第4回日本漫画大会㊙公式レポート
ついに白日のもとにさらされるマン大の汚点!! 参加拒否事件、その衝撃の実態!!!
☆非売品・定価50円☆
- レポート発行の意義と目的 ★マンガ大会を告発する会★
- マン大とは何か!?—その堕落の過程
- 告発の背景事件の真相—マン大はかく語った—
- 告発運動の軌跡ー第4マン大から第5マン大へー
- 総括に替えて―第5回マン大に注目せよ!―いよいよ出るマン大の解答! 果たしてその内容は…!?
- 第五回漫画大会レポート
- 第五回漫画大会委員長の反論「新仁義なき戦い『地平線がギラギラ編』または『いつかギラギラする日』編」(解説/宮倉康三)
レポート発行の意義と目的 ★マンガ大会を告発する会★
私達が、ここに非公式レポートという名で、伝えようとしているのは、日本漫画大会(通称マン大)が昨年起こした、マン大参加拒否事件の真相と、その告発運動の経過です。
マン大を知らない人は勿論、マン大に参加した人ですら、この事件については殆ど何も聞いてはいないと思います。そして何をそんなに騒ぐのかと、けげんな表情をされるかもしれません。告発などという大仰な言い方は、政治的でありすぎ、楽しみやなぐさめをファン活動に求めるあなたには、うさんくさいものに映るでしょう。
しかし、私たちは、あえて告発という言い方にこだわりたいと思います。マンガというものへの私達の関わりの歴史が、そこに入ることへ、ある種の純粋さと、真摯な熱っぽさに依っていたことを思い出して下さい。マンガファンは皆仲間という幻想を、未だに抱いている訳ではありませんが、しかし、その幻を侮辱することは許せないのです。
ファンがマン大を批判したという理由で、そのファンの参加を高圧的に拒否した今回の事件は、そうした、マンガファンの「幻」への挑戦であり、マンガファン全体を冒涜するものです。そう考えて、私達はこのレポートを公開し、できるだけ多くのファンがマン大問題に目を向けるよう働きかけたいのです。あるいは、私達とは違った結論をあなた方は出すかもしれません。しかし「考えた」という事実は残り、私達は、それを貴重に思うのです。
マン大とは何か!?—その堕落の過程
72年夏、第1回日本漫画大会は漫画グループ連合の位置を確立する事、及びファン間の交流を深めるという目的で開催されました。グループ紹介、作家のお話(質問会)、フリートーキング、アニメ、ファン賞の発表、オークションなどが壇上で行われ、別室やホールではファンジン即売や原画展示、古本即売が行われるというのが一回以来ずっと続いているマン大の企画です。――それまでファンが一堂に会したりする機会はほとんどなく、COMとぐら・こんのつぶれた後を担うものとして期待が寄せられました。だがそれは結局、期待することを続けることでしか評価できないものになっていきました。
さて、グループ連合の規約にある通り、漫画大会では原則として5つの事を行うとなっています。
①ファン同士の交歓
②漫画家・編集部との交流
③漫画ファン賞及び、漫画界に功績があったと評議会で認めた人の表彰
④当連合の活動報告
⑤その他連合の目的にかなったもの
――とあり、一般ファンに開かれた大会であると明言しています。しかしその中の③に関してはグループ連合委員長の2・3分のスピーチを除けば、百万以上の金が動く漫大の会計報告すら一度もされていないのが現状です。
そして第二回目からはグループ連合の手で運営され、今年は第五回目が開かれるのですが、その間に漫大はその位置を失墜してゆきました。
一つには内容がつまらなくなっていった事(作家が来なくなったの含めて)少女マンガファンの増加と共に、対象の見めを誤った事、各種イベントが増え、唯一のものではなくなった事などからくるものです。
しかし問題はそのつまらなさが単なる企画内容の貧困からくるものではなく、運営委員会内部の楽屋落ちの台頭(BNFの問題も含めて)とそれに伴う目的意識の低下が関係しているのです。ファンの手によるファンの大会――あくまで全てのマンガファンの交流、情報交換等々参加者全員でつくりあげるマン大の理念は、そのうち薄れ、一部の運営委員の私物化の様相を呈し始めました。
それは「あなたの積極的参加が望まれるのです」と毎回唱える御題目への答えが少なかったこともありますが、開く事はアリバイに一部役員が独走を始めたのです。それにつれて不手際も多くなり、明らかに大会は希薄化、形骸化していきました
特に第三回目における警備の問題(黒メガネをかけ、ヌンチャクをふりまわし高圧的に命令する役員)は、単に大会がつまらなくなったというだけでなく、不快なものですらあったのです。企画も過度な役員紹介等、楽屋落ちが多くなり、公式レポートすらその手の冗談の場と化し、本来なら当り前の内容等のレポートもおざなりにされるに至って、一般ファンにとっておもしろいだけでなく、開かれた大会という意味すら失い始めていったのです。
そしてその独走は第四回目に至って極に達しました。フリートーキングの時間はなくなり、ファン賞投票をもて遊ぶ委員長の態度、及びこのレポートの焦点となっている参加拒否事件などです。場の提供を謳っていた漫大は自らの存在理由を否定したのです。
それについて出された質問、要求等の漫大側からの答えは未だだされないまま、準備はすすめられてゆきました。そして、全てのマンガファンの為に開かれたマンガファンの手による大会というお題目が空々しく響く中、第五回漫画大会が今、開かれようとしています。
今一度、漫画大会の意味とその持っていた可能性を問いかけるとともに、マンガファンとして考えてみる必要があるでしょう。
告発の背景事件の真相—マン大はかく語った—
事の起こりは、第四回漫画大会に参加申し込みをした、あるマンガファン(仮にAさんとします)に、漫大から送られてきた書状にあります。
そこには礼々しく「第四回漫画大会参加費の返金について」と記されており、以下の事が付記されていました。
昭和五十年六月十二日に第四回漫画大会の参加申し込みをいただきましたが、当委員会協議の結果、下記の理由から、あなたの今大会への参加を認めないことに決定しました。よって、大会参加費四千四百円は全額返金いたします。記――
①漫画大会開催目的にそぐわない意識を持つ者の参加は認められない。
②昨年も同様の問題があったが、その時は保留とした。
③上京の口実に漫画大会を使うなどとは、運営委員に対する侮辱もはなはだしい。
――この仰々しい「漫大委発3号」と記され、日本漫画大会運営委員会印と押された形式ばった書状は、このファン(Aさん)が出した参加申し込み状に書かれたコメントが原因となっていました。そこに書かれたものを原文のままひろってみましょう。
「つまらなくなる漫大、ことしこそは……と期待ちょっぴり持ちながら裏切られるであろうことを予感しながら参加します。何とかならぬの?」
「私にとって上京のいいわけにすぎないけど、主催者側のYouには漫大の意義は何?」
「汽車の時間の都合で、2日目は2~3時頃にはひきあげねばならないのですが、最後にやるのはオークションですよね、オークションには私、用はないのだ。」
また書状の②に「その時は保留した」とある如く、第三回漫大の申し込み書にAさんが書いたコメントも問題となっているようです。何故なら後に申し込み書の返却を頼んだ時、前年の申し込み書のコピーも一緒に戻ってきたこともそれをさしています。
そこには――
「合宿のみ参加は認めない……というのでしたら、No.5(合宿27・28日参加)にします。仕方ないから……その場合はその由、御連絡下されば即送金します。しかし大会は参加する気せんなあ、一回目は作家でつなぎ、昨年はアニメでつなぎ、今年はつなぐものなしetc.と巷にウワサが流れてますよ。せっかく、あれだけの人間を集めるんだもの、主催者側でしっかりとした企画を組んでおけばかなり実りのある事が出来るでしょうに『参加する意欲があるならそこで何か参加者がすべきだ。』等とそちらでは言ってたけど、そりゃ無理ってもんでしょうよ主催者側であらかじめ何らかのお膳立てをするべきですよ。あつまれー!と言ったからには!」
以上に書かれたコメントが拒否の理由になったとみなければなりません。申し込み用紙に感想等(今までの大会についての)がない以上、参加者の意見はこういう形でいくことが多いはずです。それを用意していない漫大側には批判・意見は必要じゃないのでしょうか。問題はその姿勢になるのです。ましてや悪口(漫大の言い分では)に対して悪意をもって参加を拒否するというのはマン大の独善的な私物化を物語っています。
