Underground Magazine Archives

雑誌周辺文化研究互助

山野一「食えませんから」(ガロ1993年6月号)

 
自分が初めてガロに投稿したのは83年だから
もう今年で漫画家生活10年になる。
 
しかし偉そーに漫画家と言っても始めの2年は掲載してくれたのはガロだけ、よって収入はゼロ、アルバイトで飢えをしのいでいた。世間ではこーゆー人の事を漫画家とは言うまい。初めて単行本が出て印税というものを受け取った時は思わず目頭が熱くなった、あんまり安くて。それも旋盤工の月給程度の金額を御丁寧にも5分割で払って下さるのだ。商品としての自分の漫画の価値がいかに低いものであるかという事をつくづく思い知らされた。
 
それからSM誌とか土方向けエロ本なんかに描くようになりアルバイトをやめる。ところが不愉快な労働から解放され、やれ嬉しやと思ったのもつかの間、この手の零細雑誌はすぐ廃刊してしまうため、たちまち窮乏する。
 
家賃2万風呂無し共同便所の殺風景な四畳半。
あるのは醤油で煮しめたようなふとんと殺風景なスチール机だけ。ふとんは学生時代友人から貰ったもので、机はその友人と2人で大学から盗んだ物だった(真昼間に堂々と運び出したら別に誰にも見咎められなかった)。ガスや電話(漫画家の命綱)も止められ、コーヒーのお湯は電気炊飯器で沸かしていた。今思えばよく生きて来られたものだと自分でも感心するぐらい。
 
そんな荒廃した生活で自分は身も心も腐りはてていたが、どんなに惨めだろーが、どんなに落ちぶれ果てよーが、二度と再び働きに出るよーな事はすまい、ほんの少しでも世間の方々のお役に立つよーな事はやるまいと秘かに心に誓っていた。そんな心がけのせいであろうか、その後もこの世界ではひたすら冷遇され続けた。
 
自分の能力のうち評価されたのは多少絵が描けるという一点だけで、注文が来るのは明るいお色気物とかほのぼのサラリーマン漫画とか自分の性質とは縁もゆかりもないものばかりであった。
 
2、3年前ギガという漫画誌が創刊され、そこにルーキーリーグなる企画があった。数十人の新人漫画家が、秋元康とか高橋源一郎とかどーでもいーよーなやつらの審査の元、勝ちぬき戦をやるというバカバカしい物であった。本物の新人ばかりだと内容が希薄になるので誰も知らないよーなプロが何割かヤラセで雇われており、その一人が自分であった。
 
担当編集者が 「ウチはねえ、まともな商業誌ですから、ガロとかに描いてるよーなのは困りますから、なんかエッチな女子高生物とかそーゆのを描いて下さいよ」と言うのでその通りの物を描いてやった。完全になめられてるなァと思いつつもギャラの小銭が欲しかったのだ。結果はわずか2回戦でブザマに敗退した。
 
グランドチャンピオンという漫画誌の編集はめずらしく理解があり、最低限の規制はあるもののほとんど自由にやらせてくれた。うんうんここはいい会社じゃわいと思っていっしょうけんめい描いていたところたったの7回で打ち切りになった。7回すべてが読者の不人気投票No.1であったそーな。まあこの手の話を挙げれば枚挙にいとまがない。
 
自分の友人(日雇いガードマン32才)はこう言った。
「仕事とはそもそも不愉快なものだ。味あわされた苦痛や屈辱、そーゆーものの代価としてわずかな銭を受け取るのだ。」けだし事実であろう。そう思えば諦めもつくし何かこう安らかな気持ちになる。個人的な実感としてはガロで描き続けていた事はペルーの通貨を貯金していたよーなものであった。それなりの満足があるにはあるが、他所のどこへ持って行っても通用しなかったし、時にはマイナスにすらなった。
 
ガロというのは何でも描かせてくれるがそれで食っていくのは不可能。普通の雑誌は拘束されるが金はもらえる。
 
これから投稿して漫画家になろうというよーな人は、好むと好まざるに関わらずこの両極の間のどこかに自分の位置を見つけていかざるをえないという事を知っておいて損はないだろうと思う。
 
青林堂『月刊漫画ガロ』1993年6月号203頁より転載)

鬼畜たちの倫理観──死体写真を楽しみ、ドラッグ、幼児買春を嬉々として語る人たちの欲望の最終ラインとは?

 
SPA! 1996年12月11日号所収

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“[鬼畜]たちの倫理観”と題した鬼畜大特集。
ロリータ小説家の斉田石也、V&Rプランニング代表の安達かおる、『BUBKA』編集長・寺島知裕、KUKIの鬼畜レーベル餓鬼の山本雅弘特殊漫画家の根本敬らにコメントを求め、ショップ「バロック」周辺のお客さんに質問し、『FBI心理分析官』著者のロバート・K・レスラー、『すばらしき痴呆老人の世界』著者の直崎人士、横丁の性科学者こと松沢呉一らが鬼畜ブームに一言呈し、シメは青山正明村崎百郎の対談「鬼畜カルチャーの仕掛け人が語る欲望の行方」。
 
当時、両者とも東京大学駒場キャンパスで講義するほど注目を浴びており(岡田斗司夫氏のゼミ「国際おたく大学/おたく文化論」)、それの記念なのか東大前で撮影した写真が掲載されている。(この文章は以下のウェブサイトより転載された)

百恵ちゃんゴミ箱あさり事件で有名になった自動販売機ポルノ雑誌『Jam』の編集長が明かすその秘密―わしらのフリークランド(宝島1979年12月号)

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 自動販売機雑誌 JAM 佐内順一郎

わしらのフリークランド

『Jam』って雑誌知ってる? 百恵ちゃんゴミあさり事件で有名になった自販機雑誌の帝王!とまではいかないけれど熱狂的なファンを持つ雑誌のニュー・ウェイヴ。その若き編集長(25)が公開する『Jam』のすべて!

 

百恵ちゃんありがとう!

『微笑』の記者がジャム出版(エルシー企画という出版社内に『Jam』専門の出版社を発足させた)に取材に来たのは創刊号が出て2ヶ月ほどしてからだったと思う。一目見て下等物件だと判る男が二人やって来て、具体的なゴミあさりの方法、山口百恵の家をどうやって調べたのか、企画の意図は、Jamとはどのような方針にもとづいて作っているのか、などを聞くので、僕としては初めからこの手の記者を信用する気にはなれず、どのような記事を書かれてもかまわない、と覚悟した上ですべて本当のことをしゃっべったママ

相手は「できうる限り『Jam』の新しいこころみを紹介していくような形で面白い記事を書きますから……」とかなんとか言って、気持ちの悪いニヤニヤ笑いを浮かべて帰っていった。今でもハッキリ覚えているのは彼らの「モモエに関するネタを載せれば確実に売れますんで……」という言葉である。

そしてどのような記事ができあがったかは『微笑』五月二六日号をお読みになれば分かる。「前代未聞!アングラ雑誌が百恵宅のゴミを集め堂々とグラビア公開あまりの手口にファン、関係者は“やりすぎだ!”と」というサブ・タイトルで正に「微笑ならでは」のものだった。かなりドートク的に非難されちゃったもんね。

だけどぼくたちにとってこの記事はとても有効なものだった。というのは、その後この記事を読んで創刊号の申し込み、新聞、雑誌などの取材、定期購読申し込みなどが次々と舞い込んだからだ。

百恵ちゃんどうもありがとう。

ところが馬鹿な読者がいるもので、この企画を連載にしろなんて言っている。山口百恵の使用済ナプキンをグラビアで大衆の面前に公開してしまった今、これ以上何を見せろというのだろう。極致は一回きりでいいのだ。

なお、ゴミあさりページの最後に小さな活字で山口百恵のゴミをプレゼントします、と書いたところ、数名の青少年から申し込みがあったことを付け加えておく。

 

『Jam』を始めるまで

世の中には、自分の好き勝手に仕事をさせてくれる場所というものが、まだ残っていた。

今からちょうど一年前、町で一冊のオールカラー・ポルノ雑誌を拾ったぼくは、その中に少女が素肌にパンティー・ストッキングをつけた美しい写真を見つけた。これがフェティッシュの極地で、何とも言えない傑作写真だった。

ぼくはさっそく発行元のエルシー企画に電話をし、こういうフェティッシュ写真のいっぱい載っている本は他にありませんかとたずね、ついでに自分は大学をやめて今好きなことをやって過ごしています、それに友だちとミニコミのようなもの出していますのでよかったら送りますから読んでください……などと話したのだった。

結局一度遊びに来てくださいということになり、こうしてエルシー企画とのつき合いが始まったわけだ。ある場所から違った場所への展出は、だいたいこうしたたわいもないきっかけから始まるものだろう。

初めてエルシー企画に行った日の夜、正確には新宿の飲み屋「池林坊」にて第一回目の企画が決まり、『スキャンダル』という雑誌の中の八ページを「Xランド独立記念版」とすることになった。

『宝島』誌上ですでに有名な隅田川乱一君と二人でその八ページを作り上げ、それを渡した段階で次号の『スキャンダル』を新雑誌『Xマガジン』として一冊引き受けることに決定。

年明けて一月、特集ドラッグと銘打った今では幻の雑誌『Xマガジン』が発売された。内容はドラッグ・ソング訳詞、笑いガスの実験、実際には存在しない本の書評、不可解SF小説、インタビュー、それに後にマスコミをわかせた芸能人ゴミあさりの第一回「かたせ梨乃の巻」があった。

