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吾妻ひでお+谷口敬+野口正之+蛭児神建+早坂未紀+川本耕次「ロリコン座談会:ロリコンの道は深くて険しいのだ」

ともかくブームだそうである、美少女がだ。ならば、とその筋の“権威”の先生方に集まっていただいたわけですが……ああ恐ろしや、恐ろしや。

ロリコン座談会

ロリコンの道は深くて険しいのだ。

所載:ラポート刊『ふゅーじょんぷろだくと』1981年10月号「特集 ロリータあるいは私は如何にして正常な恋愛を放棄し美少女を愛するに至ったか」



吾妻ひでお(美少女まんが家)

やはりこの人を抜きに美少女を語れない。ちょっと最近騒がれ過ぎガナ、という気もしないでもないが、やはり騒がれるざけのことはあるのだ。一部では「ロリコンの神様」として神棚に祭り、朝に夕に柏手を打つているともいう。

 

野口正之美幼女まんが家)

もはや逃げも隠れもしない、まごうかたなきロリコンの人。最近某少女まんが誌の投稿欄に応募して、めでたく選外Cクラスに入選された。これを機会にロリコンまんが家を廃業して、少女まんが家の道を進みたいとのことである。

 

谷口敬ロリコン劇画家)

絶対に顔写真を載せないよーにとのきついお達しがあったが、それでも載せてしまうのだ。本邦初公開、厚顔の…いやいや紅顔の美青年まんが家。『エロジェニカ』でデビューの後、現在ほ連載ペースで『大快楽』に執筆中である。

 

早坂未紀ロリコン同人誌作家)

同人誌界ではピカ一の実力を誇る彼も、実はというよりやっぱりロリコンである。これだけの腕を持ちながらながなかのプロ誌で本格的に描かないおくゆかしい人。村上もとかさん、吾妻ひでおさん等のアシスタントもしている。

 

川本耕次ロリコン編集者)

『Peke』で野口正之にロリコンまんがを描かせ、『少女アリス』で吾妻ひでおに美少女まんがを描かせた、言ってみれば今のブームの元凶みたいな人。その他にも幻の名作美少女写真集『街には女の子たちがいっぱい』もやはり彼の仕事である。現在は群雄社でエロ本作りに日夜いそしんでいる。

 

蛭児神建ロリコン変質者)

ロリコンの話をすると何故かいつも彼の話が出る。その道の教祖みたいな人。ハンチング、サングラス、マスク、レインコートの格好はついにダミーまでが出回る始末。過激ロリコン同人誌『幼女嗜好』を主宰する。

 

司会・藤本孝人(ただ今独身30才)

老舗ミニコミ誌『漫画の手帖』発行人。一見勤厳実直品行方正サラリーマンである彼が、今回の特集では八面六臂の大活躍。いかに人間の外見がイイカゲンなものかを示してくれた。最近はお見合いの話も沢山持ち込まれるようになったが、やはり彼の好みにあったセーラー服のお見合い写真が来ない限り応じることはないであろう。

 

あなたはロリコン?

── 一応今日の座談会はロリコンについてということですので、まず最初に皆さんがロリコンであるかどうかということを確認してみたいと思うのですが

 

野口ロリコンです(キッパリ)

 

谷口:僕が今仕事しているのは『大快楽』なのね。それでその執筆メンバーを見ていると思うんだけど、もしかしたら僕が一番ロリコンなんじゃないかと。

 

──どこかで僕はロリコンじゃない!と主張しておられましたけど。

 

谷口:少なくとも暴力的ではない。

 

川本:僕はロリコンです、言葉の厳密な意味で。最近ハイジコンプレックスとかアリスコンプレックスとか色々あるでしょう。僕はやっぱりセーラー服が(笑)

 

──次に、聞くまでもないでしょうが…

 

吾妻:僕は違います(キッパリ)

 

一同:またまた

 

──まあ反論はひとまず置いといて、早坂さん

 

早坂:僕はみんなからそうだと言われるんですけどね

 

──自覚症状はないと

 

早坂:ないですね。手が震える程度でしょう。

 

蛭児神:私の夢は、胸を張って“私は変質者です”といえるようになりたいということで

 

──変質者とロリコンの違いとは

 

蛭児神:行動力の違いでしょう。

 

──さて、色々と皆さんに伺ったわけですが、吾妻さん。

 

吾妻:え

 

──先程僕は違うとおっしゃいましたが、すると仕事でロリコンしていると

 

吾妻 ……少しはそういうところも……

 

──アニメの美少女なんかは大好きではないと

 

吾妻:いいえ(笑)僕だけ聞かないで下さいよ。今日はロリコンとはどうゆーものか勉強しにきたんだから。

 

早坂:あーそういうこというんだから

 

──吾妻さんのまんがを読んでロリコンに目覚めたという人が沢山いるんですが

 

吾妻:知らない。そんな人がいるんですか

 

──川本さんは『Peke』などで前から吾妻さんのその手の作品を扱ってますけども

 

川本:手前味噌になるんだけど、吾妻さんの人生における重要なターニンク・ポイントにはなぜか僕がいるわけ。秋田書店双葉社に描いていた二流の吾妻さんを『Peke』で三流まんが家に仕立てあげちゃった。吾妻ひでおというとマニア作家という概念を作っちゃった責任はほぼ僕にあるんじゃないかと。そのあと『少女アリス』で美少女まんがを描いてもらったら、今度は「SFマニア作家」から「ロリコン作家」ということになってしまって、何か悪い方へ悪い方へ方向づけちゃっているような

 

吾妻:あ、それはありますね(笑)

 

──野口さんなんかも『Peke』でロリコン作家の道を歩み始めた方だと思うんですが。

 

川本:彼は『OUT』の新人まんが賞でデビューしたんです。それで当時みのり書房の編集部をウロウロしてたもんで、原稿料も安くあがるからという安直な発想でたのんでみたんですけど。

 

野口初めてロリコンという言葉聞いたのはこの人からでね(笑)

 

川本その頃は全然ポピュラーじゃなかったんですよね。ただ僕が多少そういう趣味があったのと、野口君にロリコンとしての素質があったから描いてもらったわけで。

 

野口:僕は女の子さえ描いていれば喜んでいるタイプなんですよね(笑)

 

──谷口さんが『ぱふ』に投稿していたものを見ると、その項からすでに女の子がとてもかわいいんですけど。やっぱり常日頃主張しているようにロリコンではないと

 

谷口:読者が僕のことをそういうのと、僕がロリコンではないと言うのでは、質が違うし、かみあわないんですよね。最近そこら辺が分ってきたもんで、読者がそういうんであればそれでもいいと諦らめているんですけど。

 

──セーラー服は割と執着を持って描いていると思うんですけど

 

谷口:全然ないです。……ただ今のセーラー服というのは、上はまあいいですけどスカートが気に入らない

 

一同:(笑)

 

吾妻:スカートは短い方が好きなんですか。

 

谷口:スカートというのはミディですよね、だいたい。膝小僧が半分見える位が一番かわいいんですよね、ミディは。

 

──やっぱりああいう作品は楽しんで描いているわけですね。

 

谷口:いや、楽しいですけど……これでいいのかなというのは若干……

 

──禁断の喜びですか(笑)

 

早坂:世の中でロリコンと呼ばれている人達に妹を持っている人がいますかねえ。僕はわりといないんじゃないかと思うんですけど。

 

蛭児神:私の友人に妹が実際いて、同名の妹を犯しまくるという小説を書いているのがおりますが

 

一同:そりゃビョーキだ(笑)

 

川本:それはあるかもしれないね。妹願望みたいな

 

谷口:ありますね。

 

──実際に妹がいたらこうあってほしいというような?

 

早坂:意識はしてみませんけど、それはあるでしょうね

 

蛭児神:妹願望というのはロリコンであれば誰でもあるでしょうね。私ももし妹がいればああしてやろう、こうしてやろう(身ぶり手ぶりで)

 

一同:(笑)

 

吾妻:ちょっとかんべんして下さいよ(笑)

 

──手塚治虫さんの初期の作品には、よく“僕の妹になってくれ” “いいわ”みたいなラストがありましたが、それでいくと手塚さんなんかは、わりとロリコンの元祖じゃないかと思うんです

 

吾妻:あ、そんな感じしますね。

 

谷口:「火の鳥」の中では近親相姦みたいなものも出てきますよね。妹や母親とセックスをして子孫を沢山作っていくんだみたいに

 

蛭児神:近親相姦というモチーフはロリコンものには多いですね

 

川本:僕は今エロ本を作っているんだけれど、その関係で告白手記なんかをよく書くんです。で近親相姦の告白手記を書く時はいつも妹とやる話になっちゃう。僕は姉はいるんだけれど妹はいない。そのせいか姉とやるというのはどうしても妄想できない。母親というのもだめ。唯一想像できて魅力的な素材だと思うのが妹とやる話でね。でも僕の妹になってくれ、みたいなセリフはよく考えてみるとものすごくヒワイなセリフだと思うんだけど(笑)

 

ロリコンの市民権はどこにある

川本:僕は誰でもロリコン的要素というのは潜在的に持っていると思いますね。それがたまたまこの時期に、アニメの美少女キャラクターとか吾妻さんのまんがとか、野口君の描く美少女とか

 

野口:僕のは美少女じゃないです。美幼女ですよ。

 

川本:(笑)そういうものがキッカケでロリコンしてもいいんだという社会的なステータスを与えられた所はあると思いますね。

 

野口:市民権を得たロリコンですか

 

川本:今の状況で、たとえば吾妻さんがいなくって、野口君もいなくって、東映の美少女キャラもいないとしたら、はたしてロリコンと名乗れるかどうか。なんか今はロリコン吾妻ひでおのファンというとなんとなく格好がつくという所はあると思うのね。そういえば認められるんじゃないかという。

 

野口:この前ね、お見合いしたのね

 

一同爆笑

 

野口:それでね、仲人の人はまんが家ということで先方に紹介してあるわけね。だから当然女の人はそれ以上の予備知識はないのね。それで会ってね、挨拶をするでしょ。で、“どーゆーまんがを描いてるんですか”ってね

 

一同爆笑

 

野口:ああゆう時にスパーッと答えられないのは、やっぱりまだまだ市民権を得ていないと思いましたけどね。それでまあ“色々と描いてます”とか答えましたけど(笑)

 

──やっぱりブームとか言われていますけど、まだ市民権は得ていないと

 

吾妻なんでロリコンがブームになるかわからない。ありゃあブームでするもんかね

 

蛭児神やっばり昔はロリコンというと暗いイメージがあったんですけど、なんか先生方のおかげで楽しく明るいロリコンというイメージができましたね。特に野口さんのまんがというのは楽しいんですよね。楽しんで描いている。アッケラカンとして私は変態ですというふうにやっている。

 

野口:否定はいたしません(笑)誰かに言われたんですけど、僕の描く女の子はメチャメチャにいたぶられていても、女の子が痛がっていないって。なんかいじめられているという感じが僕のまんがから受けられないと言われましたけど(笑)描いてて目一杯楽しんじゃう方だから。やっぱり女の子を描くのは楽しいですよね

 

吾妻:いじめるのが好きなんですか

 

野口:いや、本質的に血を見るのが嫌いだから、ただね、新聞なんかで幼女にイタズラとかなんとかいう記事を見るとね、ドキッとするんですよ。

 

吾妻:自分もいずれそうなるのでは

 

野口:一歩まちがうとね(笑)

 

──実際に横浜でノグチマサユキという人が幼女にイタズラして逮捕されたそうですけど。

 

野口:あ、あれね。あの日辰巳出版の編集の人が電話かけてきたんですよね、確かめに。そしたら“あれ? いる”って(笑)

 

吾妻:あれは、てっきり野口さんだと(笑)

 

──でも神奈川のストリップ劇場で、本番ショーで舞台にあがって逮捕された警官の名前がアズマヒデオでしたけど。

 

一同爆笑

 

吾妻:ううむ

 

わたしのびしょうじょ

──どうなんでしょう。美少女というのは何才くらいを指していうんでしょう、

 

蛭児神:私は14才を越えたら年増ですけど(笑)

 

川本:基本的に年令は関係ないと思うですけど。実際の年令よりも、その少女の持っている内面性がね。たとえば東京の女子高生というのはすごいでしょう。みんなスケバンみたいで。ところが群馬あたりでロードパルかなんか乗って通っている女子高生ってすごくかわいいんですよ、すれてなくて

 

──吾妻さんは、やっぱり胸が出ていても少女は少女であること。

 

吾妻:ああ、そういえばそうですね。でも蛭児神さんなんかは…

 

蛭児神:胸は完全にひらたくなければならない。

 

一同爆笑

 

吾妻:だから差がありますよ。彼は絶対正常な結婚はできない。

 

川本:いやロリコンの人間はだいたい正常なケッコンはできませんよ。僕が最初に吾妻さんの所に電話かけた時に奥さんが出てね。てっきり中学生だと思ったもん

 

──じゃあ吾妻さんのは正常なケッコンではないと(笑)

 

吾妻:正常ですよ、何を言ってんですか。子供もいるもん。だいたい子供のいるロリコンなんてありえないよ

 

蛭児神:そろそろ家のまわりに鉄条網を張らないとあぶないですよ。

 

吾妻:みんなが私の娘をねらっている(笑)だれがやるか

 

── 一生結婚させないで自分のそばに置いておきたいとか

 

吾妻:いやそんなことはない。正常な人間だから

 

一同なぜか爆笑

 

セーラー服とランドセル

吾妻:セーラー服って、でもロリコンなんでしょうかね。

 

谷口:ええとですね(今まで静かだったのに急に身を乗り出して)あのう、10年前にもこういうブームがあったらしいんですよね。その時のブームの主役がセーラー服だった。それをひきずっているというだけじゃないですか。

 

蛭児神:じょしこおせえというのはどうも苦手でしてね、あのキャーキャーいう声を聞いていると、本当にひっぱたいて縄で縛って……

 

一同:やっぱりやりたいんだ(笑)

 

川本:やっぱり理想としては中学生のセーラー服ね。都内の高校生は似合わないよね。胸もまだふくらみかけて、身長も155センチくらい。そういう子がセーラ服を着るべきですよ。

 

蛭児神:セーラー服というのは一年中着ているもので、どう考えても不潔ですが。アブラがテカテカして

 

──同じテカテカでも蛭児神さんの場合はランドセルのアブラがテカテカはいいわけですか

 

蛭児神:あ! あれはいいんですよ、ランドセルは。最近手に入れたんですけど、特に六年間使い込んで、汗のしみこんだ赤いランドセルというのはたまりませんよ。

 

川本:(笑)きっとランドセルを頭からかぶってころげまわっているんだ

 

──今日は持ってこなかったんですか

 

蛭児神:まさか。家に大事に飾ってあります。

 

一同笑いころげる

 

川本:僕なんかはブルーマーかぶってころげまわるくらいですよ、普通の人だから。

 

谷口:あ、ブルマーいいですね。

 

川本:チョウチンブルマーの方じゃなくて、ピッタリしてるジャージーかなんかのやつ。あれがいいんですよ。

 

──レオタードはどうでしょう。

 

川本:ううん。少女のレオタード姿というのはかわいくないです、はっきりいって。

 

谷口:(うなずきながら)かわいくないです。

 

川本:やっぱりレオタードよりはスクール水着じゃないですか。

 

──めいっぱい地味なやつですね。

 

川本:胸に名札をつけていたりするのは、ちょっとカンベンしてほしいけど。

 

──どういった所がいいんでしょう

 

川本:うん、やっぱり同じ格好をしているでしょう。だからかわいい子がすごく目立つのね。

 

リカちゃん人形のクッセツ

──どうなんでしょうか、人形なんていうのは皆さん

 

野口:にんぎょうねえ。いいですねえ。

 

早坂:蛭児神さんの独壇場でしょう、人形の話は。

 

蛭児神:好きですねえ。リカちゃん人形だけで20体ぐらい持っているし。やっぱりフツーに遊んでいてはつまらないんですよね。スーパーヒーローの人形というのはリカちゃん人形と大きさが同じくらいなんですが、ウルトラマンにリカちゃんの服を着せるとこれがなかなかカワイイ。それからGIジョーという人形がありますが。ちなみに私は5体持ってますけど。このGIジョーとリカちゃん人形を合わせると丁度大人と子供の体型になる。

 

一同:ぐわあ(笑)

 

蛭児神:したがって色々な体位を楽しめるんですね

 

吾妻:ビ・ビョーキだ(笑)

 

川本:クッセツしきってる(笑)

 

野口:この前ね、蛭児神さんが僕の所へ遊びにきて、リカちゃん人形とGIジョーの組んずほぐれつの大格闘を見せられちゃいましたけどね(笑)あれ以来人形もなかなかいいんじゃないかなと思ってんですけど。

 

吾妻:あなた出前でリカちゃん人形やってんですか。

 

蛭児神:べつに出前というわけじゃないんですけど

 

──プティ・アンジェ人形なんかは?

 

蛭児神:ああ、あれは5種類出ていますよね、タカラから。でまあ、大小あわせて1体持ってますが。もう古いアニメですから大変です。キャンディ・キャンディなんか今だに売っているというのにプティ・アンジェの方がずっとかわいいし、性格もいいんだ!キャンディ・キャンディみたいな偽善的なキャラクターは嫌いです。

 

──吾妻さんもだいぶプティ・アンジェにこだわってらっしゃいますけど

 

吾妻:ああ、私も好きなんです。その辺ではあの人と合っている。でも負けるけどね。私は3体しか持っていない。

 

一同爆笑

 

蛭児神:セルなんかはお持ちですか

 

吾妻:いや、もらいもので2・3枚。

 

蛭児神:きんぱくプティ・アンジェというセルがありまして

 

谷口:しかしまともじゃないな

 

吾妻:ああ、水車小屋かなんかに縛られるやつね。

 

蛭児神:もうなんというか、これがじつにかわいい。ウフフフフフフフフフフフフ

 

ロリコンは思想である

──竹官恵子さんの「私を月まで連れてって!」なんかは、完璧にロリコンまんがだと思いますけど

 

吾妻:あ、そうですね

 

川本ただ、僕は基本的に女にはロリコンは理解できないと思う

 

野口:僕もそう思います

 

川本:大抵みんなファッショナスル・ロリコンでしょう。

 

早坂女の人のロリコンというのは、小さいかわいい女の子も好きだけど、かわいい男の子も好きだという。かわいい子供達が好きなんですよ

 

川本:割と節操がないというかね、思想がないというか。

 

──思想ですか?

