたからできたことなんだけど。

ところがビニ本にだんだん移行してって自販機業界がだめになったわけだよね。ほんとに潰れる寸前になったけどね、自販機会社はどんどん潰れたり、かつて黄金期を誇ったアリス出版がほんとに潰れる寸前になったけどね、いまは。

あと言っとかないといけないのは、肝心なことでどうして『ヘヴン』がなくなっちゃったかという話になるんだけど、例のアリスとエルシーの合併のあとにエルシー企画の社長だった、合併したあとはアリス出版の副社長なんだけど、明石賢生が独立したんだよね。独立して高田馬場群雄社出版というのをつくったわけ。で、僕達は明石に世話になっていたから、『ヘヴン』を持ってついてっちゃったわけ、群雄社のほうに。群雄社出版発行『ヘヴン』になったわけね。

明石というのは『ヘヴン』はどう考えても自販機で売るような雑誌じゃないから、のちのちは取次を通してちゃんとした形で書店売りをしようと考えてくれていたんで、僕らの方でもそのほうがやりやすいなと思って、取次に持ってったりもしたわけね。

ところが群雄社としてはもう自販機本ではカネが入ってこないわけだからなんか違うことでカネ稼がなきゃいけないんだよね。それで明石が、その頃徐々に出てきたビニ本をつくり始めたわけ。群雄社っていうのはビニ本をメインにやってく会社で、『ヘヴン』は将来の取次用にとっとこうという感じになっていた。

ところがそうこうしてるうちに、明石がビニ本でパクられちゃったんだよね。一斉取締りみたいなのが何度もあって。要するに社会的に相当問題になってる時期だったから。一回、締めつけがきつい時があったしね。社長がパクられちゃってどうしようもなくなって、『ヘヴン』というのももともとそんなに売れる雑誌じゃないから、一万部いくかいかないかで。第一その頃は直販をメインにやってたしね。アリスやめちゃったから自販機には入れられないわけ。アリス時代も直販と平行だったんだけど、群雄社になってからは直販だけ。でも紀伊國屋なんかでは一ヶ月に二百近く売ったこともあったよ確か。まあ知れてるけどね。それで結局、『ヘヴン』はやめようということになったわけ。それで終った。

 

ビニ本の時代へ

自販機時代とビニ本というのはダブってる。なんとなく交代の感じでしっかり一世風靡ビニ本時代につながる。ビニ本ていうのはいまから考えてみると過渡的なメディアだと思うんだよね。というのは自販機本がいまのポルノグラフィをすごく開拓したわけね。いろんな実験をしたんだよね。つまり儲かってた業界だからさ、へんな実験がいっぱいできたわけだよね。でさ、こんなのもいいんじゃないかって、たとえば“局部アップ”なんていうのは自販機本が開拓したグラフィズムなわけでしょう。で、いまから考えると、つまり裏本が登場する、裏メディアが登場するための過渡的なメディアだったと思うんだね。裏本へのつなぎというか。

“裏メディア”というのは非合法メディアということなんだけどね。僕が考えたの。つまりポルノというのがいままで合法的なもんと完全に非合法なものが並行してきてたわけじゃない。昔から非合法ポルノはあったわけだから。ところが最近はもう境い目がなくなっちゃつたわけだね。つまり裹本を町なかで売ってるわけだから。そのちょうど中間にあったのがビニ本だったわけで、表現的には自販機本の写真なんかよりももっとストレートなんだよね。つまり局部ばっかり撮ってる。最初、けっこうレイアウトも雑誌雑誌してたんだけど、何にもなくなっちゃって、なりふりかまわず。局部の嵐。

消し方も自販機本なんかよりよっぽど雑で、ほとんど消してない状態みたいな、一版しか削らないとか、昔は二版ぐらい、黄版と赤版ぐらい削ったんだけど、一版しか削らないとかね。ほとんど見えるわけだよね。それで問題になって。消し方をもう少し詳しくいうと、四色印刷でしょう。黒版、墨版ていうんだけどさ。墨版、赤版、黄版、藍版。ブラック、マゼンダ、イエロー、シアンね。それで消す時、大体、人間の肌って赤版と黄版が入ってるでしょう。それを削るわけよ。そうすると局部がギザギザになるんだね。黄色くギザギザになったりするでしょ。あれは製版フィルムをカッターで削る。あんまり削りすぎちゃうと見えなくなっちゃうし、あんまり削らないと捕まっちゃうし、板挾みの世界なんだけど。カッター一本の勝負。大体削る役っていうのは編集者、あるいは社長、製版屋あたり。ブローカーに近いような製版屋も多かったからね。

