ケラのブログ

身辺雑記

鬼畜系サブカルチャーの終焉/正しい悪趣味の衰退

鬼畜や悪趣味は数十年間隔で定期的にブームになる。3つ挙げるとすれば、大正末期から昭和初期にかけてのエログロナンセンス文化、戦後混乱期に濫造されたカストリ雑誌群、そして世紀末の『危ない1号』*1を頂点とする鬼畜ブームである

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3つのブームは一見似ているが成立背景が異なり、特に世紀末の「悪趣味」は街が清潔になって汚穢が見えなくなった事の裏返し、怖いもの見たさがあった。

昭和初期も『グロテスク』(1928年-1931年)という元祖鬼畜本が存在していたが、当局より幾度となく弾圧され発禁処分になったことでも知られている*2

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しかし戦後を迎えると、それまでの激しい言論統制や出版規制から解放され*3、同時に「自由の象徴」として下品で低俗な大衆雑誌「カストリ雑誌が大量に発行された。これが広く一般に普及したのもまた「悪趣味の時代」だったのではないかと思う。

では90年代の「悪趣味」とは何だったのか?

まずブームの成立過程には「世紀末」という土壌が大きく作用していたといわれる。

特に1995年上半期に起こった阪神淡路大震災地下鉄サリン事件なる「戦後最悪の災害」と類例をみない「国内最大規模の化学テロ事件」が連続して起こったことは、よりいっそう大衆に「世紀末」という意識を強く根付かせた*4

そうした日常の均衡が崩れかけた時代の中で、サブカルチャーが迎えた世紀末とは正に「悪趣味の時代」だったのだ。

この鬼畜・悪趣味ブームはユリイカ』1995年4月臨時増刊号「悪趣味大全」において様々な文化に「キッチュで俗悪」な文化潮流が存在すると提示・宣言されて以来、神戸連続児童殺傷事件が起こる1997年頃まで続いたとされている*5

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唐沢俊一は世紀末に流行した悪趣味ブームの終焉について次のように語っている*6

鬼畜ブーム初期のライターは、村崎さんにしろ僕にしろ、人が読んで顔をしかめるようなネタを書くのは、今の社会の矛盾や醜悪さをカリカチュアしたもの、あるいは拡大して見せたものがすなわちこれだ、目をそむけちゃいけないよというメッセージを伝えようとしてたんだけど、その後に出てきた若い人たちには、単にストレートにグロテスクなものにはしゃいでるだけ、というタイプが多かった。それじゃ一般に拒否されても当然です。それ以降、鬼畜ブーム、悪趣味ブームが急速に終息していったのも当然でした。

唐沢に言わせれば、ただ死体や畸形を持て囃すだけで何ら思想に昇華できてない人間が増えたから悪趣味ブームは終焉を迎えたという

また鬼畜系の元祖的存在であった青山正明ですら「目で見て明らかに分かるグロテスクさに人気が集中している。表層的な露悪趣味に、終始しているんじゃないか」*7と濫造される「悪趣味」に幻滅し、晩年は「鬼畜系」から「癒し系」に転向を図ったぐらいである*8

『危ない1号』の作家で「猟奇犯罪研究家」を自称する特殊翻訳家柳下毅一郎も悪趣味ブームには懐疑的で「死体も殺人鬼も刺激物として喜んでいる連中が大勢いて、それを説教する人も、自制が働く人もいない。ああいうのは、まっとうな人間がやることじゃないという“つつしみ”が、80年代以降なくなった」とぼやく始末である*9

青山は『危ない1号』第4巻「青山正明全仕事」のあとがきで次のように述べている。

94年11月に日本全国で症例50名前後という眼病疾患、奇病MPPEを患い、失明の恐怖を背負いこんで加速度的に“悟り”の境地へ。本書を最後に、“路線変更”を決意……と、まあ、そんなこたぁ、どうでもいいか……