現在この『Xマガジン』はぼくの手元にも5冊しか残ってない。噂ではかなりのプレミアが付いて売買されているという。

現在の『Jam』はさらにこれを新雑誌として創刊したもので、正式には『Xマガジン Jam』という。

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●Jamの前身=X magazine

 

オーナーと会社のことなど

オーナーはエルシー企画という自動販売機ポルノ雑誌専門の制作会社の社長*1で、とにかく「口は出さないから何でも好きなことをやっていいよ」という恐ろしく太っ腹な人で、実際おなかが太く、ときどきカメラマンに変身して女の子の股間を撮りまくったりする人です。

今のところ『Jam』に関しては、どんなに馬鹿ばかしく、過激な記事を載せても文句を言われたことはありません。本人は三〇そこそこのくせして「Jamなんて読んでも全然わからんもんね、わ。」なーんて言っております。

会社は池袋にあり、毎月『Jam』とか『メッセージ』などの実話誌と呼ばれる月刊誌を五、六冊と、「悶絶トルコ壺洗い」などというとてつもないタイトルをつけて売るグラフ誌と呼ばれるオールカラー六四ページの本を四、五冊作っています。

これだけたくさん出しておきながら、販売に関してはまた別の会社*2があって全国の自動販売機に入れているため、あまり儲からないようです。

有名な亀和田武さんの存在で名をはせたアリス出版も、同じグループの制作会社です。

毎月たくさんのポルノ雑誌が自動販売機で売られていますが、よく売れているのはエルシー企画の『メッセージ』『少女激写』、アリス出版の『ガール&ガール』、土曜出版の『告白人』などですが、売上げは毎月かなりの変動があります。

自動販売機のばあい表紙しか見えないので、たまたま表紙にエロチックな女の子が出てる奴が売れてしまう、ということもあるようです。けれども『Jam』については毎月毎月ビリから数えた方が早いという現状です。(それでも公称一〇万部だから凄いでしょ)

エルシー企画で出している実話誌のほとんどが外注による制作で(社員でない人が作る)だから僕たち『Jam』のスタッフもエルシー企画の社員ではありません。ジャム出版というのはエルシーの中の三軍会社で、隅のほうで小さくなってポルノ雑誌とはとても言えないような『Jam』を作っているわけです。(社長註:その割にはでかいツラしてメシ食ったりソファーで寝たりしてるじゃねーか、バーロー‼︎)

 

これがジャムの主力メンバーだ!

まず隅田川乱一君。彼は学生時代からの仲間で、永年印籠(いんろう)の研究をしています。いまだにその正体がはっきりせず、最近では『宝島』のほか『本の雑誌』などにもオティズムやプロレスの話を書いていますが年齢はわかりません。

次に山崎春美君。彼は現在、工作舎という出版社に修行に行っていますが、目の下にクマを作ってニヤニヤ笑いながらロックの話をしてくれます。『Jam』では主に音楽ページと小説を担当していて、打ち合わせで会うと作業服を着てときどき体をケイレンさせたりする面白い子供です。

次に高杉弾君。この人は1号から5号までいますが、どれも大した違いはないみたいです。どうも大した才能はなさそうで、普段はいつも放心していますが、締め切りが迫ると突然思い出したように「自分と他人の区別がつかない」「いつか夢で見たあの素晴らしい場所」等のコピーを考えついてくれます。巻頭のヌード写真のコピーと、「バッド・トリップ」というコラムその他を書いています。

そして僕は佐内順一郎といって、いちおう編集長の役目をしていますが、生まれつき頭がパーなので何をやってもうまく行きません。その上最近被害妄想が強く、道を歩いていると向こうから来る女の子にいきなりぶんなぐられるんじゃないかとか、『Jam』が発禁になってオマワリさんに棒をお尻の穴に突っ込まれるんじゃないかとかがとても心配です。ヌード写真のディレクションや図版を集め、レイアウトや原稿取りやオナニーなどをしています。

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●編集長近影

 

企画をどーやってたてるか

まず月の初めに四人の編集者が集まって企画会議をやります。会議といっても、渋谷の喫茶店でお茶を飲むだけの話ですが、だいたいこの席で、殆どの企画が決まってしまう……などということは絶対にありません。たいてい一人は来ないし、ひどい時はぼく一人で企画会議をします。こういう時のために佐内順一郎は1号から3号までいるのです。

うまく四人が集まったときは最近聴いたレコードの話、それに本や映画や人物について、横浜の中華街にホステスが全員オシのバーがあるとか、どこそこのカメラマンはモデルの女の子を手ごめにしているとか、オナニーというものがあるのにセックスなどをする人の気がしれないとか、NHKにフリーメースンが出て恐ろしいことをしゃべったとか、まあ、そんな話をしていますが、たまには存在学とか禅とダダについてとか、神秘学がどーしたとかロバート・フリップやイーノが今何をしようとしているかとか、工作舎の話とかもします。

だいたいこれが編集の第一段階で、これらの話の中で面白そうな所をぼくがピック・アップしておくわけです。そして後日「幼稚園とうんことオカルティズムの問題をポルノ雑誌風にナニしてもらいたいんじゃがのう、ワシとしちゃー」かなんか言って人に頼むわけです。

こんなふーに書くと、何かとっても安易に作っているように感じられるかもしれませんが、決してそのようなことはありません。

有名な隅田川乱一君も言っているように、現代において、霊的な衝動というものはこのように奇形的な感性を通じて表出してく来るのであって、時代の裂け目へのアプローチは尋常な手続きからは決して始まらないのです。

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●企画会議中のスタッフ

 

盗難事件

八月一二日、エルシー企画のカメラマンと新宿歌舞伎町の喫茶店「マジソン」でおしゃべりをしている間にイスの横に置いておいた手さげ紙袋を盗まれてしまった。

それにはJam第七号の原稿とレイアウトの他、カメラに時計にダイヤモンドの指輪、それに現金が四〇万円にマリファナが七キロ、ヘロインが二キロにピストル2挺、ダイナマイトが6本入っていたので警察にもとどけるわけに行かず、ほとほと困ってしまった。

 

股間にジャムをぬるのはいーです

表紙、巻頭巻末カラーなどのモデル撮影は、締め切りが中身のページよりだいぶ早いので大変です。わがJamには岡克巳という天才的な才能を持った変態カメラマンが付いているので質的には毎号自信を持ってお送りしていますが、モデルはとなるとなかなかむずかしい問題です。

こうした業界向けのモデルクラブがいくつかあり、それらのリストを見て決めるバアイもありますし、エルシー企画専属の撮影会社にいるモデルを使うときもあります。なにしろJamの場合、よそでは見れないようなハードな物を撮ることがありますので、そういうときはモデルをさがすのが大変です。

『ヤングレディー』かなんかの広告を見て来たモデル志望の女の子には、パンティは取りたくないとか、ひどいのになると顔が写ったら困るとか言う子がいますが、それでは撮影にならないわけで、そういう子はパスします。

逆に初めての撮影のときから何のためらいもなくパッパッパと脱いじゃう子もいて、だいたいこちらの方が多いようですね。

よくヌード写真のカメラマンなんてえのは脱がせたモデルはみんなヤッちやうんだぜ、なーんてことをいいますが、あれはウソです。本当にウソです。そんなことはありません。まあ、中にはそういうことをする人がいるかもしれませんが、ジャム出版、エルシー企画周辺にはそういう人はいません。

撮影のやり方というのは単純で、ある雑誌の巻頭カラー八ページなら八ページ分の企画、設定などを編集者が考え、それを発注書にしてカメラ部に渡すわけです。だいたいJamの場合、表紙、巻頭、巻末と三回の撮影が行われます。

とにかく一番苦労するのは、ポルノのパターンなんて、とっくに出つくしているわけで、いかに新手を考えるかということです。

僕の面白美学によると、女の子の股間にジャムをぬりたくるのは面白いけれども、ジャム、山芋を突っ込んだり、サラミソーセージを入れたりするのは猥褻でも何でもない‼︎ そーゆーのはダサい!