 

川本ロリコンてみんな思想を持ってるでしょ。

 

野口:なんか言いわけしてるみたい(笑)

 

川本:いやこだわるポイントを持ってるでしょ。スクール水着にこだわるロリコンとか、ランドセルにこだわるロリコンとかのところが女のロリコンというのは、そういうのなしにただかわいければいい。無節操なロリコンですから、あれはロリコンとして認知できないんじゃないですか。やっぱりロリコンの道はもっと深いんだという。

 

野口:あ、深かったのかあ(笑)

 

早坂:なんか希望に燃えてきた。

 

蛭児神:僕なんかまだまだですねえ

 

早坂:三年くらい山に籠もりますか、ランドセルしょって(笑)

 

川本ただ最近ヤバイなと思うんだけど、本当はロリコンなんて暗くてきたないもので、結局、誰かがいってたんだけども少女は美しいんだけど、その少女を愛する僕たちは美しくないんだと思うのね。それがあたかもロリコンが美しいものと誤解して入ってきている。吾妻さんのまんがなんか、そういう隠れ蓑になっていると思うんだけど、ロリコンとは言えないんだけど、ワタシ吾妻ひでおのファン。だからロリコンなのよというのは非常に格好いい。そういう悪い傾向があると思う。やっぱり少女を愛する者はちっとも美しくないものなんです。

 

早坂:美しくないんだけど、そこで開きなおっちゃって、だからドウダというんだ、○○してやる××してやるというのがロリコンなんでしょう。(了)

 

明日の日本を担う君に──セーラー服の勧め

セーラー服を着たことがある方には解ると思うが、あれは、なかなか着ごこちのよくないもので、胸はきついし、スカートは足にからみて歩きにくいし、およそ合理性とは縁遠い代物なのだ。だから、思春期の少女を心理的におさえつけるのは、なかなか有効なのかもしれない。ところで、私が初めてセーラー服を着たのが、忘れもしない十五の春。

妹から借りた冬物のセーラー服に、ほんのり薄化粧、胸には少々詰物を入れる。セーラー服は素肌にここち良く、鏡の向うから、かわいい女学生が恥ずかしそうにこっちを見てた。そう、体育祭の仮装行列でなかったら、とても男子校生の私がセーラ服を着るチャンスなんてあるもんじゃない。

不思議な充実感に、足どりも軽くグランドに出れば、なぜか眩しいみんなの視線。中でも筋肉質の若い体育教師の目の輝きは、少々やばかったのだが、ここで私がゲイの道に進まなかったのは、ひとえに我家の持病である、痔疾への恐怖からに他ならない。やはり御先祖様に感謝すべきだろう。

ただ、女装癖はその後も長く後遺症として残り、時々、一人密かに鏡の前で、セーラー服を着たり脱いだりしたものだが、衆目の中で熱い視線を受けた時の快感には遠く及ばなかった。今では立派な社会人となり痔疾の心配もなく、明るい日本の為に働いている私の輝やかしい成功例から見ても、明日の世界を担う青少年は、一度は私の様にセーラー服を着てみることを、ひたすらお勧めしたい。

今回は、セーラー服着用のお勧めを書かしていただいた。他に、自然な胸のふくらまし方とか、いかに前のふくらみをかくして、女性用パンティを着用するかとか、いろいろ話しはあるのだが、今回の話題には今ひとつ関係がないので、別の機会に譲りたいと思う。(健全な一社会人)

 

薬師丸ひろ子を見るな!

本当の事を言うと、薬師丸ひろ子ことは他の人と語りたくないのだ。決して、何が恥かしい訳ではないのだが、どーも、肉マンだとか足が太いとか当っている事を指摘されるのがいやだというのが本当のところか。

ひろ子という少女に関して語ることは、ロリコンの行為ではないということを証明しよう。何しろ、ロリコンとは流行っていても、単にビョーキでヘンタイに過ぎないのだから。近くの小学校の運動会へ見学へ行ったり、銀行のポスター盗んだり、デパートのチラシにでている子供服のモデルの女の子を切りぬいてファイルしたりする、そおいうリョーキの世界とは明らかに違うのだ。まず何より彼女は有名のスターである。つまり三原順子伊藤つかさのレベルなのだ。歌こそ歌わねど、メジャーでありながらかつ、普通の女の子なのである。ひろ子はなにしろ学校を無遅刻無欠席の高校2年生なのだ。それでいて全国あまねく名が知れ渡っているところが偉大である。この偶像性を持ちながら、存在感と日常性をもつ女子高校生というリアリズムが、何よりロリコンなどという暗いマイナーな病気の世界と次元を異とするゆえんなのだ。だからもうビョーキでヘンタイの読者、君達は篠塚ひろ美だとかヒロコグレースだとかをウジウジとやっていなさい。ひろ子を見ないで下さい。

もしかして「野性の証明」の頃からセーラー服のイメージがよくなかったのかもしれない。「翔んだカップル」「ねらわれた学園」今度の「セーラー服と機関銃」みんな着てるではないか。これはよくない。ビニ本だとかの一大テーマである、おじさん達の視線もよくない。薬師丸ひろ子は正しく見まもれなければいけない。しかし、最近どーもヘアスタイルが良くない。やはり、ねらわれた学園のころが一番……いけないイケナイ。こおゆう執着を捨てなければ。(上田カズヒロ)

 

ロリコンなんてみにくいんだみにくいんだ!!

世の中の30前後からそれ以上の男全部と、弱冠25才ぐらいの男は、皆ロリコンである。この割合でいくと全男性の60パーセントがロリコンなのだ。だから男を10人見たら、6人はロリコンと思ってまちがいない。私はロリコンが大きらいなのだ。大たいロリコンは、ブサイクで、デブで、ホーケーで、第一みにくいんだ、みにくいんだ、ほんとにもう。何故きらいかといえばロリコンは陰湿なのである。たとえば、午前6時58分どこどこTVのスポットにかわいい女の子が出てるとする、とロリコンたちはクチコミで、わっという間に広め、全国的な規模でこれを考えてみると、なんと午前6時58分になると、喜びと、自分がロリコンであるという後ろめたさを感じつつ、TVの前にロリコンが座っている、南は九州から北は北海道まで、である。

お、おぞましいっ、水子の霊がたたっているとしか思えない。なんで水子の霊かは深く考えてはいけない。そうなのだ、ロリコンがなぜかというと、みんな『かくれロリコン』だからだ。「ボク、ロリでっす。」とあっけらかんと、大衆の面前で白昼ロリコン宣言できるのは何人ぐらいいるのだろーか。これ日本の暗い暗い土壌そのものではないのか。この点において、ホモやレズと同一線上に並ぶのである。ロリコンに市民権を!と叫ぶこともできんのか、いつも四六時中TVの前に座り、同人誌を作り、情報交換するしかノーがないのかっ。とついコーフンして、ロリコンのふがいなさをつい攻撃してしまうのである。また、ロリコンはいじめるのがとても面白いのです。あ、ところで、NHKの『マリコ』観ました?(西密子)

 

ロリータだけが少女でない──芝居の中の少女

少女はなぜ演劇が好きなのだろう。

少女は全体が好きだからであると、ある文豪がこれに応えているが、演劇と、それに絡む少女たちの今日の状況をながめてみると、真相はさだかてはない。

一方、演劇の中において少女とは、特殊な役割をはたしやすい存在であるようだ。少女を扱った芝居や、劇中に不思議な少女の登場する演劇は少なくない。

ところで、演劇における少女というと、状況劇場がまず出てくる。タイトルもズバリ『少女都市』、『少女仮面』といった比較的初期作品は、いわゆる唐の少女ものと呼ばれるものの代表的なものとい唐十郎は、日本の劇作家の中で、もっとも「少女」という存在を問題にした人であり、彼の作品行為のキティには、この、どこかへ行ってしまった少女に対する執拗なこだわりが横たわっているようだ。

初期の単行本『謎の引越少女』にめられた「銀ヤンマ」というファタジーなどはまさに、彼の肉体論ドラマツルギーの起点を示すもであり、同じ本の「笑わぬオカッパの少女論」は(彼の少女論は決してロリコンとは近いところにあるものてはないが)卓抜した少女論のひとっということが出来る。

「銀ヤンマ」という掌篇は、焼け跡の公衆便所に住む少女のお話しである。

──あの人は、銀ヤンマの渦の下で、真赤なフロシキのような堕胎児をひきずったまま、夏草の間を這うようにして逃げた。 R・O・N

 

とりあえずロリコンは性的なSFである

ロリコンは性的なSFである、というと全く何のことやらわからないだろうが、ロリコンに限らず、ホモ、レズ、サド、マゾ、その他、いわゆる「正常な性的関係」以外のすべてのセックスは、SFに似たものである。それらは言わば下半身のSFと言ってもいいかもしれない。抑圧された願望、可能性と想像力、「現実」に対する若干の嫌悪が共通しているなかでもロリコンとSFは、奇妙にペシミスティックなところまで似ている。

では、ロリコンSFというものが沢山書かれているかというと、そうでもない。少女の登場するSFは多いが、それが必ずしもロリコンでないことは、女が出てくるだけでポルノとは言えないのと同様である。

とはいっても全くないわけではない。そのなかで極めつけはと言えばまず星新一の初期の作品「月の光」が挙げられる。これは混血の少女をペットとして飼ている中年の男の話だ。少女は拾子だったのだが、男は全く人間としての教育をせず、美しい一匹のペットとして育てたのだ。ペットとしての少女は男によくなっく。男はもちろん彼女にナニもしない。うっとりとながめているだけだ。ロバート・ヤングの「たんぽぽ娘

である。たんぽぽ色の髪を風に踊らせ、午後の日差しの中に立つ少女は二百四十年の未来から来たのだ。男は、動揺する自分に言いきかせる。「おいおい、わたしは四十四だぞ。」ヤングは、かなりのロリコンのようで、「ジョナサンと宇宙くじら」にも魅力的な少女を登場させている。

魅力的といえば、光瀬龍阿修羅王も、また違った魅力がある。「百憶の昼と千億の夜」の中で、中性的な美少女として登場するが、性別を超えた、凄絶な美しさがあるのだ。

永遠の少年、ブラッドノスタルジックな少年のが、「四月の魔女」は思春期のの、心のゆらぎを象徴的に描味な短編である。(小林克彰)

大魔神・蛭児神建の怒り──なつかしの業界ケンカ史

大魔神蛭児神建の怒り──なつかしの業界ケンカ史

池本浩一



吾妻ひでおの漫画に登場した蛭児神建

 

この記事は現『コミックMate』編集者の塩山芳明が90年代に編集していたエロ漫画誌レモンクラブ』に池本浩一が「なつかしの業界ケンカ史/大魔神蛭児神建の怒り」と題して1990年12月から1991年7月まで連載していたコラムの全容である。

今は昔の80年代のコミケ事情やドマイナー系エロマンガ誌をめぐる当事者間の「いざこざ」をコミケ黎明期の怪人・蛭児神建とモルテンクラブを中心に据えて回想した読み物で、これ以上に詳しい資料は今後も出てくることはないだろう。

残念なことに本連載は単行本化されておらず、次章「ブリッコ盛衰記」や「クラリスマガジン騒動記」も興味深いが到底読むことは出来ない。このたび掲載誌から全文を書き起こしたのは、時代の隙間に眠った原稿から80年代のロリコン漫画界の黒歴史ミッシングリンクを暴き出すためである。なお副読本として蛭児神建出家日記―ある「おたく」の生涯』(05年刊)を事前に読んでおくことを推奨する。

さて、このくそ長いケンカ話は、まず池本の独り言から始まる…。

 

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そんでもって先月からの続きというわけじゃあないんですけれども、なんとも前回とりあげたネタ雑誌の…というか『ロリポップ』が遂に休刊てゆーことになっちゃって、ウチんところの塩山編集長なんかも「亜流誌である『ロリタッチ』としても休刊〇〇号なんってのを出さなければ」と頭をひねっている始末で(まぁそれはさておいて)。それにつけても『ロリポップ』の川瀬編集長ってお人はよっぽど「お詫び」に縁のあるご様子で今回もまたなんと最終刊号にまで目次のある最終頁んところに「お詫び」を載せちゃってるんだから、懲りないというのか懲りているというんだか。こと最期におよんでいても角川書店までケンカを売りにいってるんだから(いや!?―お詫び文を書いているワケなんだからケンカ売ってることにはならんのかな?)。フツーだったらイチャモンつけられても「その雑誌だったらもう今月号で休刊となりました。ゴメンなさい!」てぇ理由だってつくとは思うんですけれどもね。

それにしても先月号に載った漫画についての苦情が翌月号でお詫び書いてあるんだからスゲエおお急ぎのクレームが編集部あてに来たんだろうね。直接に確認したワケじゃないから断定的なコトは言わないけれども、やっぱり“御注進組”みたいな連中でもいるんじゃあないスかね?―ほら、かならずクラスなんかにも幾人かいるでしょう。こっちの仲間うちだけってゆうような話しの内容で誰かさんのカゲ口みたいな話題をやってるとよろこんで聞いているクセに、今度はアッチのグループへいって「誰々がこんな悪口をいってましたよ」ってモトの話しを10倍にしてこ報告するようなヤツ。そのくせ今度はまたこっちにやってきて「あいつら、ケンカ仕掛けるつもりで準備していましたよっ」って向こうの情報まで提供してくれたりなんかしてわざわざ人間関係を複雑に仕組んでくれるようなマッチポンプの連中(彼らにしちゃあ親切と真実に目覚めての行動のつもりなんだけれども結局のところは騒動の渦中てな状況に「まぁどうしましょう」ってんでドタバタしているのが嬉しいだけのジャマな輩なんだけどね)。

べつに『ロリポップ』にそういう連中が蔓延っているっていうコトじゃあなくて、どこの世間にもギョウカイにも雑誌の中にだって読者や漫画家やライターや編集なんかのあいだに山ほどもいるんですネぇ、これがっ。

てなところで今月号の本題となりますけれども。今回の塩山指令によれば「蛭児神建とスタジオバトルとのケンカ」をアラ探しせよ―つうことでありまして。舞台となる時代は前回までと全くおんなじ昭和60年(1985年)から昭和62年(1987年)にかけての頃。

なんのこともナイ、この時期っていうのがロリコン漫画オタクの皆々様にとっては豪華オールスターキャストが大勢揃いの華々しい夢のようなエポックの時代だったというワケ。現代より以上にアクの固まりみたいな目立ちたがり屋で個性の強いセミブロの編集者や構成作家たちが、やはり絵柄にクセばっかり強いセミプロ漫画家たちと、我が天下とばかりに跳梁跋扈して暗躍死闘を繰り広げていたハードな時代だったというワケ(善く云えば《宮本武蔵》みたいなこと考えている連中が即売会場に行けばウジャウジャいたということなのだけれどね)。そして、そんな彼らにとってのメインステージこそが晴海へ会場を移してさらに拡大を続けていたコミックマーケットだったという状況。

まぁちょっと読者の皆様や、この前後のコミケットシーンっていうのが、これから後に蛭児神建氏がスタジオバトル批判にいたるまでのまえふりに非常にかかわってくるんですねえ。蛭児神氏としては『レモンピープル』の創刊当時からすでに東京の同人誌界においてはそれなりに名を成していたと自負していて、ロリコン同人界の重鎮をめざしていたという時期になるのだけれども。これからさらに数年前にさかのぼった頃、当時マイナーまんが誌の神様をやっていた吾妻ひでお先生のマンガにキャラクターとして登場したりしてファンのあいだで有名化したのを皮切りに、『ロリコン大全集』(群雄社)みたいな蛭児神建の責任編集と冠したムックが出てしまったり、あげくにはテレビやラジオからも出演依頼がくるといった彼にとっては寵児的な時代があったワケで当然のごとくに彼の周辺には取り巻きの連中もワンサと集まってきていた頃のこと。彼としてはいまだったら自分とこの同人誌も大部数を充分に売れるだろうと踏んで―当然のごとく大部数の同人誌を売ればステータスになるわけだから…。

ところが彼の『幼女嗜好』は思ったほども売れなくってけっこう在庫が残ってしまったという暗い過去のような状況もあるのですよ。これが、彼を儲け主義批判に奔らせた内因とみることもできますけれどもね。そして、そんな―、2年のあいだに東京のコミックマーケットでは或る新興の売れ線サークルが大型の猛威をふるっていたというワケなのです。午後になっても消えない長蛇の列をつくり、これまでにないような高価格の同人誌を売りつけて暴利を貪る悪徳サークルという評判を物ともせずに大量部数を捌いてゆく―コミケ1日で数百万円を売り上げてそれをまた1日で使い果たしちゃったともいう伝説を生んだ、その同人サークルの名をモルテンクラブという…。

蛭児神氏は言う。

「月産20ページが限界の漫画家に本人の迷惑も考えずベッタリとへばり付き、〆切り寸前でもムリヤリに同人誌の原稿を描かせ、その結果として商業誌の連載が遅れたり落ちたりしても平然としてる奴。有名人の手抜き原稿ばかりを集めて同人誌を作り、原価の数倍の高値で売って大儲けする奴。脱税する奴。昔から同人誌をやっている人達──特に、大部分の漫画家からマムシの様に忌嫌われながら、それに気付かずにいる奴。そんな連中を、まとめて漏転と呼ぶわけ」──『レモンピープル』昭和61年3月号「魔界に蠢く聖者たち」第40話〈新春放談!! コミケットに見る漏転文明〉より。

蛭児神氏からみれば自分の知っている作家がモルテンクラブの同人誌に執筆をさせられて、その締め切りに追われているがために氏が「常に王様でいて欲しい」と想っている『レモンピープル』の連載を落としているんだと解釈したときからその闘いは始まったともいえるでしょうか。

このモルテンクラブに対して力をふっかけていた当時の蛭児神氏はというと『レモンピープル』でのエッセイのほかに『プチ・パンドラ』編集長としてもメディアを持ってたワケで、対同人誌サークル相手に仕掛けたケンカにしてはかなりのハンディをモルテンクラブ側は負っいることになるんじゃないかとも思えるかもしれないですけどね。自己顕示欲の人一倍強い―というよりも蛭児神建というかりそめのキャラクターが存在しなければ世間にパフォーマンスすることができないなわけだからこそ、意地になってもあちこちにケンカを売りまくっいたともいえる次第。しかし、この時期の蛭児神氏による一連の“漏転文明批判”っていうのが、結果的にちょうど美少女漫画誌ブームの面を象徴する位置にちゃんときちゃってるんですね(これが彼のねらっていたところなのかもしれないけど)。

で、かんじんのケンカを吹っかられたモルテンクラブ側の言い分といえばちょうど『レモンピープル』昭和61年1月号で戸山優氏が担当する「同人誌ページ・ジャック」にモルテンクラブがとりあげられていのですが「我々が作ろうとしていのは、古くからある『同人誌』ではなく、いわば『自主制作コミック』なのです。運営が成り立っているミニコミ誌みたいなものですね。そのためにも資本回収は完全に行われるよう頑張っています」といった具合で蛭児神氏とはまるで噛み合わなワケ。(本当の闘いはこの数ヶ月後開始される…)

【以下次号】

 

2

え~と、前回からのお話しの続きというワケなのですが。ほんとうのところ読者の皆様には果たしてこんな5年以上も昔のギョウカイ状況についてどの程度の予備知識があるんでしょうかねえ。

老婆心ながらに思ってみたところで、そのころにすでに刊行していた美少女系漫画誌のうちでいま現在にまだ生き残っている雑誌なんて究極老舗創始誌の『レモンピープル』くらいなものだし、そんな『レモンピープル』が現行のB5平綴じスタイルになったばかりの当時に亜流誌をしていた『ペパーミントコミック』も『ペリカンハウス』も『メロンコミック』なんてのもみんななくなっちゃっているワケだし、『漫画ブリッコ』だとか『ロリポップ』なんていうA5版の平綴じモノだってみんな消えちゃっているし…。例にするならば『いけないコミック』という名前の美少女漫画雑誌があったかとうかさえも知っている読者が現時点でどれくらいいるのだろうかとも思っちゃうワケ。たとえば、こんど『少年サンデー』で漫画連載のはじまったみやすのんきロリコンメーカーなんていうペンネームをつかってアニメエロパロなんかを劇画ジッパーなんかへ描いていたコトとか、彼が主催していたサークルはコミケットでは超売れ筋のサークルだったりしたような(これってもう7~8年くらい前のことでないんかい)ことなんかもう知らないようなコミケットが晴海以前にどこの会場で開催されていたのかも知らない世代ばかりになっちゃったんだろうなあとも考えちゃうような次第。それこそ『ロリコン大全集』のときの蛭児神建氏じゃないけど「吾妻ひでお先生が描いたロリコン実録漫画に出てくる登場人物をことごとくに全員とも知っていた―というような狭いギョウカイじゃなくなってしまっているのは事実なんだけれども…。