この後、拒否状に対して、Aさんは質問状を出しました。
つまり書状に書かれた三項目についてです。
①どのような点が、私はそちらの目的にそぐわないのでしょう?今年、家の事情で田舎へ帰って来ましたが、地方ではいわゆる仲間が少なく、帰省後は気楽にまんがの話を出来る友が身近にはいません。第2条によりますと、親睦と友好と相互理解を深めることを目的とするとあります。私の一体どこがそれにはずれるというのでしょう? 主催者のあなた方には、私のあの言葉、黒メガネの男の件が気にくわなかったとみうけられます。しかし、あのようにチェックチェックとうるさくしたという貴方の言い分もわかりますが、参加した方の身にも少しはなってみて下さい。楽しい気分がペチャンコですよ、あれは。公共施設である四谷公会堂をブッこわしたとか、そんな悪いことしたわけでもないし、ちゃんと分別を持った人間ですからね。参加者達に評判が悪かったからそう言っただけのつもりですが、もし以上の点だけで私の要求を却下したというならあんまりだ。
② 7/26―上野着 7/27―上野発>これが私の日程です。まるっきり漫大の為に上京するのに何故③のようなことがいえるのでしょう? 口実とは一体どの点についてそう言っているのでしょう? 土曜は仕事を休んで行くのに。以上よろしくご返答下さい。
それに対して漫大から何の返事もないまま、Aさんは第二の質問状を出し、その中で「今後マン大に参加する事はありませんのでご安心を」と書いた上で、申し込み書か、そのコピーの返金を要求しました。ここで初めて漫大側からのリアクションがあったわけです。それは事務局長・佐々木静雄からの質問状への答えとして出された手紙です。
以下全文――
「質問状へのお答えが遅くなりました事をおわびいたします。まず最初に申込書の返送の件ですが、申し込み書は残念ながらお返しできません。確かに漫画グループ連合の規約には申し込み書の返却には応じないという事は書いてありません。漫画大会の運営は大会運営細則にもとづいておりますので、それにより、残念ながら申込書はお返しできません。
しかし、質問状へお答えする際に、資料として必要ですのでコピーを同封しておきました。
『普通一般的にはこの様な場合、主催者側からの一方的契約破棄であり、それならば、その契約書である申込書を返送するのは主催者として当然の義務であると思います。』と書いてあります。しかし、今回のケースでは、契約する前の状態で拒否されたのではないでしょうか。という事で申込書は返送できません。
『黒メガネの男の件』が申込を拒否された第一の理由であるかの様に誤解しておられるようですが、それは大した理由ではありません。
『昨年の漫大にいた黒メガネのガードマン、態度がおーへいで気分を害した。あんなの今年は首にして他の人にしてよ。あいつをぶん殴ってやりたい位キライだ』とか『年々つまらなくなる漫大―……なんとかなるの?』や『私にとっては上京のいいわけにすぎないけど、主催者側のYouには漫画の意義は何?』という事を漫画大会への鋭い批判文のつもりで書いたのかもしれませんが、この様な文を申込書の端の方にちょこっと書くのは漫画大会への悪口を言うことに他なりません。
こういう悪意を持って漫画大会に参加するという事は『親睦と友好と相互理解を深める』という漫画大会の目的にそぐわないと考えられましたので『申込拒否』という形で漫画大会への参加をご遠慮願った次第です。
『年々つまらなくなる漫大……』『私にとっては上京のいいわけ』と申込書に記入してくる事は、漫画大会を成功させようと半年にわたって苦労をし、過労のあまり寝こんでしまうほど頑張っている運営委員や、徹夜を何度もしたり、会社を休んでまで大会を成功させようと運営委員、漫画大会の為にというだけでいろいろとやってくれる運営委員に対する、これらの委員の血と汗と涙に対する侮辱であると考えます。
私達は、漫画大会への批判など聞く耳もたぬ、などとかたくなな態度をとっているのではありません。ただ批判するには、批判するルール、礼儀といったものが存在すると考えています。批判のルールにはずれたものは、悪口となってしまいます。私達は悪口は必要としておりません。
資料として、去年の申込書、今年の申込書、葉書、手紙のコピーを同封してあります。もう一度読みなおし、なおかつ、拒否された理由が理解できないのであれば、もう一度お手紙を下さい。私達は何度でもそれに応えたいと思います。文中にいろいろと失礼の段があれば、お許し下さい。」――佐々木静雄
■佐々木静雄の手紙へのコメント!
考えてみればこの中にはおかしな箇所がかなりあります。「批判文のつもりで書いたのかもしれませんが…」ということは批判文である事を承知ながら、書き方(ルールを守らない)で悪口と見る。つまりは悪意を持って批判に対処するという陰険な態度を明らかにしています。
しかも、漫画大会に悪意を持つことはマンガファン全員への悪意であると問題をすりかえることによって「親睦と友好と…」という目的にそぐわないと断定することで、漫画大会の敵はマンガファンの敵という、オゴリにも似た一方的短絡を行なっているのです。
このゴーマンさは、「マンガ大会の委員の苦労にむくいる為、参加者は敬意を持って対処して欲しい」という態度、及び「年々つまらなくなる…」に対し、侮辱と言い切るその態度等々にあらわれています。ここには形式主義の嫌らしさと、それをアリバイにしてマチガイをごまかしてしまおうとする自己正当化がみられます。
しかも、「悪口は必要としておりません」とのうのうと書くこの思いあがりと閉鎖性に加えて「理由が理解できないというのであれば…私達は何度でもそれに応えたいと思い…」という、つまり自分等にはまったく非はないのだからと、はっきり言い切っているのです。だが彼等は質問状を何度も無視しているのですから、その誠意を感じとることはできるわけがありません。ここでの問題は、彼が全て「ルールを守らない」という点に集約させることで拒否を正当化し、マン大の意味、事態上のミス―それらの失態を全て後にかくしてしまうとしていることです。これらのことはAさんも感じたらしくかなり長文の手紙を再度送っています。そこでは「上京のいいわけ…」「黒メガネのガードマン…」等についてゆきすぎた言動であると謝罪した上で次のことを述べています。
■Aさんからの再度の質問状!
その1
「この場合に仮契約する前の状態で拒否されたのではないでしょうか」とありましたが、"契約する前の状態"とは不可解な。身近なところで就職を例にしてみます。
戸籍抄本・履歴書・身上書を提出し、学科試験、面接等を行ない、受験者が雇い主の要望にそぐわないと判断された場合、提出した書類を同封の上、不合格の通知をします。
参加拒否とは、この就職不合格と同等ではないでしょうか?何故なら参加申込書を返送したという事は、主催者をA、参加者をBとするならBよりAへの契約なのです。契約はA・B相互のOKにより初めて成立しますが、A及びBが相手の意に反しそれを却下する場合は、契約不成立として契約に際しサインをした書類を提出者に「残念ながら」をは私の要望にそぐわぬ者ですので」と返却する義務があるのです。
その2
「この様な文を申込書の端の方にちょこっと書くのは、漫画大会の悪口を言う事に他なりません。こういう悪意を持って漫画大会に参加するということは『親睦と友好と相互理解を深める』という漫画大会の目的にそぐわないと考えれましたので申込拒否という形で漫画大会への参加をご遠慮願った次第です。」
悪口=悪意と何故なるのでしょう。心情を紙面に表わしただけです。
人皆人間である限り感じる事は思う事は十人十色。私は只、こう思った事を不用意にもそのまま口走ってしまい、その点では確かに否は認められましょう。しかし口に出す出さないの差こそあれ、参加者達は千差万別の楽しみ不満を胸に集まり、そして散って行きます。結果的には「ぐち」「悪口」にはなってしまっていますが、その中にある真意・不満をどうして解ってもらえないのでしょう。それらを悪意として受けとり、この様な拒否をするならば、今後共、漫画大会の質的発展は望めません。低下はあっても向上はしないでしょう。
悪意を抱く者とは私流の解釈をしますと、この場合、参加にあたりよからぬ悪しき行為を行なおうとする者。不満を単なる悪口とし、そしてそれを悪意と何故断定するのでしょう? 参加するからにはより良きものを、より楽しきもの、よりすばらしきものであってほしいと願うのは、まちがっているのでしょうか?