あと巻末については毎月フェティッシュ風接写写真でやっていますが、これが大好評で、特に八月、九月に発売された号の巻末はかつてどの雑誌もやらなかったというものです。何かポルノの新手があったら教えてください。

 

『Jam』ひん出用語一覧
真実、八百長、禅、幻想、奇形、神様、天皇、コンセプチアル、官能、愛、夢、オマンコ、狂気、肛門、芸術、乾電池、オナニー、幻覚、山口百恵竹下景子、フェティッシュ、天才、快感、クァイカン、冗談、月、外科病院、暗号、アナーキスト、物質、変態、あれ、ダダ、暴力、サイケデリック、馬鹿、百姓、中卒、東北、興奮、主婦、霊的衝動、革命、プラスチック、深夜、星、存在学、脳みそ、タンポン、足の裏、問答、くそ、原爆、テロ。

 

工作舎のこと

スタッフの一人が工作舎の遊塾生であることや、『遊』の特別組本(は組)に原稿を書いていることもあって、工作舎とは仲よくしています。図版や原稿を回してもらったり、工作舎のスタッフに原稿を頼むこともあります。

『遊』は第Ⅰ期の頃から見ていて、Jam創刊に大きな影響を受けてます。最近組本などで聖俗革命(アンシャンレジューム)を謳っているようですが、Jamでは工作舎とは別のアプローチで聖俗革命を起こして行きたいと思っています。

 

X-LAND

XランドというのはJam創刊の三か月前に『スキャンダル』誌上で独立を宣言したコンセプチアル国家です。

生活に夢を持たない人々のための国境も、法律も、制度もない、いってみれば、ただ革命だけを求める超デタラメ国家なのです。

ただ宮内庁というのがあり、天皇がいます。今上天皇は第三代目ですが、それが誰なのかは誰も知りません。毎月Jamの一六ページを占めるXランドの最後のページに、天皇から国民ヘの求愛のメッセージが載っています。

他には情報ページ、写真、Xボーイ・エキスプレス、インタビュー、レコード紹介、書評、市民の声などがあります。

 

まわりのイカレた人たち

Jamの原稿は前にあげた四人の他、工作舎の後藤君、中島君。大阪に住んでいる坂口君、この人はサイケデリック・ミュージックにやたら詳しく、今度アメリカに行ったので、その話を連載する予定。あと吉祥寺の「マイナー」関係の人たち、漫画は『ガロ』編集長の渡辺和博さんと、天才と言われる蛭子能収さんに頼んでいます。

渡辺和博、通称ナベゾ氏はセックスの一回性と子供の性生活、それにナチズム的ラリパッパ主義に燃えるオートバイ少年で、はっきり言えば、かなりの変態です。

あと表2と裏表紙をやっているのは『ダヴレクシー』というシャレた雑誌で世間をアッと言わせた羽良多平吉さんで、抜群の虹色感覚を見せてくれます。

それに「ウィークエンド・スーパー」のセルフ出版の人たち、天像儀館のお芝居の戯曲やプロレスで有名な変態坊主の上杉清文さん、イラストレーターの南伸坊さん、京都でマリファナ裁判をしている現代の仙人、芥川耿さん、神道ヨジレ派で現在失踪中の八木真一郎君、「迷宮」の武田さん、武邑さんなどなど、つき合っている人たちは限りなくいるのです。

まあ、どの人をとってみても一筋縄ではいかない変態ばかりで、Jamが日本一面白いと言われるのも当然のことでしょう、なはははは。

 

Jamに関する噂

●編集後記は誰が書いてもいいらしい。この前、編集長が喫茶店でとなりの女の子に頼んでいるのを見た。

●Xランドの天皇というのは若い女で、月に一回全員が渋谷の貸ビルの地下に集まって秘密の儀式をするらしい。

●Jamのバックナンバーは総て売り切れで一冊も返本がない。何か秘密の念力をかけているところを見た奴がいる。

●高円寺付近ではJamが異常な人気で、発売日に自動販売機の前に並ばないと買えない。

山口百恵ホリプロがゴミあさり記事に対する報復を密かに画策しているらしい。

●今年いっぱいで休刊になるという話を編集長から聞いた。

●2千万の金をつんで大原麗子を巻頭カラーで脱がせる交渉に成功したらしい。休刊号でハデにやると豪語している。

●次号はいよいよ大場久美子のゴミあさりをやる。

 

第八号制作過程

あああ、企画が全然出ねえじゃねえか、ばーろー!少しはマジメに考えろちゅーとるのが判らんかこのっ!ばば、ばか、そんな話が雑誌に載せられるわけねーだろーが・あ、汚ねえなあ、よせ!やめろ!脱ぐなっ、こんなところで脱ぐなってば・そうそうおちついて、さてそれでは何か面白い話はないですか?どうでしょうか・うん、うん、それいってみよーか、キミ書く?え、書きたくない?なにっ、そうゆー話はお前が書かなきゃ他に書く奴いねーだろーが、ばーろー‼︎ あ、わかった、わかったから脱がないで、お願い困ったもんだねぇ、こう原稿が遅いとねぇ、印刷屋に渡すのあさってだよ、あさって・うわぁ、もう時間がない時間が、さっきの図版どこいった?それじゃないよ、どこいった、ないない、それじゃないちゅーとるのに、もうっ・うわっ、このレイアウト間違っとるやないか、くそくそくそ、うわあ、時間がない時間がない時間がない時間がないそう、そのポーズ、そのまま動かないでね、はい、きれいだよ、バシャッ、うん、いいなぁ実に美しい!はい今度はお尻の穴に指入れてみよーか、え、恥ずかしい?そんなことないでしょ、きれーだよ、うん、いい写真が撮れるからね、はいいってみよう、そうそうもっとグィッと、はい、そこでもだえる!バシャッ・もしもし二〇字の八六行で書いてね、あしたの朝取りに行くからね、書いてなかったらひどいよホントに・うわぁ、ねむいねむいねむいねむいその辺にある雑誌の写真ぶち込んどけ、そうそう・うわぁ、きたねぇ字だなぁ、読めねーじゃねーか・よ、よせ、そんなとこさわるな、気持ちわるいなぁ、あ、また安田*3がするどい目で虚空をにらんでる!もしもし、え、まだ書いてない?あした入稿だよ、あんた判ってるの?少しは責任感じなさいよあんた・あ、あ、ねむいねむいねむい、ヒロポン打ってヒロポン!はい、どうしたの?原稿なくした?あっそう、え、なに原稿なくした?この野郎ぶんなぐるよ、しまいにははい、どうも毎度遅くなりまして、どうもあいすみません、よろしくお願いします、はいはいどうも・ふう、ねむいねむい、やっと終わったばーろー、このぉ、こんな汚ねえ色出しやがって、どんな機械使ってんのお宅?あ、ここんとこ指定と違うだろ、これ、直しとかないとぶんなぐるよ本当に・あ、ここも違うじゃねーか、しっかりやってくれよねワシラ道楽でJam作ってるんだから、仕事でやってんなら多少間違えたっていいけどね、なんたって道楽なんだから……

 

JICC出版局『宝島』1979年12月号所載

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*1:社長=明石賢生。1943年大分県生まれ。早稲田大学を3年で中退後、小規模出版社を転々とし、1976年に『コクリコ坂から』の原作者である佐山哲郎(後に群雄社編集局長)を誘って自販機本出版社のエルシー企画を設立。スカトロ系エロ本の嚆矢となる『女子便所』シリーズや、フェティッシュな接写写真/局部アップなどでエロ本の新境地を開拓する(白夜書房発行のスーパー変態マガジン『Billy』1982年2月号にはウンチでビルが建った!?」と題された“スーパー変態インタビュー”も掲載された)。1979年からは伝説的自販機本『Jam』『HEAVEN』のスポンサー役を務め、自販機本業界に旋風を巻き起こす。1980年には自販機本最大手のアリス出版と合併するが、同年分裂し群雄社として独立。自販機本以外にビニ本や一般書にも進出するが経営不振で1983年倒産。アダルトビデオメーカー「アトラスにじゅういち」の前身となるビデオ制作会社「VIP」代表取締役が最後の肩書。ちなみに学生時代は全共闘(ブント系マル戦派の活動家で、1968年にベトナム反戦運動の一環として闘われた東京王子米軍野戦病院反対闘争では逮捕されたこともある。金は持ってる者が払う」が信条の、とにかく太っ腹な経営者だったと伝えられている。出版界に数々の伝説を遺し、1996年急逝。

*2:東京雑誌販売(=東雑)のこと。設立倒産年月日共に不詳。アリス出版およびエルシー企画の親会社的存在で自販機本の総元締めにあたる。実業家の中島規美敏が、おつまみ用の自販機を見て「ここにエロ本を入れたら儲かるのでは?」と閃き起業したとされている。

*3:安田邦也=エルシー企画の編集者

新人類世代の閉塞 サブカルチャーのカリスマたちの自殺/世紀末カルチャー 残虐趣味が埋める失われた現実感

新人類世代の閉塞
サブカルチャーのカリスマたちの自殺
 
60年代生まれ。高度経済成長の真っただ中で育ってきた「おたく」。ライフスタイルを生み出した世代である。いま、彼らにとって、生きにくい時が訪れているようだ。なぜ死を選ばねばならなかったのか。
 
41歳の引きこもり死。そう呼んでもいいような、終わり方だった。今年6月17日、神奈川県の自宅で首つり自殺をした青山正明さんの死を知り、多くの出版関係者が驚きを隠さなかった。青山さんは慶応大学法学部を卒業後、精神世界、クスリの裏情報や音楽のディープな記事を得意とするライターとして、また裏サブカルチャームックの編集者として知られていたが、去年あたりから母親と暮らす実家からあまり出ることもなくなり、仕事もほとんどしなくなってしまったという。

新人類的サブカルチャーのある一面を象徴するような生き方をした青山さんが、なぜこうした形で生を絶ったのか?くしくも彼が編集したムックに漫画を描き、単行本に推薦文を寄せたこともある漫画家ねこぢるは98年、31歳で自殺。

さらに同じねこぢるの本の推薦文を書いたXJAPANのhideも98年に33歳で自殺した。いずれも60年代生まれで、高度経済成長時代に子供時代を送り、バブル期に社会に出て「次世代型」と注目を集めた新人類世代だ。

戦後の混乱期に生まれた団塊の世代は、政治や大学組織など「社会体制」へのアンチムーブメントとして学生運動にのめり込んだ。
 
その下の新人類世代は既成の「モラル」や「常識」を、ずらしたり逆転させたりするツールとしてサブカルチャーを作り出した。この動きは性や生、精神世界など多分野にわたり、「おたく」という特有のライフスタイルを生む。
 