本当にあのころにコミケットに参加していたロリコン系の同人誌サークルの数なんか(いまじゃコミケットに一般創作系サークルとして参加しているような非エロ系統の美少女創作サークルまで含んだとしても)現在の即売会でいうならばコミックレヴォリューションあたりの中規模即売会に参加している男性向け創作サークルの参加数と比べたとしても同じ程度くらいのサークル数しか出ていなかったワケだし、あるいは現在みたいに全国各地の田舎からだってもコミケットに参加してくるなんていうことはありえなかったわけだから当然のように東京近郊あたりでちょっと気のきいた同人誌ゴロみたいなことやっているような連中だったならばコミケットに参加している同人誌関係者なんかすべてお友達っていうような状況だってありえたようなワケ。だからこそ本格的に同人誌オタクをやろうなんて思ったならば、それこそ関東地方の同人誌即売会は言うに及ばず大阪から名古屋あるいは福岡やら新潟にいたるまでの同人誌即売会に出かけていってあちらこちらのサークルと友好関係を築いてコネクションをひろげておかなければ、ほかの同人誌ゴロみたいなことをやっている連中に対して自慢にもならなかったわけだし自分の商売もはかどらないということで(つまるところがオタクにとって絶対に必要不可欠であるところの他人と差別化できるような情報量の格差を見せびらかすようなことができないというコトね)自分の努力圏をある程度に拡大しちゃったならば、あとは19世紀の帝国主義世界とおんなじことでおたがいの系列作家の引き抜きと囲い込み。外の同人誌ゴロなことやっている連中の悪口を並べて風評をおとしめて人望なくしてやろうっ!ていう作戦。みんな人見知りのさみしがり屋で偏執狂なモンだからこうでもしないと友人関係をつくるための基礎もつくることができないのだ。

だからこそ「寄らば大樹の陰」っていうことで協商関係をむすぶために同人誌ゴロの大多数はいつの間にか漫画誌なんかの編集部ゴロを志すことでみんな権力志向、商業誌(とりあえず美少女漫画誌の同人誌紹介のページなどを担当することでサークルに対して圧力をかけ、作家を商業デビューさせることで出版社からはマネジメントの手数料を取り、作家には恩を売りつけて系列作家として捕り込んでゆく)志向してゆく。

そんななかで一番にコネクション作りに精力を使っていたのが『ベパーミントコミック』の編集をやっていた金子順氏。九州方面の即売会にまで進攻していった一番に早かった御仁。とにかく営業範囲がてびろく一時期にはどこかの出版社で美少女アンソロジー本が発行されるとなると必ず絡んでいたほど。いまでもアグミックスのパソコンゲームソフトなんかをてがける一方で東京アニメーター学院で漫画原稿の売り込みの仕方も講師しているらしいけれども。

そして漫画家をブランド化して売り出すのにもっとも成功していたのが戸山優氏。彼が『レモンピープル』の「同人誌ページジャック」で紹介した作家は必ずや同人誌売り上げが伸びて、商業デビューすればヒット間違しというジンクスすらもあったのだ。そして彼がフェアリーダストの契約社員として『くりぃむレモン』シリーズを裏で支えていたというのも周知の事実であったりもする。

あるいは今回白夜書房からの本格青年誌として『コミッククラフト』を創刊させたスタジオ編集部の村上嘉隆氏や、または今夏に新貝田鉄也郎のカードゲームを発売した松永宏樹氏など。ヘタすりゃ、コミケットに行けばみんな、いまだにネタを探しにやって来たりしているモンだからたいへん。そしてさらにはそういった業界人の近くで利益を得ようと巻いている連中も山ほどいたりして―。

そんなわけで美少女漫画誌の編集部周辺にひそんでいたりするとゴロくずれの腰巾着エロ漫画家(コレがまたケッコウ多いんだけれども)あたりからカゲ口みたいな話しがいろいろ聴けてまた面白かったりもする次第。まあ彼らにしたところで、そのみみっちい政治的野望(コミケットでデカイ顔をしたいみたいな)を大看板作家先生や担当編集者を利用してダマすことで明日への希望をつないでいるんだけれど。

とくにこの時期、蛭児神建とモルテンクラブの間に始まったケンカ騒動の頃といえば、もりやねこ、くらむぽん、わたなべわたる、虚遊群など後にブームを起こすような作家が本格デビューをしてきて、あるいは森山塔あたりがまだ元気でいて、または阿乱霊や池田一成が『レモンピープル』でかわらずに原稿を落とし続けることで新人が量産されていった頃。

たしかに、この時期だったならばある程度のエロっぽい漫画さえ描ければポンとデビューだけは出来るというような期待感が同人誌新人の問にあったのも間違いのないところ。

しかしどう転んだところでも原稿料の安さという問題がつねに漫画家にとって頭のいたいトコロで創刊当時の『ハーフリータ』みたいに漫画が連載扱いになるくらいだったら毎月投稿して採用賞金をもらったほうが金額が高いと言われたくらいに安かった(レモンピープルにしたところで現在の一般的な新人漫画家の原稿料からくらべても、その半額くらいにしかあたらないような値段の原稿料だったのだけれど)―とてもじゃないけれども美少女漫画を描いて自立して生活をするなんていうことが夢のような時代だったという背景をわかってもらえるとウレシイ。

ハッキリいって同人誌で原稿料をもらっていたほうが高額だったワケなのだ!―が、しかし蛭児神氏からすれば札束で頬を叩くようなコトをする原稿依頼編集制のサークルなど許せるはずさえなかったのである!!

「某漫画家の連載が毎度あんな状況なのはまず60%以上が連中のせいなんだぜ。地方の読者だって、怒るベきだ。東京でしか買えん同人誌にかかされたしわよせで、あんたらが好きな漫画家を雑誌で見れなくなるんだ。一番の被害者は編集でも漫画家でも無く、あんたら一般の読者なんだぞ!」

蛭児神氏は『プチパンドラ』の誌上で吼え続ける。

【以下次号】

 

3

さて時代は昭和61年の春まだ明けぬ頃のこと。いよいよ、《プチ・パンドラ》編集長であるところの蛭児神建氏と同人誌サークルであるところのモルテンクラブによる同人誌業界人戦争が開始されようとしていた!!

この年《レモンピープル》の1月号で戸山優氏が担当をする「同人誌ページ・ジャック」におけるインタビューに応えて「ゆくゆくは小さな企画・編集スタジオを作ってまんが雑誌の編集請負や自社出版を始めるのが夢です」と語っていたサークル代表のO氏こそ、蛭児神氏が業界生命をなげうって打倒・撲滅に励んでいた犬漏転の首領であるところの大久保光志氏。そして、このときすでに彼が実質的な編集長として白夜書房営業部の藤脇氏を通じて刊行することが確定していたモルテンクラブによる新創刊誌こそが、後に再燃する第2次の商業誌美少女漫画ブームへ火をつけた伝説の《パンプキン》であったのだ。

この当時、白夜書房の営業部では社内の編集部に拠らず営業独自によって漫画本を作ろうとの画策をしていた!!―これまでの漫画編集部に依存をしたやりかたでは「漫画誌に1年以上もかけての連載をしなければ単行本にできるページ数が集められない」といった制約や「描き下ろし漫画原稿とか表紙用カラーイラストといった単行本の発行に必須のさまざまな予定が、雑誌連載中の別仕事といった漫画編集部だけの都合によるスケジュールのせいでいつも妨害をされる」といった難点があり、そのためせっかく「時期をにらんだタイムリーな話題性のある単行本発行を狙っている」営業サイドとしては、雑誌というステップを排除したダイレクトな単行本の発行こそが当然の帰結としてあったワケなのだ! 雑誌編集部経由によらない直接的な単行本という発想と、単行本ならば1万部も売れれば充分に採算がとれるといった状況こそが《パンプキン》にいたる下地にはあり、すでに実績としての万部単位での販売実績のある同人誌サークルとしてのモルテンクラブの存在と、その潜在的読者層の存在から大量部数の売り上げが充分に可能であるとした漫画専門書店のフィクサー高岡書店(あのヒゲの店員で有名な)の証言に動かされた取次による営業後押しもあり、まんがの森という販売手段さえも所持しているといった諸条件がそろってはじめて印税12%という超高率な制作費による単行本形式の新雑誌が誕生したというしだい(一般的に美少女系の漫画単行本での印税なんて平均しても5~8%くらいのもので、まぁ10%以上なんていうことは通常ありえないような数字で、しかもそれをふつうの単行本の初版部数と比べたらン倍の発行部数にもなるような《パンプキン》で刷るんだからまたそうとうなモン。この印税金額を当時のそのほかの平均的な美少女漫画雑誌の製作費と金額で単純比較した場合にしたって、まぁ実際の発行部数にもよるけれども少なとも3倍に近い金額にはなるだろうっていうくらいに余裕があるって具合。当時のメジャー系の漫画誌にもまけない以上の製作費がかけられていた雑誌なのだ)。そして《パンプキン》の編集部としてモルテンクラブは名称も新たにスタジオバトル(翌年さらに有限会社オーエスビー出版と改称)となり再出発を果たしたのだった!! これにおいて東京地区の美少女同人誌関係者向け全員参加可能な誌上戦争の舞台がついに完成になったワケだ。

論戦の主戦場となる2つの漫画誌。かたやB5判ひらとじのレモンピープルサイズで蛭児神建という性格派編集長が日本土俗的おどろしい百鬼夜行な作家達の個性をコレクションしたようなカルト漫画誌。対するはA5判の単行本サイズで美少女同人系の売れっ子作家勢ぞろいという大義のため主義主張の違いも呉越同舟して編集個性を極力排した物量威力にたのんだ究極の同人誌を商業ベースにのせた新機軸のアンソロジー。この《プチ・パンドラ》と《パンプキン》はどっちにしたところで現在の美少女漫画誌の主流となっている《ペンギンクラブ》タイプのコンビニストアでの流通をメインに据えたB5判中とじ雑誌とは傾向も対策もことなった異形の漫画本ではある。

共通点としてはどちらも同人誌系作家によるマニア向け美少女漫画本で、当然のことくにコンビニストア置きを前提とはしていない限定流通指向のモノ。いくらメジャー指向性のある《パンプキン〉が逆立ちをしたところで10万部単位を前提にしている雑誌とは違うわけで、ましてや単行本(とくにわたなべわたるの単行本)を出すことを前提の目的として結合している白夜書房営業&スタジオバトル連合にとって大部数の雑誌を作ることなど眼中にないわけでB5中とじ誌は唯一わたなべわたる特集号を市場調査の意味もふくめて13万部刷ったことがあるだけなのである〔このときには白夜書房の営業側がたいへん強気にでた結果にスタジオバトル側が同意したもので、スタジオバトル側としてはオフセット印刷で書籍用紙に刷っている本誌とくらべて活版印刷による刷り上がりの見栄のわるさと更紙の紙質を気にして「売り上げ結果が悪かったらどうする」「単行本の売り上げに影響したらどうする」とかなり気をもんでいたのではあるがその結果としては多く一般書店までも含めた配本であったにもかかわらずに即刻完売という白夜書房の営業側にしてすら予想より以上の売れ行きに驚きを示したのだった―が、この件についてはさらに後日談もある。わたなべわたる特集号の売れ行きに注目した取次よりスタジオバトルに対し「コードはこちらからあげるからわたなべわたるの単行本は白夜書房なんかで出さないで自社発行にしたほうがいい」という誘い掛けなんかまであったりしたのだ。もともとわたなべわたるの単行本というエサは《パンプキン》を出すために白夜書房へ向けた方便としてだけに使っていたにすぎないスタジオバトルとしてはこの魅惑な攻勢にかなり揺らめいてしまい白夜書房との関係が亀裂する遠因とまでなってしまった…〕。どちらの本にしたところで、それまでの商業誌上においてはマニアックすぎて敬遠されていたような「SFネタ」あるいは「ホラーやスブラッター的な刺激臭のつよい内容」の作品も掲載したり、または絵質やストーリーなどでクセがつよ過ぎて一般大衆へのウケがたいへん絶望的なほどに無器用な描き手(絵的には巧いんだけれどもそれまでの少年誌的なワクのなかでは冷や飯をくわされているような作家)を取り込むことによって、既存の同人誌に飽きたらずにより高度な同人誌をもとめていたオタクを絶対的読者層に設定した、嵐獣郎太氏がいうところのインディーズコミックという半アンダーグラウンドな商業レーベルを分野として確立していったのだ〔余談になるが《パンプキン》の白夜書房から社内の漫画誌編集部によって少し遅れて4月に創刊された《ホットミルク》のこと―《漫画ブリッコ》の番頭生活から始まって、幕引きのお務めまでもしたばかりの斎藤O子編集長がいっていた「畳が出てくるような普通の漫画が載っている本(マニア狙いなメカだとか触手が絡みついて女の子を襲うような話が出てこない、日常生活が舞台になってアパートだとか学校なんかで展開するHモノ)にしたいネ」というセリフが《パンプキン》創刊の際にスタジオバトルが目指したところの「インディーズの道」とは対照を際立たせていた。同年の10月に創刊となった《ペンギンクラブ》的な路線を先駆けて初めて美少女漫画誌において同人誌マニア系以外の大衆を読者層として指向した雑誌だったのよね―現況の主流を形成しているコンビニ派とはまったく異なった道を歩みながらA5判中とじ誌として唯一に生き残っているんだから。

それにしても《パンプキン》《プチ・パンドラ)の両誌ともで描いてる作家までが多いのなんて? じゃあ両誌の違いってナニなの?

【以下次号】

 

4

いよいよ創刊した《パンプキン》です。この後にスタジオバトルは在庫処理およびに会員向け通販などをのぞいて急速に同人誌そのものからは撤退をしていくことになるワケですが…。

破壊的な同人誌改革を企てるモルテンクラブに対して蛭児神建氏が反敗する武装論拠は結局のところ同人誌出版の違法性についてと脱税問題に関する批判へと展開してゆきます。

「同人誌での金儲けが、何故いけないか? これは道徳観以前の問題なのですよ。つまり、同人誌という存在自体が非常に法的にあいまいな…ハッキリ言えば出版法規に抵触した違法出版物なのです。これが罰せられずにいるのは、単に“子供のお遊び”という観点から、大目に見られているのに過ぎません」「誰であれ収入の全てに課税されるのが現代日本の法律ですが、同人誌の利潤を申告する人などいませんね。でも二、三万ならともかく数十~数百万単位となりますと“脱税”という実刑判決の伴う犯罪行為になるのですよ」

同人誌界のおばけであるモルテンクラブから商業誌界のおばけをめざすスタジオバトルへの華麗なる転身は変わり身のよさとさえもいえるべき!! この転身こそ、もしも同人誌サークルと商業誌の編集部を兼ねて続けていたとしたら当然に生じたであろうもろもろな非難ごうごうを避けるためのケジメとさえもいえるモノであり、またこれは復讐のための開始宣言であったのです!!

それまでモルテンクラブは同人誌のサークルであるというだけで商業誌関係の連中から蔑まれうとまれてきました。

商業誌の編集者は「モルテンの同人誌なんか原稿おとしたってかまわないから」と自分トコの雑誌用の原稿を作品の質のよしあしにも関係なく、ただ締め切りという日付だけを押しつけてむりやり作家にいそがせて原稿をあげさせようとしている…こっちのほうが先に原稿依頼だってしているのに、そんな商業誌というのは偉いのか―大久保光志氏からしてみれば同じ出版というメディアに携わる同士なのになぜ差別を受けるのか理解できなかったでしょう。商業誌の編集たちは自分よりも大きなマスメディアにはへこへこするくせに、相手のメデイアが自分よりも小さいとみれば急にデカイ態度にでて他人を踏みにじる。口では仁義がなんだと言いながら他人を陥れることしか考えないで、とにかく難クセをつけてくる──。

作家に原稿を依頼するという行為だけをとっても同人誌のくせに商業誌作家に原稿を依頼するなんておこがましいと批判され、また原稿科を出しているといえば同人誌らしからぬ行為と罵られるし、その金額が商業誌より高いといってはまた、それこそ札束で顔をはたくような外道と貶されるのです(原稿料が高いとなんで怒られなければないないのか、新聞なんかに載ってる囲碁対局だって伝統ある名人戦よりもずっと最近にできた棋聖戦のほうが賞金額が高いからこそ最高位なんじゃないか)。

復等への対象は商業誌の撮集部に対してだけではありません。原稿依頼を受けてる張本人、かんじんの商業誌作家のセンセイさえもその照準のなかにあったのです。

よりよい本をつくるためにはよりよい作家(つまり商業誌で連載を持つようになったトップランクの漫画描きたち)に作品を描いてもらえばよい―当然の論理です。そのために商業誌よりも高額なまでの原稿料を支払っているにもかかわらずに同人誌だからという理由にもならない理由でいつ原稿をおとされるか判らない。あげくのはてにそのセンセイたちが商業誌の原稿をおとしたときにつかうセリフが「同人誌なんかの原稿を無理やりに依頼されて商業誌の原稿が描けませんでした」じゃああまりに詮ないじゃあないですか。

そういった、これまで自分たちを嘲ってきたすべてもろもろの旧来勢力に対して復讐をする、そのためにはみずから相手と同じ商業誌という土俵に登るということが絶対に必要であったワケです。

そんな《パンプキン》という直接的メディアを保持したからには作家集めのために同人誌サークルを興すような手間はもう必要はなかったということにもなるでしょうし、また単に同人誌も面業誌でも同じ内容のコトをやっていくならば、より収益率のよい方面に戦力を集中させたほうが利益効果もあるわけで、作家に対しても《パンプキン》のみ1本をメインにして描かせたほうが作品の品質を低下させないためには絶対によいという当然の論理!! そのためにほかの商業誌や同人誌に浮気させないよう実質の《パンプキン》専属作家として扱えるだけの体制にすることが重大事だったのでした。

だからこそ彼らはページあたりで1万円以上という現在においてすらも超高額といえるほどの原稿料を作家に対して保証したのです。

掲載誌を何冊もかけもって原稿の枚数をあげなければ生活ができないような環境にいつまでも置かれていたからこそ作家たちは裏切るのだ。そして作家に裏切られ続けたからこそ、あれら面葉誌の編集者たちのように卑屈な大人が生まれてしまったのだと大久保光志氏はそのときに悟っていました。

そんな彼は出版社にいる編集部関連の人間を相手としませんでした。ヒトの企画は盗むし手柄は横取りする―そんな腐った編集部よりも彼は純粋に仕事としてお互いに儲けるということ以外の邪念をもたない営業部の人間ともっぱら付き合っていたのです。

だからこそ出版企画の持ち込みを編集部の頭越しに会社上層部と直談判して決めてしまうようなスタジオバトルのことを編集部の人間は自分たちの存在をおびやかすアウトサイ・ダーとしてよけい毛嫌いするようにもなったのは当然のことではあるかもしれません。しかし大久保光志氏は純枠であったのです。

あまりにもストレートすぎる行動パターンに周囲の出版関係者は翻弄されてしまいました。

大久保光志氏の思考方法を子供じみていると蛭児神建氏は批判します。

「簡単に言えば、作家にヘバリ付いて腐らせ、メジャーへ脱皮するのを邪魔する足枷となり、思い通りにならず甘やかしてくれぬ作家の悪口を言い触らし、逆に自分が批判されれば『名誉毀損だ訴える』などと毎度だだっ子の様に騒いで口を塞ごうとする連中」「集団でしか行動出来ず、一般常識すらない精神的幼児で、自分達の利益しか考えない連中」と罵倒し大久保光志氏に対して名指しで批判してゆきます。

「私はもう二年近くも、ハラワタの煮えくりかえる程お前さんを憎み続けてきた。この手で絞め殺せたらどんなに楽しいかと夢見る程に。間に挟まれて苦しむ奴のことを考えて、出来るだけ表面に出さない様にしてきたけれどね」

これではまるでメディアと世代を賭けた、さらには私怨のいりまじった業界内代理戦争でしょう…。

この闘い〈バトル〉には各誌上でコラムを執筆していた戸山優氏、秋山道夫氏、嵐獣郎太氏などの論客や金子順氏、村上嘉隆氏、松永宏樹氏、川瀬久樹氏などの編集者、あるいは《レモンピープル》《ホットミルク》《ロリポップ》《プチパンドラ》などの雑誌編集部そのものまでが次々と巻き込まれて(スキ好んで突入していった連中もけっこう多いけれど)東西の陣営に色分けられていったのです(もちろん漫画家にしたところ雨宮淳氏をはじめ、超積極的に巻込まれていった者も数知れず…)。そして、もっとも最初に戦禍のなに飛び込んでいったのが《ホットミルク》で同人誌欄を執筆することなったばかりの戸山優氏でした。

コミケの混沌とした現状に対し批判や挑発の姿勢をとっている同人誌の異端児」として蛭児神建&新体操会社両氏の「喜劇漏転文明」を取上げてゆきますが―。

【以下次号】

 

