ねこぢる追悼ナイト
かわいく、キャッチーなキャラクターと幼児独特の純粋な視点からの残虐性を併せ持つアブナイ作風で人気の漫画家、ねこぢるがあっちの世界に行ってしまってからもう一年以上がたちます。それでもねこぢるの生み出したキャラクター達の人気は未だ衰えず、色々なグッズとして街のあちらこちらで見かけることが出来ます。きっとねこぢるという名前を知らなくても、あの目つきの悪い猫のキャラクターと言えばわかる人も多いのではないでしょうか。
この日はそんなねこぢるのアブナイ魅力にとりつかれてしまった人たちがプラスワンに集まって、ねこぢるのアブナイ魅力について語りまくりました。一応ねこぢる追悼ナイトって事になっていますが、みんな好き勝手な事を喋ってるのであんまり追悼にはなってませけど…。
※以下の文章は、ねこぢる突然の自殺から半年後の1998年11月23日に新宿ロフトプラスワンで行われた関係者4人による追悼トークライブを書き起こしたものです。
前向きな話をしよう
白取 そもそも『ガロ』にねこぢるさんの漫画が載るようになったきっかけは、ねこぢるさんの旦那さんで漫画家でもある山野一さんが、編集部に「こんなの描いたんだけど」くらいの軽い感じで原稿を持ってきてくれて、それが皆さんご存じの『ねこぢるうどん』だったんです。その作品を編集部一同で見てもう大爆笑、それで続けて書いて下さいってことで連載が決まったんです。
僕の印象はよくあるかわいいキャラクターが残酷なことをする、だからおもしろいっていう単純な露悪趣味ではないですよね。例えば子どもっていうのは、チンコとかマンコとかオシッコとかウンコとか平気で言うし、手のない人に「なんで手がないの?」とか平気で訊くし。そういう幼児ならではの残酷性、よく言えば純粋な視点っていうのがあって、それが猫という勝手気ままなキャラクターを借りているっていうのがすごい好きなんです。
僕、実はねこぢるさんご本人と会ったことは2、3回しかないんですけど、電話では去年の暮れから今年にかけては相当の回数話しました。そういったうえでの印象を言うと、ねこぢるさんは、やっぱり猫みたいな人でしたね。猫って自分の好きな時に甘えてきて腹が減れば飯食わせろって言うし、寝れば呼んでも来ないし、そういう勝手気ままで自由に生きてるっていう感じで。
だから今回ねこぢるさんがああいう亡くなり方をして、原因がよくわからないとかいろいろ言われてますが、一応僕なりに考えての結論としては、ちょっとあっちの世界に行ってみたかったんじゃないかなっていう感じがしてるんですよ。
だから、今日は追悼ナイトってことですけど、あんまりしんみりした感じにはしたくないなってのがありまして。よくあるじゃないですか、何々さんのご冥福を祈って3分間黙祷とか、そういうのはイヤですね。
これからは山野さんがねこぢるyさんとして続けて描いてくれるそうですし、描かれたものっていうのはなくならないし、悲しんでばっかりいられないので今日はもっと前向きな話をしたいです。
白取 じゃあ、ねこぢるさんが漫画家で一番尊敬して止まなかった、やはり『ガロ』で自ら「特殊漫画家」と名乗って活躍している根本敬さんに来ていただきましょう。
根本 できればこういう場にはあんまり出たくなかったんですよね。まあ、これだけファンのあいだで盛り上がっちゃってると無理な話なんでしょうけど、ねこぢる本人としてはできるだけ人には知られず、なんなら自分は元々世の中には存在しなかったものとしてほしい、くらいに思ってるんじゃないですかね、そういう人でしたから。
白取 根本さんはご本人と何回も会ってるんですよね。
根本 まあこうやって漫画家として人気が出てきてからは数回しか会ってないんですけど、元々山野さんの彼女として何回も会ってましたからね。
白取 最初『ねこぢるうどん』が『ガロ』に載った時の印象っていうのはどんな感じだったんですか?