80、90年代に世に出たサブカル系雑誌は、常に時代の「半歩」先を目指し、世相の根っ子への挑戦に満ちていた。
 
○社会と適応困難な自分
ねこぢるの作品もカワイイ猫のキャラクターとは裏腹に子供の無垢な眼で人間の残酷さ、狂気を深く抉るもので、一般受けする漫画というより、むしろ好き嫌いの分かれるカルト的な人気漫画だったが、こうした志向性ゆえに新人類世代は社会生活と馴染み難く、「生き辛い」という感覚を持つ人もまた多い。
 
一流大出身で、アンダーグラウンドの世界のカリスマ的存在でもあった青山さんの自殺は、新人類世代の突き当たっている閉塞を象徴しているようにも思える。

4年前、AERAの取材のために新宿で会った時、長髪の彼は細い身体の背を少し丸め、礼儀正しい物腰で喫茶店に現れた。そこで彼が話してくれたのは、社会と適応が困難な自分に悩む繊細な彼自身の人間像だ。
 
子供時代は成績のいい優等生だったが、高校に入るとハードポルノを海外から個人通販で手に入れるようになる。そして大学時代は新聞紙面で叩かれるような猟奇趣味のエログロ・ミニコミを発行した。学歴エリートという顔とは裏腹なもう一つの顔が、彼の名を出版界で広めた。

そして編集・ライターの仕事では、彼が寄稿していた雑誌の性格から「鬼畜系」と呼ばれるアンモラルな世界の住人と見られ、大手マスコミ紙上でも「世の中を駄目にする」とバッシングを受けた。
 
○「癒し系」で行く矢先
が、もっとも彼の葛藤の種になったのは、少女を欲望の視線で見てしまう性的な歪みだった。心の擦れ違いから最初の妻とは心ならずも破局を迎え、大きなダメージを受ける。
 
「自分の頭で考えていた自己像と、現実の自分がかけ離れていることが、ロリコンになった一番の理由だと思う。妻とやり直したかったから修復するために努力したが、ある日、突然『あなたが嫌な理由』と紙に個条書きにして、出て行ってしまった」
 
クスリ関係のムック出版と前後して、麻薬所持で逮捕。結局、執行猶予で終わったが、仕事仲間の編集者、木村重樹さんによると、「このあたりから仕事の打ち合わせにこられなくなるなど、引きこもりに近い状態が始まっていた」という。
 
そして2番目の妻は、「自分が保護して面倒をみないとだめになる」というタイプの女性を選んだが、彼は実家に戻ってしまい、その後、破局を迎えた。
 
昨年は雑誌に精神免疫学や仏教的「諦観」などの上に立つ「幸福論」を寄稿し、「鬼畜系にもう新鮮さはない。これからは『癒し系』、『悟り』で行くといっていた矢先の死だった」(木村さん)という。
 
どちらかと言えば人間関係などに気を使いすぎるほどの繊細さと、「鬼畜系」のイメージとのギャップ。音楽や精神世界の知識は膨大に持っていながら、現実に手掛けていた仕事とのギャップ。学生時代から抱いていた自己像と現実の落差は、ついに解決できなかったようだ。
 
○影を潜めるサブカル色
青山さんを裏カルチャー界のカリスマにしていたアンモラルな遊び思想は、新人類世代がバブル期に咲かせたサブカルチャーの流れの上にあるが、その後は彼の精神性や遊びの部分が抜け落ちた、エログロの部分ばかりが「商品」として模倣されていった嫌いが否めない。
 
さらにこの新人類カルチャーは不況や社会の生活保守回帰という志向の変化などに圧迫され、いまや閉塞的な状態となっている。それが最も顕著に表れているのは出版界だろう。
 
最初にこの流れを作ったのは、宝島社の「別冊宝島」シリーズだ。80年に発売され、その後、驚異的なロングセラーとなった「別冊宝島・精神世界マップ」をはじめ、「トランスフォーメーション・ワークブック」「気」「現代思想」など精神世界ものでヒットを飛ばし、やがて「クスリ」「セックス」を経て、90年代には「死体」「悪趣味」「自殺」「サイコパスなどアンモラル系へ走っていく。
 
まさに時代と共に走ってきたこのシリーズが、新人類サブカルチャーの普及に果たしてきた役割は大きいが、最近はサブカルチャー色は全くと言っていいほど影を潜め、英語、パソコン、ダイエット、ビジネスものなどの実利的な特集や、「別冊宝島Real」としての権力内幕ものなどが主流となって、大きな様変わりを見せている。
 
別冊宝島で「死体の本」を手掛けた井野大介さんは、「当時は編集者がテーマのラインナップを決めていたが、今はマーケティング的なリサーチで営業サイドから決まるケースもかなり多い」という。
 
会社の規模が大きくなったため商品としての確実性が重視されるようになったことに加え、不況も影響しているようだ。直接、面識はなかった青山さんの死については、「確かにああいう形でサブカルどっぷりの人たちは、今、息苦しそうだなと感じますね」とショックを隠さない。
 
一方、青山さんも愛読していたねこぢるの自殺の直接の理由は謎だが、最後の単行本となった『ぢるぢる日記』に夫の漫画家、山野一氏が、こう追悼文を寄せている。

「……『波長』の合わない人と会うことは、彼女にとって苦痛で、それが極端な場合には、精神的にも肉体的にもかなりのダメージを受けていたようです……(中略)……しだいにテクノやトランスの、神経質な音の世界に沈潜することにしか、安住の場所を見いだせなくなっていきました……」
 
「ガロ」で担当編集をしていた高市真紀さん(青林工藝舍)によると、「外にはほとんど出ず、喫茶店も嫌いで、原稿はいつも自宅に取りに行っていた。お世辞や社交辞令には、かなり敏感に反応してしまい、世間づきあいは苦手だったが、漫画家だった私の姉が自殺したときは『後追いするのでは』と心配して、親身に話を聞いてくれた」とあまり知られていない横顔を語る。
 
編集者やマスコミ関係者とも、限られたごく一部の気の合う人間とだけ付き合う、内向的な性格ながら、親しくなると「家へ遊びにおいで」と誘ってくれる。そんなねこぢるに「心を見抜かれそうでこわい」と緊張していた高市さんに「大丈夫、緊張しないで」と声をかけてくれる、繊細過ぎるほどの優しさもあったという。
 
○思想への昇華に弱み

93年に発売された鶴見済氏の『完全自殺マニュアル』が100万部を超えるベストセラーになったのも、こうした「社会の中で生きる意欲を感じにくい」という世代の感性ゆえだろう。
 
鶴見氏も新人類的サブカルチャーのカリスマの一人だったが、全国8県で「有害図書」に指定されたうえ、東京都でも今年7月「青少年健全育成条例」に抵触する「不健全図書」扱いとなった。続く『人格改造マニュアル』も、有害図書指定の動きがあり、規制の網はますます厳しくなっている。

ここ数年は消費動向も変化してきた。30~40代夫婦もペット、ガーデニング、リゾート、パソコンなど生活・情報志向になり、出版・メディア界のサブカルチャー色を圧迫する傾向にある。新人類が始めたサブカルチャーは、むしろその下の団塊ジュニア世代に、ネットなど水面下で受け継がれている形だ。

新人類世代はサブカルチャーを「居場所」として発掘した最初の世代ではあるが、それを哲学や思想にまで昇華しようとする動きが少ないことが最大の弱みだろう。過渡期の徒花で終わるか、オリジナルの何かを遺産として残すのか。まさに新人類よ、何処へ行く、である。(ジャーナリスト・速水由紀子
 
所収アエラ』2001年11月19日号

 <訂正>『完全自殺マニュアル』が、東京都でも「『青少年健全育成条例』に抵触する『不健全図書』扱いとなった」とあるのは、「『不健全図書』に指定されていない」の誤りでした。
 
世紀末カルチャー
残虐趣味が埋める失われた現実感
 
以前なら「忌諱に触れる」とされたはずの嗜好が、 日々の生活にまぎれ、若い女性らの心をも掴んでいる。現実感と規範を失いつつある社会が、その裏に透けて見える。都内に本部を置くレンタルビデオの大手チェーンは、五月に予定していた犯罪映画キャンペーンを取りやめた。
 
取り上げた新着ビデオ三本のなかに、「土師淳君を殺した犯人が、影響を受けた可能性がある」と、捜査本部に名指しされた映画「フェティッシュ」が含まれていたからだ。富豪夫人ばかりを狙って斬首する連続殺人犯が登場するところが、淳君殺害を思わせると、リストにあがったらしい。
 
この作品は、殺人鬼と殺人オタクを題材にした、Q・タランティーノ製作総指揮のブラックコメディー。流血の場面は多いが、設定も筋書きも現実離れしていて、犯行の参考になるかどうか疑問ではある。
 
○増える女性のファン
巻き毛、白い肌、赤い唇と、白雪姫のような風貌のヒロインは、小さいころから異常に犯罪に興味を示し、テレビの犯罪番組チェックや新聞記事のスクラップを欠かさない。長じて、マイアミにある民間の殺人現場処理会社に就職し、ひょんなことから連続殺人鬼と対決するはめになる――。
 
「内容はホラーといったものではありませんが、時期が時期だけに目立つところに置くのはまずいだろうと……」チェーン店の本部も、当惑気味だ。この時期、「殺人オタク」「斬首」といったキーワードが、すべて「酒鬼薔薇聖斗」に結びついてしまう。
 