しかし眼病による路線変更とかは実は言い訳で、青山は鬼畜・悪趣味ブームに嫌気がさしての転向ではないかと思う。吉永嘉明によれば青山は「俺は鬼畜じゃない。あれはシャレなのにマジに鬼畜と言われてしまう」という葛藤があったという。青山は「真の鬼畜というにはあまりに感じやすい人」だったのだ。吉永も『危ない1号』を降りた理由の一つとして「作り手より読者のほうが過激になっていった」ことを述べている。

自分が「妄想にタブーなし!」と宣言して書いていた冗談を真に受けて犯罪に走る人間がいるのを青山は負い目にしてた節もあるだろう。実際の青山は健康面にも気を使いすぎるほどの繊細さと人懐っこさを持っていたという。

現実の自己像と鬼畜系のギャップは、青山の鬱を加速させた遠因になったのではないだろうか。ライターのばるぼら「『良識なんて糞食らえ!』のノリを本気で実行する人間が現れることについての想像力の欠如が『危ない1号』以降の青山の迷走につながっている」と推察している*10

鬼畜ライターを自称していた村崎百郎も自身が「鬼畜」であるのに、世間がしっかりと機能してなければ「鬼畜」を名乗れる建前や立場がないのであろう。これについて特殊漫画根本敬は次のように語っている*11

90年代の悪趣味ブームを支えていた人たちっていうのは教養があって知的な人が多かったし読んでいる方も「行間を読む」術は自ずと持っていたと思うんですよ

それに「影響受けました!」っていう第二世代、第三世代が出てくるにつれどんどん崩れて、次第に単に悪質なことを書いてりゃいいや、みたいな”悪い悪趣味”が台頭してくるようになるだいたい趣味がいい人じゃないと、悪趣味ってわからないからね

村崎さんにしろ、オレの漫画にしろ、結局世の中がちゃんとしていてくれないと、立つ瀬がないわけですよ。でも、世の中がどんどん弛緩していっちゃって、もう誰もがいつ犯罪者になるのか、わからないような状況になっちゃったのが鬼畜ブームの終わり以降。とりわけ90年代終わりからここ数年、特に激しいじゃない?

ここまで通して分かるように鬼畜ブームの作家というのは、鬼畜の皮を被っておきながら、ゲスな文脈で反語的に正義や哲学、世の真理といったメッセージを読者に伝えていたわけで、そこには冷徹な観察眼とリテラシー能力があった

しかし、書き手の意図や真意までを見抜けなかった中二病読者や薬物中毒者には、青山も村崎も辟易させられたろうし、不甲斐なさも感じていたはずであ*12

結局、青山正明は2001年6月に引きこもってた実家で「赤いきつね」を食べた直後に首をくくって自殺。村崎百郎に至ってはキチガイの逆恨みを買って、2010年7月に自宅で滅多刺しにされて殺されてしまった*13

やはり鬼畜ブームで一番ゲスだったのは、書き手でも何でもなく表面的にしか文章を読み解けない無知文盲な読者達だったのだ。こうした鬼畜ブームを象徴する最悪の例酒鬼薔薇聖斗その人なのである。

ニッポン戦後サブカルチャー』の講師である宮沢章夫は次のように述べている。

おそらく『危ない1号』において青山が発したメッセージの「良識なんて糞食らえ!」にしろ「鬼畜」という概念にしろ「妄想にタブーなし!」にしろ、すべて「冗談」という、かなり高度な部分におけるある種の「遊び」だったはずだ。しかし、良識派に顰蹙をかうのは想定内だっただろうが、一方で冗談が理解できずにまともに受け止めた層が出現したのは想定外だったということか。

その後、インターネットの普及によって2000年代以降は軒並みサブカル雑誌が潰れていき、理性のある悪趣味も失われていった。その代わり、2ちゃんねる的な匿名性を持った無責任で無秩序な「デジタルの悪趣味」が台頭するようになる。

死体写真やフリークス、いわば見世物小屋的な露悪趣味は、サイト上の不謹慎な動画・画像コンテンツ(主に戦争ポルノ・リベンジポルノ・いじめ現場・強姦現場・屠殺現場・リンチ現場・事故現場・自殺現場あるいは自殺の生中継etc...)へと推移していき、ドラッグやロリコンなどの裏情報は深層ウェブに偏在していった。