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どうも、ややこしい状況へと集態の拡大をねらっているかのように蛭児神建氏が操りひろげる〈スタジオバトル批判〉。これに対して《ホットミルク》誌上の「同人誌COLUMDUM」において戸山優氏は「コミケの抱えるさまざまな矛盾に対するアンチテーゼとして、この頃目立って増えつつある」傾向として、同人誌即売会で販売していながら即売会や同人誌に対しての批判と挑発的記事をメインに売っている「問題同人誌」の特集をあえて企画することで新体操会社&蛭児神建の両氏によるコピー同人誌「喜劇漏転文明」を「ほとんど中傷そのものではないか」と俎上に載せ、さらには《レモンビープル》で蛭児神氏が展開しているスタジオバトルへの批判キャンペーンまでも「蛭児神さん、LP読みましたケド、未成年者の実名を出しちゃうのはやっぱマズイですよ」と非難攻撃したのです!―戸山優氏はなにしろ蛭児神建氏と同じ《レモンピープル》の誌上においても「同人誌ページ・ジャック」というページをもっており同人誌批評については自分が専門家という自負もあるワケ。それが、よりによって自分が《レモンピープル》の1月号で同人誌をとりあげて紹介したばかりのサークル〈モルテンクラブ〉のことを蛭児神氏が3月号で非難罵倒したってゆーコトになるモンだから、やっぱり戸山優氏としては立場がない(うっかりすると自分まで悪役になりかねない)ワケでありますが…。

それにしても、これがまた世間をビックリさせたーというのが大久保光志氏がまだ未成年であったという事実について―。まぁ東京近郊の同人誌即売会の周辺にいる関係者なんかではトーゼンに彼の年齢はみんな知っていただろうし、そんな彼の若さがまた周囲の彼を見るイロメガネのひとつになっていたことも事実なんだけど…(この戸山優氏による発言の結果、大久保光志氏の行動について「大人げない」と批判することが出来なくなってしまったというのも言えてしまった。なにしろ彼は事実コドモだったわけだから)。

それにしても、まあ《パンプキン》の編集やっていたメンバーのなかに写植の級数指定(ようするに文字の大きさや種類を決めることなんだけれど)の出来る者すらひとりもいないで編集部をやっていたのだからたいしたもの。当然にデザインとかレイアウトなんていうモンにしたってなんにも考えてないし、作家が持ってきた漫画原稿をほとんどそのまま白夜書房の営業部のデスクに持っていくだけの作業しかやってなかった状況―とてもじゃないけれど商業誌で編集作業をやっているなんて書えないレベルなんだけれども。同人誌だってすらほかのサークルじゃあ表紙のデザインやら文字のレイアウトに気をつかっているというのに―さすがに売れている雑誌んところは違うネ(きっと写植屋さんや印刷屋さんが苦労をしていたんだろうけれどネ)。たぶん白夜書房の藤脇さんが細かいところはなんとかしていたんだろうけれども、とにかくお互いの連絡がいいかげんなものだから指定2色刷りページ(ふつうに1色で描いた漫画原稿に〈ココはナニ色で刷る〉と別紙などに指定して書いておいて印刷段階で色を付ける多色刷り印刷方法)にするはずが、色指定の仕方がムチャクチャで理解できずに印刷屋さんがなやんだあげく、4色刷り(ふつうフルカラー印刷のこと)で赤墨2色の原稿を刷り上げてきちゃったコトだとか(なにしろ4色ページが何ページあるのか、1色ページが何ページあるのか、なんて誰も考えてつくっていないから印刷屋さんもワケわからないまま刷ってたみたい。こんなんでよく本を発行できたものだ)、あるいは原稿の縮小率(たとえば普通、B5判の漫画雑誌の原稿はB4の紙に描いた原稿を82%くらい小さく印刷して使用する)を指定していなかったものだから前り上がりのサイズがページによって合わなかったり、写植文字の大きさも「写植20級以下同じ」って(一般的な漫画文字の大きさはこれくらいワープロの活字でいえば、ポイント相当)扉ページに書いてそれだけで終り―なモンだから写植屋さんも打ち上がった写植文字が大きすぎて貼り込み作業が出来なかったり…。

原稿の取り扱いがズサンなところといえば当時の白夜書房の営業部にしたところでひどいもの。単行本の広告用の図版に使用するために必要とあれば原稿用紙の束から1ページだけ引っこ抜いちゃ床にそのまま置きっぱなし。ソレの繰り返しなものだから原稿はバラバラのまま床に山積み状態。だれかが勝手に持っていこうと思えば簡単にできるような状態。まあパンプキン編集部そのものにしても原稿の取り扱いのワルさではあまり感心できるような状態ではない五十歩百歩―というか大久保光志氏はナント事務所のなかでネコを飼っていたのだ。

飯田橋の木造アパートから新宿のワンルームマンションに移ると同時に、ときに多いときにはネコが3~4匹もスタジオのなかでうろついていたのだからどういう状況なのかはわかろうというもの。サカリがついたのノミがわいたのと、騒ぎの連続で、なにしろ密閉状態のワンルームのなかで、トイレの始末もろくに出来ないような仔猫があっちこっちに粗相をするものだから臭いだけでも最悪(輪をかけてペット用消臭剤の匂いまでが狭い密室の中に充満していて頭が痛くなるような環境。玄関のネコ用トイレに足を絡ませて砂をブチ搬けそうになるし、とてもじっくりと編集作業なんかできるような場所じゃないスタジオ情景だったのだ。あまりにも作業効率が悪かったためか、じきにもう少し広い事務所にスタジオは移ることになるのだが…)そんな状況なものだからこそ作家先生たちからはあまりよい印象はとてもじゃないけど得ることができないワケ。

ようするに単にいいかげんだっただけなのだけれども。そんな状況のもとで昭和62年2月発行の《PETITパンドラ⑩》において雨宮淳氏による告発記事「スタジオバトルおよび『パンプキン』編集関係者諸氏に告ぐ!」がそのようなスタジオバトルの実体を世間にあからさまにしたのだっ。

「白夜系雑誌の《パンプキン》の予告にじゅんちゃん先生を執筆者として載せるのをやめてほしいっ! じゅんちゃん先生は貴誌に作品を描く予定はないし、またその気もないっ! これだけ言ってもまだ貴誌の予告が改まらない場合はしかるべき行動をとるつもりだからそのつもりでいるよーに!」と《パンプキン》の次号予告にいつまでも名前が載っていることに不快をしめすとともに「雨宮じゅんが作家生命をかけて描くかもしれない・パンプキン帝国の謎」として「スタジオバトルの社長の月収はなんと260万円? 未だかつて誰も見たことがないという《わたなべわたるテレフォンカード》の謎、創刊号のカラー生原稿はネコのツメとぎ用として使った? おかかえ作家の原稿料はページ1万円!等々… ホントかウソか? その全貌が今、明かされる! 刮目して待て!」という1ページ全面にわたるスタジオバトル攻撃をおこなったのである。

雨宮淳氏は《パンプキン》が創刊した当時、休刊した《メロンコミック》に初出掲載した漫画を再録していたのだが、この際に大久保光志氏が雨宮淳氏に対し「いつまでもページを開けて待っていますからぜひ新作を描いてください」と依頼をしたのに対して雨宮淳氏が「スケジュール的に執筆は無理」ととりあえず連慮をしたような電話上での口約束による経緯があったようで…その後にこじれてしまったらしい。

それにしても雨宮淳氏による「パンプキン帝国の謎」とははたして本当に事実なのだろうか!? いよいよスタジオバトルと蛭児神との因縁に決潜がつくのだろうか。

【以下次号】

【編集部よりのお願い】

池本センセ3行も余っちまったざます。執筆前に行数は確認なすって下さいませね。

 

6

その当時、第1期の美少女マンガ商業誌ブームより以降の低迷からはやくも脱出して新たに再編されつつあった美少女マンガ業界は、あの進化獣〈モルテンクラブ→スタジオバトル→OSB出版〉VS最終妖怪〈蛭児神建―プチ・パンドラ〉による関ヶ原合戦へのと大きく巻き込まれ燃え上がろうとしていた―。

蛭児神氏サイドからコピー同人誌『喜劇漏転文明』という一方的な宣戦布告による第一撃、さらには《レモンピープル》誌上からおこなわれた「魔界に蠢く聖者たち」での商業誌上を利用した追撃に対して、モロに奇襲をうけてしまったスタジオバトルからは即座に《パンプキンNo.2》誌上において、抗議文という体裁をとっての反撃がなされたのである。

「お知らせ。今回発売が大きく遅れた事を読者のみなさんにお詫びするとともに、遅れる原因を作ってくれたプチパンドラ、ロリポップ両誌の編集長・蛭児神建・川瀬久樹に対して抗議する。両氏が作家のみなさんに流した8割返本・休刊した話によって、作家原稿の入稿を大きく遅らせている事は、明らかに悪意をこめた営業妨害であり、今後このような事態が再び起きた場合、当スタジオでは法的手段も考えている。スタジオバトル」。

これはあきらかに《パンプキン》の次号を読みたいと願っている一般読者に対してむけたプロパカンダではあった。読者世論をバックにつけるため、戦略工作の一環としてあえて誌上に掲載をされた抗議文にはちがいない。だが、しかし何人もの画家のあいだに以下のウワサ→〈パンプキンが創刊号だけで休刊になりそうだというのは確実らしい〉〈それなのに作家が動揺をふせぐためにとりあえずで原稿だけはあつめているようだ〉〈どうせ原稿料なんて出ないだろうからムダな原稿は描かないでおいたほうがいいぞ〉という話しが流されていて、それを理由に原稿を遅らせた作家がいたというのも事実なのではあった―。そして作家陣がそんなウワサに納得をしてしまうような素地こそがたしかに白夜書房という出版社そのものにもあったワケなのだ。

さかのぼること4ヶ月前のこと。白夜書房から(正確には少年出版社=コアマガジンから)制刊されたマボロシのビデオ雑誌〈ブイゾーン〉という悪夢の出来事が作家たちの頭の中をよぎっていたのである!!

その前後の状況を説明するためにちょっと《パンプキン》VS《プチパンドラ》戦争から脱線させてもらうことにはなりますが―。

まぁ読者の皆さんのなかには、その《ブイゾーン》というビデオ雑誌がどういうものなのか御存じもないでしょうが(中野の「まんだらけ」みたいなマニア向け古本屋へ行けば在庫はあると思いますんで一度くらい見てみるといいんじゃないでしょうか)、印紙の質はむかしの白夜書房刊の雑誌ではおなじみのパターンで、カラーグラビア32ページ+2色刷り8ページ+更紙の活版印刷始ページという構成。

《ヘイ!バディー》みたいなグラフ誌から《漫画ブリッコ》のようなコミック誌にいたるまで白夜書房ではほとんどの雑誌が、サイズの違いはあったとしてもほぼ似たようなページ割りでおんなじような更紙をつかってた。

これがたとえば文章記事をメインにした《ポルノマガジン》だとか、全ページが説者欄だけで出来ている《投稿写真JR》みたいな雑誌だったならばいいんですけどね、カラーページにいっぱい写真なんかを使わなくちゃいけないビジュアル雑誌の場合では…。

でもって《ブイゾーン》っていう雑誌ですが、表紙イラストが高田明美、巻頭折り込みポスターが田村英樹で―、執筆メンバーとしては、池田憲章・荒牧伸志・出淵裕・山本貴嗣徳木吉春―、どうもビジュアル雑誌というよりもアニメ&特撮マニア誌という気が…。この雑誌の編築をしていた〈STUDIOザガード〉のスタッフというのが、豊島U作、来留間慎一、くあTERO、森野うさぎあさりよしとお、ふじたゆきひさ、町田知之、と、なんなんだ!!―このメンバーでは、まるでスタジオ・アオークじゃあないか。

それにしたって巻頭カラーページ特集『正しい美少女アニメの見方』全14ページでは2ページにわたって、自分のところで作った《魔法のルージュ・りっぷ☆すてぃっく》を取り上げているし(さらには活版ページでも10ページにわたって設定築を載せている)…。連載記事も「あさりよしとおが描く『新日本機甲』―第1回は《空飛ぶ船》に出てきた巨大ロボット・ゴーレムについての解説」だとか「ふじたゆきひさが描く『フィギュアまるごとスクラッチ』で人形の作例がつくれなかった話」だとか「くあTEROが描く『東映TV怪人図鑑』では《秘密戦隊ゴレンジャー》の仮面怪人を1クール分まとめて紹介」なんていったかんじでスキなものを好きで本にしちゃった怒濤のカルトオタク雑誌だったのだ(くらむぼん先生の大昔のハガキイラストも戦っていたゾ)。

とうぜんの如くにこの《ブイゾーン》は創刊翌月には急休刊。そしてスタッフは総入れ替えでクビ。装丁から紙質にいたるまでまったく新しく「日本で初めてのホラー専門誌」ビジュアル・ホラー・マガジン《ヴイゾーン》として再創刊されることになってしまったのだ。

別に大塚英志氏の撤退以後における作家粛正というワケだけじゃないだろうけれども、この《漫画ブリッコ》の休刊から《ホットミルク》創刊にいたるまでの過程で―そんなややっこしい騒動があったばかりの白夜書房である。そのあとに創刊になったばかりの《パンプキン》では作家陣にしたところでやっぱり不安もあろうというもの。

そんな状況が背景にあったとはいえ〈パンプキン休刊〉のウワサにはわざわざと名指しになって、ご丁寧にもウワサの発信元として〈川瀬と蛭児神氏という両編集長が漫画家に対してしゃべりまくっている〉というオマケまでついて作家たちにまっていたのである(―と、それにしてもこんなところでまたも、あの《ロリポップ》誌の編集長であった川瀬氏の名前がでてきてしまった。なんとも彼にしてもよっぽど周囲のメンバーに恵まれているのか、どうもトラブルといえば、まるで相手の方からブチ突っ込んでくるようでよっほど彼に運がないのか、それなければまた…)。

こんどは蛭児神氏からの反駁でる。《プチパンドラ⑥》誌上の『嫌味わたしたち』においてスタジオバトル側からの〈名指し非難の件〉について。

「さぁて…この業界における噂の出所は、やっぱり川瀬の旦那みたいけれどね。あの人だって独自の情報源を持っている事だろうし」

「私に関しては、完全にイイガカリ。大体、私が最初にあの話を聞いたのは―本人の迷惑を考えて、あえて名前は言わないけど―問題の某誌に描いている漫画家からなんだぜ。それに私が知った時点では、既にかなりの漫画家が知っていて…『この世も、ちゃんと正義が有るんだな。読者も馬鹿じゃ無いんだな』と喜んでいた」

「ここで某漫画家から電話連絡! 川瀬の旦那も例の噂を誰だか漫画家から聞いたそうだ。やっぱり本人迷惑を掛けたく無いらしく、その名前は言わなかったそうだけどね。誰だろう? 意外と連中の内部にいそうだな。それに川瀬の旦那も、せいぜい一、二人にしか話して無いそうだ」

「卑しくも商業誌で実名を出してイイガカリを付ける事自体、奴等が好きな言葉で言う『名誉毀損』に当るんだけどね」

と自分が噂の出所あるとういう指摘と非難について全面的な否認と反攻を開始した。蛭児神氏にとっては相手方が土俵に上りさえすればシメタもの。だが、敵方から旧知の盟友であったはずの怪僧バンリキ氏(現・妖奇七郎)が急先鋒として戦いを挑んできた!! ──危うし

【以下次号】

 

7

もとより結論が出ない泥沼と「わかっていながらもケンカ……」を始めてしまった蛭児神建氏とスタジオバトルの美少女漫画論戦。本来ならば蛭児神氏にはせめて建前だけでもモルテンクラブ批判をおこなうにいたった前提であるはずの、美少女漫画における資本主義経済上の成立過程についての分析と美少女系同人誌そのものに蛭児神氏が抱いている理想の定義などにも論陣を展開して欲しかったのではありますが…。

相手方が同じ土俵のうえで商業誌の編集をするような状況にいたった次元となってはただの泥試合(まあ「馬の耳に念仏」だったのが「蛙の面に小便」へ変わったようなレベルだろうか!?)。

「自分が過去に犯し、今は恥として記憶の彼方に忘れたがっている諸々の悪業をだね、目の前で再現されてごらんなさい。こりゃあもう、苦痛ですよ。余りの恥ずかしさに、思わず腹が立ってしまいます。―オタクの直し方・その一、二段目より抜粋」

蛭児神氏が当初に展開したモルテンクラブ批判の成立前提そのものが、〈美少女漫画界の生き神様であった吾妻ひでお氏のファンクラブにおいて誰もがその名前を知っている有名人であった蛭児神建〉〈美少女漫画界においてカルトに独自な展開をしている〈プチパンドラ〉誌の編集長でもある蛭児神建〉〈元祖の美少女漫画誌レモンピープル》誌上でも最古参の論説委員として社説を飾る御意見番としての蛭児神建〉といったエライ人間である自分の立場に対立するのが、モルテンクラブという〈美少女漫画界の新参者でありながら、ほかのサークルで執筆していた作家を金のちからで奪いとることで努力もなくイキナリ売れる本をつくり、同人誌界におけるサークルの序列を乱してのし上がり、大規模な販売戦略によって行列をつくり即売会の平穏をやぶった〉世間知らずのサークルであり、正義の使徒である蛭児神建としては〈彼らがサークル活動としておこなっている劣悪なる同人誌に執筆をさせられるがために、一ヶ月に16ページを描くことができないような遅筆の漫画家が倍額以上にもなるインフレ原稿料につられて神聖な《レモンピープル》の原稿をおとすにいたっている〉ような状況について美少女漫画界の重鎮である自分が美少女漫画界についてのルール〈新興の同人誌サークルふぜいが商業誌の本家である《レモンピープル》に迷惑をかけてしまう不埒〉を教えさとす役割を負い、あるいはまたその彼らが折伏されない場合には彼らを退治して美少女漫画界に平和を取り戻すための正義の戦いを自ら貫徹しなければならない宿命をもっているのだという前提条件があったワケですから―。

「今のコミケットには一種のカースト制度が存在します。この種の雑誌に描いてる作家を頂点として、作家のお友達を自称する連中の貴族階級…。―オタクの直し方・その二、四段目より抜粋」

商業誌、同人誌(つまりは先生と生徒)という状況のもとで、むかし自分が同人誌でオタクだった時代にエライ商業誌の先生に対して知らず知らずのうち迷惑をかけてしまった苦汁を活かして「締め切りどきに長電話をかけてはいけない」とか「むりやりサインをねだってはいけない」などなど…、同人誌界への新参者たちに対して〈カースト身分をわきまえた行動〉についてを教授しなければならないという呪縛にみずからのめりこんでしまっていたのです。

「貴方には、信頼されるだけの価値がありますか? その自信がありますか? だったら価値のある人間になってください。そう難しいことではないですよ。例えば、ほんの少しの才能と努力と運さえあれば誰だって私程度にはなれるのです。―オタクの直し方・その一、七段目より抜粋」

もしかしたら尊大すぎるかとも思える、この「信頼への自信」という言葉はすぐに崩されることとなります。スタジオバトルへの奇襲攻撃から6ヶ月。全面宣戦のノロシをあげてまだ半年を経過したばかりだというのに彼には焦りがでてきていたのかもしれません。

すでに《レモンピープル》誌上の漫画家にしても世代交代が進んでいて、彼とともに創刊当初から執筆していたメンバーはほとんどが入れ替わってしまっており、またこの1~2年のうちにデビューをした若手の執筆メンバーとは、彼が《プチパンドラ》の編集長であるという業務上の遠慮からかほとんど接触はなく、また古くからブレーンとなってくれていた同人誌サークル関係の仲間たちとも交流が途絶えがちとなっていた蛭児神氏はこの半年ほどのあいだに完全なまでに「孤高の人」となりつつあったのでした。

「それは結局(私にオタクの被害を訴え、あーゆー物を書く様にあおり立てた)漫画家の先生たちがその後もヘラヘラと笑いながらオタクさんたちの要求に応じ続けたせいでもありますが―オタクの直し方・その二、二段目より抜粋」

同人誌聖戦の段取りまでを買って出たまではいいけれども「笛吹けど踊らず」で誰もついて来てはくれない。当初に救助を求めてきたはずの漫画家の先生たちは相変らずの体たらく。裏切られたという事実に気がついた蛭児神氏にはもはやスタジオバトルとの地上戦に突入するだけの力は残っていなかったワケです。

あとはボロボロ。

「ある漫画家〔注・かがみあきら氏のこと〕の死を本気で怒り、泣いてくれた貴方…貴方の様な読者のために、できれば本を作りたい―ネコマタスペシャル2、欄外より」

すでに《プチパンドラ》本誌に逃避するべく戦線撤退の気配まで見せ始めた蛭児神建ではありました。が、それをさらに追い撃ちをかけようとする者さえもいたのです。恨まれるだけの悪役にまで成り下がってしまったのか!?―蛭児神建!!