その3
「年々つまらなくなる……」「私にとっちゃ上京の……」と申込書に記入してくる事は、漫画大会を成功させようと半年にわたって苦労をし、過労のあまり寝込んでしまう程頑張っている運営委員や徹夜を何度もしたり、会社を休んでまで大会を成功させようとしている運営委員、漫画大会のためというだけでいろいろやってくれる運営委員に対する、これらの委員の血と汗と涙に対する重大な侮辱であると考えます。
まず「私にとっては……」については前頁のごとく深く謝罪致します。これは私の身勝手な言い分であり、十二分に非があり、その様な者の参加は認められませんと、言われても当然の事かもしれません。しかし、何ら言明の余地はないのでしょうか。しかし、その後に続く文章は泣き事で貴方達の甘え以外の何ものでもないとあえて申します。私も過去に幾度もその様な集会を小規模ではありますが、行い、或いは手伝い、その都度上役にはニラまれイヤミを言われ、何日も徹夜を続け、時には仕事を休んでしまったり……。だから縁の下の力持ちの並々ならぬ苦労、単なる参加者達には決して解ってもらえぬ空しさはこの身で知っています。しかしそんな苦さ辛さを覚悟の上で自らむくわれぬ縁の下の力持ちになるのです、誰しも。それらを一般参加者達にだからといってかぶせるのは勝手な言い分でしかありません。そんな泣き事を盾にする位なら、いさぎよくやめてしまうがよい。辛いけれども今年もまたそして来年もまた…と開催する限りそれを決意し行動に一歩踏みだしたその瞬間から荒波を一身に受ける覚悟をあなた方はしなかったのでしょうか? 企画し、それを実行しようとする限り、よりよきものにする努力は主催者として当然の義務、「つまらない 何とかならないの?」とボヤくのが私の身勝手だというのなら「委員の血と汗と涙に対する重大な侮辱である」と、その苦労を盾にするのは数十倍もの身勝手でしかありません。何を泣き事言ってるのですか。
その4
私達は漫画大会への批判など聞く耳もたぬなどとかたくなな態度をとっているではありません。批判するには批判するルール・礼儀といったものが存在すると考えています。批判のルールにはずれたものは悪口となってしまいます。私達は悪口を必要としておりません。
それではその批判するルール・礼儀に収まったものとは具体的にどんなものでしょう。少々言葉が過ぎ乱暴になったものの、それを悪口といい、そしてその悪口を必要とせぬというならばあなた方は何を求めているのですか?と申しあげます。
乱暴な不用意な言葉を単なる悪口としてのみ解釈し、その底にある不満を読みとらず、ルール・礼儀などの言葉に収まるもののみを得ようとするならば、あなたがたは何も得る事はないでしょう。かすかな望みを持っているからこそ文句を言うのです。漫画大会の主催者である貴方達に悪意を本当に持っている人間で私があるならば、何も言わずに参加してドッカンとやるか まるっきり見捨ててしまって見向きもしないでしょう。そんな事を今後とも続けるならば参加者達は本当に漫画大会というものを見捨ててしまうでしょう。という事は、日本漫画大会のみの問題ではなくなるのです。参加希望者達がいなくなってしまうという事はこれまで集まった数多くの漫画愛好者たちが信ずべきものを失ない 今後この様な大規模な集会は一層困難になっていくであろう…とは考えられません。悪口は必要としておりませんなぞ、そんなつまらぬ目先のこと、表面的なことになぜそもそもめくじらをたてるのでしょう。悪口、けっこうじゃありませんか。
「あなたにはそうみえましたか。いや我々はそんなつもりでは決してなかったのですが、やむをえない事なんです。我々もこんなに必死で頑張ってるんですから、わかって下さい。毎年今年こそは今年こそはと思っているのですが、言うは易く行なうは難しでねえ」と広い心で言えぬものでしょうか?
氷山の一角をとりはらったとて、その下にあるより大きな数十倍も数百倍も大きな氷のかたまりはなくなりますまい。今回の様な動向は、くさいものにはふたをしろ式で問題の解決にはなっておりません。なぜくさいのか、なぜこの様な悪口が出るのか、その根源をさぐって正そうと努めぬ限り、それは決してなくならりません。
先にも申しました通り、貴方達が今後共それを続けるならば漫画大会の発展はないでしょう。それは時と金、そして人力の浪費にすぎなくなります。貴方達はより良きものよりすばらしきものより楽しきものを―と思わないのですか?
最後に今まで次の点については具体的解答を私は何ら受けていませんが、再度あえて申しましょう。あなた方にとって漫画大会とは一体何なのでしょう?
以上、ここにはほぼ正しい視点があるのですが、言葉に把われるあまりサマツ的になっている箇所もあります。しかし、先に述べた如くマン大が広くファンに開かれることを目的とし、場の提供を存在理由にしている以上、この参加拒否という行為はあきらかにマン大の自己否定になるでしょう。それをルール云々の形式主義によって、「法のもとにある人間に逆らうのか」というような態度でもって高圧的にその失態を隠してしまおうというマン大は、どう見ても思い上っている以外の何者でもありません。ましてや、参加拒否されたファンからの質問に一度二度と返事を出さなかったことは、ファンが泣きねいりしてしまう事を望んでいたのです。そしてそのままにしておいたら、それは忙しかったから出せなかったという理由で漫大側のおもわく通り、隠されてしまったでしょう。Aさんとマン大の手紙のやり取りの中に、はっきりとマン大の本質が明らかになっています。マン大の合宿の話し合いでもこの体質は形を変え現われ、表面的その場限りのものではなく、これから先も内包されていく危険をはらんでいる事を示唆しています。そしてそれに対してマン大側との話し合い等を持った告発する会は、ますますその疑念を強めている訳です。
告発運動の軌跡ー第4マン大から第5マン大へー
1.
前述のようなマン大の歴史をみている私達は、第4回マン大を何らかの形で改革が必要だと考えていました。現在のファンダムで唯一の開かれた場としてマン大の存在は大きかったのです。その改革のため方法を探っている時、たまたま私達の手に入ったのが、例の拒否状でした。一瞬、私達は絶句しました。「マン大はここまで腐敗した」ー私達の目には、この拒否通知は、偶然起ったものではなく、マン大の堕落の歴史が、ついにその膿を一気に噴出させたものとして、映ったのです。もはやこのようなマン大に、企画面での改革のみでは意味はありません。私達は、愚者になるのを覚悟の上で、「告発運動」を開始したのです。
2.