特殊編集者今野裕一ペヨトル工房主宰/夜想編集長)は、ネット以前と以後のブラックユーモアの違いについて次のように述べている*14

少なくとも村崎百郎がいた90年代前半ぐらいまでは、ブラックなものを笑い飛ばすような楽しさがあったし、実際にうつ病っぽい子でも、まぁ何とかやっていけてたんだよねそれがネットが出てくるようになってから、なんだか現実の死まで行っちゃうような、実際に死んだり病んだりするところまで行ってしまうってのはね、昔はなかったですよ。本当の意味でのヤバさみたいなものが現れるようになってきた

今まで僕や村崎がやってきたようなのとは全く違う、単にネガティブな思いがだだ漏れになってきたブラック95年以降、本当にそういうのに触れる機会が多くなったで、村崎もそういう新手のブラックは処理し切れなかったのかもしれない。

また今野は、2ちゃんねる的な悪趣味を「デジタルの悪意」とし、弟子にあたる村崎百郎の「ゴミ漁り」といった悪趣味は「アナログの悪意」として完全な別物として捉えている*15

村崎や僕がやってきたブラックっていうのは「今朝ゴミ漁りやってきただろ」とか、身体的にわかって共有できた。だけどネットで走っている言葉の裏にある悪意って、身体的につかめない

2ちゃんねる的な、 暗闇でいきなり後ろから殴り倒すみたいな風潮は村崎とは対極的な位置にあるネガティブさで、日本文化の大きなマイナスになってきているよね。言葉が勝手に走っていってしまうようなのはまったく新しい現象で……ものすごいスピードで言葉が流れていく中で、真意が見えないまま、言葉に書かれている別の意味を勝手に読み取り、物語を作ってしまう夜想』もブラックなものには触れてきたけど、それとは対極な部分でのブラックだと思う。

これは新しい時代の新しいブラックの誕生だろうけど……村崎に実はデジタルな悪意はなかったひどいことを言いながら、ダメな奴を励ます。「お前もダメだけど、俺なんかもっとダメ、だけどこんな人間でも立派に生きてるんだぜ」って。生きて生き抜いて他人に肉体を擦り付けながらイヤミを言うのがあいつのやり方なんだけど、それって結局「生きろ」ってことでしょ。

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*1:青山正明の率いる「東京公司」のメンバーが1995年7月に創刊したムック本。データハウスから全4巻が刊行。鬼畜ブームの先駆けであり、商業的に成功したという意味でも特異な存在。後発の便乗本も数えきれないほど出版され、サブカル界を巻き込んだ一大ブームとなったが、それでも『危ない1号』を超える鬼畜本と、青山正明を超える人間は未だ現れていない

*2:昭和初期のエログロナンセンス文化を代表するサブカルチャー専門誌。編集長は梅原北明。1928年(昭和3年)創刊。当局より幾度となく弾圧を受け、グロテスク社、文藝市場社、談奇館書局など当局の弾圧をかわすために発行所を変えつつ、1931年(昭和6年)まで全21冊が出版された。発禁処分の際には新聞に『グロテスク』死亡通知の広告を出した事でも有名。

*3:だだし戦後に表現が大きく解放されたとはいえ、刑法175条のわいせつ物の頒布等の取り締まりによって、カストリ雑誌ゾッキ本の摘発が相次いだ。またチャタレー事件など文学作品も「公共の福祉」に反すると弾圧された例がある。PTAが主導した有害図書追放運動や手塚漫画の焚書など、正義の暴走とも取れる一連の運動は、戦後の表現多様化に追い付けない大人達の「老害」では無かったのだろうか。日本国憲法で保障されている「表現の自由」も時代と共に揺らぐ不明瞭で曖昧な存在なのだ。このへんは現代社会論の授業でも取り上げられている