蛭児神建氏の文章に時たま登場する「腐れ坊主」ということば…。その名前の主であるところの怪僧バンリキ氏が《パンプキン》誌上においてコラムライターとなっていたのです。蛭児神氏から罵倒されるだけの立場から今度は同等に言霊をあやつれる状況となっていたのです。

たとえば彼は《レモンピープル》誌上においてこのように書かれたこともありましたが―。

「以前の夏、ある漫画家が死んだ時さ。私の周囲には、それを嘲笑っている人間の方が多かったよ。『これで某〔注・大塚英志氏のこと〕が困るだろう』てな…。わざわざ笑いながら電話してくる腐れ坊主もいた―コミケットに見る漏転文明、五段目より抜粋」

怪僧バンリキ氏は蛭児神氏のことをあきらかなる偽善者と罵りウラミの反論を開始していくのです。

「言っておくと『某作家』が死んだ時に、一番喜び、どんな姿で死んでいったのだろうと楽しげに推測し、歌まで作っていたのはどこのどいつか御存じであろうか。ほかならぬHである―パンプキンNo.3」

そして水掛論となった蛭児神氏の再反駁が…。

「こら、腐れ坊主よ。喧嘩を買ってくれるのは面白いが嘘を書くんじゃない(中略)私は二年近くもお前さんを憎み続けて来た…(以下略)」

このあと《レモンピープル》誌上において蛭児神氏が漏転批判を書くことはありませんでした。

そして彼は以下のような予言を残して去ってゆくのです。

コミケとは非常に危ういバランスの上に成り立っているのです(中略)いつまで国家権力が黙認しているか、大いに疑問です。いつか必ず手痛いしっぺ返しがあるでしょう。同人誌界全体と表現の自由に係わる重大な問題です。それが今年か十年先か予測もつきませんが、少しは次の世代に対する責任感を持つべきではないでしょうか。世間知らずで一般常識すらない精神的幼児で、自分達の利益しか考えない連中には無理かもしれませんがね

さてあれから5年がたちました。

 

8

いまから思えば(とにかくも作画レベルからしたところで作品内容の質からいったとしても)現在よくみかけるような手抜き同人誌より以下のホントどうしようもないような漫画ばっかりが大半を占めていて、まさに鑑賞に耐えられるような作品なんてのは毎回2~3本も載っていればマシというほどに読める漫画なんか載っていなかったパンプキン!!(まるで同人誌用に描きかけていた原稿をめんどうだからと、そのまま載っけてしまったかのように―背景がロクに描いていないというところの状況ではなくストーリーもオチもない、男と女のキャラが濡れ場シーンをやっているだけの12ページ以下のページ数しかないような短編ばかり、しかも「次号につづく」と書いたままで尻切れトンボになってしまうような低レベルの作品ばかりで大半のページ数を占めている―ゴチャゴチャと読みづらいばかり。850円という定価をつけられたパンプキンは、この時代にあってすら高すぎた雑誌であったのかもしれません。―が、しかしそんなにも劣悪な内容であった「パンプキン帝国」が2年半にもわたって業界をノシ続けていたんだゾ、という事実こそが、この第二次美少女コミックブームという〈同人誌からの成り上がりを目指していた作家や編集者〉たちの時代がいかに〈もの珍しさに惹かれた講読者〉たちのノリだけにのみ支えられて続いていた薄っぺらな時代であったのかという証明でもあるでしょう)。

はたしてこの水膨れした帝国にも最期のときはやってきました。が―しかし、それは決して蛭児神建氏による「パンドラ十字軍」によってもたらされた勝利などではありませんでした。

プチパンドラが隔月刊の定期発行になったのは昭和61年4月発行の6号から―。しかしカルト雑誌を目指してしまうという致命的な欠陥のためせっかくの美少女漫画誌ブーム絶頂期なのに波に乗りきれなかったという蛭児神建氏のキャラクター性による災いと、一水社で描いている作家関係には必ずつきものとなっているような、発行人の多田正良氏との私情もつれた人間関係がからんで、実質的には昭和62年4月発行の11号を以て戦線離脱。自滅的に敗退をしていったのです(本当の休刊号となる12号はそれから6ヶ月後の62年10月に発行はされていますが…)。

人間関係を叫んでいた蛭児神氏はその自身が、自らの分身であったはずのプチパンドラ誌との不審と軋轢に死んでいったのです―合掌。

そんないっぽう「パンプキン帝国」の総師である大久保光志氏はこれまで自分が居住しているワンルームマンションに名前だけを置いているにすぎなかったOSB出版をついに新宿厚生年金会館近くのオフィスビルに移して、さらにパンプキンの編集長をシロヲムラサメ氏にすり替えることで自らは表面に出ないかたちとなり院政を敷くことによって政治力と財力と機動力のすべてを手に入れるようになっていたのです。このとき昭和62年6月、パンプキンが17号をかぞえたころ―実はすでに帝国崩懐の前兆は始まっており、大久保光志氏の表面上の編集長退任は近い将来に必ず来るであろう滅亡の日を予知しての行動であったと後世の人は断言しておりますが…。

このころ朝日新聞での投書騒ぎからはじまった美少女ロリコン雑誌に向けての難クセがついたことから、マイナー出版系の業界全体が委縮し自粛ムードとなってゆきこれまでには考えられなかった〈白抜き〉という修正がおこなわれるようになってきていたのです。

いまでこそ、ナニの描写シーンについては白抜き+丸ごとべタ黒消しが当たり前ではありますが、とくにパンプキンの前半期あたりでは形式程度に薄めのスクリーントーンを結合部などに小さく貼っておくだけといったシースルー消しがほとんど―それが当たり前と思っていた読者たちにとっては、結合部どころか性器や恥毛にいたるまで全部が白抜き修正をされるという状況に当惑と不安が呼び起こされ、また販売部数の激減という事態からは後発のパンブキン亜流本を発行していた各社の市場撤退という〈冬の時代〉に移っていきます。

この事態において編集請負のOSB出版側と発行元の白夜書房との関係にも当然にきしみが生じてくることになります。以前にも書いたようにパンプキンの巻頭はページカラーをはじめとした贅沢な造りが「印税12パーセント」という巨額の制作費によって支えられていたことは書きましたが、これにしたところで4万部という発行部数であったならば400万円の制作費となるところが、もし発行部数を半数の2万部にでも減らされようものならばイッキに制作費が200万円にまで減らされてしまうのと同じこと。部数減を主張する白夜書房側の姿勢にOSB出版がウンというはずがない(なにしろ原稿料がページあたり1万円以上という単価で製作しているのだから2万部の発行部数になると完璧な赤字である)。次第に白夜書房と距離を置くようになったOSB出版では遂に戯遊群わたなべわたるの単行本作品集を白夜書房からではなくOSB出版の独自で発行するという手段を選ぶこととなるのですが…、この窮境の策がパンプキンにとっては死人にとどめをさすようなことになってしまうとは、誰ひとり想像すらしなかったことでしょうが―。

パンプキン22号から裏表紙に掲載された「わたなべわたる作品集・素敵に夢時間」および「戯遊群・セブンティーンの頃」の2冊の単行本の広告についてパンプキン23号の納本日に取次会社より《この広告にある書籍についてはウチで取り扱っているものではない。ウチで配本していない書籍の広告を表4に印刷したようなモノは問題があるから表紙を刷りなおすように》といったクレームがねじ込まれてきてしまったのでした。

あせったのはOSB出版。なにしろ前号にも載っているのにいきなり今回の納本日にクレームされるなんて!!―もし文句があるならもっと早く言ってくれたなら裏表紙の差し替えだって印刷に入る前にできたものを…。

けっきょくパンプキン23号については表紙上からさらにカバーをかけて発売をするということで決着することになるのですが―。このときすでにパンプキンは誌名変更をしてバナナキッズとなることが確定しており、いっぱんの読者からみれば事実上の廃刊をさらに濁したようにしか見られなかったのです。

そして大久保光志氏の強引すぎるといわれたほどの原稿の取り立てにくらべて、どちらかといえば「敵をつくることを嫌った」編集長のシロヲムラサメ氏によるパンプキン運営は結果として作家の原稿遅れや入稿のルーズへとつながり、21号あたりから目立ち始めた発行の遅れは、バナナキッズ2号にいたって2ヶ月の遅刊をするまでに陥ってゆきます。そして、ときは昭和63年の後半。

このころからOSB出版は白夜書房以外に稼ぎを拡げるため新規事業としてパソコンゲームへの進出をはかり予算を注ぎ込んで起死回生をねらいます。のですが…、肝心のソフト事業部が半年以上たってもなんら利益を産み出さない!!―漫画雑誌ならば3ヶ月もあれば利益が回収できるというのにバグ取りだなんだとパソコンソフトはいつまでたっても完成しない、明らかなる誤算です。そして運転資金の焦げ付きに決定的痛打となったのはパソコン誌に半年間の掲載し続けた広告費用の未払い。

―漫画以外に生き残りの活路を見いだそうとしたOSB出版の倒産。それは蛭児神氏が『幼女嗜好』の呪縛に倒れたのと同じように、OSB出版の彼らもまた『モルテンクラブ』から飛翔しようとして〈コミケの掌〉から逃れることのできなかった孫悟空―同じ穴のムジナなのだったのでしょうか。(この項・完)         

ロリコンマンガブームの裏に潜む現代社会の抑圧された性(吾妻ひでお・内山亜紀・千之ナイフ・川本耕次・高桑常寿・蛭児神建・原丸太)

ロリコン漫画ブームの裏に潜む現代社会の抑圧された性

今、女子高生はオバン!  感じる女というのは3、4歳から中学生までというロリコン時代。しかし、こんな小さな子供たちの近親相姦、輪姦、SM、レイプなどで興奮したりするのはいったい何故だろうか? また、彼らの宝物は小学生の赤いランドセルや制服、着せ替え人形などだそうだ。ロリータ・ブームをつくったというべきマンガ家や編集者たちに、このブームについて尋ねてみた。





 

このブームはどこからきたのか

「やあ、マーちゃん大きくなったね(半年ぶりかな……マーちゃんのお尻にさわるのも)」

「いやんお兄ちゃん、ここじゃいや……早く早くおへやに行こっ!」(中略)

「あふあふ お兄ちゃん。お、願い痛くしないで…ネ」

「さあマーちゃん、足の力を抜いて」

「あっ痛い…お兄ちゃん! 痛い」

「やっぱりまだ無理だなあ」

「ごめんね、お兄ちゃん」

内山亜紀ロリコンABC」久保書店より)

これ、今、大ブーム「ロリコンマンガ」よりの1節。ロリコンマンガ2大双璧のひとり、内山亜紀氏のマンガからの抜粋だ。はやりのロリコンモノを、片っぱしから読んでみた。登場ロリータは3、4歳から中学生。レイプあり、近親相姦あり、輪姦あり、SMあり(Sが男でMがロリータ)、排泄物嗜好あり、グロありで純粋ロリータも出てくれば、いつもミダラなロリータもいっぱい。はたまたひと昔前なら、小学生しか相手にしないような純情アニメ・キャラクターもゾクゾクいる。マンガのみでは足りなくて、実物ロリータ写真集なんてものは溢レテイルノダ。なんでこんなにもロリコンがはやっちゃったんだろう。ロリコン雑文家と称する蛭児神建氏は「青春ヤング雑誌だ!」というし、ロリコン同人誌研究家・原丸太氏は「“ボク、ロリコンなの”は若者のコミュニケーション手段」というし、でもこのブーム、いったいどこから出てきたんだろうか?

 

ロリマンガに火をつけた同人誌

かれこれ10年程前「エウロペ 12歳の神話」(ブロンズ社)という少女写真集が出た。その後「聖少女」(フジアート出版)や沢渡朔の「少女アリス」(河出書房新社)「リトルプリテンダー」(ミリオン出版)などの着服あり、ヌードありのさまざまな美少女写真集が次次と出版された。「リトルプリテンダー」などは52年出版の軽装版が、この8月「フォーエヴァー」という副題がついて、豪華版として発売された。これ、なんか知らん間にジワジワ売れ出した。買う層は、仕事疲れしたような40歳ぐらいのオジサン。その中の一部には、おとなしそうなナヨッとした大学生も含まれている。出版元では、なんで売れるか理由がわからなかったそうだ

大人のワレメはだめだけど、子供のなら許される。おんなじワレメが写ってて、ちゃんと見えるから売れるんだベェ」。そんな風に推測していた。確かにそういう意味で買う人もいた。でも、実際はもっと違った兆しを内包していたんだよね、今考えると。

このころと時を一にして、テレビ界ではタレントの低年齢化が始まっていたのです。単純に考えれば子供が早熟になったんで、それに見合ったヒーロー、ヒロインが誕生したってわけだけど、いやいや、ヒロインのファンの年代は低年齢層も増えたけど、今まで通りの年代層もそのまま存在していたんだよね。

原氏はアグネス・ラムちゃんの登場、つまり体は大人だけど顔は子供のようなヒロインの登場は、この前兆だったとにらんでいる。でも究極的に(大ゲサかな)のロリマンガブームに火をつけたのは、同人誌の世界だった。

原氏によると、日本初のロリコン誌は「愛栗鼠」(東京・アリスマニア集団・キャロルハウス出版部)で78年12月創刊(創刊号のみだった)。コミケ(コミック・マーケット/コミック同人誌即売会)10で紙袋に入れられ、人目を忍ぶように売られていたという。ロリコンの元祖といわれる「シベール」(東京・シベール編集部)が創刊されたのは少し遅れて79年4月。「愛栗鼠」の増刊「ロリータ」も79年4月に創刊されたが、まだまだブーム到来には至らない。80年夏のコミケ15では性描写のないアニメ美少女キャラクターの登場する「クラリス・マガジン」(東京・クラリスマガジン編集室)が現れた。ロリコン誌「ロータリー」(東京〈チヨダ〉・ロータリー・クラブ)も登場したが、わずか13部のコビー誌だった。そして80年12月号のアニメ雑誌「OUT」で、米沢嘉博氏による「病気の人のためのマンガ考現学・第1回/ロリータ・コンプレックス」が発表され、「ロリコン」なる言葉が一躍、脚光を浴び始めることと相成るのである。

同人誌の世界ではその後、続々とロリコン専門誌が発表されていく。

それが一般誌に飛び火した、というのが実際のようだ。少年マンガの世界は主流がアクション。ことの成り行きは叙事的、プラス、ギャグ。それに飽きた人々は一時、少女マンガの世界に手を出した。そしてそこからのおみやげが精神的な抒情世界。でも、やっぱり少女マンガじゃピッタリこなくて男性読者向けに出てきたのが、美少女を中心にしたロリコンマンガ。

化粧品CFではやった「処女と少女、娼婦と」───そして「人形」は寺山修司氏によると「自由にできる」という意味で同一なんだそうだけど、「自由にできる美少女」が主流になってきた。当然、エログロ・SM、その他が付随してくるわけだけど「ロリコン大全集」(群雄社発行)編集の川本耕次氏によると、SMや変態には流行があるのだそうな。20年前は切腹や女性のフンドシ、生首がはやったそうで、今はその対象がロリコンなんだ、という。

ロリコンのエロはもとは中・高生、あるいはエロ本を見ない、いい子の大学生が求めた結果だったんだけれど、エロ劇画本も新しいロリコンエロに便乗しちゃった、ということだ。新開発の分野ってところかな。そこでマンガの世界・空想の世界、ロリマンガはいいようにエスカレートしていく───。

ついでながら、ロリマンガを支持できたのはアニメ世代でもある。アニメというのは、ほとんどが子供っぽいキャラクターが登場する。超常現象などの研究家である志水一夫氏によると、3等身というのはホ乳類においては共通の愛着・親しみを覚えるという。そこらへんを突いたのがアニメの等身分割だが、アニメで育った世代はアニメから離れられない。ロリマンガには珍しい女流作家・火野妖子氏は「彼らは自分の年齢がアップしているのに、アニメにしがみついている」という。結局、性的対象もアニメの登場人物、つまり低年齢の女の子ということになり、ロリマンガを支える重要な人々になっちゃうのだね。性的官能描写、あるいはレイプやSMなど過激なシーンが多いのを称して「ハード・ロリコンマンガ」と呼ぶんだそうだ。それに対して、「ソフト」が存在する。

少年マンガのなかで「ウジウジマンガ」というのがあるそうで、少女マンガの精神面は取り入れたけど、少年誌なのでハデに女の子とやっちゃうわけにもいかない。状況設定なんかは少年モノなのでハードにできない。でもこれはソフトとは言えない。真正ソフトの多くは、アニメ世代に存在する。対策はロリータちゃん。でも、頭の中であらん限りの空想をするなんてとんでもなくて、ロリータたちが服を脱ぐのもイヤ、という人たちがいる。そんな彼らの部屋はマンガ家・千之ナイフ氏によると「まるで女性的。女の子のもつ物やレースのカーテンなんかがある」なんていう風で、彼らはひたすらロリータたちとの自己同一化に進むということになる。

 

ロリータ・コンプレックスとは

さっきから「ロリコン」とか「ロリータ」とかいってるが、果たして「ロリータ・コンプレックス」とは何なのだろう。もとをたどれば、起源は1955年のソビエトにまでさかのぼる。

ソ連出身の作家ウラジミール・ナボコフが、「ロリータ」という小説を発表したのだ。ハンバート卿というオジサンが、ロリータという少女を愛してしまう小説なのだが、アメリカの精神分析学者ラッセル・トレイナーの「ロリータ・コンプレックス」という本には、「出版後すぐに臨床医たちの報告書に、ロリータとかハンバートという名称が使われるようになった」とされている。ナボコフは、「ロリータ」は9~11歳、「ハンバート」(愛する側)はロリータと最低10年、一般的には30~40年の年齢差が必要、としている。まあ、大学生のロリコンなら9~14歳の条件はなんとか満たせるけど、中学生ともなると5歳以下の幼児、ということになってしまう。しかし、ロリコンマンガファンやロリコンの人たちは、こんな定義なんてあんまり関係ない。言葉だけ借りてきた、というのが実状だ。では、現在の「ロリコン」の定義というと、これ実に難解。

大人の女になりかけの少女のいい人、まるっきりの少女がいい人、いやいや幼児のいい人などさまざまである。年齢上からロリコン、アリ(アリス)コン、ハイ(アルプスの少女ハイジ)コンという分類もある。

千之ナイフ氏によるとロリータ=少女婚婦、アリス=少女処女とも分けられるのだそうだ。それに前述の「ソフト派」「ハード派」が加わる。「レモンピープル」(あまとりあ社)という「ロリコン&美少女コミック」と銘打った雑誌では「ロリコン激論」というのが繰り広げられているがハード、ソフトの双方に言い分があるようで、決着はいつまでたってもつきそうにはない。

でも、中学生ぐらいはまだいいとしても、高校生や大学生がそんなアニメックなヒロインのことでケンケンガクガクするなんてなんか変な感じ。それほど夢中になるほど魅力あるのかな。実際にさわれる、ワレメちゃんだって見せてくれる、セックスだって可能な本モノの3次元に生きてる女の子の方が、どれだけいいかしれないのに───と考えるのは、アナタ、分かってない。彼らは同年代の女の子が嫌い(中には同年代の彼女を持ってる、純粋ロリコンから言わせると無節操なヤツラ、もいるそうだけど)なんだ。「ロリコン童貞説」というのがあって、前述の川本氏も「ロリコン白書」(白夜書房)編集の高桑氏も、太鼓判を押して「事実です!」というのだ。

高桑氏はこれを「ザコンなどの要素も入り混じっての処女願望ですね」という。セックスに引け目を感じた青年たちが、「女」の代償に少女を求めるというのだ。書店で本が品切れで、発売元を直接訪れる人がいる。そんな彼らは共通して「おとなしそうでナョッとしてて、決して女なんて口説けてうもない」風貌なんだそうだ。

かのバンカラで鳴らした早稲田大学にも「童貞同盟」とか「ふくらんだそでの会」(つまりセーラー服の愛好会ということ)があるという。彼らは、遊びでカッコつけてやってるのかもしれないけど、案外それをタテマエとする仮面をつけて、ホントの部分をカムフラージュしているのかもしれないのだ。

川本氏の話はもっと手厳しい。ロリコンの彼らは、母親の言いつけをハイハイと素直に聞く、とってもいい子なんだそうだ。ビニ本裏本なんて見ちゃいけないもので、平凡パンチやプレイボーイも「エロ本」なので見ちゃいけないから見ないという。マジメでデリケートで、それでもってセックスは「罪悪」と思ってるんだって! 同い年の女の子の発展ぶりには到底ついていけないというより、大人の女性の性器は変な物がついていてとてもキタナイ! と思っているらしいのだ。でも、体の発達は順調な男の子。当然、ギャップが生じるワケだけど、その欲求を拡張するスべを知らない。そこで、少女の性器はキレイとなる。川本氏のキツイ言葉だと、彼らは「暴走」か「ホモ(実行)」か「ロリコン(空想)」に走るしかないのだ。

 

何故架空の少女を求めるのか?