しかし、告発といっても何をどう進めるかは五里霧中の状態でした。私達はとりあえず目標を第4回大会当日でのアピールに定め、そこで、この問題を参加者全体に向けて公表し、その判断に委ねるつもりだったのです。その前提条件として、私達は七月中旬、以下のような内容のビラを、ファンダム、マン大に関わりのある作家・出版社等にあてて配布しました。それは、永井豪F.C.のファン賞への投票強制・第3回大会での暴力警備員問題・第4回の参加拒否事件の3点を骨子とした、マン大全体へ、疑問を投げかけるものでした。
私たちはこのビラで、今回の事件に対し、マンガファンの注目を集めると共に、マン大に関して問題提起を行なったつもりです。
ただ、この時、もう一方の当事者であるマン大の証言(事実確認)を怠ったことは、当時の状況(告発運動の関係者自身がマン大参加を拒否されかねないといった疑心暗鬼)からすれば無理もないとはいえ、少々ことを急ぎすぎたとはいえましょう。
ともあれ、プロダム、ファンダムに小なりとりといえども波紋をひき起こしながら、私たちは第4マン大に臨むことになります。しかし、当日に至ってもまだどのように提起するか方法も未決定であり、ウラを持ち込みながら、一枚もまくことなく、一日は無為にすぎ去り、舞台は宿の夜へと移ることになるのです。
***
告発運動の軌跡を、簡単に説明します。
| 年月 | 番号 | 内容 |
|---|---|---|
| 1975年4月 | ① | 漫大改革の為の企画参加・拒否状入手 |
| 1975年6月 | ② | 漫大を告発する主旨のビラを、過去に漫大に関係したプロ作家・編集者・活動中と思われるマンガファン・グループ宛に100通前後郵送 |
| 1975年7月 | ③ | 第4回漫大に参加し、合宿の役員室で漫大側の事情の説明を聞く |
| 1975年7月 | ④ | 新事実発見(佐々木の手紙) |
| 1975年7月 | ⑤ | 新生ぐらこん大会でのビラ配り ※ |
| 1975年8月 | ⑥ | 少女漫画フェスでのビラ配り ※ |
| 1975年8月 | ⑦ | 神戸SF大会(SHINCON)でのビラ配り ※ |
| 1975年8月 | ⑧ | 新事実も含めて②と同じ人達を対象に資料を郵送・その中で4つの要求を明示 |
| 1975年9月 | ⑨ | 東京の新橋区会館で「漫大を告発する会」を開催。漫大側に出席を求めたが誰も来ず。 |
| 1976年2月 | ⑩ | 第5回漫大準備会議に出席。事件についての回答を求める |
| 1976年4月 | ⑪ | 同準備会議2回目に出席。再度回答を求める。漫大側受諾 |
※ ②⑤⑥⑦ 配布ビラの内容については、資料ページに全文掲載したいのですが、この非公式レポートと重複する為、省きます。
3.
私達は、次の五つの事実を手に第4回漫大に臨みました。
①拒否状
②Aさんの質問状
③無回答(漫大側)
④更にAさんの抗議と質問状
⑤更に漫大側の無回答。
そして、合宿所の役員室で役員数人を相手に、この事件の説明を求めました。その結果は次の通りです。
***
大会直前にありがちな殺気立った状態の時にAさんの申し込み書が来て、山岡謙が感情にまかせて独断で拒否状を作った。投函については後で決めるつもりで宛名迄書いたのを、事務上のミスで投函した。→①
それに運営委の名前を使ったので、山岡は全役員に事後承認の連絡をした。二通目の質問状の返事は、納得のいく説明をすぐに郵送した。→②
また、「昨年も同様の問題があったが保留とした」については、Aさんは昨年も同様、批判めいた事を書き加えており、役員の間で問題になったのだが、その時は見逃した。ところが今年も同様の事をしたので、今回はこらしめの為に参加拒否の処置をとった。準備で疲れているところへ悪意をもった非難をされれば、感情的になる当然だ。→③
① 山岡は、自分のした事を個人的に謝罪はしつつも、一件の原因があくまでも事務上のミスである事を主張し、意図で行なった事をその陰に隠そうとしたのです。
② P5上段参照。佐々木は、この手紙を出した事で一切を帳消ししたつもりでいますが、この内容では、最初の質問状を黙殺した事への最低の免罪符にすらなりません。
③ 漫大側は、自分達への批判をすべて「悪意」をもった非難として受け取ります。前回(三回目)に申込書に批判を書いた事を、今回は意図的人物としてマークしていた事は漫大が如何に批判を認めないかを端的に表わしています。
***
漫大側のこの説明は、まるでAさんに非があったかの様な印象を与えます。しかし、Aさんの批判を、内容以前に批判した(なまいきだ)と云う事のみで頭から否定するという、偏執的独善主義・形式主義の体質にこそ問題があるのです。しかも、その理由が、正式の批判(何が正式なのかわかりませんが)でないなどという、理由にならないこじつけなのです。自分達の企画力への貧困さを棚に上げて、積極性が無いからだと参加者のせいにする漫大を、その通りに批判して、なぜ参加を拒否されなければならないのでしょうか。
私達が、公式レポートにこの事件を載せて、謝罪する事を要求すると、「全役員の承認と上部組織である漫画グループ連合の会議にかける必要がある。その結果、答は公式レポート発行までに出すが、無回答と云う答えになる場合もある」と云う返事でした。
それと引き換えに、私達は当初予定していた漫大の他のイベントでのキャンペーンをすべて中止し、すでに送ったビラの宛先リストを渡す事を約束しました。
4.
やがて私達は、佐々木が漫大合宿で言った返事の手紙を入手しました。しかし、納得のいく内容ではありませんでした。この内容で納得のいく説明をしたと佐々木が言った傲慢さは、「キャンペーン中止」との約束を破る事で漫大側に攻撃の口実を与えるであろう事を覚悟の上で、再度この返事を資料として加えたキャンペーンを開始する決心を私達にさせたのも充分でした。そこで私達は次の行動に移ったのです。
5.
新生ぐらこん大会に参加した私達は、漫大当日配布するつもりでいたビラを、この日に限り、大会終了後、事件に興味のある人だけ残ってもらって事件の経過を説明しました。
6.
まんがファンが多く集まる横浜の少女漫画フェスティバルでビラを配ろうと主催者にたずねましたが、少女漫フェスは漫大役員をゲストとして招待しているのでまずいと、断られました。仕方無く私達は、少女漫フェスに迷惑のかからない様に、会場近くの路上で、フェス終了後、帰途につくマンガファン連にビラを手渡しました。
7.
マンガファンが比較的多く参加している神戸SF大会でも同じ趣旨の内容のビラを配布しました。
8.
以上三つのイベントで配布したビラは、2⃣の事件察知後、すぐに郵送キャンペーンをしたビラと、ほぼ同じ内容の物ですが、新事実である佐々木の手紙を資料として加えた新たな内容のビラを、更に同じ人達宛に送付しました。これは、事件と運動の経過報告であると同時に、漫大を告発する会の公開抗議状でもありました。この中で、次の4項目を漫大側に要求しています。
- 公開の席でオブザーバー参加のもと、今回の問題について釈明、自己批判せよ。もしくは、説明し、質問に答えよ。
- 第4回日本漫画大会運営委員会役員九名の全員の連帯責任による引責辞任、および第5回大会への役員として参加辞退。
- 第4回マン大レポートは、今回の事件に対する謝罪文と事実経過の掲載。その原稿は我々が校閲する。
- マン大参加者に対する一切の資格審査を撤廃し、予定満了以外の理由で、参加者を拒否しないことを宣言せよ。(以上原文のまま)
この経過報告を送られた数百人の人達の前で、漫大側は要求を出されたわけです。しかし、具体的な返事は'76/7/24現在今だに出ていないばかりか、少なくとも2番目を全く無視している事は、佐々木静雄が相も変わらず5回目の事務局長をしている事実が明白に示しています。
また、1・4番目は公開の場が必要であり、時間の経過は事件の責任を消失させるのに最適の道具である為、私達は漫大側が公開の場を作るのを待つより、自分達で作った方が良いと考えました。
9.
そう考えた末、作った場が、'50年9月28日、東京の新橋区民会館で行った「漫大を告発する会」です。そして、合宿の時の様に、当事者だけが密談的に一室を閉め切って話し合うのでなく、かと言って事件の張本人が不在の欠席裁判でもない、まさしく公開の場とするべく、漫大役員の9人に出席をたのむハガキを出しました。
しかし、その日は丁度、漫画グループ連合関係の集会と重なってしまい、そちらを重要と判断したらしい役員達は、結局ただの一人も来ないまま告発する会は開かれました。呼び出しのハガキを投函したのが当日のわずか一週間前と云う手際の悪さもあって、欠席の返事が来たのは一通だけでした。
かくして開かれた「漫大を告発する会」は、漫大側が不在のため、予定していた公開質問はできず、事件の発生に始まる告発運動の経過を報告し、今後の方針を発表するだけにとどまりました。この方針は、当分漫大側の出方を待つ事にして、反応が無ければ新たに公開の場を設ける事でした。
なお、この会の結果についてのレポートを発行しなかったのは、告発運動としては甘さがあった故である事を認めざるを得ません。また、この告発会を最後に、年が明けて'76年2月28日迄は、どちらからの接触も無いまま、空白状態が続きます。少なくとも漫大側の反応は、合宿での約束であった「公式レポートを出すまでに」と云う期限に、恐らくレポートの形で出るであろうと予測したのです。そして、レポートを待つ間に、私達は、もはや漫大にまかせておけない気持ちから、ファンダムでの新たなる可能性も求めて別な行動を起こしていたのです。それは、漫大のファンジン即売だけを切り離して独立させ、もっと開く回数を増やす事で、一つの場となり得る様なイベントである、コミックマーケットです。その間に漫大側は、私達の要求を無視するべく、今度の事件について全くふれていない公式レポートを制作していたのです。色々な問題が、このレポートが出されることで消されてしまったのです。
10.