根本 まあ結構やるな、というかね。山野さんの協力があったとはいえ、元々漫画とか描いてる子じゃなかったですから。
白取 ファンのあいだではどこまでがねこぢるで、どこまで山野さんが描いているのか、っていうような議論が盛り上がってるらしいんですけど、そのへんはどうですか。
根本 いやまずあの2人の結びつきっていうのがね、ただの共作者とか夫婦とか友人とかとは違う、ジョンとヨーコ以上の何か深いものを感じましたからね。
白取 漫画を見ててもそうですよね。
根本 だから露骨なヤバさは山野さんが請け負って、それをねこぢるが多少かわいく折り合いつけていくみたいな。
白取 山野さんってほっとくと『どぶさらい劇場』とか描いたりするじゃないですか。『四丁目の夕日』的なところに傾きがちなんで。ねこぢるさんって奔放にわりと自分の好きなことを描きたがるタイプなんで、それを『どぶさらい劇場』がどうフォローするかなっていうところで。山野さんって社会適応できてる方ですよね。
根本 それは2人いるとやっぱり役割ってできるわけ。山野さんが本当に1人でやってたらもっとひどいことになってますよ。一応ほら、彼女がああいう自由奔放なタイプの人間なんで、山野さんがマネージャー的な役割もしなくちゃならないじゃないですか。何か失礼なことをしたら謝りなさい!とか。
白取 隣の家にウンコしちゃった猫のことで謝りに行く、みたいな。
根本 そういう部分を山野さんが請け負わなければならなかったってのがあると思いますね。
白取 今後、山野さんがねこぢるyとして描いていくんですけど聞くところによるとねこぢるさんはまだ山野さんの周りに出てるらしいんですよ。だから自動書記みたいな感じで描かれることもあるんじゃないかとも思います。
イヤな最後
根本 ねこぢるから一番最後に電話があったのが今年の2月か3月くらいかな ? 2時間くらい話したんですけど、あっちが何かを踏んだかなんかで突然ブツンと電話が切れちゃったんですよ、話の途中で。でもまあ2時間も話したし、用があったらまたかけてくるだろうと思ってたんですけど、それが本当に最後だったんですよね。
白取 それはイヤな最後ですね。
根本 最後に実際に会ったっていうのはもっと前で、「ミッションバラバ」っていう入れ墨入れた元極道っていうのが売りの集団があるじゃないですか、その集会がねこぢると山野さんの家の近所の公会堂であるっていうんで3人で見に行ったんですよ。
白取 それはいい話ですね(笑)。
根本 その時は8人くらい入れ墨入れた人が来てたのかな?それで一人一人どうやって神様に目覚めたのか話すんですけど、日本のシャブの元締めはコイツだったとか、元山口組でどうこうとか、皆強者ばっかりなんですよ。で、奧さんが韓国人っていう人が多くて。
白取 韓国はキリスト教ですからね。
根本 だから奥さんが改宗を勧めるらしいんだよ、悪いことから足を洗って神様を信じろって。でもやっぱりそんなもん信じられるかってなるじゃない極道だし。ところが、例えばある人の場合なんかは釜山に遊びに行って女を買ったんだって。それでホテルに連れ込んでいざSEXしようとすると、突然腹が痛くなってできなくなっちゃったの。しょうがないからその日は女を帰して次の日また呼んだら、また腹が痛い。「これはこの女のゲンが悪いのかな?」と思って別の女を呼んでも、やっぱり腹が痛くなる。後で日本に帰ってから奥さんにその話をしたら、「その時私は神様に祈ってたんだ」って。
白取 は〜。
根本 あと皆、神様を見ちゃうらしいんだよ、シャブやってるから(笑)。
白取 シャブも捨てたもんじゃないですね。でも普通、全身入れ墨の伝道師集団が来ても見に行こうと思わないでしょ。そういうものをおもしろがるっていう共通項はありますよね。根本さんの漫画とかを読んでる人はわかると思いますけど「イイ顔」ってあるじゃないですか。世間的にはアイドルとかモデルとかの顔がイイ顔とされてますけど、僕らから言わせるとあんなのはただのつまんない顔なんですよ。
わかる人にはわかるんだけど、普通の人から見るとあんな浮浪者みたいなオヤジのどこがイイ顔なんだ?っていう感じなんですけど。そういうのをおもしろがる部分って似てましたよね。だから根本さんの漫画とか好きだったんだろうし。
根本 っていうより、諸星大二郎とか好きだったんだよね、そうじゃなかったっけ?
白取 僕は根本さんが好きだって聞いてますよ。
根本 たくさんいる中の1人って感じじゃないの?
白取 でも根本さんと諸星さんが出てきたら、ほかに誰も入って来れないでしょう。
根本 花輪和一さんも好きだって言ってたよ。
白取 それならわかる。
根本 ただねこぢるってそのへんのエッセンスを吸収していながらも、やっぱ絵柄とかがかわいいから入っていきやすいんだよね。僕とか山野さんの漫画とかになると上級者向けっていうか、普通の人が見たら吐いちゃったりするじゃないですか。
白取 根本さんまでたどり着く人ってかなり限られてくるでしょう。ねこぢるさんのハードルを軽やかに飛び越えて、山野さんでちょっとつまずいて、根本さんにぶつかって完全にブッ倒れるっていう。
根本 俺の前に山野さんがいるか、山野さんの前に俺がいるのかってところは微妙だと思うけど。
白取 まあ、その辺は状況によって変わってくるんでしょうけど。でも僕らからするとねこぢるさんも根本さんも同じような感じで、あんまり変わらないんですよ、例のアレとかヤバイネタが好きだって部分で。
根本 例のアレって何?そんなにヤバイのあったっけ?
白取 例のアレですよ、「ユ■ヤのブタめ」っていうのとかあるじゃないですか。
根本 そんなにヤバイんだ?