社長がやる時は自分のクビがかかってる。人にやらせる時はもっと消せって。社長はとにかく消せっていう。編集者はさ、そんなに消さないで下さいっていうんだよ。

墨塗りっていうのもあって、墨塗るのは要するに消し忘れで印刷されちゃったような場合にマジックで塗ったり、そういうのもあった。最初から墨を印刷しちゃうというのも勿論あったけど削りのほうが猥褻だからね。隙間から見えるわけだから。

社会問題化してパクられるようなことになったのはその辺の見せ方のエスカレートもあったけど一つは自販機じゃなくて本屋になったというところが問題になりやすかったんじゃないかな。自販機も結構問題になったけど。本屋のほうが規制が強かったでしょう。自販機っていうのは社会問題っていう感じにはならなかったよね、確か。結局一部で売ってる、隔離されたメディアではあったから。

でね、ビニ本に関しては、ビニ本がやったことですごいと思うのはモデルをすごく大量に動員させたんだよね。つまりモデルを掴えることにおいてはビニ本の世界が最高だったんじゃないかと思う。歩いているそのへんの娘をさ、なんとか言って騙くらかしてビニ本に出しちゃうっていう、そういう専門の役目の人もいたし。

モデルやりませんかっていうんだね。歩いている子をね。それでどんなですかっていったら、コマーシャルだとか雑誌のヌード、そういうことを言うんだよね。海外ロケだって行けますよとか。今の子たちテレビ文化に負けちゃってるからね。出たがり女子大生の雰囲気になってきている最初だったんじゃない。

出す方だって可愛いきゃなんでもいいんだし。ほとんどそれだけだし。僕もやつだよ。原宿とか新宿で声かける。喫茶店とか行ってさ、詳しく話して、うちのプロダクションはいろんなの扱ってるから、広告もあれば雑誌もあればヌードもあるし、ヌードがいちばん高いとかなんとか。お金を稼ぎたい場合はヌードがいちばんお金になるし、でもどうしても脱くのやだって子は水着とか言ってさ。なんか独特の口調があるね、あれ。相手をリラックスさせる、安心させる。

女の子によってはすぐお金がほしいみたいな子もいるわけじゃない。あの頃で大体一日のギャラが三万から五万だったから。一日で、五時間拘束とかになるんだけど。それで二、三冊になるね、大体。やっぱりモデルは少ないからさ、それでも。一人のモデルで一日で二冊分撮っちゃう。撮られる子はそのことは知らない。何冊になるか、どういう本になるか。わからないでしょうね。

で、乗ってきた子はさ、じゃ、こんどの日曜日にテスト撮影しましょうとかっていって、それが本番なんだね。現場に行っちゃえば何とかなるっていうのがあるわけ。どっかのラブホテルかなんか取っといて、あと京王プラザとかね。それでどんどん喋りでもって脱がしちゃうわけ。で、どんどん撮って。いまみたいに裏ビデオで本番させるわけじゃないから、全裸である程度のポーズがつけられれば本になっちゃうわけだし。あとビニ本のモデルって名前が三つ四つある。それっていうのは、他社から出す時に名前変えちゃったほうが新鮮な感じがするんだよね。あれ不思議で、買うほうも結構名前嘘だってわかって買ってる。知らない人がいるからだろうけど。

それで名前だけじゃなくてさ、生活も変るわけよ。つまり女子大生だったのが女子高生になったり、OLになったりするわけね。紹介をつけてるのもあったから。この子はどういう子で、みたいな。ひと夏のあの体験の、っていう、詩みたいなのとか。

なんかそういう幻想が必要だったんだよね。ああ、この子はさ、そういう子なんだなあみたいな、ふだんこういう生活してるんだな……で、そういう読者もたぶんそんなのは嘘だってわかってるんだろうけど……。