そこで問題は、「少女」に向くのは何となくわかるとして、なんで紙の上の架空の少女たちへ向かうのかしら……。伊藤つかさ松本伊代だって十分、対象となるんじゃないかしらね。アニメ世代だという理由はうなずけるけど。それにはまず、彼らが普通の男の子たちの発展から、取り残された種属であることを考えなくちゃいけない。

彼らにとっては実在するヒロインというのは、直接的すぎるんだ。実在ということは生身ということ。自分のモノにならない生身の女性は、嫌悪で恐怖なのだ。そこで彼らは架空のヒロイン、つまり2次元の世界には安心して入ることができる。ロリコンは今、「2次元コンプレックス」とも言われている。でもね、今のテレビ界のヒロインで本当の清純派がいなくなった、という意見もある。昔は吉永小百合さん、なんていう今でも十分清純な人がいたけど、今のヒロインにそんな人はいない。

女子高校生や女子中学生の悪さは、とうに露見してしまった。少女雑誌の記事ときたら、男性雑誌が「女性がキミに気のあるときのOK仕草の見分け方」なんてやってるのに、ソノモノズバリ!  なんだよね。ディスコ殺人の中学は避妊リングを入れてたっていし、女の子はもうちょい、その露骨さを隠していた方がよかったのかもしれない。「ブリッコ」がはやるのは、女の子がその本性を隠すことのメリットを、本能的に感じた結果だと思うのだ。でも結局、ブリッコはブリッコで、純粋な男から見れば仮面の下の本性なんミエミエなんだよね

 

空想じゃなくて妄想の世界……

ここでロリコン雑文家・蛭児神建氏に登場いただこう。彼の名言をひとつ。

守ってあげたい、思ってあげたいと、いじめたい、襲いたいが交錯した心理」。

ああ、これがハードロリコンの真ズイなのかな。過去の歴史を振り返ると12歳はもう大人だった。彼の研究によると江戸時代に7歳で子供を生んだ、という記録があるという。確かに古代ローマやインド、ヨーロッパ、日本の平安朝、現在の原始民族、すべて女の子は幼くしてお嫁に行った。蛭児神氏の資料によると、初潮1年後が理想的初体験年齢だという。つまり、教育年数が長いとそれだけ子供期間が延び、肉体の完成度と社会的抑圧のギャップが増大する。だからロリコンというのは、そのギャップを超えた自然な姿なのだという。女子大生なんて全く魅力対象外なのだ

彼に言わせると「女性は神秘的で、分からぬもの」だから引かれる。今の女性は生の姿をむき出しにしすぎて、神秘性を衰失してしまったという。ある女性作家の言葉で「女性がひとりでいるときにすることを見れば、男は決して結婚しないだろう」というのがあるんだそうだが、確かに女性が男の支配下でぬくぬくと安住を求めるには、つくろったり化けたり仮面をつける必要がある、という無意識の知恵が働いたのだろう。しかし、今女性解放とか女性が稼げるようになると、女はその仮面をベリベリとはがし、それが女子中・高生にまで及んでしまったのかもしれない。

その魅力を感じなくなった女性への不信とゲンメツに社会的抑圧、例えば受験戦争や教育ママ(ママゴンという言葉があるけど、これも今思えばアニメ界から発祥しているようだ)の影響から、楽しかった幼いころへの回帰願望がプラス。

母親におまかせ、ママのいうなり(キャラメルママ)なんていうマザコンも加わって彼らは小さい女の子しか愛せなくなってしまった───。おとなしく善良でやさしい青年たちは、抑圧によるストレスで屈折した人間となってしまったのだ。彼らがひたすら求める少女たちは素直で純粋、それでいて分からないものへの憧れを満たしてくれる、小悪魔性を持った妖精のような神秘のベールをまとった生き物なのだ。

でも、自分の肉体的欲望とのギャップ! 実際に少女を襲っちゃうのかな。本には、「少女のコマシ方」とか「幼女とのラーゲ」とか「幼女にチンポ汁を飲ませる」なんて出てるけど、あれはフィクションゆえの過激なんだそうだ。実行に及ぶヤツは、ロリコン仲間から見てもやっぱり変態でツマハジンキだという。それに日本の法律だと「13歳に満たない者」とナニスルと、強制や脅迫しなくとも(つまり合意であっても)ワイセツ行為・姦淫、ともども刑務所行きなのだ。結局肉体的欲求を満たすため、2次元世界はますます過激になる。少女にワルサすると、彼女たちはインランか、またはセックス大嫌いの彼らのイヤガル女になっちゃうことを、彼らは無意識に知っているのかもしれないのだ。そこで蛭児神氏は言う。「空想じゃなくて妄想、妄想ですよ。不毛だなあ、不毛の世界ですよ」と。いくら少女なら思うようになる、という大前提はあっても、所詮実行に至らない2次元世界ということか。奇麗な夢は奇麗なままで、犯すのは頭の中だけで満足なんだ。

 

ブームを作ったマンガ家たちは

では、実際の供給者であるマンガ家諸氏は、どういう頭ン中で作っているんだろうか。2大双璧のひとり、内山亜紀氏は大人を描いても子供になる、という人。彼は玉砕主義。ダメならダメで始めたらアタッちゃった。金を出して買ってもらうのだから面白くなくちゃ、というサービス精神をもって、「スカートめくりは終わった」という観点で描いたらこうなった。マンガは直接読者と対話しないので、初めはあったハジもどんどんかき消え、エスカレートしたという。「マンガはね、ワタシの排泄なんですよ」。空想の世界、実際はありえないことなのだから何をやってもいい。だったら、どんな人でも心の底に持っている外には出せないことや、オドロオドロしいものを全部出しちゃってやろう、というのがこの結果。自分のことを「ごく一般の変質者」という。全く正常。ちょっと陰湿なイメージの世界を描く千之ナイフ氏は、会ったらビックリ。明るく元気な人。「実生活では年上の女性の方が好きだし、恋人も年上」だなんていってる。「アニメや少女マンガの可愛いキャラクターと、官能世界の単純なドッキングです」と語る。今はもう美少女が出ればロリコン。遊びをやるならトコトン、という根性だ。でも「同世代の男が子供っぽい。少年のままって感じ」ともいう。この人も正常。女性作家・火野妖子氏も正常(顔写真、お見せできないのが残念。親に内緒でロリコンやってるのだそうだ。前出の蛭児神氏は親にばれて白い眼で見られている、ということ。ロリコンやるのも大変だ)。彼女は、学年誌のマンガを描こうと志したことがあるという。それで子供を描いていたら、いつの間にかロリコンマンガ家にされていた。ロリコンマンガ家といわれる人たちはおうおうにしてそうだが、人からロリコンマンガ家といわれてから、ハタと気がついている。双璧のもうひとり、吾妻ひでお氏はその呼称に抵抗を感じ、嫌がっている。氏のキャラクターには、昔からロリコン風の女の子が出ていた。だから、ブームとも思っていないのだそうだ。でも聞くところによると、彼は昔アグネス・チャンのフアン。今は和田アキ子。「アグネスというのは、母性と少女を兼ね備えていませんか?」というのは、ある編集者から受けた示唆。吾妻ひでおはマザコン、という説があるらしい。千之ナイフ氏もロリコンの人の口から母親の悪口、嫌悪をよく聞くという。ウルサすぎる母親、教育ママ、過保護の母親。ひっくり返すと、少女へという方、程式ができるのです。

内山氏から「処女願望」って言葉も聞いたけど、「マンガはみんな遊びですよ」というのは原氏。「だって男の処女願望、正真正銘“オレのモノ”だったら、そんなキャラクターのレイプシーンや官能シーンを読者に見せられるわけないでしょ。読者の目にさらせるキャラクターなんだから、やっぱり遊び!」これは鋭い指摘。同人誌の世界のハード化現象は、ただ単に買い手のニーズに合わせただけらしい。900から1000のひしめく同人誌の中、幻のロリコン誌などは1冊300円の物が、1万円にまでつり上がっているという。中には「もってるとつかまるよ」という本もあるらしい。同人誌の人たち、お金があってやってるわけじゃないから、コミケに売りに来たら売り尽くさなきゃ帰れない、という状況もあるんだそうだ。「ニーズ好みのロリコン」、それも一層「ハードに」というのが同人誌過激の現状らしい。マンガ世界はあくまでマンガ世界であり、案外単純な処女願望により落とされた年齢の美少女と、官能描写のドッキングをロリコンマンガに仕立てちゃったのは、どうも新しモン好きのマンガファンより、真正ロリコン者だったようだ。それに美少女ヌード写真集もその要素があったので引きずり込まれ、また禁止になったチャイルドポルノグラフィーやビデオファンまで巻き込まれてしまった。

 

女の子のロリコンが最近激増!

最近では女の子のファンも増えてきた。「私ロリコンよ!」というのは、ブリッコに代わる代名詞で「私、美少女よ!」いうことだなのだそうだが、彼女たちの本音は「私もあの主人公の少女みたいにされたい」ということらしいのだ。ハードについては、「あれは男の正常な欲望だから当然でしょ」と肯定的。ロリコンマンガファンの男の子たちは、「あれは空想の2次元世界だけのこと」と思って喜んでるのに、彼女たちはちゃっかり3次元に置き換えて「自分にもあんなことやって!」って思ってる。ああ、このギャップ! 男はデリケートで純粋なものを机上に求め、女は現実の肉に走るのかなあ。

今叫ばれているロリコン者のために一言。40過ぎのオジサンが幼い子にイタズラするのは別だが、ロリコン者はフツーの恋愛・セックス段階を通り越していない。通り越していなくても幼女強姦する人、あれは別。彼らは、ひたすら妄想の世界を超えないのです。実行者を彼らは、「変態」と呼ぶ。もうひとつ彼らの言う「変態」があるが、それは「ソフトロリコン」の変形で、少女との同一化を目指す人々なのです。

コミケでお祭りとしてアニメキャラクターの扮装をして、遊びを超えた人たちがいるそうだ。彼らは少女を「自由にする」なんて冗談じゃなくて、自分がその少女になってしまう。憧れの世界にもぐり込み、そのままになってしまうのである。セーラー服を買い込んでソデを通してみたり、部屋を少女趣味一徹にしてみたりする。少女のパンティー集めるとか赤いランドセルを撫で回すとか、フェチシズムの世界に入り込む人もいる。または、家帰ってお人形と遊ぶという人形嗜好になる人もいる、コレクターも多いが発達すると、むしろ偏執狂者になる。アニメキャラクター商品を全部集め(ときには人から盗みたくなる)、アニメやCFのロリータを残すためにビデオを買ったり、ポスターを何としても集めたり、ときには自分を偽って彼女たちの所属プロを調べ上げる。だけど、これは彼らの必死の哀しい存在証明なのだ。でも、そんな世界に生きてるなんてカワイソー!

川本氏が言うには、「ハード派は正常な肉体欲求があるんだから、まだ結婚できる可能性もある。でもソフト派には、1回なったらもう終わりだね」。ああ、ソフトに明日はない? だけど蛭児神氏や久保氏、原氏も言ってたけど、まだ清純な子供時代への願望は誰にでもあるんだよね。それが男性のみ自然発生的に表面化する、というのは、女性がいかに現実的で強いか、ってことの証明かもしれないけど───。女は自分自身に男の望むロリータを求め、男は自分のほかに心から愛せる女───ロリータを求める、ってところかな。だからロリータ願望は、誰の心にもひそむ清らかな心だと思うのです。

でも、年が経つうち体も大人になるし、社会的責任とか自分で自分を食わせなきゃ、なんて問題が出てそうもいっていられなくなる。その時、スムーズにロリータを心の奥底に大事にしまい込んで(または忘れて)鍵をカチャリとおろした人と、しまい込むなんてとってもできず、まだまだその中にひたり切って泳いでいる人と、その違いがロリータコンプレックスの始まりのように思えるのです。その飛び超える一線を渡してくれないのは、今の現実の世界や育った環境で、そこで彼らは「現実対処能力に欠ける」なんて言われることになる。でもできることなら、よい女性にめぐり会って(なかなかむずかしいことで、いたとしても彼女たちが、彼らを愛せるかどうかは疑問)楽しい3次元の世界を発掘してほしい、とひとえに思うのであります。(文/目方海里)

 

所載:サンデー社『Mr.Dandy』1982年11月号(No.129)

ロリコンファンジンとは何か(80's創作同人とその周辺)──その過去・現在・未来 ロリコン同人誌界分布図の試み by 原丸太 with 志水一夫

ロリコンファンジンとは何か──その過去・現在・未来  ロリコン同人誌界分布図の試み by 原丸太

所載:『ふゅーじょんぷろだくと』1981年10月号「特集/ロリータ あるいは如何にして私は正常な恋愛を放棄し美少女を愛するに至ったか」pp.92-98

今、ロリコン・ファンジン(以下「ロリコン誌」と略す)がブームになっているようだ。この春にはせいぜい10誌ほどだったものが、現在では数10誌を算えるに至っている。ロリコン誌とはいったい何であるのか、ロリコン誌にはどのようなものがあるのか、そしてそのブームの引き鉄となった「シベール革命」(一名「シベの発現」)とはいったい何であったのか──そんなことについて、若干の考察を加えてみた。


(日本初の男性向けエロ同人誌/ロリコン漫画同人誌『シベール』創刊号。無気力プロダクション/1979年4月8日発行。表紙が黒一色のため「謎の黒本」とコミケで噂された。扉絵は吾妻ひでおのアシスタント・沖由佳雄が担当)

 




米沢嘉博阿島俊名義で『レモンピープル』に創刊号から休刊号まで18年間にわたり連載していた同人誌紹介記事。創刊当初の題は「ロリコン同人誌ピックアップ」。'82年12月号のリニューアルから「同人誌エトセトラ」に改題。雑誌の性格上男性向け作品を中心としながら全ジャンルを対象とし、時には漫画同人誌の歴史にまでも言及した。休刊6年後の'04年9月、久保書店から350頁超の大著『漫画同人誌エトセトラ'82~'98』として単行本化された。記念すべき連載第1回目には日本初のロリコン漫画同人誌『シベール』が扱われている)

 



(高桑常寿編『ロリコン白書』掲載の同人誌紹介記事。監修は志水一夫

 

ロリコン誌3つのベクトル

「残す」というのは、文化の基本である。誰もが焚書坑儒には賛成しないが、多くの人々は自分たちが今現在それとよく似たようなことをしているのに気が付かない。たとえどのようなものであっても、集めて分類し、記録・保存することによって文化たりうる、あるいはまた学問たりうるのである。極端な言い方をしてしまうと、歴史が書かれてはじめて、その分野は文化たりうるのだ、とも言えよう。

外国マンガ研究家のKOSEI氏によると、アメリカには、1930年代を中心にアングラ出版されて流行した、「8ページもの」と呼ばれる人気マンガのセックス・パロディーを集めて、立派な研究書を著わした人がいるそうである。ドイツの風俗研究家フックスも、戦前にヨーロッパの漫画の歴史を著わしている。諸先輩のひそみに倣って、私もこのロリコン誌を集め、分類し、そして記録しようというわけである。

私にとって、「ロリコン誌とは何か」という設問は、「何がロリコン誌と呼ばれているのか」という設問と同義である。そして、いわゆるロリコン誌及びその周辺に位置するファンジンを丹念に集めて見ていく内に、実はロリコン誌と呼ばれているものの中には、3つのベクトル方向が様々にからみ合って存在しており、それによって別図のように大まかに分類できることに気が付いた。

その3つのベクトルとは、x=メルヘンチックなあるいはオトメチックな、かわいいものに接したい(見たい、描きたい。以下同)。y=エロチックなあるいはまたセクシャルなものに接したい。z=(主にアニメの)ひいきのキャラクターに接したい。の3つである。

ロリコン誌登場以前は、この三方向はそれぞれにほぼ独立して存在していた。x方向としてはオトメチック・イラストを中心としたファンシンがあり、z方向には通常のアニメ・ファンシン、そしてy方向はフアンジンという形では存在しないかわリに成人向劇画(いわゆる三流劇画、エロ劇画)があった。

ところが、ロリコン誌は違った。x、y、zの内の二方向以上を合わせ持っていたのである。たとえば、そのブームのきっかけを作った『シベール』(東京「シベール編集部」79年4月創刊・81年4月7号で休刊、以下『シベ』と略す)は、x方向とy方向とを合わせ持ったファンジンであった。『シベ』に代表されるxy方向のベクトルを基本としたものを、「A群」と呼ぶことにしよう。A群は、「純粋ロリコン誌」あるいは「ロリコン・マンガ誌」ともいうべきものである。『シベ』の最初の2番せんじである『ロータリー』(東京「ロータリークラブ」81年8月現在6号)は、公権力より弾圧を受けた最初のロリコン誌という栄誉を受けることになった。同誌5号によると、某デザイン学校の有志数名が『シベ』を見て、「ワシらもこーゆーのやろーやないか!」ということになり、最初はコピー誌として創刊。ところが、3号を同校の文化祭で販売した所、「学校上層部から、えらい圧力がかかりました」というのである。幸い同誌は弾圧に負けることなく、5号からはオフセット化も果たして現在に至っている。『シベ』のインパクトが強かったためか、A群は数が多く、またその中にあって独自性を出そうとするためであろう、ややヒネリのきいたものも少なくない。その中で比較的質の高いものとしては、『Alice』(東京「Alice編集部」81年8月創刊)、『Collection』(埼玉「テクリス第2分室」81年8月創刊)などがある。また『LP』(神奈川「LP編集部」81年8月)は「2号は出ません」とわざわざ断わってある変わりダネ。『キャロリータ』(茨城「かーいーもんプロ」現在3号)はネーミングが群を抜いている。

A群のヴァリエイションとして最も注目されるものに、ピグマリオン・コンプレックス(人形愛)をテーマとした『人形姫』(東京「サーカス・マッド・カプセル」80年12月創刊現在3号)がある。これは強い人気を持ちながら、2番せんじの全く出てきていない特異なファンジンである。関係者の話では、もともとは以前作った自主アニメに登場した少女サイボーグが仲間内でウケたので、それを中心としたファンジンを考えていた所に、『シベ』や当時のテクノ・ブームの影響を受けてこのような形になったとのことである。『ネコリータ』(京都「倒錯社」現在2号)はネコと少女のダブル・イメージを中心としたネコ・コンプレックス(なんて言い方あるのかね?)専門誌。但し文章が多いので、むしろこれは次のA群に入れるべきかも知れない。ユニークな題名は、吾妻ひでお氏の作品にヒントを得たもの。