*4:20160619ニッポン戦後サブカルチャー史

*5:根本敬ブームの終焉を見たなと思ったのは『ホットドッグプレス』(96年8月25日号)で悪趣味特集やった時ね」とも述べている。その後、神戸の重大事件を受けて本屋の鬼畜・悪趣味コーナーは縮小に向かいブームは収束していった。

*6:アスペクト刊『村崎百郎の本』220頁より。

*7:世紀末カルチャー 残虐趣味が埋める失われた現実感

*8:新人類世代の閉塞 サブカルチャーのカリスマたちの自殺

*9:世紀末カルチャー 残虐趣味が埋める失われた現実感

*10:天災編集者! 青山正明の世界 第66回『BACHELOR』における青山正明(3) - WEBスナイパー

*11:アスペクト刊『村崎百郎の本』334-339頁より。

*12:これこそ彼らが興隆していく悪趣味ブームとは対照的に年々活動を縮小させていった大きな理由になっているのではないだろうかと邪推する。

*13:2010年7月23日午後5時頃、村崎は読者を名乗る32歳の男性に東京都練馬区羽沢の自宅で48ヶ所を滅多刺しにされ殺害された。自ら警察に通報して逮捕された容疑者は精神病により通院中で、精神鑑定の結果、統合失調症と診断され不起訴となった。

*14:アスペクト刊『村崎百郎の本』126頁より。

*15:アスペクト刊『村崎百郎の本』127頁より。

1992年倉敷無理心中

岡山県倉敷市で焼け跡から一家6人の遺体、5人の胸に刺し傷、県警が殺人放火で捜査

1992.05.29 大阪夕刊 1頁 1面 (全687字) 

 

 二十九日午前五時ごろ、岡山県倉敷市福島、会社員、貝原元昭さん(36)方から出火、木造二階建て住宅延べ約二五〇平方メートルを全焼、約三十分後に消えた。焼け跡から貝原さん一家六人全員が遺体で見つかった。倉敷署が検視したところ、貝原さん夫婦と子供三人の胸などに刃物によるとみられる刺し傷が数カ所ずつあった。同県警は殺人・放火事件と断定、同署に午後一時、捜査本部を設置した。(13面に関連記事)
 調べによると死亡したのは、貝原さんと、妻雅子さん(30)▽長男晴彦君(9つ)=市立万寿東小四年▽二男康史君(7つ)=同二年▽長女紗都希ちゃん(4つ)▽祖母キミヨさん(87)。


 検視の結果、五人の刺し傷はいずれも胸などに数カ所ずつあり、刃物によるものとみられ、直接の死因かどうか調べている。キミヨさんは遺体の損傷が激しく、外見では傷跡は見つかっていない。同日午後、六人の遺体を司法解剖する予定。
 キミヨさんは一階玄関わき八畳の間で、貝原さん親子五人の遺体は二階六畳の間で見つかった。親子五人は、貝原さん夫婦が紗都希ちゃんを間にして川の字に並び、晴彦君は二段ベッド、そのわきに康史君が寝ていた。


 捜査本部は、無理心中か、外部からの侵入者による殺人、放火の両面で捜査している。現場検証したところ、一階のキミヨさんの部屋周辺と、貝原さん親子五人が寝ていた棟続きの二階がよく燃えていた。


 貝原さん宅は、築後百年以上たつ旧家。元昭さんが結婚した約十年前、棟続き部分を増築したという。近所の目撃者の話から、火元は一階で、午前四時半ごろには既に火が出ていたとみられる。現場は、JR山陽線倉敷駅東約二キロの住宅地。

「仲のいい家族が…」近所の人ら惨劇に顔曇らせる--岡山県倉敷市の放火・殺人事件

1992.05.29 大阪夕刊 13頁 社会 (全441字) 

 

 六人家族に早朝、何があったのか--。岡山県倉敷市で二十九日起きた放火・殺人事件。近所の人たちは「仲のいい家族だったのに……」と、突然の惨劇に顔を曇らせた。
 へいに囲まれた貝原さん方は完全に焼け落ち、無残な姿をさらけ出した。近所の人たちは遠まきにし「何があった……」とささやき合っていた。