ともかくビニ本ていうのは書店売りで、しかもビニール・パックされてて、中身を見せないで書店で売る。つまりいままでの本というのはどんな本だって書店にある以上、なか見て買えたわけじゃない。ところがエロ本だから中身見せないでビニールでパックしちゃって、それでも書店で売ろうというのがビニ本なんだよ。芳賀書店なんかはビニ本で儲けたし、新宿歌舞伎町にはビニ本屋がどんどんできたわけだね。それで社会問題になったわけだけど。ところがビニ本もだんだんだんだん変になってきちゃった。ある意味でビニ本はわりと恵まれなかったよね。裏本が出るのが早かったし。でも自販機本みたいな工夫がグラフィズムの面でなかったからね。

いまでもビニ本てあるけど全盛期のビニ本ていうのは単にほとんど透けて見えるだけみたいな世界でしょ。実用書でね。自販機本のよけいな部分全部取り除いて実用書としてのものをつくっちゃったわけだよ。

自販機本の消し方と比較してビニ本の消し方は消さなくてすむように考えてるんだよね。“透けパン”ていう。つまりビニ本のグラフィズムでいちばんすごいのは“透けパン”。つまり見えるか見えないか微妙な透けぐあいをするようなパンティを買ってくるんだよね。筋が見えるみたいな。毛がうっすらと黒く見えるぐらいな。だから“透けパン”に尽きるでしょ、ビニ本は。削りも勿論あったけど、“透けパン”に尽きるね。つまりあのマジックというかさ、もともと刑法百七十五条というのは基準がなかったわけだよね、どこまでがよくてどこまでがだめと。つまり性器が見えちゃいけないけども、性器が透けて見えるのは、じゃどうなのかっていうところがね。

あと“ベール”とか。

それから食い込みぐあいで見せるとかね。しかし局部ばっかりを出しすぎたというか。それが結局はだめで、工夫がなかったから。そこへもってきてこんどはっきり露骨な非合法の裏本が出ちゃったからね。

ただあれだけ多数動員をかけるようになったんだから当然というか人気モデルが出てくるんだよね。寺山久美とか。桂まゆみとか、人気ありますよ、いまだに。ちょうどディスコ・ヴァージョン用というか別テイクみたいな感じのビニ本の「再生本」というのがあるのね、全盛期につくったフィルムをもう一回使うの、いま。三人分のフィルムを三冊に使ったやつをちょっとずつ集めてきてもう一冊つくっちゃう。

とにかくビニ本の場合はモデルでしょうね。あの子がいいとかね。僕もね、詳しく知らないんだよね、モデルに関しては。調べればすぐ判るんだけど。つまりファンがつくのね。そのモデルに。その子が出てるビニ本はみんな持っていたいみたいな。

やっぱり顔がよくないと売れないってのがあるからね。ビニ本全体に顔がどんどんよくなっていくっていうのはあまりに出すぎた結果だろうからね。だけどそうなったらそうなったであんまり激しくやらなくても顔だけで売れるようになっちゃったわけね。顔がよければほとんど見えなくても売れるんだね。

通して見てみると一回過激になって、それで取締りがきて、そのあとしょうがないから顔で売るっていうような感じで、風営法直前は顔が可愛くてなおかついいとこまで見えちゃうというのがあったけど、それでまた新風営法でまた見えなくなっちゃった。

今の時代になるともう状況が全然違うんですよ、昔と。というのは非合法メディアがあまりにも出すぎたわけだから。だからいままでのことっていうのは、いっさい非合法メディアがなかった時代のね。なくはないんだけど表面化してなかった時代の話だからね。

 

ウラ本は誰がつくってる

ここへきてようやく非合法メディアになるわけだ。八一年の秋。

新宿歌舞伎町の歌舞伎書店だとかあるでしょ。ああいうところが一応ビニ本屋だったわけだよね。それで裏に行くと裏本売ってるわけだよね。ドアの向うで。一冊大体一万円。『法隆寺』とかね。『法隆寺』なんかは売れまくったよね。あ、でその頃っていうのはね、僕らは取りあえずエロ業界、さる業界から一回離れてるの。正確にはビニ本全盛期に離れたわけだ。それでフリーのライターみたいになっちゃってたんだけど。その直後に出したのが『プライベート写真術』(二見書房)っていってつまり写真ブームになってきたわけだね。