'51年1月下旬、ついに第4回大会公式レポートが送付されましたが、その内容は失望どころか怒りを感じる力さえなくするようなものでした。合宿の夜の約束を、形の上では私たちの手から反故にした様になっている以上、形式主義者のマン大が、それを口実に、何ものせまいとは予測されていましたが、今回の事件にも何も感じていないかの如くに、手あかに汚れた「役員の苦しさはやってみないと分らない」式の論法を振り回している姿には(公式レポート編集後記・佐々木静雄)、何ら反省の意もみえません。このレポートにより、私達はマン大に対して再度の問いかけを始める事を余儀なくされたのです。
2月中旬、突然「プログレッシブレポート」なるものが第5マン大委員長・宮倉康三の名で送られてきました。
第4回までのマン大の反省の上にたって、新しいマン大を目指すから、協力して欲しいと呼びかけてきたのです。それなりの伝統を持った四谷から、三鷹へと場所も移し、ファンダム活動の集約点=文化祭を目指すという、マン大にしては大胆な変身に、私たちは、いささかの当惑と期待を感じました。同時に、2月末に開かれる企画会議で、マン大側と更なる交渉を持つ機会があると考え、それに参加しました。
しかし、私達の期待は、当然の様に裏切られました。自身、第4回の役員の一人として責任の一端を担う宮倉は、拒否問題に関してほっかむりし、ひたすら企画レベルだけでマン大の改革を唱えるのでした。これに対し私達は、先の4つの要求項目の内、3の謝罪文の公開だけにしばって宮倉を追求しました(残りの3つは、第5回へ始動していた事で実質的に無意味ないし不可能になりました)。
しかし宮倉は、言を左右にして、文書は書く意味がないとか、第5回大会については全責任を負うが、第4回の事は、持ちかねるとか、第5大会を充実したものにする事で応える方が正しいとか、果ては私達の文書のあげ足取り的にまぜっ返したりして、謙虚に反省する態度は全くみせず、逆に食ってかかる有様でした。
それでも、企画の方を進行させるためか、次回の企画会議迄に、書く書かないかは解答すると約束したのです。合宿の夜と極めて似た状況に不安を持ちながら、私達は、次回の会議を待つことにしました。念の為確認すれば、私達のここでの要求は、「事件経過の完全な報告と、事件への自己批判を、(私達の校閲を経た上で)全マン大参加者、関係者等に、第5プログラム等のマン大のメディアを使って第5マン大迄に配布公表する事」です。
1ヶ月後に開かれる筈の第2回会議が開かれたのは、2ヶ月後の4月、第5大会案内状が発送された頃の事でした。
11.
三鷹での会議は、私達の要求に対する答えの部分に何ら触れる事ないままに、ずるずると時間が経って行きました。このままでは結局引きのばされたまま終わってしまう恐れがあったので、私達は会議の途中で返事を要求しました。しかしこの会議が企画会議である事を理由に、直接関係のある問題ではないからと、後回しにされました。会議が終った後に、宮倉だけが私達の前にやって来て話し合いに応じたのです。しかしその答えは、釈明文を出すと云う態度以外には全く要を得ない物でした。宮倉は、こちらが話し始めると途端に早口でまくしたて、こちらの出鼻を抑えつける独得の話術を用いました。
釈明文については、形式は未定、執筆者は、宮倉自身を含めた青柳、佐々木、山岡の4人、配布の対象は、発行部数次第だからこれも未定、しかも印刷方法や部数を決めるのは金次第であるから、結局どれもこれも未定だらけの、出す意志さえ疑いたくなる様な返事でした。しかもそれ用の金を「まさか漫大資金から出せば訳にはゆかないから」と、少ししか出せないであろう事を暗示しつつ、それを全て未定の理由としようとしました。ところが、漫大で起こした始末を漫大の資金で償うのは当然の事であり、「出す訳にはゆかない」筈はないのです。しかもこの資金云々についても、彼はこちらが何一つ口をさしはさまないうちに、矢継早につぎの質問を出す側の説術で、まともな話し合いはできませんでした。そして釈明文を出す意志がある以外に、何ら具体性の無い返事を手にしただけで三鷹での会議は終わりました。
ここで、私達の漫大側への要求を、再確認します。
総括に替えて―第5回マン大に注目せよ!―
いよいよ出るマン大の解答! 果たしてその内容は…!?
現在、目前に迫っている第5回マン大では、上のような経過をへて、いよいよマン大側のこの問題についての解答が示されます。しかし、私たちが今入手した情報によると、その解答(釈明文)は私たちが要求したものとは相当異なったものになる可能性があるのです。ただ単に書かれたというだけの文は、それこそ一片の紙きれにすぎません。私たちが訴え続けてきたものは、そうした体面的な「自己批判書」ではありませんでした。マン大運営委側の意識の変革、痛恨こめた反省であった筈なのです。私たちはこの非公式レポートの最後に、あえて、予測されるマン大側の解答のいくつかに対応し、批判を加えておくことで、事件当事者、マン大関係者、そして、全マンガファンに、もう一度、私たちが何を、なぜ求めているかを明らかにし、そのような解答が出るよう運動することを呼びかけたいと思います。
《予測されるマン大の解答とその批判》
マン大と告発する会との間の約束では、元々、マン大の解答を発表する前に私たちとのチェックを受けるという一項がありました。しかし、解答文書の作成がズルズルと引き伸ばされた結果、ついに第5マン大当日までわかりそうもないというところでまで来てしまいました。元々第4マン大の起こした不祥事をそのままにして、第5マン大を開くということは、いくら役員の名前がかわり、場所が移っても、本質的には何の変化もないことを示しているのです(「大会開催」を大義名文として、山岡謙が、あの事件の事後承認を迫ったことを思い出して下さい)。
残された途は、第5マン大を、第4マン大に対する自己批判の場にすること、参加者全員に対し、いわば闇の中で扱われていた事件を公表することが、そのままあの事件への最も正しい解答となる筈です。だからこそ、私たちはくり返し、第5マン大でのマン大側による事件の公表と自己批判の展開を求めるのです。「第5回大会の公式レポートに…」というあくどき引き伸ばしを許すことはできません。あくまで、大会当日での発表に注目しなければならないのです。チェックができなければ、その公開の場、そのものがチェックの場とならねばなりません!
私たちの主なチェック点は以下の2点です。
①事件経過が正確か否か
たとえば、前述までのレポートに明らかなように、事件の原因は、山岡謙の単なる事務上のミスではありません。悪意にみちた意識的な参加拒否なのです。事務ミスへの反省などは、事務の正確度を上げればすむことでしょう。参加者を拒否し得る、しかも傲慢さをもって拒否したと考えるその意識性こそ問題となっているのです。だからこそ、彼らの解答の中で最も注意しなければならないのは、彼らが何に対して反省しているのかという点であり、それは、
「明らかな故意によって、はっきりした悪意のもとに参加を拒否した」
こと以外にありません。さもなければ以降の解答はすべて嘘になります。事件の醜悪さをみとめることから始めなければならないのです。
②どこまで具体性に触れているか
問題をうやむやにするために、解答をマン大一般の問題にすりかえることも、認める訳にはいきません。そうすれば、ことは抽象化され、責任ははっきりしています。山岡謙が事件を起こし、佐々木静雄と青柳誠が追認し、宮倉康三も含めた運営委全部が黙認したのです。軽重はあっても、すべての役員が責任を問われているのです。その個々の責任に対する自己批判をこそ聞きたいのです。もっともらしいことを何度もマン大に関して言い、書いてきた彼らが、実際には、今回のような醜悪な事態をさらし、平然と一年間すごした……そのことに対する反省をこそ、私たちは求めるのです。
さらに細かい点は、実際の文書の出るのを待つとして、さらに2、3問題となる点を挙げておきます。
(1)佐々木静雄にも自己批判文をかかせよ!