 近所の人によると、貝原さん一家は仲が良く、夫婦も二人で歩いている姿をよく見かけたという。貝原さんが勤務していた同市内の建設会社の話では、貝原さんは昨年七月同社に就職。今月から総務課長になった。上司らは「だれかに恨まれている様子もなかった」と話している。


 第一発見者で貝原さん宅南に住む同県立岡山芳泉高二年、貝原敦君(17)は「畑のたき火と思っていたが、四時五十分ごろ、“バーン”という音がし、外に出ると貝原さん方から激しく炎が上がっており、あわてて両親を起こし、消防へ通報した」と言っている。近所の人によると、貝原さんの父は亡くなっており、母親は他家へ再婚。貝原さん夫婦がキミヨさんの世話をしていた。

 

  

民家全焼、一家6人が遺体で見つかる 胸に刺し傷、殺人の疑いで捜査--岡山・倉敷

1992.05.29 東京夕刊 1頁 1面 (全515字) 

 二十九日午前五時ごろ、岡山県倉敷市福島、会社員、貝原元昭さん(36)方から出火、木造二階建て住宅延べ約二五〇平方メートルを全焼、約三十分後に消えた。焼け跡から貝原さん一家六人全員が遺体で見つかった。倉敷署が検視したところ、貝原さん夫婦と子供三人の胸などに刃物によるとみられる刺し傷が数カ所ずつあった。同県警は殺人・放火事件と断定、同署に午後一時、捜査本部を設置した。
 調べによると死亡したのは、貝原さんと、妻雅子さん(30)▽長男晴彦君(9つ)=市立万寿東小四年▽二男康史君(7つ)=同二年▽長女紗都希ちゃん(4つ)▽祖母キミヨさん(87)。


 検視の結果、五人の刺し傷はいずれも胸などに数カ所ずつあり、刃物によるものとみられ、直接の死因かどうか調べている。キミヨさんは遺体の損傷が激しく、外見では傷跡は見つかっていない。


 第一発見者で貝原さん宅南に住む同県立岡山芳泉高二年、貝原敦君(17)の話などから、火元は一階で午前四時半ごろには既に出火していたとみている。敦君は「畑のたき火と思っていたが、四時五十分ごろ、“バーン”という音がし、外に出ると貝原さん方から激しく炎が上がっており、あわてて両親を起こし、消防へ通報した」と言っている。

 

1992.05.30 倉敷一家6人死亡 放火心中強まる 父、仕事・家庭に悩む/岡山 大阪朝刊 社会 23頁 348字 03段

   
   

 岡山県倉敷市福島三五九、会社員貝原元昭さん(36)方が全焼し、一家六人が遺体で見つかった事件で、県警捜査一課は二十九日午後、元昭さんの遺体近くから凶器とみられる血のついた包丁を発見。元昭さんが妻子を刺殺して火を付けた無理心中との見方をさらに強めた。


 元昭さんは、妻子、両親、祖母キミヨさん(87)とともに四世代で同居していたが、六、七年前に父親が病死。残った母親(62)とキミヨさん、妻雅子さん(30)の三人の仲がうまくいかず、母親は別居していた。


 元昭さんは現在の建設会社に平成三年七月に就職するまで、市内の公認会計士事務所など四つの勤め先を転々。税理士試験に何度も失敗しており、捜査本部は、家庭内のトラブルに仕事上の悩みも加わって精神的に追い詰められ、家族全員を道連れにしたとの疑いを強めている。

 

2015年3月1日日記

3年生の卒業式のため日曜に学校いく
 
  
 
 
 
 
感動した!!
 