『アクションカメラ術』のちょっとあとじゃないかなあ。要するに真似した企画だったわけだけどね。それを自販機本とのつながりがあったということもあって書いた。五ヵ月で十版出てるのね。自販機の写真を撮ってた人が写真を半分以上撮ってくれて、つまり自動販売機のエロ写真ぐらいのことなら自分でもできますよっていうことを書いた本なんだよ。

ま、この本のこと言いたいんじゃなくてその時期以降は完全に外側からエロ業界を見物するような立場になったということなんだけど。だから裏本が出始めた頃は完全に野次馬で。歌舞伎町うろうろ歩きまわってそういう書店へ行って裏本見て歩いたりして。

見ためのほうでいうと、これも工夫がないのね。つまり非合法でいままで見られなかったものが見られるようになったんだよということですごくインパクトが強いわけだから、性器を露骨に出しちゃって。それがまあいちばんでしょうね。それからファック・シーンね。当然ポーズとかは変んないわけよ。いままでの消してた部分が消してないだけだから、何の工夫もないんだね、これも。出た当初は人体を使ってやれる限りのことをやってるなんて言われてたけど実際にはそうじゃないと思うんだ。つまりカメラマンの側の工夫がなくて、モデルの側にへんな形をさせたりするぐらいのもんでさ、結局中心になるのはセックスでしょ。セックス行為をどこの方向から撮るのがいちばんいやらしいかっていう工夫しかないんだよね。

むしろ重要なのは非合法のポルノがね、オーバーグラウンドに出てきちゃったってことだよね。一般書店ではないけれども、つまり裏本屋さんができちゃったみたいな。

それはもうちょっと、一、二年経ってから、ビニ本屋さんが陰で裏本売ってたのが、こんど裏ビデオを売り出すわけだよね。そういうふうに変ってきた。

それにしてもとにかく中身に関しては裏本もへんなことをやらなかった。本番シーンをひたすら撮り続けただけなんだ。勿論スカトロとかそんなのもいくらかあったけど、結局はファック場面を角度変えて、ポーズ変えて撮っただけでね。

で、あと残ってるとすればね、結局のところおかしいのは業界の内側がどうなってるかぐらいに読んでる側の人が想像力働かすだけだと思うんですけどね。

でもやっぱりビニ本裏本もあんまり頭の良さそうな人がつくってるんじゃなくて、やくざがつくってるんじゃないかっていうイメージが外側からあるでしよう。それだから強いよね。お金が欲しいだけの人は強い。

『Jam』とかはどう見たって絶対やくざがつくってると思わないでしょ。なんかしたい人達がつくってるっていう。だから自販機本と取次本ですよね、ちょっと頭がある人がいたのはね。だから自販機本、取次本というのはすごくいまでもね。昔、自販機本つくってた人がいまは取次本つくってるっていうようなことがあるわけ。

ところがビニ本裏本をつくってた人っていうのはほとんどいないですよ表の業界には。

というか最初から姿がわからなかったっていうかね。それでどれくらい続いたのかな。裏本がよく売れてたのは結局ビデオが出てくるまでなんだけどさ。丸二年ぐらい、でも、わりとね、長く続いたみたいな気がするな。

 

エロス・ライジング・オーバーグラウンド

取次本に関しては終始そのほかのアンダーグラウンド・メディアだとかいろんなものを見ながらうまくやってきたんだと思うんだ。取次本の代表はやっぱり、おもしろいということでは白夜書房はおもしろいですよ。セルフ出版がある時期から白夜書房と言い出したでしょう。、いまは全然セルフ出版って言わなくなっちゃったけどね、ついに。

それというのも、いままでは取次本には載らなかったような写真が取次本の世界で認められてきて、ある種の市民権を得てしまったからね。『写真時代』というのももともとはエロ本なわけだよね、発想は。エロ本を店頭に出して売っちゃおうっていう、そのために写真雑誌だというような言い方が必要だったわけで、エロ本コーナーに置かせないためにさ、カメラコーナーに置かせるために『写真時代』とつけたわけだから。