今回の解答を書いているのは、山岡謙と宮倉康三の二人です(7月14日現在)が、事件全体の中で、果たした役割の大きさ(事件の居なおりの理論づけ)を考えれば、佐々木静雄にこそ、拒否事件の黒幕だと考えても不思議はありません。むしろ、後の経過を実質的に背負ってきたのは佐々木であるといってもいいでしょう。にも関わらず、佐々木は一貫して、事件とは関係のないような態度をとりつづけ、2つの件に関しては、一切語らず、平然として役員の重席をになおうとしています。あえて、厚顔無恥といいたくなります。あるいは、山岡謙なり、宮倉なりの文章に佐々木の意もくまれているということなのでしょうか? ともあれ、佐々木静雄の反省をこそ、私たちは求めねばなりません。
(2)青柳誠の逃亡は反省の表明か?
青柳誠も佐々木と同じく、追認を与えたということで、その立場に非難を免がれるものではありません。今後マン大とは手を切るという話もあるようですが、逃亡は自己保身にはなっても、自己批判ではありません。私たちは、青柳誠の自己批判も求めるべきです。
(3)自己批判文の公開をみつめよう!
自己批判文はマン大で公表される予定ですが、どのような形でそれが出されるかはまだ分っていません。参加者一人々の前に、明白な形で、十分な問題性をはらんだものとして現われるかどうか見守ることが必要です。
(4)その他の役員の対応をみるべきだ
責任の大きな前記の3人以外、昨年の関係者は無罪だというのではありません。少しでも誠実に、ファン活動の意味があるファン活動とは何かを考え、この事件をもう一度考え、どう行動するかみつめるべきでしょう。
様々な問題を抱えて、ともあれ、マン大の解答は出ようとしています。一年間、闇から闇へ葬られかけた拒否事件が、その一端をあらわにしようとしています。私たちは、この事件をもう一度考えなおし、みなおす中で、マンガ大会とは何か? ファン活動とは何なのか? を問いなおすことを迫られている筈です。
同時に、一年間、一種の隠れた交渉しかできなかったファンダムの現状も考えあわせた上で、第5回マンガ大会を、そうした腐敗からの蘇生の第一歩とすべく努めねばなりません。マン大は何ができるか、ではなくファンダムで何ができるかへと発想を変え、マン大の解放とファンの結合のために、私たちは本来、ファンの集り場であるマンガ大会で、あえて苦言を呈し、場合によっては、それ以上のこともするのにためらいは持ちません。一度は必ずこの大手術にマン大参加者、非参加を問わず、全マンガファンが注目されることを切に望みます!!
☆ マン大運営委の解答に注目せよ!
☆ 拒否事件をあなたの問題として考えよう!
☆ マンガ大会と拒否事件に関する討論の輪を広げよう!
(文中敬称略)
発行日 ■ 昭和51年7月25日
発行所 ■ マンガ大会を告発する会
文責 ■ 迷宮'76
印刷 ■ 共信印刷
協力 ■ C・P・S
連絡先 ■ 〒228 相模原市上鶴間 3939, 牟田口荘 鈴木謙二
第五回漫画大会レポート
「漫画大会を告発する会」から、第五回大会の批判を送ります。
第五回大会は、企画の貧困、運営の不手際、あるいは、申込予約金の紛失等、様々の失態を演じ、かつてなく散漫で退屈な大会でした。しかし、私達は、そのような参加した人なら誰でも感じているようなことをここで繰り返すつもりはありません。それ以上に漫画大会にとって本質的であり、重要な問題、漫画大会の存在意義そのものに関わるある事件について語りたく思うのです。
既に御承知の方もあると思いますが、その事件とは第四回大会運営委員長・山岡謙氏が、昨年、引き起こしたファン参加拒否事件のことです。私達は、この件に関し、或はファンジン即売場で、或は壇上で、さらに大会終了後も再三再四訴えました。しかし、大会のあわただしさの中では、私達の言葉は必ずしも十分伝わったとは思われません。そこで、このレポート上を借りてあらためて漫画大会参加者一人一人に、この問題を提起し、漫画大会はどうあるべきかを考えていただきたいと思います。
事件の概略を書いてみます。
昨年六月、あるファンが第四回大会へ参加を申し込んだところ、運営委員長・山岡謙氏名儀の通知と共に申込金が返されてきました。そのファン(Aさんとします)が、申込書に漫大への批判を書いたことを理由に「悪意をもって参加することは運営委に対する侮辱である」として参加を拒否したのです。Aさんは早速、拒否された理由を運営委員会に問い正しました。それに対して、漫大側は何の返答もせず、更に第二の手紙を出したところ、ようやくにして事務局長佐々木静雄氏名儀で大略次のような返書が寄せられました。
1.申込書の端に批判めいたことを書くのは批判ではなく悪口にすぎない。悪口を言うものは向後目的の「友好と親睦と相互理解」にそぐわない。故に分かちがたく参加を拒否する。批判ならルール、礼儀にのっとってやるべきだ。
2.「年々つまらなくなる漫画大会」云々の批判(悪口?)を申込書に書いてくるなどとは、大会の為に苦労している運営委の「血と汗と涙」に対する侮辱ではないはなはだしい。
Aさんは、これに対してさらに問い正しましたが、それについては何の返事もありませんでした。
以上が『拒否事件』のてんまつです。「何て程のことはないじゃないか」と言う方もいるかも知れません。確かに、このことだけを見るなら、単にあるグループが自分の主催する集会に批判的な人間を入れなかっただけにすぎません。しかし、漫画大会の持つ意味を考えた時、はたしてどうでしょうか。
当時は漫画大会は殆んど唯一の全国的なファンの交流の場でした。周りにマンガについて話せる友人がいないファンにとって、かけがえのない機会だったのです。そうした人々が、互いにマンガを通じて知り合い理解し合うことに漫画大会の大きな目的はあった筈です。参加する人は誰だって、よりよい大会であってほしいと思うでしょう。そして、大会が回を重ねるごとに、つまらないものになっていったのも事実なのです。とすれば、大会の運営に批判が出たどころで無理はなく、それはよりよい大会であってほしいと願うことと矛盾するものではありません。「イヤなら出ていけ!」とは、決して言えない筈なのです。もし、運営委側が、本当にファンの為の大会に向けて努力しているなら、批判は歓迎こそすれ、拒否すべき筋のものではありません。しかし、現実に拒否は、漫大への批判を理由に起こりました(申込書に書こうが、ルールに外れようが批判は批判です)。この事は何を示すでしょう。それは、もはや批判を受けつけようとしない独善的な体質、ファンへの大会という目的からの逸脱でしかありません。自分達が努力しているという事は、批判を頭ごなしに拒否する理由にはなりません。単なる「泣き言」にすぎないのです。
そして、そのこと証拠だてるように、第四回も第五回大会もつまらないままに終っています。批判を受け入れ反省していくことから改善はなされます。それを無視し、かえって高圧的に拒否するということは、もはや目的を失ったエゴイズム、腐敗した体質を示します。「ファンの為」とは御題目にすぎず自分達の満足の為だけに行っているとしか言えません。そうだとするば、彼等に「開かれた大会」「ファンの交流の為の大会」などと言う資格はない筈です。「日本漫画大会」という名称すらおこがましいと言えるでしょう。全国のマンガファンの為の集いを開くなら、最低限、あらゆる批判を受け入れる広い心が必要だからです。
「告発する会」は右のような考えから、漫大運営委に対しファンダムを中心に運動を起こし、謝罪を要求してきました。
しかし、第四回大会から約一年にわたる話し合いを経ても、なお、謝罪どころか、この事件をどう考えるかという見解すら、運営委は出していません。それどころか、最初の話し合いの中では、「拒否」は一時的な激昂の結果の事務的なミスである等という虚偽で言い逃れようとしたのです。Aさんが何度も質問書を出している以上、単なるミスである筈もなく、それを補償する時間はいくらもあったのです。仮にミスと認めても、それこそ、そういうミスによって一人のファンを苦しい立場に追いやって平然としていられる神経は、問題にされねばなりません。まして「告発する会」に対して、一年以上も明確な対応をせず、問いかけに対する何の答も見せないということは、彼等がこの問題にいささかも良心の苛責を感じていず、それどころか何とかつくろって闇から闇へと葬ろうという下心を感じさせます。第五回大会では、何らかの見解が示される筈でしたが、ついに何もなしに終わりました。
私達はこの公式レポートを最後の機会として、もう一度次の各氏を「告発」し、謝罪を求めたいと思います。
1.山岡謙氏 第四回委員長として、拒否事件の直接の当事者として「拒否」したことを謝罪せよ!
