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ねこぢるyインタビュー ねこぢる/ねこぢるy(山野一)さんにまつわる50の質問(文藝2000年夏季号)

ねこぢるyインタビュー
ねこぢるねこぢるy山野一)さんにまつわる50の質問

質問者:木村重樹ペヨトル工房

 

【1】まずは、故・ねこぢるさんにまつわる話を、山野一さんに伺えたらとおもいます。最初に、ねこぢるさんと山野さんの出会いみたいなことを(さしつかえない範囲で)教えていただけますか?

◎知り合いの知り合いです。

 

【2】ねこぢるさんはどういう子供だった(と、本人はおっしゃられていた)のですか?

◎最初におぼえたことばが「ばか」でだれに対しても「ばかばか」と言ってたらしいです。当時自宅庭にあった小さい噴水が好きだったそうです。

 

【3】ねこぢるさんはどういう学生(高校~大学生)だったのですか?

◎音楽が好きでライブばかり行ってたようです。

 

【4】山野さんがねこぢるさんといっしょに漫画書き始めるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?その頃、つまり『ねこぢるうどん』等、最初期の作品を製作していた頃の、お二人の役割分担……みたいなところを説明していただけませんか?

ねこぢるが紙にいたずら描きしてた猫の絵が魅力があったので、私が筋をつくって漫画にしたのが初めです。

 

【5】“ねこぢる”というキャラクターは、どういうふうに考えつかれたのでしょう?名前の由来と、あのキャラクターの姿格好の由来などを、教えください。

◎はじめは「ねこぢるし」という名前でしたが、「ねこぢる」のほうがいいと本人が言い出したのでそうしたと思います。初めは適当に描いてたものが、数をこなしてるうちにああいう形にまとまってきたんだと思います。

 

【6】フキダシ内部の文字が写植ではなく手書きなのが、ねこぢるワールドをまたいっそう“それらしく”している要因だと、個人的には思うのですが、あれはどういうことでそうなったのですか?

◎本人が手書きのほうがすきだったんだとおもいます。

 

【7】ねこぢるの作品ストーリー展開は、彼女が観る“夢”ノートのようなものを、山野さんが肉付け~あるいはアレンジされたものだ……みたいな経緯は著書のオマケ等でも解説されていましたが、そういう“夢日記”みたいなものはまだまだたくさんストックがあるのでしょうか?

◎もうあまりありません。

 

【8】『ぢるぢる日記』というエッセイまんがは、僕自身は、『ねこぢるうどん』みたいな寓話ものと同じくらい……いや、時にはそれ以上に面白いと評価していて、(いささか大層な言い方ですが)世の真理みたいなことを、あの1コママンガとそんなに長くない文章で、いろいろ解き明かしてくれるようで、何度も読み返している一冊なのですが、またどうして、ああいうタイプのエッセイ風の連載をするようになったのですか?またねこぢるご本人は、それを楽しんで書かれていましたか?

◎そういう形で連載するように言われたからだと思います。めんどくさがっていたようですが、時にはたのしかったのかもしれません。

 

【9】ねこぢるさんの、かつての生活サイクルなどあったら、教えてください。

◎仕事のせいで不規則でした。徹夜したり一日中寝ていたり……。

 

【10】ねこぢるさんの好物……飲食物、嗜好品、テレビ番組、タレント、映画本、服、おもちゃ、人間……等々、思いだせる限りでけっこうです、教えてください。

◎好きな食べ物は、サブウェイのツナサンドとか野菜。はっさく、たばこはセーラムピアニッシモ、酒はバーボン、ジャックダニエルかフォアローゼス、映画はデビッド・リンチやクローネンバーグなど、おもちゃはブラックライトで光る装飾品など、黒いショートブーツばかりたくさん持ってました。

 

【11】ねこぢるさんはテレビゲームに、けっこう熱中されていたみたいですが、好きだったゲームとは、どんな種類のどういうタイトルでしたか?そのゲームの世界は、マンガにも反映されていましたか?

ファイナルファンタジーがいちばんすきなシリーズだったとおもいます。漫画にも影響してるとおもいます。

 

【12】ねこぢるさんはエイフェックス・ツイン(リチャード・ジェイムズ)が、大のお気に入りだったようですが、彼の作品のなかでもとくに好きだった曲/ディスクなどありますでしょうか?また彼(リチャード・ジェイムズ)以外のテクノでは、どんなものを好んで聴いていましたか?