ところがある日紀伊國屋書店で『写楽』を抜いてしまった。その頃からもう、みんなが認め始めて、それとなんか白夜書房という言い方をしはじめたのがたぶん連動してるんだと思う。実際その業界がどうなってるかっていうと、たとえば小説の『沙耶のいる透視図』だっけ。伊達一行の。あれはさ、おそらくモデルは『Jam』の頃の僕と、『Jam』やアリス出版の写真を撮ってた岡克己というカメラマンで、岡克己のほうが主人公になってんだよね、たしか。僕は編集者で、へんなね、宇宙人ぽい男と、いうふうになってて、あれはモデルとの関係ですごく暗くてどろどろしてて、しかもなんていうのかなあ、文学にしようっていう気があったんだろうね。そういうふうに書いてあるけど、あれは現場を全然取材してない人だよね。業界の人だけど。一度だけ会ったことあってそんだけで書かれちゃったの。取材する必要もなかったんだろうけどさ。あれ、現場があまりに違うんだよね。

伊達さんの雰囲気っていうのは社会的には認知されているね。たぶん僕の印象ではあまりにあの世界を文学作品として高めようとしたあまりに暗くなってしまったんじゃないかと思うけどね。新人賞とったのはたぶん、文学の世界のほうがああいうものをめずらしがったからじゃないかと思うんだ。題材としてだけ。

でもほんとは完全にあっけらかんの世界。たとえばその日初めて会った女の子が三時間後にはもううんこして帰っちゃうとか、そういう感覚。フィスト・ファックの写真拡げて、これA子ちゃん? いや、違うよ、B子ちゃんだよなんていって、へえ、B子ちゃん、手が入るようになったんだア、っていう会話だとか。明るい。

でも一番あっけらかんとしているのは女の子だね、やっぱり。まだ男というか、撮る側のほうが罪悪感を持ったりするから。編集者の性格にもよるんだけど、なんかポルノ雑誌をいくらかロマンチックなとこでつくろうって思ってる人がいるんだよね。それはね、でも男らしい。そうじゃなくて全く淡々とつくってる人もいるし。そのどっちよりも完全にモデルの女の子のほうが明るいね。これは笑ってる表情のビニ本ていうのがあったでしょう。(『写真時代』BN)あれにすごく象徴されると思うんだけど、笑っちゃったりするんだね、おまんこ出しながら。何なのかなっていつも思うんだけどね、ナゾなんですね。ニッコリ、微笑っていうか。だって笑わなくていいわけじゃない。自販機本の世界はね、笑ったりしちゃいけなかったんだよ。よがってないといけなかった“よがり顔”っていうのが基本だった。それはオールド・ウェーブのことだけどね。僕はこれもやっちゃったわけだよ。笑わしちゃったんだよね。笑ってるポルノっていうのを意識してやったことがある。でもね、怒られるの。編集の上の人に。こういうポルノはモデルに笑わしちゃいけないんだって。ところがビニ本の方は平気でそれをやってた。おまんこ出したりが大事なことじゃない感じがするんですよね、笑われちゃったりすると。でも笑ったっていうことで、可愛い子が出たっていうイメージが強くなった。つまり猥褻感とエロティシズムとが分離しちゃってるわけよ、どんどんどんどん。猥褻でなくてもエロっぽければ、エロティシズムがあればいいというふうにいっちゃって、あっさりしちゃってるのね、味が。それはたぶんタレントに対する大衆のあり方もそうだと思うんだけども、アイドル志向みたいのがあるでしょ。ビニ本やなにかでも全部集めたりみたいな思い入れが出てくるでしょ。

写真の猥褻さよりも、むしろどんな雰囲気の可愛らしい子が脱いでるかっていうぐらいのものになっちゃってね、猥褻じゃなくてもよくなっちゃったんだよ

つまり猥褻なものは裏ビデオに求めるわけ、いまは。非合法メディアに求める。合法メディアにはアイドル性を求めるみたいなものがなんかあると思うね。そこでもって笑ってるポルノっていうの出てくるんだろうし、見る人のほうもさ、この子は平気で笑いながらこういうことをしたりするんだ。こういう子もいるんだっていうふうにはむしろ思わないと思うんだよね。つまり女ってみんなこれやるんだ、って思うんだよね。そこになんか徐々にみんな気付き始めてるんじゃないかと思うんだ。女って誰でもやる。実際、僕なんかはこういう世界を中に入ったり外から見たりして、ほとんどどんな女でも脱がせて撮る自信あるっていったらおかしいけど、みんな同んなじだと思うんですよ。モデルの子でもそうじゃない子でも。みんな同じような生理感覚を持ってて。それがなんか画面にどんどん出てきてる。