私がA群と名付けたのは、比較的文章が多い「総合ロリコン誌」とも言うべきもので、これにはややz方向も含まれてくる。その最も古いものは、『愛栗鼠』(東京「アリスマニア集団・キャロルハウス出版部」78年12月創刊号のみ)及びその増刊の『ロリータ』(79年4月創刊、同7月2号)と思われ、後者は「(不健全)ロリコン文芸誌」を名乗っている。同傾向のものとしては他に、同じ編集発行人(蛭児神建)による『幼女嗜好』(東京「変質社」80年9月創刊、現在3号)がある。

しかし右のような“文芸誌”はむしろA群の中でもやや特異な存在で多くは『ブレザンス』(神奈川「ハンバート」81年4月準備号、同6月創刊、現在2号)や『美少女学』(兵庫「美少女愛好会」現在3号)、『グリフォン』(大阪「RCAロリータ」81年3月創刊)、『美少女自身・美少女狩り』(神奈川「EIRISHA」81年8月創刊)などのように、間にカットやマンガを交えながら、美少女への熱き想いを語り合うというタイブのものが少なくないようだ。特に『ブレザンス』の発行元「ハンバート」が最初「シベールFC・ハンバート」を名乗っていたことにも示されているように、A群とA群の関係は、『墨汁一滴』的創作ファンジンと『マンガの虫』的FCファンジンとの関係に似たような所があると言えよう。

なおFCと言えば、吾妻ひでおFCの会誌類の中にも、例えば『どこでも会誌』(京都「吾妻ひでおFC・シッポがない」81年1月創刊? 現在2号)のように、なかばロリコン誌化しているものが見られる。最近は「私は吾妻ひでおが好きで」と言うと、「ああ、あなたもロリコンですか」と言われるそうだから、仕方のないことかも知れない。その吾妻氏が出した『ミャアちゃん官能写真集』(東京、81年8月)は、やはりA群であろうか。


吾妻ひでおの『スクラップ学園』主人公のミャアちゃんこと猫山美亜のイラスト等を収録。1981年8月のコミックマーケット18にて1600冊を6時間かけて頒布)

 

キャラクターに魅せられて

『シベ』の発現は、y方向と2方向とを持ったファンジンの出現をもうながした。これまで数あるアニメ・パロディーの陰にかくれて、細々となされていたものが、独立した一個のファンジンとして登場するようになってきたのである。これをB群と呼ぼう。ガンダムネタ専門の『AMA』(東京「アニメニア・アーミー」79年12月創刊。80年7月4号で終刊)などはその代表的なものだろう。『聖裸』(石川、現在2号)は、同じ『ガンダム』のセイラネタ・オンリー。『方程式』(神奈川、81年8月創刊)は、AおよびA群との中間に位置しているようだ。『ヴィーナス』(東京「ムーン・ライン製作室」81年4月準備号、同5月創刊、現在2号)は、ハッキリと「アニメ女性キャラクター・ヌード専門誌」を名乗った最初のファンジンだと思われる。同誌は「アンチ・ロリコン」を謳ってはいるものの、それはあくまでタテマエで、スカートのすそからロリコンが見え隠れしている。キャラクター・ヌードを中心としたものには他に、男女人間に限らずヌードのある『百鬼夜行』(発行元不明、81年8月)がある。

前出KOSEI氏は、「マンガ家は、自分の創ったキャラクターの性生活が、アンダーグラウンド出版による〈八ページもの〉でからかわれたことを怒るよりも、喜ぶべきだろう。そんなパロディが出されるということは、それだけ、そのキャラクターが、読者のものになっていることを当然のことながら、示しているのである」(「ポルノ・コミックスの系譜」『えろちか』復刊3号、73年12月)と言っている。ファンジンとヌードの出やすいキャラと出にくいキャラが歴然として存在するのは、そんな所に原因があるのかも知れない。

B群の中でやや変わったものとしては、『お気に召すまま』(神奈川、81年8月創刊、現在2号)の創刊号が、これまでアニメに登場したヌード・シーンの特集を行なっている。場面紹介及び数10枚の写真の他に、ABCの三段階表記による露出度、興奮度、必要度を評価し、またそのシーンが掲載された出版物をほぼ完璧なまでに網羅した入念なリストである。巻末にキャラクター名の索引まで付いているというのは、これはもう、一つの歴史書としての体裁を充分備えているとさえ言えよう。2号は水着・下着・バスタオル編となっているが、さすがに創刊号ほどのヴォルテージは見られないようだ。

キャラ・ヌード誌の中でもロリ・キャラ専門のものはB群とすべきだろう。これには、『アニベール』(東京「シベール編集部」81年4月)がある。『のんき』(東京「おとぼけ企画」80年12月創刊、現在3号)は、創刊号でガンダム・ギャルズ・ヌード特集、2号でセイラ・マス特集、そして3号でロリコン特集(ヒ、ヒルダちゃーん♡)を行ない、もっぱらキャラ・ヌード路線を歩んでいる。このB群は、正にx、y、zの三方向のすべてを備えたファンジンたと言えよう。

もちろん、X方向と2方向とを主に持っているファンジンもある。アニメの少女キャラクターを中心にとリあげたファンジンがそれだ。これをC群と呼ぶことにしよう。C群には、『美少女自身・イマージュ・ソフィー』(神奈川「EIRISHA」81年8月創刊)があり、他に前出の『ブレザンス』や『美少女自身・美少女狩り』『美少女学』にも、この傾向がある。『CRA・CON』(東京、81年8月創廃刊)は、クラリス・オンリーみたいな題名たが、実は「宮崎駿ヒロイン特集誌」とのこと。C群にはy方向がほとんどなく、またマンガよりも文章やカットが主体となっているのが特徴である。基本的には、通常のアニメFCの変種たと見ることもできよう。

月桂冠』(愛媛、現在9号)は、毎回別々のキャラクターをとりあげているようだが、若干ヌードもあり、B群との中間点に位置するものだと言えるかも知れない。

クラリス・マガジン』(東京「クラリスマガジン編集室」80年8月創刊、同12月2号で休刊)のように、特定の少女キャラをとりあげたファンジンも、ロリコン誌と呼ばれている。これをC群としよう。『月刊カーシャ』(東京「ねこプロダクション」81年7月刊、現在3号)は全編これすべてカーシャネタで、しかも月刊というユニークなもの。創刊号はテスト用紙なとの裏に書いた肉筆誌だったとか。「清純派のための美少女マガジン」と銘打った『キッチン・ファイター』(東京「キッチン・ファイター」81年8月創刊)は、やはり『伝説巨人イデオン』にたった4話しか登場しなかった美少女キャラ、キッチ・キッチンを中心にしたものたが、スタッフがすへて女子高生だという噂は本当かしら?

ラナリータ』(神奈川「らなリいた」81年8月創刊?)も全編ラナネタで、「内山亜紀風ラナちゃん」などというしろものまである。

以上の内、『ラナリータ』及び『キッチン・ファイター』を除いては、y方向はほとんど見られない。また、通常のマン研やアニ研の有志が会誌の別冊のような形で作ったものが多いのも、C郡の特徴である。

なおこの方向の先駆として、少女アニメFCの会誌がある。その最初は恐らく「ヒルダFC」(東京「ホルスFC」ではないことに注意)の『フレップ』(78年3月創刊? 現在14号)と思われ、他に「若草のシャルロット・ファンサークル」(現東京、元新潟)の『セント・ローレンス』(78年11月創刊、現在6号)や「花の子ルンルンFC」(埼玉)の『七色の花』(81年7月創刊、現在3号)がある。また『女王陛下のプティ・アンジェ』に関するもの(複数?)も近日名乗りをあげる予定だと聞いている。

『キッチン・ファイター』のように女性中心のスタッフによるロリコン誌の台頭も、最近の傾向の一つである。もっとも内容的にはこれまでのオトメチック・イラスト・ファンジンとあまり変化がないものが多く、強いて言えばやや「少女」への思い入れが強いという所であろうか。

しかし、スタッフの自己紹介に「アニメ好きでロリコンで」とあるもの(『ままぜる』東京81年3月創刊)や、「女がロリータ趣味もってどこがいけないの」(少女専誌『VELVET』富山、81年8月)とか、女性のロリータコンプレックスは、根がふかいと言います」(To・From神奈川「少女愛好会トゥフルム」81年8月9号=ロリコン特集号)と、いった発言が目立つものもあるようだ。

また『クラリス・マガジン』が休刊になった後、その流れが旧来のオトメチック・イラスト・ファンジンへ注ぎ込み、その種のファンジンでアニメ・キャラのコーナーが設けられているものも増えつつあるようである。

奇妙なのは、オトメチック・イラストファンジンと女性の手による。いわゆるロリコン誌との間、また少女アニメFCの会誌とC及びC群との間は、内容的にはそれほど変わりがないのに、後者のみがロリコン誌と呼ばれていることである。その成立の歴史的経緯の差によるものであろうか。かつて「SFの定義」が問題にされた時に、「これまでなかったようなものはみんなSFに入れてしまえ」という意見があったが、ロリコン誌にも似たような現象が起きているのかも知れない。私としては、これらすべてをひっくるめて「美少女ファンシン」と呼ぶことを提唱したい。

それにしても、「『クラリス・マガジン』を手に入れたらガッカリしちやった。ヌードがないんだもの」などという話を聞くと、「何か違うんだよね!」と言いたくなるのは、私だけなのだろうか。『クラリス・マガジン』が2号で休刊になってしまったのも、この辺に原因があるような気がしてならない。

なお、女性のロリコン誌進出に呼応するかのように、男性のオトメチック・イラスト・ファンジンも出はしめている。これには『FRITHA(フリス)』(東京「トラブル・メーカー」80年9月)、『CLAUDETTE(クラウディテ)』(愛知「SFマン研HAL9000」81年5月)、それにファンタジー・メルヘン専門誌たという『ティンカーベル』(東京、81年8月?準備号)も最近名乗りをあげた。女性のロリコン誌がオトメチック・イラスト・ファンジンの変形であったように、こちらにはロリコン誌の名残りのような所があるようだ。

ところで、ロリコン誌ではないが特集としてロリコン的なものを扱うファンジンも増えてきた。『漫画の手帖』5号は「アニメ美少女年代記」特集で、TV撮り写真などによるキャラクター・コレクションを組んでいる。また同誌では、この号から〈ロリコン・ライブラリー〉という連載コラムも始まった。その第1回は谷口敬。『ボツ情報』1号はその谷口敬にインタヴューした上、作品リストも付いた、小品ながらも良心的な編集である。コピーによるコラム・ファンジン愁波」(東京、現在19号)もしばしば美少女特集を行なっている。

また学内のマン研やアニ研の会誌でもロリコン特集が目立つ。「立正大漫研」の『月刊にゅう』創刊号(81年4月)は全編ロリコン特集。「上智アニ研」の『KEBE』創刊号(81年4月)は両面が表紙で一方から開くとパロディーや評論が、もう一方からはロリコン特集が始まるようになっていた。『KEBE』にはクラリスの「きせかえ」がとじこまれていたが、このきせかえというのも結構流行しているようで、私が入手したものだけでクラリスが4種、ラナが3種もある。恐らくファンジンとしてのその最初は『FILMN1/24 デラックス・未来少年コナン特集号』(東京、79年9月)の予約者特典についたものであろう。

ロリコン誌の変種として(?)、最近はセーラー服ファンジンというべきものまで登場してきている。その最初は『すずらん』(愛知「名古屋学セーラー服研究会」80年12月創刊)と思われ、また「明大SF研セーラー服研究会」(東京)の『ぼっくす・ぷりーつ』(現在2号)かあるいはその姉妹誌の『美少女草紙』(東京「いい人屋とすこい堂」81年8月創刊)が、『東京セーラー服マップ』を作るという情報もある。

 

「シベール革命」の意味

既にお気付きの方もいることだろうが、『シベ』は最初のロリコン誌ではない。それ以前に『愛栗鼠』があり、またほぼ並行して『ロリータ』があった(いずれも蛭児神建による)。しかもそれは、読物ありマンガありキャラ・ヌードありの、正に現在のほぼすべてのロリコン誌の先駆とも言うべきものであり、『シベ』への影響それ自体も無視し得ないものであった。なのに何故「ロリータ革命」ではなかったのだろうか。ここに「シベール革命」とは何だったのか、ということを解く鍵が密んでいるように思われる。

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C10(1978年冬のコミケ)で頒布された日本初のロリコン同人誌『愛栗鼠』(1978年12月創刊号のみ)。アリスマニア集団・キャロルハウス出版部(蛭児神建の個人サークル)発行。数十部程度のコピー誌(蛭児神すら現物を所持していない)かつ性的要素がない文芸誌のためか『シベール』ほどの知名度はない。その後、吾妻ひでおらと協賛関係を結び『シベール』の作家陣も参加した同誌増刊号『ロリータ』(1979年4月発行、同年7月の2号で休刊)が創刊される。

『シベ』と他の2誌との違い。それは『シベ』がマンガ誌であった、ということにつきるのではなかろうか。「シベール革命」までは、セックスというのはマンガではなく劇画の世界のものだという先入観があった。いわばマンガにとって「セックスは他所ごと」であったのだ。その先入観を『シベ』は、実にアッサリと破ってしまった。「あ、マンガでこんなものも描けるのか!」という驚き──それこそがシベール革命だったのに違いない

もちろんそれ以前にも、吾妻ひでお作品の中において、ひいては手塚治虫作品の中においてさえ、そういうことはなされていたのだが、それはいずれも作者の並み外れた才能にのみ帰されていた。作者の才能に目がくらむあまり、それがマンガというメディアそのものの中に含まれた一つの可能性であることに気が付かれずにいたのである。「シベール革命」はまた、ファンジンの革命でもあった。これまで人々が漠然と持っていたファンジンにおけるy方向へのタブーの枷が、x方向の衣をまとうことによって、ここにようやく打ち砕かれるに至ったのである。

もとより、『シベ』以前にも、正にその予兆として、y方向とz方向とを合わせ持った作品が、アニメ・パロディー・ファンジンの中に芽生えていたことも否定できない。しかしその多くはホモネタであって、男女のセックスが正面から描かれることはほとんどなかった。しかもあくまでそれは“添えもの”であり、日陰の存在だったのである。

あるいはまた、そのyz方向に『シベ』のxy方向が加わり、その結果としてy方向のベクトルが明確化してきたという見方もできるかも知れない。

「シベの発現」は、ゆがんだ法律を主な原因とした俗世間のロリコン写真集ブームなどからも力を得て、本来それとは一線を画した存在であったはずの『クラリス・マガジン』などをも巻きこみ、一大ロリコン誌ブームの渦をひき起こした。『シベ』の終刊後も『シベ』を求める声は続き、ついに補遺編とも言うべき『プチ・シベール』(東京「無気力プロ」81年4月)さえも生み出すに至った。

需要があれば、供給が生まれる。それにどんな理由にしろ、自分の作ったファンジンが売れるというのは気持ちのよいものだ。中には描きたくないのに「会のため」とロリコンものを描かされたファン・ライターもいると聞く。また表紙だけロリコン誌風で、中身はただの下手クソな創作ファンジンという例もいくつか見られた。つまらないイラスト集を、さもそれらしくビニール袋に入れて売っているものもあった(ロリコン誌のビニ本は初期の『シベ』が最初である)。ブームなるものには、常にこんな一面がつきまとうものらしい。

今後ロリコン誌はどうなっていくのたろう。81年8月の創刊誌が多いことにも現われているように、ロリコン誌界はまだまだ混沌とした状態にある。しかしその中にも、一つの極めてゆるやかな流れを見てとれないこともない。x、y、z方向それぞれの合成形態として登場したロリコン誌は、今再び、それぞれの元の方向へと帰リつつあるように見えるのである。恐らく今後は、基本的にx方向でややy、z方向の加わったもの、z方向でややyあるいはx方向が入ったもの、そして極めてy方向のもの、既ち成人劇画的なものの3つに収束していくのではなかろうか。この内第一のものは既に現在の少女マンガ自体にその傾向が見られるし、第二のものは最近のアニメ・ファンジン全体の動向、そして第三のものは前出の『美少女草紙』他いくつかのファンジンにその萌芽が感しられる。

ただ地方においては、たまたま筆者が入手したものがそうだったのかも知れないが、東京等のロリコン誌がファンジン同士で互いに影響を与え合っているのに比べて、プロ(特に吾妻氏)の影響がとりわけ強いように思われる。『人形姫』のように、「通販はしません。コミケットで買って下さい」というグループの気持ちもわからないではないが、これは一つの残された課題であろうと思う。もっとも、地方ではまた、吾妻作品等の「その手のシーン」を切りばりして見せるたけでも、充分インパクトがあるということなのかも知れないが。

ファンダムの動きは確実に数年後のプロダムの動きとなって現われてくる。少年マンガの少女マンガ化、ないしは少年マンガと少女マンガの歩みよりなどはその一例であろう。このロリコン誌ブームはどのような形でプロダムに現われてくるのだろうか。もちろん少年マンガや少女マンガはヌード止まりで、セックスそのものを描くわけにはいかないたろう。そこで恐らくは、成人向劇画誌へのマンガの進出という形になってくるのではなかろうか。青年コミック誌や女性コミック誌の登場はその一つの現われであろうし、谷口敬氏の活躍なども、その先ぶれのような気がしてならない。

ほど遠からぬ内に「かつてロリコン誌ブームというのがあったなァ」と言われる日が来るに違いない。しかし、「ロリコン誌ブーム」は確実にわれわれの中に何かを残して行きつつある。われわれは「ロリコン誌ブーム」というファンダムの変革を通りすぎることによって、今まさに何かを得ようとし、また失なおうとしているのである。ファンダムにおけるロリコン誌ブームは、ある種の「成長の儀式」なのではなかろうか。『シベ』は、正にマンガ界のモノリスだったのかも知れない。




蛭児神建『出家日記―ある「おたく」の生涯』所載。吾妻ひでおのあとがき)

 








群雄社出版から1982年に発行された蛭児神建責任編集・監修『ロリコン大全集』所載の吾妻ひでお「仁義なき黒い太陽 ロリコン篇」。82年当時のロリコン漫画界の諸相を任侠映画パスティーシュという形で描き出した傑作短編)

 

○残念なことに、ロリコン誌の関係者の中には、たとえペンネームであっても、こういう場所に名前が出るのを好まれない方が少なくないので、関係者名及び連絡先は今回原則として省略させていただきました。但し、*印のあるものは、「フリ・スペ」で扱っていますので、本誌巻末の「フリ・スペ」欄をご参照下さい

○多くのファンジンが生まれ、そして消えていく中で、これを記録に留めておくのは、後世の人々に対する同時代者としてのわれわれの責任だと思います。他にロリコン誌を出しておられる方や、ロリコン誌をご存知の方のご教示を仰ぐことができれば幸いです。勿論正規の価格で購入させていただくつもりです。本誌編集部気付で筆者宛ご連絡下さい。私事ながら、この場を借りてお願い申し上げます。なお、ロリコン誌のメタ・ファンジン(ファンジンに関するファンジン)を現在準備中です。年末の「フリ・スペ」にご注目下さい。(協力・志水一夫

『世紀末倶楽部』編集人が語る「ゴミ、クズ、カスのお宝雑誌」

ゴミ、クズ、カスのお宝雑誌

悪趣昧雑誌の流行は今に始まったわけではない、昔から大衆の好奇、あけすけな視ることへの欲望はおおよそ悪趣昧なものだといえよう。

作文●土屋静光(つちやせいこう)

プロフィール/あの『世紀末倶楽部』の編集人。現在『トラッシュメン』を手がける。

 