さて関係ないことですが友人によると僕が違法ダウンロードして藤原先生(数学担当)につかまり簡易裁判所行きで涙なしで語れぬ懲役○年くらう夢を見たそうです。
 

「面倒くさい」は狂気の始まり

あーえーと ケラです。

精神科医春日武彦先生と作家の平山夢明先生の対談本『「狂い」の構造』(扶桑社新書)を読んでます。人間の狂気というと、実は漠然としすぎて掴み所がない、といった印象ですが、本書ではそれらの理解の互助になると思います。

まぁ本書の主題では無いんですけど、障害やビョーキを語る時って「差別の肯定」と「現状の認識」を履き違えた頭の固い(悪い)偽善者が色々うるさいんで、どーしてもオブラートに包みがちで、「逆差別」「不謹慎狩り」「人権ファシズムなる新語が出る始末ですが、両者間での議論は未だ平行線のままです。

そんでもって公の場では「まとも」に障害やビョーキに関する話が出来てないよーに思ってたんですが、さすがはこの二人、歯に布を着せずズバズバ語ってます(笑)。

 さて面倒くさい・無気力・怠慢・尊大・鈍感・無意味・・・これら人間が無意識のうちに持つ「面倒くささ」が実は「狂気」に直接結びついてると、二人は語ります。

本書では特に触れられていませんが、以前「北九州一家監禁殺人事件」を起こした主犯格の松永太が個人的に気になり、彼が事件を起こした「動機」が気になったことがあって、ググったら知恵袋の以下の回答に辿り着きました。

>>何で松永太は、こんな事を起こしたんでしょうか???

働きたくないからですね。
普通の人は金を得る手段に普通は貴賎をつけるもんです。周りの人を苦しめない方法で稼ごうとするのは当然ですから。ですがサイコパスは爬虫類的な思考回路なので一番効率の良い方法を取ろうとします。金を騙し取るとか、殺して奪うとかね。

事件の顛末など卵を産まなくなった雌鳥を〆るような、畑から大根を引っこ抜くようなそんな状況を見ているようです。サイコパスは法に触れれば逮捕されるのを知っているので隠蔽工作は入念に行います。法に触れるから普段はやらないだけというのが恐ろしすぎる。

 働きたくない・楽して金を稼ぎたい・・・

これらも「面倒くさい」に起因する感情ですよね。普通の人なら「ニート」「引きこもり」「株投資」といったものに落ち着くんでしょうが・・・一部の人やサイコパスにとっては他者から搾り取るという思考に結びつくようです。

こうした「面倒くささ」が実際に殺人といった重大事件や、それ以外にも些末な数多くのトラブルに結びついてると認識してる人は実は少ないのではないでしょうか。

 さて、僕は発達障害アスペルガー)なんですが、障害を言い訳に好き放題する人間・・・まあ病気を免罪符にする人間全般が大嫌いなわけですね。タチが悪いのは個人の資質の問題を「自身を不幸にした」として社会に責任をなすりつけ、最悪の場合では無差別殺人とか凶行に及ぶなんての。

そのくせ「俺は悪くない!」といった、むしろ被害者意識まで持っていて、自身の責任を何処か他所にぶんなげる。これも「人間の弱さ」のひとつなんだろうけど、障害やビョーキ持ちだと、ソレが顕著に出てるよーな気がする

「私はビョーキなの!!私は悪くない!こんな私にした社会が悪い!分かったなら私をいたわれ!クソブタ定型者!」って感じに、こんなんに憐憫の情なんて抱けるかっての(笑)。暴発的なルサンチマンには本当に困りますね(笑)。

そもそも発達障害とか、そうゆう概念はマジョリティ側の人間が、理解しがたい少数派相手に勝手につけた符号みたいなもんで、そんな曖昧な符号を自分のアイテムにしたり、SNSで傷をなめ合ったり・・・正直マジョリティの手のひらで踊らされてますよソレ。本書にはこれら自分の思ってたことが割とそのまんま書かれてたので、下記に引用させてもらいます。それではまたお会いましょう。

春日 病名が免罪符になるようなこともあると思うんだよね。そういう意味では、「ナントカ症候群」とか新しい病名が「今年の新商品」みたいなところもあるよ。

 

平山 「春夏ブランド」みたいな?