 

参加型自由ポルノ

あと残ってるのは“投稿写真”の話なんだけど、モデルは雇えないけど、自分の恋人なりガールフレンドなりを撮っちゃうっていうことでしょう。一方的に送られてくるポルノじゃなくてさ、自分が撮っちゃうみたいなね。アクション・カメラ術とか、“パンチラ・ブーム”とかのアレなんだけど。いまは“パンチラ”じゃなくて“パンモロ”の世界だからね。これはすごくてさ、タレントの“パンモロ”がついに来たんですよ、『スーパー写真塾』(白夜書房)に。一年前に絶対タレントの“パンモロ”まで行くって、予言はしたんだけど。いままでは、タレントは“パンチラ”だったでしょう。後ろからとか、ロウ・アングルで狙ったり。それがついにどっかのガキがね、公開番組かなんかに行ってね、タレントが歌いながら横通ったりとか近くにくる場面でそういう時に下から撮っちゃったらしいの。誰だったかな、堀ちえみだったかの“パンモロ”が送られてきたの。そいつだって証明するための写真も要るわけだから、その時のスカートはいてるのもちゃんと入ったやつと一緒に。

あれはすごいね。“パンモロ”っていうのはさ、図像学的に考えるとさ、ポスト・モダンなんじゃないかと上野(昂志)さんも言ってるけど、顔が写らないしさ、しかも“パンモロ”ってみんな同じでしょう、どれもこれも構図がね。足があって、パンツが真ん中。それでいて結構飽きないんだね。なぜか。みんないやらしいんだよね、あれ。どういうわけか。あれって何なんだろうなぁと思って。

小学校の頃に、たまに見た、たぶん温泉みやげとかのエロ写真と同じ匂いもするしとか。下手なとこがね。照明の加減や。

近距離でストロボたいたりしてるからね。ハイコントラストになっちゃうし、そういうのはかえってある種曼陀羅的なものがあるよね。図形って感じがするものね、むしろ写真ていうよりもね。そうなんだけど、でも距離感があって、いやらしいんだよね。

それに中学生が主だっていうところが面白いよね。この『週刊本』の前回分の渡辺(和博)さんの『ホーケイ文明のあけぼの』が出てて、あれは二次コン(二次元コンプレックス)にとうとう行っちゃったんだ、っていうことで笑って終っちゃってはいるけどね。

何かね、関係性が面白いんだな、あれ。その女の子の人間と自分との距離感じゃなくてさ、パンツと自分との距離感でしょう、あれ。あれがおかしいよね。

あれ撮る人たちっていうのは、もともとその子をこましたいという気持はないんですよね。それでおしまい、放棄してんのね。二次コンの子たちも、アニメセルの女とファック出来るわけないんだから、放棄してるでしょう。

女を口説く手段として、ビデオ撮り出したり、カメラ使ってる、例えばターボの教とかいるけどあれですよ、あれ。ぜんぜん違うもの。面白さはそこだよね。

ギター持つんだって、モテたい。昔は芸術でもそうだし、車とかを女を口説くためのネタに使ったわけだけどさ。そういう事態を“パンモロ”っていうのは、実に象徴してるね。“パンモロニューウェーブ”で“顔付き”っていうのもあるけど、面白いのはさ、そのパンツの顔との間にある何か妄想の部分が出てくるからね、見る人のほうに。まあ親切と言えば親切かもしれない。でも、基本的にはないほうがラジカルだね。

ぼくが好きなのはね、“顔付き”じゃなくて“後姿付き”っていうのが好きなんだよね。撮ったのが向こうへ行っちゃったっていうさ。知らないまま去って行ってしまったっていう感じが出るでしょう、“後姿付き”だと。それがおかしかったね。

投稿写真誌は、“パンモロ”以外にも、最近すごいのは、高校生の制服の男を制服の同級生の女の子がフェラチオしてるわけ。結構問題になってるらしくて、どこの誰だっていうんで。