エイフェックス・ツインアンビエントワークスとリチャード・D・ジェームスアルバムが特に。他はオービタル、ブラック ドッグ、ジャム&スプーン、スクエアプッシャー、セーバーズオブパラダイス、オーブ、 テクノバ、ドラムクラブなど。

 

【13】ねこぢるさんはハルシノゲン(サイモン・ポスフォード)も、大のお気に入りだったようですが、彼の作品のなかでもとくに好きだった曲/ディスクなどありますでしょうか?また彼(サイモン・ポスフォード)以外のトランスでは、どんなものを聴いていましたか?

◎ハルシノゲンはシャーマニクス、ガンマゴブリン、トランスポッターが特に。それ以外はプラーナ・Xドリーム・ジュノリアクター・トータルエクリプスなど。

 

【14】ねこぢるさんと行ったクラブやレイヴ、コンサートなどで、一番印象的だったのは、どういうパーティでしたか?

◎伊豆山奥の廃墟でやったゴアトラのレイヴ。

 

【15】ねこぢるさんはそんなに人付き合いがうまい方ではなかったということですが、その一方、日本にいるイスラエル人と友達だったという話ですが、どこからそういう交友があったのですか?

◎路上でアクセサリーを売ってるお兄さんと話してるうちに。イスラエルの若者はトランス好きが多くて話が合うから。

 

【16】ねこぢるさんと、担当編集者の関係(やり取り)というのは、どういうものだったのでしょう?何か印象的なエピソードなど、ありますか?

◎デブの編集者はきらいだったようです。

 

【17】ねこぢるさんはかつて、会社勤めをしていたこともあったようですが、どういう職種をどれくらいやっていたのでしょう?

◎生協に本をおろす会社の仕事を半年ぐらい。

 

【18】ねこぢるさんが生前、好きだった漫画家っているのでしょうか?

諸星大二郎さん、根本敬さん、丸尾末広さん、花輪和一さん、など。

 

【19】ねこぢるさんは山野さんの描く漫画をみてどういう感想をもっていたのでしょうか?

◎面白がったり、つまらながったりしてました。

 

【20】ねこぢるさんと暮らしていて一番楽しかったことは何ですか?

◎正月だらーっと6〜7時間、NHK教育でやってたアインシュタインロマンを見てた時とか。

 

【21】ねこぢるさんと暮らしていて、一番つらかったことは何ですか?

◎締め切りに多重に縛られてるときなど。

 

【22】ねこぢるさんと山野さんはいろいろな所に出かけられていたようですが、そういう旅行の想い出で(『ぢるぢる旅行記』や『ぢるぢる日記』で発表していないものが)何かあったら教えて下さい。

サイパンでかたい黒なまこをしつこく石でつぶそうとしていたねこぢるが、いきなり開き直ったように吹き出してきたそうめんのような内臓に驚いた。

 

【23】『ぢるぢる旅行記』(ネパール篇)の続きは出ないのでしょうか?個人的には同書のインド篇が、ねこぢる名義の作品の中でも一番好きな漫画なのですが。

◎そのうちネパール行って写真撮って、 描くかもしれません。

 

【24】『ぢるぢる旅行記』の中で、山野さんは「おまえ(ねこぢる)は力ぬく天才だから」と、ありましたが、そんな彼女の“頭をカラッポにする才能” “精神を解放する才能”というのは、どういうところで実感されましたか?

◎現実や自分をすっかり忘れて、別の世界を幸福にたゆたえるとか。

 

【25】ちょうど山野さんとねこぢるさんが、インドを訪れていた向こうで、日本の地下鉄サリン事件を知った、というふうに、『ぢるぢる旅行記』(インド篇)にありましたが、ねこぢるさんはオウム真理教(と、それにまつわる騒動)のことを、どういうふうに思っていたのでしょうか?

◎被害を受けた方もいらっしゃるので……。ただ刺殺された村井さんの容貌や話・歌には強烈な印象をもったようです。

 

【26】今、『ぢるぢる旅行記』やそれ以外のねこぢる作品を見直していて、ねこぢるさんの作品は(とくに旅行記と銘打たれていなくても)“ここからどこかへ行く”ということを題材とした/あるいは/そういう姿勢が通底している作品が、とても多いことに気づきました。“トリップ”……というとなんか聞こえは悪いですが、“移動”とか“旅行”みたいなことにかこつけてねこぢるさんを語るとしたら、どうでしょうか?

◎ここは自分の居場所じゃないなー……かといってどこがそうなのかはわからない。という感じはいつも持っていたようです。

 

【27】もしねこぢるさんが健在だったら、その後どういう場所に旅行してみたい、という予定や希望がありましたか?