2.佐々木静雄氏 事務局長として、拒否事件を「理屈」づけし、「拒否」を積極的に支持したことを謝罪せよ!
3.青柳誠氏 主催者漫画グループ連合委員長として、「拒否」事件を知りながら事後承認したことを謝罪せよ!
4.宮倉康三氏 第五回委員長として、第四回役員として、事件を承認しながら、一片の招待状でもってケリをつけようとしたことは、何の反省も示していない。見解を聞きたい!
以上四氏には同時に「あなたにとって漫画大会とは何か?」という問いへの答えもあわせて要求します。
また、この運動の中で、別の方面から提起された漫画大会の経理の不明について、過去の会計責任者である佐々木静雄氏・委員長の宮倉康三氏に対し、第五回大会及び、それ以前の大会の会計報告を要求します。毎年百万円近い参加費を徴収しながら、大会内容は貧弱になる一方です。私達の試算では黒字になっているはずです。何がどう使われたか、参加費は本当に全て参加者に還元されているのか?――このレポート上に経理の全面的な公開をすることを要求します。
これらの要求、質問に応えることでしか、漫画大会の本当の再生は無いと思います。漫画大会に参加した一人、私達の方もまた、漫画大会とは何であるのかを考えてみて下さい。
以上に関して詳しいことをお知りになりたい方は左記まで御連絡下さい。
〒228 相模原市上鶴間 3939
牟田口荘内 鈴木方「漫大を告発する会」
各位様
ファンダムに対し一年有余に亘るアピールを繰り返してきました「漫画大会を告発する会」ですが、同封の漫画大会に対して、公式レポートを送付することをもって、残念ながら運動を終結することとなりました。長きに渡って、この運動にご支援、ご協力下さったファンダムの皆様に対し、厚く御礼申し上げるとともに、運動終結に至った経過について、簡単にお知らせします。
さて、私達は、去る八月の漫画大会において、私達の問いに対する解答を公に出すよう漫大委員長・宮倉康三氏に要求していましたが、それは、あえて壇上から訴えるという「暴挙」に出たにも関わらず、黙殺される結果に終わりました。口約束とはいえ、大会以前に、宮倉氏より、何らかの返答を出すといわれていた以上、第五回大会でのこの態度は、私達にとって、一切無視したとみなすしかありません。
つまり第五回大会をみる限り、漫大側には良心の一片のかけらすらなく、何ら反省の意もないとみるしかないのです。そしてこの一年間の私達「告発する会」への対応とは、ごまかしであり、表面を糊塗しようとする欺瞞的なものであったと総括できます。
私達の運動の最終目的が、結局のところ、彼らの良心に訴え、その意識の変革を迫るところにある以上、彼らのこうした態度は、これ以上の運動の継続を無意味なものにし、「喧嘩」におとしめてしまうものでしょう。第五回大会直前、当のファンに送られてきた招待状に、何ら謝罪の意が見えず、「手打ち」式的な妥協を求めていたようなレベルでの終結は、私達の求めるものではありません。従って、私達は、漫大をそうしたものだと見切って、運動を中止するしかないのです。当初から、解っていたといえばいえる結果ではあります。運動の中でも「そんな漫大に何故そう関わるのか」という疑問は、いろいろな人から出されました。確かに、漫大に見切りをつけるなら、もっと早くできたのは事実です。しかし、漫大側との交渉の中で、常に、答えを出すように求めてきた私達としては、彼らの最終的な見解をみるまでは、そう言い切ることはできなかったのです。彼らに考えさせ、真に反省させることがなくては一方的に断罪したところで、それこそ「中傷」にしかならないでしょう。
しかし、第五回大会での対応は、答えを出すことすら拒否する姿勢を十分すぎるほど示してくれました。彼らがそうした態度をとり続ける以上、私達にははっきりいってなす術はありません。内容的にも、ファンの集合の場としての意味をもはやなくした漫大は、自滅の道を歩み始めています。
ここにおいて、私達は初めて明確に、漫大に存在意義はないと断言します。
公式レポートへの掲載要求を最後に、私達はこの告発運動の終結を宣言します。おそらく漫大側は掲載を「拒否」するでしょう。それはそのまま、漫大役員のファンとしての良心のマヒを示すものであり、漫大のようなコンベンションを主催する資格の欠如の表明となります
又、仮に、変更なしに掲載され、謝罪が行なわれたとしても、今まで解答を引き延ばしてきたことを考えあわせれば、その誠意をそっくり信じることはできません。少なくとも、今後漫大がどう動いていくか、それを見ずして答はだせません。もしそれが本物であれば、漫大は新しく生まれ変るでしょうし、言葉の上だけのものであれば、もはや私達に関わりのないもの、偽りの大会として、ファンにとって参加する価値はないものとなるでしょう。
その場合、私達は、漫大の改革などという作業は徒労とし、こう主張するしかありません。
すなわち、すべてのマンガファンは、マンガ大会に批判的に対応し、その崩壊をはやめ、自らの手で漫大の唯一の存在理由であった、ファン同士の交流の場を創設せよ!と。
これが漫大自身をいかんともなし得なかった「告発する会」の敗北的な結論であり、そのことを踏まえた上での、模索への出発であります。そしてこのことを、ファンダムへの「漫画大会を告発する会」からの最後のアピールとしたく思います。長い間の御協力を感謝いたします。
昭和51年11月15日
漫画大会を告発する会
(了)
第五回漫画大会委員長の反論「新仁義なき戦い『地平線がギラギラ編』または『いつかギラギラする日』編」(解説/宮倉康三)
所載『三月兎通信』23号(1976年)
***
出演 漫画大会を告発する会
解説 宮倉康三
第五回日本漫画大会に出席された人は、先刻承知だろうと思うが、今回の大会に「漫画大会を告発する会」なるグループがちょっかいをかけてきた。まっとうにやっていれば、ぼく自身も、彼らとくつわを並べていたかもしれない。しかしながら、「―を告発する会」の諸君の活動は、支離滅裂、独善、無論理、無内容、偽善―何とも手のつけかねるものだった。シリアスであったはずの問題提起を、彼ら自身の手でぶちこわし、下卑たものにしてしまった。目的が正しくとも、方法論が正しからざれば、目的もまた地に堕ちるという、これは絶好の見本である。というより、タテマエの目的がいくら正当に見えても、方法論がたくまずして、ホンネをちらつかしてしまった、ということか。
ぼくは今、「―告発する会」の諸君の活動を最低に評価する。 初めは、それなりに評価が可能であろう、と思っていた。しかし、大会での彼らの行動を見ていく中で、わずかな評価も、ついえた。彼らは、彼ら自身の行動でもって、彼らの活動目的の正当性をぶちこわし、ただのお笑い草にしたてあげた。実に見事な腕前といえよう。
ある運動や組織に対して不満があれば、取るべき積極的なやり方は三つある。
一つは、彼らと自分とを切り離して、独自の活動を展開する方法。
一つは、彼らを粉砕・せん滅しつくす方法。
最後には、彼らの内部に入り、主導権をにぎり―乗っ取り、流れを変えさせる、体制内改革の方法。
大抵はこの三つに分類される。そして、これ以外の方法は、お遊びである。
「―告発する会」の諸君の行動は、お遊びなのか? 当人に問い質してはいないが、どうやら至極マジメであるらしい。とするのならば、切離・粉砕。改革の三つ以外に、何やら表ザタにできない目的があるのか、それとも偽造はしているが、本当はこの三つのうちのどれが目的であるのか。
もし、この三つのうちのどれかが目的であるのなら、彼らの漫画大会への関り方からみて、一つ目と三つ目の方法は排除される。
残るは二つ目―漫画大会への破壊工作である。しかし、彼らは、自ら破壊工作ではないと主張している。あとで書くように、もし破壊工作であるのなら、彼らのやり方は不徹底だ。