94年に創刊された『TOO NEGATIVE』(吐夢書房)。“禁じられた絵本”という副題が付けられているように、ほぼオールカラーの写真集風の体裁で、死体とフリーク、そしてゲテモノ・ポルノが次々と日に飛び込んでくる。作り手の妄念が肥大したギーク世界が紙面を覆い尽くし、異様な迫力だ。また、挑戦的な消しの甘さと、ローファイでチープなデザインが印象的。創刊当時は、海外雑誌からの豪快なパクリで構成されていたが、その後、新人作家を登用し、独自性を打ち出していく。特に、まだ無名だった、釣崎清隆、トレバー・ブラウン(それ以前にもホワイトハウスのジャケットワークで一部に注目されていた)といった奇才を育てた功績は大きい。悪趣味雑誌としては、10号近く続いた長寿雑誌であったが、後半、編集長が何度か代わり、内容は急速にトーンダウン。

『TOO NEGATIVE』を立ち上げたのは、82年に創刊された、伝説の悪趣味雑誌『Billy』(後に『Billy-Boy』と改題。白夜書房)に参加していた小林小太郎氏。『Billy』とは、死体からスカトロ、獣姦、およそゲテモノならなんでもありの変態エロ本であったが、あまりの過激さに、都から有害図書指定を受け、やむなく廃刊に追い込まれてしまう。また、小林氏は『TOO NEGTIVE』の前に編集していた『オルガナイザー』(吐夢書房)でも警視庁から発禁処分を受けている。現在、小林氏は手作りのコピー雑誌を活動の拠占としているが、過剰な表現は一向に衰えていない。

95年、海外タブロイド誌のテイストを踏襲し、日本的解釈で創刊したのが、『GON!』(ミリオン出版)。B級ニュース雑誌というコンセプトで、メディアから取りこぼされたクズネタで誌面を構成。モノマネ雑誌が何誌か創刊されるジャンルとなった。創刊当時はあらゆる禁忌的テーマを扱っていたのだが、徐々に内容がソフト化。コンビニエンスという規制だらけの流通販路の中での、方向転換はいたしかたない選択だろう。ともあれ、悪趣味雑誌とすれば、最も商業的に成功した例といえる。編集長の比嘉健二氏はそれ以前に、暴走族専門誌『ティーンズロード』を立ち上げているが、門外漢から見れば、本誌『BURST』同様、究極の悪趣味雑誌だ。クラスマガジンにこそ、悪趣味の本質が隠されているのかもしれない。

GON!』創刊前には、東スポや『スーパージャーナル』(竹書房)が、米『Wilkly World News』誌などのフェイク記事(“宇宙人、クリントン大統領と会見”などのビックリ仰天ニュース)を紹介し、注目を集めたが、たんなるアメリカン・ジョークのビジュアル化に過ぎず、悪趣味というタームからはズレるだろう。

95年、データハウスから発売されたのが『危ない1号』。俗に言う“危ない” “鬼畜”系とは、同誌を差す。ドラッグを中心としたカタログ雑誌で、編集の青山正明氏を始め、書き手の妄想が濃い.現在も継続して刊行中だ。

95年刊行の『悪趣味洋画劇場』と『悪趣味邦画劇場』(洋泉社)、今回のテーマから外れるかもしれないが、後に与えた影響から、取りあげるとする。表の映画史から黙殺されたゴミ映画の水子供養ともいえる編集思想は、後に、各ジヤンルで模倣されることとなった。映画というテーマを他に置き替えることができる。90年代に日本でも定着した“モンド”という記号と共に、同時代の出版流行を読み説く一冊だろう。

以上、他人様の雑誌で一席ぶるのは居心地悪いので、これから、自分が関わった愚本を紹介するとしよう。

96年に立ち上げたのが『世紀末倶楽部』(小社)で、まったくもって読者を無視し、自分勝手に趣味嗜好を押し通しデッチアゲた。

1号目はチャールズ・マンソンの特集で、表紙に故石原豪人大先生のイラストを起用。マンソンとシャロン・テートを少年誌の読物画チックに描いてもらったが、営業部から大ブーイング。また、都心の大型三日店の仕入担当者から、「この表紙じゃ売れない」とこぼされたという。だいたい、1号の特集はマンソンを予定していたわけではなく、カルト教団の記事が、どんどんと膨らみ始め、いつの間にやら200頁に達してしまったという企画会議がまったく無意味な、計画性のなさの産物であった。2~3号に関しても、自分の視覚に引っ掛かつてきたグロテスクなビジュアルを適当にループしただけで、台割なしのスクラップブック的メソッドというシロモノだった。ある出版社の編集者に「この本には思想もテーマもない」とひややかに意見されたのだが、その御人が同時期に編集した本の3倍以上も売れたというのがオチ。

そもそも、『世紀末倶楽部』を作ろうと思ったキッカケは、米ミニコミ『FUCK!』と『BOILD ANGEL』との出合いだった。『FUCK!』。日本流に言えば“オマンコ!”と付けただけのセンスのカケラもない題名。医学書から気に入った死体やフリークの図版をハサミでジョキジョキと切り取って、雑に貼りつけただけのレイアウト。空白のスペースに手書きの文章が入っているのだが、「Killl Killl Killl」「FUCK! FUCK! FUCK!」など、公衆便所のラクガキ以下のメツセージで、日頃のうっぷんと欲求不満を書き殴っているようにしか見えない。編集はバンドーロ・フィリップという素性不明の青年で、あの世界一ポピュラーな悪趣味雑誌『ANSER ME!』編集長、ジム・ゴードにして、「理解不能」とサジジを投げるほどの、オツムのネジが緩んだバカボンだ。

彼が何をしたいのかは分らない。だが、彼が何かをやり続けなければいけないということはよく判る。ある号では、自分のクソを誌面に塗りたくった(本物!!)頁がある左官ぶり。20号近くも刊行されているのだが、どの号をとっても大差はない。“継続は力なり”とはありきたりな感想だが、進歩も後退もない、その誌面はとにかくパワフルだ。

かたや、『BOILD ANGEL』はフロリダ在住のマイク・ダイアナの漫画誌。父親のコンビニでバイトした資金で、ミニコミ作りにいそしむという、 一見ハートウォームな話なのだが、雑誌を開くと、レイプ、殺人など、性の妄想に取り憑かれた暴力世界が拡がる。ヘタヘタなイラストで描き出す、その世界は幼児にも向けられ、 一切のタブーがない。その結果、マイクはFBIから危険人物視され、チャイルドポルノ製造容疑のカドで逮捕され、有罪判決を受けた。何万ドルかの罰金と勤労奉仕、そしてマイクの自宅半径500メートル以内には児童を近づけてはいけないという州則までできたという。その後、マイクはビデオに表現活動の場を移し、十字架でのアナルオナニーを自ら演じるというコリなさ。

いくら、日本の雑誌が、ジャンルとしての悪趣味を追求したところで、本物には歯が立つまい。『世紀末倶楽部』は、彼らに触発されたわけだが、所詮パロデイであつて、勝てるわけもない。偉大な二誌へのオマージユとしておこう。

悪趣味雑誌の流行は何も今に始まったわけではなく、遡れば、大正、昭和初期のエロ・グロ・ナンセンスの時代へと行きつく。当時、“軟派”と呼ばれた宮武外骨梅原北明など、官権からの弾圧を受けながらも、過激な表現活動をしていた。戦後のカストリ雑誌の中にも悪趣味のテイストが多分に含まれている。

昭和37年頃の“秘境ブーム”もまた悪趣味の延長にあった。紙面が尽きた。悪趣味とは、あくまでも個人の主観に過ぎない。おおよそ、大衆の好奇、あけすけな視ることへの欲望は悪趣味なのだ。てなわけで、趣味のいい悪趣味をこれからも追求する次第です。

所載:『BURST』2000年1月号

竹熊健太郎×岡田斗司夫 オタク・サブカル大放談 “鬼畜”に走るサブカル雑誌に未来はあるか?

竹熊健太郎×岡田斗司夫

オタク・サブカル大放談

“鬼畜”に走るサブカル雑誌に未来はあるか?


雑誌の世界は今、サブカル雑誌ブームで、オシャレ系や鬼畜系など百花繚乱。なかでも“鬼畜系”と呼ばれる惡趣味とグロを売りにする雑誌が人気だ。退屈な時代を反映して、メディアはとうとう“最後の刺激”を商品化する!(構成・宇井洋)

 

90年代鬼畜・サブカル雑誌の原点は70年代アングラ雑誌

アクロス:今日はサブカル雑誌をアトランダムに選んできましたので、まず最近の雑誌の状況から始めましょうか。

岡田:分類から言えば、まず『鬼畜ナイト』とか『危ない1号』みたいなものがあるよね。

竹熊:鬼畜系というか。

岡田:悪趣味系と申しますか。

竹熊:あとオシャレ系。『スタジオボイス、『バアフアウト!』、『CUT』とか。

岡田:うーいやだ、目が汚れる(笑)。

竹熊:俺も書いている『クイック・ジャパン』がその中間にあるんだよね。

岡田:いや、クイック・ジャパンはバアフアウト側ですよ、どっちかと言えば。境界線は根本敬が載ってるかどうかだよね(笑)。でも、クイック・ジャパンは広告が入っていないもんな。やっぱり、鬼畜側かなあ。

竹熊:まあ、俺と大泉さんだけで、アングラの方に引っ張ってるんだよな。

岡田:そうじゃなきゃ、表4にもうちょっといい広告が入りますよ(笑)。

竹熊:まあ、広告は永遠の問題で、オシャレ系とアンダーグラウンド系の。

岡田:表4がバアフアウトもCUTもカルバン・クラインですよね。読者はカルバン・クラインを載せれば買うわけ。でも、鬼畜系は載せても...。

竹熊:買ってくれない(笑)。

岡田:つまり、消費者がよく訓練されているひつじ系の雑誌ですね。俺はスタジオボイスとかCUTとか、オシャレ系はあんまりサブカルの匂いがしない。ハイカルチャーじゃないですか、言ってみれば。

竹熊:サブカルチャーにはなるんだけど、その中でハイカルチャー寄り。

岡田:だってカルバン・クラインが安心して広告を出せる雑誌がサブカルチャーなわけないですよ。俺みたいにサブカルチャーにあんまり思い入れがない人間が見ても、カルバン・クラインが広告を出している雑誌をサブカルチャーと言っちゃいけないよなと。

竹熊:クイック・ジャパンは広告収入なんて最初からあてにしてないから、その代わりに好きなことやるんだって。

岡田:それだったらクイック・ジャパンもエゲツないビデオ屋さんとか、通信販売の広告とかあってもいいはずでしょ。彼らがインディペンデントを気取るんだったら、やっぱり入れて欲しいと思うな。
竹熊:それは、編集長の赤田君の趣味としか言いようがないね。基本的に鬼畜系は70年代のエロ本の流れなんですよ。だから、風俗やエッチな広告もOKなんですよ。

岡田:その辺りの歴史的な話を教えてくださいよ。

竹熊:まあ、『危ない1号』に関して言えば、昔も似たような雑誌があったんですよ。もっとすごいのがあった。80年代初めに白夜書房の前身でセルフ出版っていうのがあって、そこが出していた『ビリー』。

岡田:ああ、買ってた、そういえば。

竹熊:買ってたでしょ。もうスカトロと奇形ばかり。あれ最初はアイドル雑誌だったんですよ。アイドル雑誌で創刊号を出したら、全然売れなくて。それで2号目か3号目で別の編集長に変わって、それでどうせ売れないんだから、自分の趣味でやっていいかって。そしたら、バカ売れしたんですよ。

岡田:大阪でも売ってましたもん。

竹熊:『危ない1号』の編集長の青山正明という人はその影響をすごく受けてるのね。俺と同い歳だと思うんですけど、僕とか青山君は自販機本とかエロ本の一番いい時期にちょこっと乗り遅れた感があったわけ。僕は20歳で雑誌の仕事を始めた頃には、僕らに多大な影響を与えた『ジャム』とか『ヘブン』が休刊になってた。サイキック、ドラッグ、変態、エロ、あと今のバアフアウト的な要素も全部入ってる。あの当時でいうとパンクですよね。ただ装丁が羽良田平吉だったんで、すごくオシャレ。これは今のクイック・ジャパンといっしょなんです。装丁は青山あたりの本屋で売ってもおかしくない。でも中身はもう今でいう危ない1号とクイック・ジャパンとそのへんを全部混ぜちゃったようなアンダーグラウンド雑誌だったんです。そのころ、青山君は慶応大学で『突然変異』というミニコミを作ってたんですよ。今の危ない1号の原型みたいの。で、青山君は確かロリコンライターで売り出したんです。群雄社が出した『ロリコン大全集』っていうのね。

岡田:ああ分かった。その編集したやつ。

竹熊:それが82、3年の頃ですよね。それからオシャレ+インテリ系サブカル誌の流れというのは、結局70年代に工作舎が出した『遊』が原型なんだよね。

岡田:ああ、有名なやつね。

竹熊:これはニューアカとかニューオカルトも入ってる。松岡正剛っていう知のカリスマみたいな人が作ったんです。あれはデザインの面でも、ものすごく日本の出版界に貢献してるんですよ。それで日本の製版技術と印刷技術は上がったんですよ。あと、『地球ロマン』というのがトンデモ本のルーツですよね。ニセ天皇特集とか空飛ぶ円盤にとりつかれた人たちの特集とか。もう資料とかスゴイっすよ。これの編集長が八幡書店を作って、それに影響うけて麻原がオウムを作ったとすら言われている。だからオウムのルーツでもある。革命に夢破れた全共闘崩れがもうマルクス主義はだめだと、マルクス主義の替わりにオカルトで日本を転覆するって。オカルトなんて信じてないんだけど、とにかく日本をひっくり返すような思想であればなんでもいいと。オウムで本当にそうなりそうになった。アンダーグラウンドの流れは、この地球ロマンで変わったんですよ。

 

エロの飽和の次は、最終商品として究極のグロ?

岡田:そういう熱い70年代のサブカルチャーとかアンダーグラウンドをやってた人がどこいったの。

竹熊:サブカル誌だった『アウト』がアニメ雑誌になっちやったでしょ、1年くらいで。そしたらサブカルを担っていた人たちは怒って、大量離脱したわけですよ。それでどこ行ったかっていったら、『ポパイ』と『宝島』なんですよね。

岡田:『SPA!』でこの間まで編集長やってた鶴師さんもアウトの元編集者ですよね。

竹熊:今に繋がるルーツというと、アングラとは別枠でミニコミというかキャンパスマガジンブームがあったんですよ。80年代初頭にえのきどいちろうが編集した『中大パンチ』とか。

岡田:そうなんですか、ぜんぜん気にしてなかったですけどね。

竹熊:かなり盛り上がりがあったんですよ。その頃から目立った人はみんなプロのライターになってますよね。田中康夫だってそうです。『一橋マーキュリー』っていう、一橋大学が出してたキャンパス誌の編集やっていた。あと木村和久もそうでしょ。彼が大学生だった頃名刺もらったことあるもん。だから本当の意味で80年代後半から90年代の状況を作ったっていうのは、実-は70年代末と80年代前半のそのへんの人なんですよ。

岡田:じゃあ、90年代のこのポコポコあるサブカル雑誌の中で、意味がありそうなやつはあるんですか。

竹熊:分かんないなあ。クイック・ジャパンみたいなのは果たしてどうなるんだろうね。

岡田:10年後くらいに現在を回顧して、サブカル雑誌を見てみると、SPA!サブカル雑誌っていう扱いになるんでしょ。

竹熊:あれはなるでしょうね。

岡田:普通のサラリーマン週刊誌みたいなものをサブカル化したというたいへんな功績があるわけですよね。で恐らく危ない1号は分からないけどクイック・ジャパンもサブカル雑誌として名を残してるでしょうね。

竹熊:全体として今は雑誌がホントにつまんなくなったなっていうのはあるんですよ。面白かったのは86、7年くらいまで。結局、なんで新しいものがないかというと、80年代初頭まであったアンダーグラウンドがなくなっちゃったんですよね。そういう要素は中途半端にメジャーが吸収しちゃったから。強いて言えば『危ない1号』がそうだけど。

岡田:でも、あそこまでやらないとアンダーグラウンドにならない、みんなが過激と思ってくれないっていうのは、次に出すのは何かってことですよ。『危ない1号』を見てて、こんなのぬるいって言っても、次に出す雑誌ないですよ。

竹熊:『世紀末倶楽部』があるけど。あれ『危ない1号』よりすごいよ。さすがに、袋入りで並んでるけど。

岡田:それはどんな内容なんですか。

竹熊:いや、内容は昔からあるネタの寄せ集めなんだけど、全ページ奇形の写真満載。ただ密度と量から言えば極致かもしんない。

岡田:なんでそういうのを読みたがるんですか。

竹熊:さすがの俺も見てるうちに気分が悪くなったくらいだもん。

岡田:80年代のサブカル誌は、まだシャレになる領域じゃないですか。なんか健全な市民生活をやっててですね、俺にもこういう荒んだところがあるのさって、買うのにちょうどいいくらいでしょ。でも『危ない1号』くらいの領域から、普通の人が読んでどうするっていう。どういう人が買ってるんでしょうね。

竹熊:俺とか(笑)。

岡田:でも、日本中に商業出版として成立するくらいの竹熊さんいないでしょ。

竹熊:あれは商業出版として成立するギリギリのラインだと思うね。ギリギリ越えてるかな。思うんだけど、こうした雑誌が出るのは、見世物小屋とかなくなっちゃったでしよ、あと街角にそういう人たちが減ったよね。そういう人たちは施設に入れられたりして表に出なくなってるし。ちょっと評論家的なまとめ方になっちゃうけど、押さえたものはどっかに出るわけですよ。一つはオウムだしさ、一つはそういう出版物だと思うんだよね。だからこれは押さえようがないというか、隠したって存在するわけだから、この世には。

岡田:意外とオシャレな子たちが、その手の本を買っていると思うんですよ。前にアート系の子たちと話してて、どんな雑誌を読んでんのって聞いたら、「本なんか読まないですよ」なんて言ってたんですけども、ところが一人が「マーダーケースブックなら読んでます」とか言ったら、周りもいっせいに「あれは買うよね、買うよね」と盛り上がって。

竹熊:やっぱり、ああいうのはずっとメジャーなところでは完全に規制されちゃいましたからね。だからマイナー出版社が生き残るには、例えばそういう道があるわけですよね。あと今はメジャー誌でもヘアヌード出るじゃないですか。だからエロ出版社が結構ヤバいんだよね。エロ本のお株を奪われちゃったわけだから。

岡田:じゃあ次のステップは一般誌がグロを取り挙げるっていうことになるんですか。だって、『女性自身』とか女性誌見たら、毎週のように奇形とかが載ってるじゃない。

竹熊:あれは、お涙頂戴というか美談にして載せるわけですよ。

岡田:でも、90年代のラストスパートでは、一般誌のグラビアではグロの展開しか残ってないですよね。『週刊新潮』のグラビアページに奇形が載るというのが。

竹熊:まあ流れとしてはあり得ますよね。例えば狂気とかはメジャー誌ではなかなか扱えないじゃない。でも、トンデモってやれば扱えるわけよ。

岡田:鬼畜系とか電波系という言い方で狂気をOKにしてますよね。でも、サブカル誌はそこまでもう掘り下げちゃったわけでしょ。そしたら、やることないよね。もっとすごい部分はインターネットとかパソコンに移っちゃったのかな。

竹熊:それは言えると思う。インターネットの方がむしろサブカルチャー色が強いところがあるね。混沌としてて。本来サブカルチャーは素人のカルチャーであり、子供のカルチャーであり、要するにアマチュアのカルチャーなんですよ。

岡田:パソコン通信が一番とんでもない意見がガンガン載ってて。「この間電波がきて、私は陛下からコロッケ買って来いといわれた」とか「練馬区のどこどこに住んでる女子高生が生意気で、こいつは夜8時から12時まで家で一人だから一緒に行って強姦しよう、仲間募る」とか。これは普通にしてみれば完全なアンダーグラウンドですよ。もう通信がサブカルチャー雑誌みたいなものですからね。

竹熊:だから、昔のようにサブカル雑誌からは新しいライターは誕生しないかもしれないね。まあ、俺らにとってみれば当分仕事があるっていうことかな(笑)。

所載:『アクロス』1996年12月号