しかし、いまや映画、音楽、美術、コミックなどサブカルチャーの世界で、「死体」や「殺人」は、欠かせない要素だ。女の子のファンも、増えている。専門学校に通うイクミさん(一八)のお気に入りの映画は、米国の殺人鬼エド・ケインをモデルにした「悪魔のいけにえ」。殺人現場や手術の場面などが載っている雑誌を見ると、つい買ってしまう。「血がぐちゃぐちゃっていう感じが、いい」とにかく、寄生虫とか、へんな触感のおもちゃ、へんな漫画と、「気持ち悪いけど気持ちいい」ものに目がないという。
 
美大生のルミさん(二一)は、数年前、ナチ収容所の写真展を見てショックを受け、人体解剖図や死体の写真を集めたり、それをモチーフに絵を描いたりするようになった。
 
○不確実な生きる実感
ルミさんは、太りたくないと、思春期に入るころからダイエットを続けてきた。いまもTシャツの上から肩やあばら骨を確認できるほど、痩せている。からだは軽く、汗なんかもあまりかかず、というのが理想だった。その一方で「生きてるって感じ」を求めていた。
 
「わたしも、ほんとに死んじゃうのかな」と、軽く手首にカミソリをあてたことも何度かある。 親戚の葬式には出たことがあるが、人の死体をじかに見たことはなかった。死体写真をつぶさに見たり描いたりしていると、自分も肉体をもつ人間なんだ、という実感がわいてくる。「現実に、直前まで生きてた人が、肉の塊になってる。それって、すごく不思議じゃありませんか」
 
「死体」や「殺人」がもて囃されるようになったのは、九〇年代に入ってからのこと。 美女の死体が象徴的に扱われるデビッド・リンチ監督の「ツイン・ピークス」がブームになり、死体や死をイメージした美術写真が人気を集め、タレントの小泉今日子さんが写真集の中で死体に扮したり。
 
書籍では、ロバート・K・レスラーの犯罪心理シリーズの存在が大きい。九四年に出版され、百万部を超えるベストセラーになった『FBI心理分析官』(早川書房)は、日本の書籍では見られなかったような生々しい事件現場などの写真を収録。翌九五年からは殺人百科『週刊マーダー・ケース・ブック』の刊行も始まった。
 
こうした本や映画の背景には、八〇年代に入って、米国で連続殺人犯(シリアル・キラー)が続出し、彼らの出版した自伝がベストセラーになったり、サインが売りに出されたりという、現実の裏打ちがある。
 
加えてインターネットの普及で、海外発信のきわどい画像が手軽に取り出せるようになり、日本では主に自動販売機などで売られていた「悪趣味」分野の本も、一般の書店に並ぶようになった。
 
その代表格ともいえる『危ない1号』(データハウス)シリーズは、「鬼畜系カルチャー入門講座」と銘打ち、ドラッグから盗聴までの「あぶない」ネタを網羅している。編集長の青山正明さんによると、読者層は男女半々。
 
「殺人&死体」は、特集の中でも反響の大きい項目の一つというが、青山さんには、いま一つもの足りなさが残る。「目で見て明らかに分かるグロテスクさに人気が集中している。表層的な露悪趣味に、終始しているんじゃないか」
 
「猟奇犯罪研究家」を自称し、海外の連続殺人事件に詳しい翻訳家の柳下毅一郎さんも、「ブーム」に複雑な面持ちだ。「死体も殺人鬼も刺激物として喜んでいる連中が大勢いて、それを説教する人も、自制が働く人もいない。ああいうのは、まっとうな人間がやることじゃないという“つつしみ”が、八〇年代以降、なくなった」と、嘆く。
 
○力を失った社会的規範
佐川一政さんのトークショーなどに集まる観客には、二つのタイプがあるという。一つは、「佐川くん」を通じて人間の心理の深淵を覗き、自分の自我を確立したいといったタイプ。もう一方は、「へんなもの」が目的になっている人々。後者は十代、二十代が多く、最近、とみに増えているという。彼らの口癖は「窮屈な社会からはみ出した存在になりたい」。
 
悪趣味というカルチャーに走ることでしか、自分の存在を確認できない人々だ。酒鬼薔薇聖斗は、「殺人」が自身の「趣味でもあり存在理由でもありまた目的でもある」と、している。彼は、この種の「鬼畜」カルチャーの申し子なのだろうか。
 
上智大学福島章教授(犯罪心理・精神医学)は、こうした文化と犯罪を直接的に結びつけ、排除するような動きが生まれるのを危惧する。人間には暴力性が潜んでおり、それを道徳で抑えている。映画やテレビの暴力には、浄化作用がある、というのが教授の考えだ。「個人的には、あんまり気持ちいいとは思いませんがね」(編集部 高橋淳子)
 
所収『アエラ』1997年6月23日号
 

マンガ狂い咲き かわいくってざんこくな本棚のペットねこぢるの飼い方/鬼畜なねこちゃんの何かがわかる本/特集ねこぢるマンガの生態(BUBKA1998年1月号)

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マンガ狂い咲き 山野一 ~アセチレンからドブの上澄みまで特殊全般~因業製造工場へようこそ(BUBKA1998年1月号)

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ねこぢるへの批評など - 知久寿焼+スージー甘金+土橋とし子+松尾スズキ+逆柱いみり+岡崎京子+黒川創+唐沢俊一+柳下毅一郎+青山正明+村崎百郎+根本敬+山野一

知久寿焼ねこぢるうどんについて」
初出▶青林堂『月刊漫画ガロ』1992年6月号
 
にゃー子にゃっ太の表情は微妙だ。
たとえば人間でいうと、喫茶店や飲み屋のテーブルをはさんで向かい合って話してるんだけど、そして相手の人は確かに自分にむかって喋ってるんだけど、その視点はぼくのはるか後ろ遠くにピントを合わせていて、右と左それぞれの目線が上から見てほぼ平行なまま、それでも口もとはいくらか微笑んでいるっていう様な気味の悪さだ。 
 
猫の口もとが「ω」なのも手伝ってはいるが。そんな、キチガイのそれっていう感じの表情のまんま、身のまわりで起こる出来事に対して、情緒的なところをすこんと欠落させたみたいな単純でまっすぐな反応をする二匹──あれっ? やっぱりキチガイみたいだなぁ。そうか。そうです、ぼくは「ねこぢるうどん」の、この淡々としてキチガイなとこに感じちゃうんですよ。でも姉弟仲いいよね。
 
(ちく・としあき=ミュージシャン)
 
スージー甘金表裏差の激しいところが魅力」
初出▶青林堂『月刊漫画ガロ』1992年6月号
 
一見すると「キティちゃん」風なかわいらしい(?)ファンシーなキャラクター(?)が登場するのとは裏腹に、人を喰ったような内容で、かつきわめて残酷!という表裏差の激しいところが「ねこぢるうどん」の魅力の一つだと思います。読み終わった後、いつも頭の中に無理矢理天使と悪魔を一緒に入れられて、グチャグチャにかきまわされたような妙チクリンな気分になるのは私だけでしょうか!?
 
(スージー・あまかね=イラストレーター)
 
 
土橋とし子ねこぢるうどんは脳ミソが柔らかい」
初出▶青林堂『月刊漫画ガロ』1992年6月号
 
ねこぢるさんの漫画には子どもの時の無意識の残酷さ(行動も言葉も)みたいなもんがある。世間とかいうものの中でちょっと大人みたいに生きている私にはナカナカ出せない世界になってしまっているようで、懐しくなったりうらやましくなったりするわけです。知らない間に脳ミソが硬くて四角になりつつ自分に気がついてハッとして、ちょっと悲しくなったりするけど毎月、ねこぢるうどんを読むのを楽しみにしておる次第です。読んだあとはちょっと脳ミソがほぐれた気になれます。
 
(つちはし・としこ=イラストレーター)
 
松尾スズキ気持いいっす。」
初出▶青林堂『月刊漫画ガロ』1992年6月号
 
狂った人間の目つきの描写にリアルを感じます。逃げてない所が好きです。残酷にして牧歌的な現代のグリム童話。ガロの読者に読ませるのなんかもったいない。小学三年生とかでドラえもんの隣りに連載して欲しい。とにかく「ねこぢるうどん」は我々表現に関っている人間が仲々真正面から立ち向かう事が辛い闇の部分を、ノホホンと土足で濶歩するアナーキーさに満ちていて気持ちいいっす。本当ですよ。
 
(まつお・すずき=役者)
 
逆柱いみり絵がうまいのでうらやましい」
初出▶青林堂『月刊漫画ガロ』1992年6月号
 
電気カミソリで無いヒゲを1時間以上かけてジージージージー剃っているジジイはうっとおしいものだ。
 
台所で11時間以上もうろうろゴトゴト何をしているのかとイライラしているとガスの元栓が心配で眠れないらしい。そのくせ便所の水は流しっぱなしだったりする。死んでからも幽霊になって続けられるかと思うと気が減入る。 
 
「ションベンでもクソでも喰らえ」
渋谷の地下道を強力なインパクトを振り撒きながらブツブツと呪文のごとく繰り返し吐きだされていたキ印のババアの名言は自分を良識ある大人に引き戻してくださった 「こいつアブネー」うっとおしい奴をほほえましく見るのはムズカシイ。
 