 

春日 そうそう。

 
平山 でもさ、身の回りのものを片づけられない人がいて、「昔から私は整理整頓が苦手だし、どんどん落ち込んでダメになりそうだったけど、”多動性注意何とか症候群”とか”ADHDだとか言われて、『そうか、私は病気だったんだ。私がだらしないんじゃなかったんだ』と思ってバラ色になりました」みたいな。
 
春日 だけど、実際の現状は何も変わらない。
 
平山 同じなんだよね。でも確かに、そうやって苦しんでいる人が、そんなふうに言われて幸せになる、気持ちが安定することはあるんでしょうけどね。
 
春日 まあ、立つ瀬を与えるんだか、逃げ口上になるんだかは知らないけどね。

 

平山 ねえ。だからさ、案外ね、「狂気」っていうのはおいしいんだと思うんですよ。

 

春日 だいたい「狂気」っていうのはいろんな考え方があるけど、一つには生活の知恵っていうのがあるわけでさ。健忘症になって、「私は誰でしょう?」って言われたら、追及のしようがなくなっちゃうわけじゃない。ま、無意識レベルでやってるにしても、ねえ。

 

平山 なるほどね 。 狂気って、庶民の生活の知恵だったんですね。

 

春日 そう。案ずるより狂うが易し、ってね。

「差別を肯定してるわけではない」幼児特有の残酷性・ねこぢる

猫の絵柄で幼児特有の残酷性を描き人気を博した漫画家の故ねこぢるに対して「障害者差別だ許せねえ!」とムキになっておられる、ずいぶんと頭の固い良識な方がいらっしゃったが、まぁ色んな意見があるってのは良いとして、そもそも子供は酒乱のジジイや障害者(知的・身体など)を見たら「ママ~変な人がいるよ〜」って指さして普通に言っちゃうし、そもそも「ねこぢる」は差別を肯定している訳では無い

まぁ障害者の話を美化したり偽善ぶって描いてる奴の方がよっぽどヤバイと思うけどな。表面的な「善」しか疑わず、逆にモノの本質を突きすぎる存在に対しては、社会から抹殺しようとか、袋だたきにしようとか、作者の人格否定とかいう異常なヒステリーや良識ファシズムを引き起こす。こんな奴らってのは村崎百郎の言う、上っ面の正義を愛し、人を身なりや外見で判断したり、清潔で美しいものは愛するが醜いものや汚いものは思い浮かべるのも嫌いという「表層的にはとてつもなく上品な人々」が該当するんだろうな。

別に、ねこぢるは障害者の話を積極的に描いていた訳でも無いし、そういう描写を絶対に認めない奴は障害者の感動ポルノで満足しておけば?と思うよ。少なくともガロ系には全然向いてないから『ワンピース』とか、そのへんに転がってる「分かりやすい漫画」でも読んでれば良いよ、そんな奴。

街を歩けばコジキやキチガイも居るし、そうゆうのを漫画の世界に出すと差別云々と言われるのは逆差別だよね。その存在を認めてない訳だから。教育プロパカンダに洗脳されきって善と悪の単純な二項対立でしか物事を考えられない思考停止状態のバカにこそ、ねこぢるの漫画を与えるべきであると思うよ。まあ救いようが無い良識バカはまた額面通りに受け取っちゃてキーキー猿みたいに騒ぐんだろうけど。

まぁ、この話は置いといて、特殊漫画家・根本敬大先生の名著『因果鉄道の旅』の中で、大変胸がすく箇所があったので、ちょっとその部分を引用させてもらって、今日の所は〆させてもらいます。それでは、また必ず!