学校かどっかでね、自宅かもしれないけど、撮ってるの。フェラチオさせて。セルフタイマーで。すごいよ、あれ。顔ももうモロね。雑誌に載せる時には目のところに線入れたんだけど。

あの線ていうのは、線の入った写真に知り合いがいたっていうのをまだ見たことがないからわかんないけど、そうだったらわかるでしょう、知り合いが見たら。あれはわかんなくしたいんですよっていう、出版社の良心を記号化しただけでしょうね。サングラスしちゃえば顔がわかんないかって言えば、わかるんだからね。

ところがね、その制服フェラチオ写真が他の投稿写真雑誌にも二重投稿されてたわけ。で、両方の雑誌に載っちゃった。撮った奴はおかまいなくあちこちの雑誌に送りつけるからね。それで両方見比べると、やっぱり白夜の『スーパー写真塾』の方が目のところを消す線が細い。あれは編集長の森田(富生)が偉いね。

でもって、スターのパンチラなんかも二重三重に投稿してる奴がいる。編集の方じゃいちいち調べてらんないから、おもしろけりゃ載せちゃうでしょ。今まではカメラマンが撮った一枚の写真が同時に何誌にも発表されるってのは少なかったけど、投稿写真の場合そのへんは無法状態だね。メディアの自由化現象が起きてる。

あと過激な投稿写真ていうので言えばさ、ホモ雑誌や変態雑誌に送られてくる写真はすごいですよ。工場で働いてるホモの人がね、仕事終ったあと、でっかい機械の前でやってんのね、油まみれんなって。ポーズつけたりして。全裸で。堀ってる。それもセルフタイマーで撮って送ってくる。それから変態の方では気違いみたいのいるよ。

化粧してレオタード着てる写真、自分でフェラチオをしてる写真、コカコーラのホームサイズを肛門に入れてピストン運動してる写真、自分の口で自分の小便うけてる写真、うんこが肛門から10センチぐらい垂れさがってる写真、そのうんこを割ばしでつまんで食べてる写真、それを一人で全部撮っていっぺんに送ってくる奴がいる。これなんか見たらすぐわかるキチガイだね。

こんど白夜からそういう過激な投稿写真の専門誌が出るらしいよ。あと裏本のファック・シーンとかにさ、堀ちえみの顔だとか早見優の顔だとかを貼りつけるのを趣味にしてる子が結構いるみたいね。あれも面白いんだよね。あれ最初ぼくはあんまり好きじゃなかったのね。つまんないなと思ってたんだけどね、最近面白いなと思うね。すごくばかばかしいでしょう。単純なことだもんね。でもいいよね、あれ。おかしいよね。普通はばかばかし過ぎてやる気しないでしょう。

わざとベタッと貼りつけたみたいなのが好きだな。首の角度が違ってるとかね。首だけ正面向いて。原始的な──プリミティブなアートに近いものになるなと思って。

 

ぽ・る・の、の響き

僕はポルノだけに限らず、人間をおかしくするもの、ラリッたようなもの、馬鹿ばかしいもの、脳天気なもの、それに極端なものが大好きなんだよ。だから、どっか間の抜けたところのあるポルノ屋さんっていうのは大好きなんだ

ぽ・る・の、ていう響きも好きだなあ。それにポルノの主役は女の子だからね。ぼく女の子大好きだよ。女の子は宝物だと思ってる。さんざんめちゃくちゃなこと言っといて宝物もないんだけどね。

仕事でエロ出版社に行くと色んなポルノ・マニアがいるんだよね。裏ビデオ評論で一千万かせいでいる人とか、ある裏本モデルの熱烈なファンで、その子が出てる裏本を何十万円も使って集めた人、あとSMビデオのことをしゃべらせると何時間でもとまらなくなる人とかね、ほんといろいろ。そういえば、ポルノ・モデルの私生活や人生にものすごい興味持ってる編集者もいるなあ。

で、僕はそういう人たちみたいにマニアックにはなれないんだけど、彼らからものすごくいろんなことを教えてもらったね。だから今回はみんなにお礼を言わなくちゃいけないんだよ。ポルノグラフィの素晴らしい世界を教えてくれたのは彼らなんだ。みんな、どうもありがとう。