 「ピンキー」と呼ばれるオバサンはほれころんだピンクの寝巻姿、ゴム草履の足で一日中徘徊している。その行動範囲は恐ろしく広く思わぬ所で出くわしビックリする。昔はえらい才女だったという噂だが、バランスの崩れた栄養と垢でどす黒く彫りの深い顔は印度の行者を思わせる小学生の人気者だ。前置きが長くなってしまった。変な奴のネタというのはキリがない。
 
さて「ねこぢるうどん」は、変な奴とネコとのからみで進行する話が印象に残るのだが、どちらも1つ目の世界の住人であり現在しか見ていないという辺りがミソだろう。自分の漫画も先を考えずに書くことが多く、終りのほうで苦労するのだが、「ねこぢる」もあんまり考えて描いて無いんじゃないだろうかと思える時があって親しみを感じてしまう。
 
ただ変な奴の場合現在が幸福であっても強力な個性のため、5分後には死んじゃってたりもするわけだが、その点ネコや子供やバカボンのパパなどはけっこう踏み外さない様である。
 
壊れてる者はどこまでも行ってしまうが、無邪気なものはちゃんと家に帰る(長井会長のパーティーの時、山野氏のところにとめていただいたのだが、山野夫人ことねこぢる様はちゃんと部屋にいてファミコンをやっておられた)まあ遊びに夢中になって友だち殺しちゃった子供とか、犯罪の一歩手前で止まるパターンをくり返すような狂人というのも少なくはないだろうから断定はできないが…
 
ところで山野夫妻は親切な方々でございました。今後も面白いまんがをファンのひとりとして期待しております。おわり
 
(さかばしら・いみり=漫画家)
 
岡崎京子「やだなぁ」
初出▶青林堂『月刊漫画ガロ』1992年6月号
 
ねこぢるさんのまんがを初めて読んだ時に「やだなぁ」と思いました。かわいいくせにすくいがどこにもなくてやりきれないのですから。ゆかいにむじゃきに「ぶちゅう」と虫をふみしだいてゆく2匹の幼いねこ姉弟働く職工が黒こげの丸やきになって単々と死んでゆく、「ふーん」とみつめる2匹。いやな感じ。やだなぁ。でも私はこの「やだなぁ」という感じは人間が生きてゆく上でとても大切なものだと思うし実は好きです。
 
(おかざき・きょうこ=漫画家)
 
黒川創ねこぢるって誰?」
初出▶青林堂ガロ』1995年10月号
 
先日、スーパーの文房具売り場をうろついていたら、「カブトムシのセット」が売られていた。直方体のプラスチックケースに、おがくずが敷かれ、なかにカブトムシが雌雄1匹ずつ入っている。たしかに「セット」には違いないが、シャープペンシルやノートと同じ棚に、カブトムシが“文具”として売られているというのはなんか変なかんじだ。
 
ねこぢるの「ねこ」も、このカブトムシに似ている。作者は、生身の「ねこ」なんかぜんぜん可愛がっていないし、たぶん、ペットショップとさえ、ほとんど縁がないだろう。むしろ、ねこぢるの「ねこ」には、西友ダイエーの文房具売り場あたりが、お似合いのではないだろうか。
 
スーパーで760円プラス消費税3%でカブトムシを買ってきて、夏休みのあいだ何かエサをやって最後にぶちぶちと六本節足をちぎっていく。そういう感触が、ねこぢるのマンガにもある。つまり、この人は、学校のウサギ小屋のウサギたちを血まみれになるまでたたきつけたり、プールに投げ入れてしまう少年・少女たちの白昼夢のような心情を、いまも共有しているのだろう。
 
ところで、私は、この作者・ねこぢると、何度か会ったことがあるのだが、あれが「ねこぢる」の正体であったかどうか、実はいまもってはっきりしない。何度か会ったとき、「ねこぢる」は20歳代なかばの小柄な可愛らしい女の子の皮をかぶっており、バーボンを好み、酔っぱらって、私はそのダンナと称する人物と、”彼女“を左右からぶらぶらとぶら下げて駅まで左右からぶらぶら運んだこともあるのだが、それがホンモノの「ねこぢる」であったかどうか、どうも明瞭ではないのである。
 
作品についてはすでに『ねこぢるうどん』第1巻の「解説」に書いたので、このことについて記しておく。
 
私に、ねこぢるとのご縁が生じたのは、たしか四年ほど前のことだ。ある業界紙にコラムを連載する機会があり、そこに毎回つけるイラストの描き手を探そうということになって、私は『ガロ』に「ねこぢるうどん」なるものを掲載していた未知のマンガ家を、担当編集者に推薦したのである。
 
担当編集者は、そのマンガを見て「わかりました」と私に言った。でも、彼は本心では、あまり「わかり」たくはなかったらしい。なぜなら、そのあと、担当編集者はすぐにねこぢるに電話を入れ仕事の件を依頼して、加えて「あなた、ねこしか描けないわけじゃないんでしょうね?」とかイヤミなことを言ったらしいのだ。
 
私には、担当編集者の不安がわかる。なぜなら、コラムの掲載は週二回、さまざまな雑多な話題を取りあげてのものであるにもかかわらず、かんじんのイラストレーターの作品は「ねこぢるうどん」しか見られていない。
 
そこでいきなり「ねこしか描けないわけじゃないんでしょうね?」発言となるわけだが、そんなことおまえに言われる筋合いはねえよ、と思うのが、描き手の当然の気持ちだろう。元はと言えば、私が悪いのだ。
 
そんなわけで、担当者との打ち合わせの時間、所定の場所に、ねこぢるは現われなかったらしい。ただし、やや遅れて男の「ねこぢる」を名乗る人物がやってきた。それが山野一で、彼はこれまでのイラスト作品をささっと要領よく見せて、「じゃ、そういうことで」と、この連載の仕事を決めてしまった。──というような経過をたどって、私はそれから1年、山野一のイラストと組んで、無事その連載の仕事を終えることができたのだった。
 
ということは、このとき、山野一は、サギまがいの仕事の交渉をしたのだろうか?そんなことはないわけで、実はこの山野一、例の「ねこぢる」らしき女の子の夫で、その仕事のストーリー作り補助、ペン入れ下働き、スクリーントーン貼りつけ係、および渉外担当のような受け持ちをしてきたらしい。つまり、「ねこぢる」というのは個人名というより一種の屋号で、その「ねこぢる」の成分には10%か20%、“山野一“が配合されているのだと考えられなくもない。それはそれでいいでも、だとすれば、あの「ねこぢる」の主成分らしき女の子、あの女性だけを呼ぶときには何と呼べばいいのかという、最初の問題に戻ってきてしまうわけである。
 
私は、あの女性と何度か食事をしたし、お酒も飲んだ。私は、そんなとき、彼女のことを「ねこぢる」もしくは「ねこさん」と呼ぶ。でも、どうもその「ねこぢる」という言葉には、20%ぐらい山野一が含まれているようで、落ち着かない。いったい、目の前の彼女、この本体が、それ自身だけの名前をもっているのかどうか、私は彼女だけを呼ぶことができるのかどうか、不安になってくるのだ。
 
私は、ひどいときには酔っぱらって、彼女の家に泊めてもらったこともある(もちろん、そのときには、20%の”山野一”成分付き)。そんな夜には、20%の山野一成分は、80%の主成分に向かって、なにか別の名前で呼びかけて良たのだが、どうも、その呼称がいつまでたっても私には覚えられないのだ。
 
というわけで、いまも彼女は私にとって「ねこぢる」である。
それでいいのだ。でも、私が彼女のことを「ねこぢる」と呼ぶたび、自分の頭のうしろのほうでは(......ただし、20%の山野一成分抜きの)と、落ち着きのないささやきが聞こえる。 ちょっとイライラする。いったい、彼女は誰なのだろう。
 
(くろかわ・そう=評論家
 
初出▶青土社ユリイカ』1995年4月臨時増刊号「総特集=悪趣味大全」
 
幼児の持つ、プリミティブな残酷性をこれほど直観的に描き出した作品はないだろう。猫の姉弟の(猫ゆえに)基本的に無表情なままの残酷行為は、われわれが子供のころ、親に怒られても叱られても、なぜかやめられなかった、小動物の虐待の記憶をまざまざとよみがえらせる。そして、それを一種痛快な記憶としてよみがえらせている自分に気がついてハッとさせられるのである。
 
生命は地球より重い、とか、動物愛護、とかいうお題目をとなえて自己満足的な行動をおこしている連中に、これが人間の本質だ、とつきつけてやりたくなるような、そんな感じを受ける作品だ。他にも、差別、精神障害者の排除、貧乏人への理由なき侮蔑など、近代人が最もやってはいけないとされていることを平気でやる、イケナイ快感をこの作品は触発してくれる。かなりアブナイ。
 
(からさわ・しゅんいち=評論家)
 
中野崇
初出▶河出書房新社『文藝』2000年夏季号
 
僕はねこぢるさんに1回だけ会ったことがあります。それは休刊になってしまった『まんがガウディ』の原稿依頼に行った時です。当時同じ編集部のN柳さんが「ねこぢるさんに会いに行くんだけど、一緒に行く?」と僕に声をかけてくれました。『ねこぢるうどん』を読んでいて、すでにねこぢるファンになっていた僕はすぐその話に飛びつきました。
 