では、表ザタにできない真の意図が他にあるのか。「漫画大会を告発する」ことによって、彼らのみが受ける、何か特別なメリットがあり、それが目的なのか。 それすら否定されれば、残るのは、遊び・冗談でしかない。 不可思議な連中である。
今年の大会は郵便事故が多すぎた。佐々木君の手に届く前に、五十人近くの申し込み書が消えている。
大会直前に鈴木謙二君(式城京太郎)からの電話で、彼らの側の人間、七・八人の会員証が届かないといってきた。意図的に「―告発する会」の諸君を切ったと解釈できる、ともいった。冗談じゃない。彼らはぼくをみくびっている。切るなら切るで、それなりに正々堂々とやるだろう。切るだけの理由はちゃんとある。コソクな手段など、とりはしない。
それに、切るのなら、切るべき人間の名前を知っていなければ、不可能なのだ。「―告発する会」の諸君の中で、名前をはっきりと表面に出しているのは、鈴木謙二君と、チェリオこと渡辺雅こと渡辺雅男君の二名しかいないのだ。
ぼくが、名前と顔のむすびつくのは、あまり興味もないので、前二名の他に、原田てるお(霜月たかなか)、松田茂樹(亜庭じゅん)の両君のみである。七・八人も覚えていない。残念ながら、どうしたって切れる道理がない。道理のないものを強引に通すことを、こじつけという。
一九七六年八月七日、「―告発する会」の諸君が、二日目のファン・グループ紹介はどのように行われるか、と質問にきた。色々としつこく問い質すので、やる気があるなと感心していたら、何のことはない。「―告発する会」の加入グループは、一つとしてクイズ・ゲーム形式のファン・グループ紹介に参加しなかった。彼らは、ただ単に、彼らのグループのみに利用できるものとしてしか、大会をみていないらしい。彼らに利用できないものには参加も、協力できないらしい。
そういえば、大会前夜、展示だ、パネルだ、と小人数で猫の手もかりたいほど忙しい三鷹公会堂に彼らがあらわれた。 誰かが「手伝ってくれるんですか?」と訊ねた所、「何でぼくらが手伝わなけりゃならないんですか?」と、答えたという。 そして彼らは、自分たちの用事のみすますと、サッサと帰っていってしまった。
八日のクイズ・ゲームでは、しかし面白いことがあった。テレマンの主題歌の、冒頭の一節をしゃべり、その題名をあてるというゲームだが、かなり古い作品を会場に答えてもらった所、松田茂樹君が手をあげ、答えたのである。まさか、と思ったのだが、彼なのだ。さすがに歌いはしなかったが、恥ずかしそうに、照れながら、賞品を取りにきた。かわい気がありすぎるというか、なさすぎるというか、ぼくらの常識では計りかねる行為なので、笑い話のネタになっている。
常識といえば、これまた不可思議なことがある。
大会の二・三日前の電話で、鈴木謙二君がこういった。
「告発する会の運動で、色々とお金がかかりました。そのことで相談したいのですが……」
ぼくはア然とした。ア然として、絶句した。 しかし、大会二日目に、松田茂樹君のもらした言葉で氷解した。
ぼくは権利回復の手段の一つとして、石川妙子さんに彼女名義の招待状を発送した。 ただし、この招待状は、総括文と同封して送ろうとしたため、総括文が遅れた結果、発送も遅れ、大会、一・三日前に彼女の手元に届くという不始末をおかしてしまった。 これは、ぼくの手落ちであります。
八日朝、松田茂樹君ら数人は、受付に石川さん名義の招待状をもってきて、「これで、ほかの人をいれろ」というのである。その招待状は石川さん名義で発行した以上、本人以外ではこまるとことわった所、本人でなければならないと明記していないのだから、それは通用しない、と彼らはいいはった。
ここ少時、押し問答が続いたわけであるが、ぼくは前後の情況から、石川妙子さん自身に大会にきてもらうために、彼女名義で招待状を発行したのだから、彼女がこれないのならば、それは無効であると主張し、彼らは招待状というものにそれだけ空席を主催者側が確保してあるのだから、招待状に記名があろうとなかろうと、招待状を持参した者が、その空席を使用する権利があると主張した。
その時ぼくが、本人以外は無効と明記してあろうとなかろうと、前後の情況、及びこのようなコンヴェンションの場合、常識的にいって本人以外は無効であろうといった所、松田茂樹君が、「それはあなたの常識。我々の常識ではそうではない。常識の違いでしょ」と答えた。
成程。正しい! それでわかった。鈴木謙二君が、平気で金の相談をしたいと申し込んできたことも、これで納得できた。彼らには、ぼくの常識は通用しないのだ。
ならば彼らは、ぼくらにとって非常識な連中ということになる。そうとわかれば、こんな非常識な連中にかかずらわってムダに時間をつぶすわけにはいかない。そこでスンナリ、代人の鈴木哲也君とやらを通過させた。 ただし、これまたおかしなことに、この鈴木哲也君本人は、この場にいなかった。ちゃんと会場にきたのか否かも定かでない。そしてそれ以後、ぼくは彼らを非常識な人間たちであると、(そう彼らが自ら主張するので)そのように処遇した。
八日三時頃、何人かの委員が役員室に飛びこんできて、「―告発する会」諸君が何かを始めた、と報告した。実際的には、漫画大会告発のビラを配り、呼びかけを始めたらしいのだが、ぼくはあえて、何も手をうたなかった。自主企画をやってくれるのなら、それでいいじゃないか、とぼくは判断した。
「―告発する会」の諸君の〈自主企画〉は、他にも、ホールでの辻真先氏の講演の前に松田茂樹君が、アニメが終り手塚治虫氏の到着するまでの五~十分間を鈴木謙二君が舞台の前にでてしゃべるということであったらしい。
これらの〈自主企画〉は、事前に大会役員に何の話も通してこなかった。ぼくらの常識では、まず役員に話を通し、可能ならば行うという手順を踏むものであるのにかかわらず、彼らの常識ではそうではなかった。
彼らは、話をもっていっても断られるにきまっている、と主張するだろう。何故なら彼らは、彼らの〈自主企画〉に対して、一つも話をしに来ようともしなかったばかりか、大会前に行われた企画会議でも、企画参加のために出席したのではない、とはっきり明言しているのである。
つまり「―告発する会」の諸君は、漫画大会に積極的に働きかけ、参加し、改変していく意志のないことを、表明しているのである。
それでも、あえてぼくらは、彼らを排除しようとしなかった。一つには、非常識な人間を相手にする気がなかったこと。一つには〈自主企画〉をできるかぎり認めたいという気持であった。
話をもっていっても断られる、という「―告発する会」の諸君の早とちりは、去年にもあったらしい。やってみもしないで決めつけてしまうのは、余程自分たちのしていることが後暗いためか、それとも独善的な性向にあるためか。
こういうのを予断と偏見といい、疑心暗鬼ともいう。自らの邪心が、自らへ逆照射されるのである。彼らは、自分の心の影を見たにすぎない。
役員室にとびこんできた委員の報告にこういうのがあった。「連中、自分たちのファンジンを売りつくしてから、ビラを配りだしたんだって?」
このことを話すと、今でもみんな笑いだす。完全な茶番ではないか。彼らにとって、漫画大会を告発することは二の次で、ファンジンを売ることの方が先決なのだ。それで彼らの告発活動が二日目の終り間近に集中したことの納得がいった。ぼくらの常識からいけば、告発すべき漫画大会は、漫画大会すべてであり、一日目、二日目を問いはしない。ファンジンがそこで売れようが売れまいが、関係のないことだ。告発するためにやることは、なされるべきことは告発することでしかない。ところが、彼らの常識では、そうではないらしい。
未完




