◎インドとかそこらへん……あとトラック島(太平洋の小島)に行きたかったようです。

 

【28】ねこぢるさんと山野さんは、たしか実際に猫を飼っていたと(たしか『ぢるぢる日記』に書いてあったと記憶してますが)、動物の中ではやっぱり、犬より何よりも、ネコ好きだったのですか?他の動物や生き物にかんする好き/嫌いとか、ありましたか?

◎動物番組はすきでよく見てました。猫はすきですが、犬もすきでした、純朴な顔の柴犬が特に。あとコアラとオランウータンはきらいでした。

 

【29】『ぢるぢる日記』や『ぢるぢる旅行記』では、山野さんは山野さんなのにたいし、ねこぢる女史は(絵柄の中では)まさに〈ねこぢる〉でしたよね?唐突な質問ですが、ねこぢる女史ご本人と、マンガのキャラである〈ねこぢる〉は、かなり対応するパーソナリティと考えていいのでしょうか?また本人も、それを望んでいたのでしょうか?

◎描いてるすべての漫画の主人公がほぼ同じような猫のキャラクターなのでそうしたのでしょう。キャラと自分はわりとシンクロしてると思います。

 

【30】生前ねこぢるさんが一番怖がっていたもの/苦手にしていたものって、何でしたか。

◎汗っかきで鼻息の荒いデブ男など。

 

【31】ねこぢるさんは読者からの感想とかを読んでいましたか?もし、読んでいたとしたら、それをどのくらい気にしたとか、ありましたか?

◎読んだり読まなかったり、時には返事も書いていたようです。

 

【32】ねこぢるさんのストレス解消法とは、何でしたか?

◎寝続けることですか、寝疲れてましたが……。

 

【33】山野さんのマンガにもねこぢるさんのマンガにも、神様……それも、全能の神どころか、ゴクツブシのような神がよく出てきましたが、ちなみにねこぢるさんは神様を信じていましたか?いたとして、それはどんな神様でしたか?

◎ゴクツブシの神様は信じてなかったと思います。インドの神様にも興味がありましたが、実際イメージしてたのは「神様」という言葉とかけはなれた、人格的ではないものだと思います。

 

【34】ねこぢるさんは死後の世界を/あるいは/輪廻転生を信じていましたか?山野さんはどうですか?

◎信じているようなふしもありましたが……私にはそんな大それたことは解りません。

 

【35】ねこぢるさんと山野さんの共通点もしくは相違点……というものを訊かれたら、ズバリどういうふうにお答えになりますか?

◎共通点・みそっかす・わがまま/相違点・私のほうが若干あいそがいい

 

【36】ねこぢるさんは自身が関わるキャラクターがいろいろなキャラクター・グッズなど商品化されたり、CMで採用されたりすることにかんして、どんな感想をいだいていたか、教えていただけませんか?

◎喜んでいましたが、できの悪いものにははらをたてていました。

 

【37】ねこぢるさん逝き後も、ねこぢるキャラク ター・グッズはたくさん出現し、漫画を読まない人たちも含め、とても幅広い層に支持されていますよね?それはある意味皮肉なことかもしれないけれど、山野さん的には、こういう〈ねこぢる現象〉みたいなことを、ご自身のなかでどう受け止められているのでしょうか?

◎グッズから入った人も、その形状から発せられるなにかを、感覚でちゃんとかぎとってるという具体的な話を人づてに聞いて、ねこぢるの創ったキャラクターのアニミスティックな力に改めて驚きました。

 

【38】新版の『ねこぢるうどん』をトランスパーティのデコレーションやペイントで知られる“KC”さんが担当していましたが、商業出版の装幀なのになかなかサイケデリックな仕上がりでしたが……山野さん的にはこれらのデザインは、どうでしたか?

◎KCさんには私が直接デザインを依頼しました。彼がねこぢる好きだったこともあり、快くひきうけていただけました。商業出版っぽくないすばらしいデザインだと思います。

 

【39】山野さんの漫画にもねこぢる名義の漫画も、狂人や老人や貧乏人や我儘な人間が出てますが、そういう登場人物は、割と現実的なモデルがあるものですか?それとも頭の中にいるキャラクターなのですか?

◎両方あります。町で実際にお見かけした方もけっこういいモデルになってます。

 

【40】ねこぢるの漫画には(にゃーことにゃっ太という、子猫の姉弟が主人公ということもあってか)いまのわれわれが子供だった時代の設定/子供時代の視点に、みちあふれていますが、漫画のなかのモティーフと、実際にねこぢるさんが子供の時の家庭環境や家族構成には、シンクロするところがあるのでしょうか?