ねこぢるさんの第一印象は“とてもシャイな少女”でした。僕等は約束の日にねこぢるさんと町田駅で待ち合わせをして、近くの喫茶店で打ち合わせをしました。駅から喫茶店までの道のり、ねこぢるさんは前髪で顔を隠すようにうつむき、なかなか僕等の方を見てくれません。喫茶店に入ってからもねこぢるさんはそんな調子でしたが、話がねこぢるさんの好きなこと、特にご主人の山野さんとインド旅行に行った時の話になると顔をあげて、とてもイキイキと目を輝かせてしゃべってくれました。前髪からのぞくねこぢるさんの目は、ご本人が描かれるお馴染みのキャラクターとそっくりでした。その時、“にゃーこ”はねこぢるさん本人だ!と思いました。
 
「ぢるぢる旅行記」はエッセイ漫画として人気を博しましたが、“にゃーこ”にしろ“ねこ神さま”にしろ、ねこぢるさん本人を投影しているキャラクターなので、作品にはエッセイ的な要素が入っていると思います。この要素がねこぢる作品の魅力だと思います。
 
(なかの・たかし=編集者)
 
初出▶河出書房新社『文藝』2000年夏季号
 
人の死というのはつねに唐突なものだが、それにしてもねこぢるが自殺したときには驚いた。てっきり、そんなことはしないタイプだと思っていたからだ。じゃあ、誰なら自殺してもおかしくないタイプなのか、と問われると困ってしまうが、少なくともねこぢるは自分の狂気を対象化できるタイプだと思ってたのだ。
 
そもそも、ねこぢるがあれほどのポピュラリティーを獲得できた理由もそこだったはずだ。毒に満ち満ちた内容と、アンバランスな丸っこい描線の可愛らしい絵柄。ミスマッチとも言えそうだが、甘ったるい絵柄が毒をくるむ糖衣となったおかげで、ほど良く辛みを効かせることになったのだ。これが山野一ではそうはいかない。透明な、抽象度の高い絵で生々しさを抜いたからこそ、女子供にも愛されるねこぢるケータイストラップが作られたわけである。自分の中の毒にはまりこんでいたなら、そんなことはできないだろう。でもま、そんなこと考えるだけ無駄だっていうのがよくわかったよ。こざかしい知恵なんざ馬の糞ほどに役に立ちゃしないって、ねこぢるは教えてくれたのか。
 
(やなした・きいちろう=特殊翻訳家
 
鬼頭正樹
初出▶河出書房新社『文藝』2000年夏季号
 
商業的にはたぶん「キティ」に追いつきはないが、キャラクター商品としての「ねこぢる」の浸透力は凄まじい。街角の「ガチャ」にまで「ねこぢる」バージョンがあるくらいだ。漫画のストーリーとは別に、ともに昔から「オンナコドモ」が好むネコということや、カワイラシイ絵柄という点だけで考えると特に不思議ではない現象かもしれない。だが、自殺した作者「ねこぢる」と残された作品を考える上で、この二者を比較することは必要だ(両作者にとっては全くもって迷惑な事だろうが)。
 
サンリオと青林堂という180度別方向を目指す企業の作ったキャラクターも市場では並列におかれる。集英社青林堂のコミック単行本が書店で並んで置かれるのと同じだ。また社員デザイナーという作者のかげの薄い「キティ」と、「ねこぢる」から「ねこぢるy」へ移行しながらも続く「ねこぢるうどん」は、作者の匿名性によって読者から地続きの生活臭を消し去ってしまう。だから作中の不幸も死も切実さはなく「登場人物の純粋な無邪気さ」という言葉の陰に隠されていく。一方で、青林堂のもう一つのヒット商品との共通点も考えてみることだ。漫画家「蛭子能収」はその作品ではなく自分自身を肥大化した市場に送ってしまったが、そんなこともその他の二者のあらゆる現実と作品をも含めて、「ねこぢる」と「蛭子能収」こそが「ガロ」が二十一世紀に向けて懐妊した、純朴さのかげに狂気を秘めた強かな双生児ではないかと思えてならない。
 
(きとう・まさき=エディター)
 
初出▶朝日ソノラマねこぢるだんご』1997年11月1日発行
 
僕は豚汁が大好きなのだが、残念ながら猫汁はまだ一度も口にしたことがない。まあ、機会があれば、子猫を手に入れ、愛情を注ぎまくっ て大事に大事に育て上げ、しかる後、鍋にしてつついてみようかとは思っている。実際の味はともかく、ありし日のやんちゃな姿を収めた8㎜なんぞをモニターで観賞しつつ食する猫汁の味は、さぞ格別なものだろう。
 
さて、ありていに言えば、ねこぢる作品はイソップやマザーグースから今日のナンセンス&ビザール4コマまで連綿と続く残酷童話のひとつである。が、残酷童話という呼称はいいとしても、そうした類型に当てはまらない、ねこぢる独自の世界観というのが明らかに存在する。ねこぢるの創作する世界では、弱肉強食、強い動物は弱い動物にどんな暴力を振るおうが、その死肉を食らおうがお構いなしだ。ところが、その一方で、主人公たる猫一家は、奇妙なところは多々あるとはいえ、とりあえず仲むつまじい家族である。いつも手をつないで歩く、強く怖い父、分別ある母──。こうした家族のあり方は、今の世にあっては、現実とは程遠いファンタジーと言えよう。
 
つまり、ねこぢるの生み出す世界は弱肉強食という下界のビザール・ファンタジーと、そこにかろうじて点在する安住の巣、ファミリー・ファンタジーとのせめぎあいの所産なのだ。『つなみ』の女王とて例外ではない。彼女はひとりになることで、ようやく自分の意志と力でファミリーを築き上げられる可能性を手に入れたのである。
 
ビザール&ファミリーのダブル・ファンタジーが織りなすねこぢるの世界には、凡百の残酷童話にありがちな説教めいた教訓などない。残酷と安寧、他者と家族。ねこぢるは、ただただこの世のありさまを、諦念と一縷の夢を胸に淡々と描き続ける──。 
 
最後に、これはあくまで僕の希望にすぎないんですけど、「ねこぢるが猫汁をすする」ようなことには、決してなってほしくないですネ。
 
(あおやま・まさあき=編集者・文筆家)
 
初出▶河出書房新社『文藝』2000年夏季号
 
深読みすれば一コマで軽く十年は楽しめるのがねこぢる漫画の魅力だろう。同じ電波系でも、石川賢のように絵は複雑だが話の構造が善悪二項対立に帰結する体育会系の男らしい単純な電波漫画と違って、読み手に膨大な種類の妄想を喚起させる点で素晴らしい。
 
とはいえ、こういう評価や感想がねこぢる氏にとって何の意味もないことも事実である。“電波発生装置としてのねこぢる氏と山野一氏の関係は、大本教における出口ナオと王仁三郎の関係に近いと思えば分かり易いだろうし、山野氏もどこかでコメントしていたが、ねこぢる漫画はねこぢる氏が抱えるカオスを山野氏が翻訳してどうにか我々一般人が楽しめる娯楽漫画の領域に押さえられたものだという。そのことを念頭に置き、ねこぢる漫画の中の「読者を楽しませるために加えられたと思われる明らかにウケ狙いの部分(と言うと語弊があるが)」を省いて精読すれば、あの漫画の本来の怖さと深さが実感できるだろう。
 
そこには不謹慎さや反倫理や反道徳や反社会性など微塵も感じられない。ねこぢる漫画の根底にあるのは何かに対立すの意識などではなく、非倫理、非道徳、非社会性ともいうべき、あらゆるものから隔絶し超然とした精神である。おそらく、ねこぢる氏は人類に対する愛も憎悪も関心も何もなく、読者のことなど何一つ考えず、人間の尺度で物事を考えていなかったろう。そういう強さや身勝手さやデタラメぶりは尊敬に値する。
 
(むらさき・ひゃくろう=工員・鬼畜ライター)
 
 
根本敬「本物」の実感
初出▶文藝春秋『月刊コミックビンゴ!』1998年7月号
 
大抵、自殺は不幸なものだ。
だが、例外もある。自殺した当人が類い稀なるキャラクターを持ち、その人らしい生き方の選択肢のひとつとして成り立つ事もタマにはあるかと思う。
 
ねこぢるの場合がそうだ。
死後、つくづく彼女は「大物」で、そして「本物」だったと実感する。
 
そのねこぢる「この世はもう、この辺でいい」と決断してこうなった以上、これはもう認める他ないのである。もちろん、個人的には、数少ない話の通じる友人であり、大ファンであった作家がこの世から消えた事はとても悲しい。が、とにかく、ねこぢる当人にとって今回の事は、世間一般でいうところの「不幸」な結末などではない。
 
とはいえ、残された山野さんにとっては、とりあえず今は「不幸」である。
 
何故とりあえずが付くかというと、ある程度の時間を経ないと、本当のところは誰にも解らないからである。
 
ねこぢるの漫画といえば、幼児的な純な残虐性と可愛らしさの同居ってのが読者の持つイメージだろう。それも確かにねこぢる自身の一面を表わしてはいるだろうが、ねこぢるだんこ」(朝日ソノラマ刊)に載っている俗や目常の遠い彼方に魂の飛んだ「つなみ」の様な漫画は、ねこぢるの内面に近づいてみたいなら見のがせない作品だと思う。まだ読んでないファンがいたら、是非読んでほしい。
 