例えばPTAや女性人権擁護ナントカ団体のババアがAV見れば、そりゃAVってのはヒドイ物で糾弾されるべき代物だよ何しろ平口(広美)さんやアナル市原なんかが2人、3人で女の子を輪姦して、たて続けに顔面に精子かけたりするんだもん。そりゃPTAらが怒るのはもっともだ、けしからんよ、AV は

しかし、だからといってAVが間違っているって事ではない。この場合どうあれ、そういうババア達がAVを見た、という事が間違っているんだよ。

AVはひどい事をやってて、そのひどさがまた、良さでもあるんだけど、白と黒、善と悪の2元論でしか、モノを考えられない奴らには、AVは勿論(しおさいの里の)本多さんや勝新の良さは理解出来ないだろう。「美談」か「告発」か、どっちかの切り口でしか提示出来ないのがマスメディアの限界なんだろな。(文庫版 『因果鉄道の旅』344-345頁「しおさいの里」 より)

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単行本ってもう殆ど絶版なんだよね…もったいないね。。。

『日テレ版ドラえもん』についてやるべきこと

ここを見ている人は多分『日テレ版ドラえもん』の事をよ〜く知っていると思うので作品内容の紹介はしません。詳しいことはドラえもん (1973年のテレビアニメ) - Wikipedia参照してね。


まず『日テレ版ドラえもん』は様々な事情から封印状態にあるんだけど、当時の製作スタッフ、小学館関係者、テレ朝関係者の各々の証言が色々と食い違っている事から関係者の証言といえど言ってる事を、そっくりそのまま鵜呑みにして信じ込むってのも大変危険な事だと思う。

もう40年近く前の事だし検証が難しくなってるとはいえ、アニメというものは多くの人が関わって出来ているもので、外部の人間が勝手な憶測や伝聞を検証せずに並べたて「封印を正当化させる事」は製作者や視聴者に対する冒涜にしかならない

またフィルムや資料の散逸によって作品が失われるのを防ぐ為に、引き継ぎ手が不明なコンテンツの納品を義務付ける施設や、アーカイブの概念を広く普及させる必要がある。

とにかく関係者が高齢になっており、今のうちに検証しないと手遅れになる。

封印のキーマンである赤座登氏(元小学館幹部)と高橋浩氏(元テレ朝編成担当)、そして日テレ版ドラえもん制作主任である下崎闊氏の鼎談を早いうちに開くべきであろう。

4月21日 夢日記「出版界のガン・蟹江幹彦(青林堂代表取締役社長)登場!」

4月21日の夢日記を一昨日から書き起こそうと思っていたが気が進まなかった。端的に言って悪夢だから。でも書かずにはいられんので書きます。

カゴメ創業者の曾孫で青林堂代表取締役の蟹江幹彦社長が大学講義の教授としてズケズケ自分の大学にやってきた訳ですね、夢の中で。

ジャパニズム』の表紙からも分かると思うけど、蟹江幹彦社長は萌え系が好きで、うっかりスライドにエロゲーのやらしい映像を流し、受講生の大顰蹙を買う。

蟹江社長はダンマリ、周りザワザワ。僕は「ブラック!ヘイト!青林堂~!やめちまえ!」と野次を飛ばすと、同じように周囲から怒号が飛び立った。

身を乗り出しヤジるだけヤジって、せーせーしたから席に戻ると蟹江幹彦社長がさ、僕の席の前に仁王立ち(しかも無表情)で立ってんだよね。少し待ったけど全然どかないから席に座ると、頭を小突いてきて「お前がバカだから云々」とかネチネチ言ってきた。「いてえよ!やめろよ!」と言うと蟹江社長は僕の胸倉を摑んできた。

 

かっとなって蟹江社長の肩に乗り、「ああ?60前のジジイが!今まで何を学んできたんだ コラ!中村さん(パワハラの被害者)に謝れクソダヌキ!オメエはどこまで青林堂カゴメ早稲田大学(蟹江社長の出身大学)の面汚しするんだよ!オイ!」と言うと、振り落とされそうになって目が覚めた。

 

にまでしゃしゃり出てくるわ、精神疾患おこすレベルのパワハラやるわ、労働組合中傷するわ、ヘイト本出すわ、ガロの屋号を汚すわ、全国ニュースでパワハラ事件が報じられると左翼の仕業とかカルトな事をほざくわ、

何この人?それが青林堂代表取締役の蟹江幹彦社長です。

matome.naver.jp

蟹江幹彦 - Wikipedia