◎ところどころシンクロしますが家族その他は架空に創りだしたものだと思います。時代背景はレトロな雰囲気をだすためねこぢるが育った時代より古目に作られてます。

 

【41】差別とか暴力、狂気や無慈悲みたいなことが、ねこぢるのモティーフにはしばしば採用されていて、それがそういう世界観に免疫のない若い読者たちに新鮮にうつっている……みたいなことが、(マンガとしての)ねこぢる人気の分析で、しばしば指摘されるところですが、山野さん自身、ねこぢるのマンガが、彼女の死後もなお人気が衰えるどころか、いや増している現状を、どうお考えになってますか?

◎免疫がないといっても、差別や暴力・狂気・無慈悲というものがなくなっているはずもなく巧妙にふたをされてるだけなので、若い人たちも常にそれにさらされ、あるいはかかえてると思います。いろんな事情で現実には言えない、やれないようなホンネがせめて漫画のなかでもズダッと、放り出されていたらすこしはせいせいするのではないかと思います。

 

【42】山野さんとの共同作業とはいえ、ねこぢるさんは漫画家という職業なり肩書きをもっていたわけですが、もし彼女がそういう表現手段を持たなかったら、ねこぢるさんはどうなっていたと思いますか?

ねこぢるはそれほど表現ということに固執してなくて、漫画は描くより読んでるほうがいいと、よく言ってました。なにもしないでだらだら暮らしたかったようです。

 

【43】たとえばねこぢるのマンガを英語に翻訳したとして、それは外国人にも受けると思いますか?翻ってねこぢるワールドと、日本のある世代、ある感覚の持ち主にしか 通用しないものか、それとも(大層な言い方ですが)ある種の世界的な普遍性を持ちえているものか、どうでしょうか?

◎どうでしょう、パソコン世代の子供達にも読んでもらえているようなので、世代はこえてるような気もしますが……。世界的な普遍性なんてものをもしもってるなら、逆につまんないような気もしますけど……。

 

【44】先の質問に関連してくるかもしれませんが、ねこぢるのマンガを一度も読んだことのない、なおかつ日本人でない相手にたいして、山野さんがそのマンガを説明しなくてはいけなくなりました。(通訳はいるという仮定で)どのように説明しますか?

◎絵と字がかいてあります。ねこの姉弟が遊んだり怒られたりトンカツをたべたりするお話です。

 

【45】ここからは山野さんが“ねこぢるy”さんについての質問になります。まずねこぢるさんが亡くなってから先、ねこぢるという作品を封印することなく、“ねこぢるy”という名義で書き続けることになった経緯を、教えていただけますか。

ねこぢるをこのまま消さないでほしいというファンや家族の要望。逆に描くべきではないとの批判の声もいただいております。

 

【46】山野さんなりの分析でお願いしたいのですが、“ねこぢる”と“ねこぢるy”は、どこがどういうふうに違うと説明できますか?

◎“ねこぢる”作品はねこぢるを山野がサポートしてできたものです。“ねこぢるy”作品は山野が単独でねこぢるのキャラクターを使用しているものです。

 

【47】“ねこぢるy”では、マックのペイントソフトや画像加工ソフトが導入されているとおぼしき、エフェクティヴなコマが目につくのですが、そのへんの加工は、意識的に(タッチを変えていこうと)してやっているものですか?それとも自然にそうなってしまうものですか?

◎マックは漫画をかくツールとしてペンよりだいぶ面白いということに気づいてしまったせいと思います。

 

【48】今後“ねこぢるy”ではなくて、山野一さんの漫画をまた読める機会というのは、遠からぬ将来くるものでしょうか?山野さんご自身は、そのへんの使い分け、というか、なにか意識されていることがあったら、教えて下さい。

◎解りません。今なぜこんなことをしてるのかこの先どうなるのか、あまり考えられてません。

 

【49】“ねこぢるy”としていわば彼女の遺志を継承した山野さんの今の立場として、やっぱり“ねこぢる”に“ねこぢるy”はかなわないな……という部分があるとしたら、それはどういうところだと思いますか?

◎無自覚・無造作・無邪気……それでいて人のふところを深くえぐるような言葉・絵

 

【50】最後にオマケ……というかぜんぜん余談の質問です。友達のパーティ好きな女の子が今、イギリスに留学に行ってるんですが、寄宿先のロンドンのアパートに幽霊(らしきもの)が出るので困って、枕元にドリーム・キャッチャーとねこぢる人形を並べて寝ているらしいのです……が、はたして“ねこぢる人形”は魔除けになると思いますか?

◎なることを祈ります。

 

初出▶河出書房新社『文藝』2000年夏季号

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