年々盛り上る、漫画家としての世間的な人気をよそに、本人は「つなみ」の様な世界で浮遊していたのではないか。
 
俗にいうあの世なんてない。
丹波哲郎のいう大霊界などあってたまるか。
 
だが、この世以外の別世界は確実にあると思う。
ねこぢるは今そこにいる。
 
(ねもと・たかし=特殊漫画家)
 
根本敬ねこぢるうどん」......それはマンガで楽しむ山野家の「バルド・トドゥル」となるのか?」
初出▶青林堂ねこぢるyうどん①』2000年11月20日発行
 
ねこぢるyこと山野一もこの根本同様もう長いことマンガ家としてやっているのにその割には業界内に友人が少ない。だから自分にこの「解説」のお鉢が回ってきたのだろう。
 
その少ない友人の中に自分の場合、佐川一政という人がいる。佐川さんはいうまでもなく、81年に世界を震撼させた、あの「パリ人肉事件」の当事者だが、巷間、あの事件は狂気故の沙汰と思われている様だが、実際のところは『このままでは本当に狂ってしまう』という強いプレッシャーから逃れ、精神の安定を得るために実行されたとも思えるのである。
 
精神の安定を得るため人はとんでもない事をしでかしてしまう時もあるがそれ位精神の安定は重要なものなのだ。運命の残酷な仕打ちや思いがけない事態に直面したときに求めるものは何よりも精神の安定だろう。
 
「ガロ」に連載されている「ねこぢるうどん」をはじめ、ねこぢるy名義での諸作品を制作する過程で山野さんは別世界にいる、ねこぢると交感し、精神の安定を得ていたのではなかろうか。
 
ところで別世界とは......。
矢面に立つ山野一がまずいて、そのすぐ後ろにもう一人の山野一がいて、その後ろに更にもう一人の山野一がいて、実はその後ろにも山野一がいて、更にまたその後ろに──という様に背後には、数え切れぬ程の山野一がいるのだが、後ろに行く程、その背景はグニャリとトロけて、時空は歪み、四次元、五次元、正に別世界の様相を呈して来る。そして、ねこぢるの今いる別世界の入り口はそのあたりのどこかにあるのだと自分は思う。
 
ねこぢるうどん」が真の評価を受けるのはまだ先の事だろう。何故ならこの作品はどこかへ向かうためのバルドっていうんですか、その途上にあるから。
 
一体どこへ辿り着くのか?それは─山野さんの脳内で行われる─山野さんとねこぢるによる「脳内コックリさん」でコインがどの方向へスーッと動くのか、それによって決まるだろうが、どちらが主導権を握るか、それによって道筋も違って来る。が、いずれにせよ辿り着く先はひとつだろう。
 
(ねもと・たかし=特殊漫画大統領)
 
山野一「タコねこ」
初出▶文春ネスコ『インドぢる』2003年7月30日発行
 
その目を初めて見たのは、彼女が暇を持てあまして書き殴っていた画用紙だ。大きな猫の顔に、タコのような足がついている。
 
「体はタコなの?」
 
「ちがう、この四本が足でこれがしっぽ」
 
なるほど、そう聞けばそう見える。
 
私はそれを「タコねこ」と命名した。
 
タコではないが、本人もその名前は気に入ったようだ。ほんの数秒で描ける一筆書きなのだが、得もいわれぬ妖しい魅力を放っている。
魅力は確かにあるのだが、その正体がよくわからない。目は人間のようにアーモンド型。瞳が大きく白目が少ない。無表情、焦点が合っているんだか合っていないんだかもビミョー。
 
口元はやや笑っているようでもある。可愛いようで怖い。単純なようでもあり計り知れなくもある。安全なようで危険。諸々……。絵の形や意味するものを捕らえようとする前に、なにかよくわからない物がいきなり直接意識の奥に飛び込んで来る、そんなかんじ。
原始人のケイブアート、あの半ば記号化されたような動物や人、あるいは六芒星ハーケンクロイツといったシンボリックな図形。
 
そういった要素が、描いた本人も無自覚なうちに備わっているのではなかろうか?そんな気がする。
 
「どれが一番いい?」
 
ほぼ同じなのだが微妙に崩れ方がちがう。
 
「んー……、これかな」
 
「次は?」
 
「そうだな……」
 
ねこぢるはすべてに順位をつけ終わるまで許してくれない。どうにか選び終わると、すぐまた別の画用紙に十個ほど描いてくる。
 
「どれが一番いい?」
そのタコねこが、「にゃーこ」と「にゃっ太」の原型だ。その一番最初の画用紙は、今は残っていない。 
 
(やまの・はじめ=漫画家)
 
山野一「あとがき」
初出▶文春ネスコ『インドぢる』2003年7月30日発行
 
る日起きると彼女は冷たくなっていた。普通に寝ているような穏やかな顔だった。
 
「もう亡くなっています」
 
救急隊の人の言葉の意味はわかるが、今目の前にあるものが現実とはかんじられない。いろんな人が来ていろんな事をいった。私はねこぢるの顔を見つめたまま「はい、はい」と受け答えをしていた。しかしこれは夢で、すぐに覚めるものだと頭の半分で思っていた。
 
それは葬儀が終わってからも変わらず、抱いて帰った白い箱に線香を上げるのだが、ねこぢるに上げているという気はしなかった。
 
ふと気が抜けると「あれ、ねこぢるどこ行ってんだっけな?」とすぐ思ってしまう。いつものように近所のコンビニか、遠くても駅前の繁華街にいるような気でいるのだ。
 
「私は長生きなどしたくない」
 
ねこぢるは出会った頃からよくそんな事をいった。長年聞いていると麻痺して、機嫌が悪いからまたそういう事をいうんだろう、ぐらいにしか思わなくなっていた。そういう慢性的な不安要因はあったものの、実際に引き金を引かせた動機はわからない。前の夜は仕事が一段落して、二人で酒を飲みながら、テレビでやっていた「マスク」という映画を見て笑っていたのだ。丸一年、白い箱と暮らす。
 
疑問はどんどん湧いてくるが、答えは何一つ与えられない。すべて憶測のまま放置される。考えは同じ所を堂々巡りして、そこから抜け出せない。
「私が死んで『オレが悪かったよぉー』って毎日メソメソ泣けばいいんだ」
怒った時などねこぢるはよくそういった。
 
いたずらっ子のような顔が浮かぶ。好きだった酒を遺影に供え、線香を上げ、手を合わせるのだが「何という身勝手なやつなんだ。意味わかっててそれやったのか?」そういう反感が、どうしても混じってしまう。確かに自分がそんなにいい夫だったと思わない。しかし、私が死ぬまで徹底的に無視され続けなければならない程ひどかったとも思えないのだ。
 
ようやく墓を建て、一周忌の法事を兼ねて納骨する。しかし、ひとかけらだけその骨を残してロバの絵の小さい壺に入れておく。
 
ねこぢるが好きだったインドで壺から骨のかけらを出し、手のひらに包んで海水につけた。日差しは強く首の後ろが焼けるようだが、海水は冷たい。波の力が強く、もろいかけらから小さな断片をさらって行く。波が引くとき手を開いて流してしまおうと思った。次こそと思うのだが、何度もやりすごしてしまう。結局手を引き上げ、もとの壺に納めてしまった。
 
ある日、知人がMacをセットアップしてくれた。ずっと放置してあったパソコンだ。マウスでグリグリと無意味な線を引き、消し、またグリグリ……。そうやっているうちに自分でも思いがけずハマっていた。Macねこぢるの絵を描いていると、かつて故人と机を並べていた時のように、なにか対話しながら描いているような気がする。
 
それは錯覚なのだが、少なくとも紙よりは孤独でないと私にはかんじられる。墓や仏壇に向かっているより、Macのモニターの中に「にゃーこ」や「にゃっ太」を描いている時の方が、故人とシンクロできるような気がするのだ。正確には、私の頭の中の故人像とではあるが。
 
「ちがうっ、そうじゃなくて……、ああ、バカへたくそっ」
 
線を引く耳元で、ねこぢるがずっとそういい続けているような気がする。その声に従ったり、無視したり、教えられたり、反抗したり、感心したり、癒されたり、やさぐれたりしながら「ねこぢるyうどん」1~3巻を描いた。最後の書き下ろしの部分では、消耗しすぎて私の目の下のクマは顔中に広がり、死に神みたいな顔になった。
 
ねこぢるに対する私の受け答えは、全部実際に口から漏れていたから、その姿を見た人は、急いでその場を離れたかもしれない。
 
ねこぢるは自分のキャラクターを本当に愛していた。
 
仕事をしながら何気なく、「にゃーことにゃっ太はどっちが君なの?」と聞いた事があった。返事がないので、聞いていないのかと思いそのまま忘れていたら、だいぶたってから、「んー……、どっちかに決められない」といった。ずーっと考え込んでいたのだ。
 
ねこぢるが亡くなったあと、私が漫画を描き続けるのはやめてくれ、という読者の声もあった。
 
そういう声には私もえぐられる。遺書にこそ書かれていないが、自分が死んだ時の事について何度か話していたからだ。
 
「絶やさないでほしい」
 
「やめてほしい」
 
その時々の気分によっていうことは変わった。
 
つまり私がやっている事は、黒でもあり白でもある。かつてねこぢるとしていたやりとりを、今は脳内のねこぢるとしている。
 
それがやっていい事なのか悪い事なのか、それになにか意味があるのかないのか、今のところなんともいえない。
 
(やまの・はじめ=夫・漫画家)