白取 それで『マルコポーロ』は潰れちやったじゃないですか。まあ、その文藝春秋からねこぢるさんの単行本が復刊するってのが因果は巡るって感じですごいなって感じですけど。まあ根本さんからしたらどこがヤバイの?って感じかもしれないですけどね。
根本 そのへんはわかりますよ、ねこぢるよりは少しは大人ですから。
白取 あんまりヤバイヤバイって話を言っててもしょうがないんですけど、ねこぢるの漫画の要素として、「かわいさ」ってあるじゃないですか、見た目のキャッチーさっていうか。今の女子高生とかだとこういうの見るとカワイーとか言うんでしょ?
最近聞いたんだけど、サンフランシスコにサンリオの店ができたんだって。僕らからするとふーんサンリオっさて感じなんだけど、キティーちゃんってほら口なくて真っ正面向いてて無表情でしょ、あれが気持ち悪いって言われてるらしくて。確かに向こうのヤツって過剰なまでに目とかパッチリしてて表情とかもすごいじゃないですか。だから本来ターゲットとして狙った人に全然売れなくて、あっちの変なもの好きな人に受けてるんだって。
根本 それは何かわかるなぁ。
白取 ねこぢるさんの漫画ってのも、こうやって見ると、わあかわいいとは思うんですけど、話とか見たら全然そうは思わないじゃないじゃないですか。だからあの黒目がちな絵って個人的にはすごく怖いんですよ。
根本 僕は「にゃーこ」と「にゃっ太」のアル中のお父さんとか大好きなんですよね。あの目がいいよね、瞳孔開いた。
白取 無精ヒゲ生えてて、酒ばっか飲んでて。ああいうキャラも、かわいい漫画ってのには必要ないキャラクターですよね、浮浪者とかもよく出てきますし。だから僕は他誌で連載決まっていった時やっぱり心配だったのは、ヤバイ話がなくなるんじゃないかなっていうのですね。『ガロ』ものってそういうのがあるじゃないですか。
根本 しかしこんなに人気があったとは知らなかったよ。死んでから随分本も出ましたよね。
白取 まあ、なんでもそうなんですけど「死ぬ前に評価しとけよ」って感じですけどね。
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根本 こういうところが凄いんですよね。
白取 僕らが言うねこぢるってのはまさにこれなんですよ。
根本 トラックに浮浪者が轢かれそうになってるんだけど、それを黙って見てるっていうある種超越的な視点っていうのが山野さんとねこぢるなんだよね。
白取 普通はリアクションとしてヒャーとかワーとかってあるわけじゃないですか、それが全然無反応ですからね、あの冷めた目がね。
根本 あの目だよ、ねこぢるは。ある意味「神」に近いんだよ。
白取 親父なんかにいたっては見てもないですからね。漫画評論家がいろんなことウダウダ言うんですけど、結局これなんですよね。トラックに「畜生丸」なんて書かないもんなあ普通。いいコマですよねこれ。
やっぱり僕、名場面っていうと『ねこぢるうどん』とか『ガロ』時代のものになっちゃうんですよ、『アブラハム家の墓』とかこれは大手の編集者じゃダメだろうって感じで。大好きな話っていっぱいあるんですけど、独断で言うなら『たましいの巻』が最高傑作だと思う。この頃の絵って均一な線で書き慣れてるって感じじゃなくて、表情も完成されてないんですけど、そういうところが逆におもしろいですよね。
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白取 これなんかもいいよね、これ子どもに見せたら本当に泣くでしょう。この本なんか、すごくいい装丁だと思うんだけど、こんなかわいい表紙で買ってみたら中身これですから。燃えてんですよ、猫(笑)。
根本 これなんかやっぱ山野さんの漫画に出てくるキャラの目だよね。
白取 やっぱねこぢるさんの漫画を読む時には、副読本として山野さんの漫画も揃えなくちゃね。
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白取 これヤバイんでしょうねやっぱり、文藝春秋版でどうなるんですかね?
まあ一応伏せ字が入ってますんで、いいと思うんですが。まあ、見る人が見たら怒髪天を突くって感じなんでしょうけど……。こういうのがノーチェックで載ってるんで青林堂版が大好きなんですよね、せっかくいい話がいっぱいあるんだから。
根本 確かオレ、『ねこぢるうどん』の解説に死体写真を使って何か描いてるんだよね。
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根本 これなんかが山野さんとねこぢるの関係を示してるんだけど。ねこぢるは、隣に引っ越してきた死体を見て「この人たち何か気持ち悪〜い」とか平気で口に出しちゃうんだけど、山野さんも本当はそう思ってるんだけど、社会とのつながりを最低限ちゃんと保つために「こら、失礼じゃないか」って一応叱ってみせると。
白取 まあこの死体たちもイイ顔してますよね。
根本 生きてる時はそうでもなかったんでしょうけどね(笑)。
リアルドキュメント
白取 それでは次に、最近ライターとして活躍している鶴岡法斎さんをお呼びしましょう。
鶴岡 鶴岡です、どうも~。
白取 鶴岡くんって『ガロ』では投稿者だったんだよね。
鶴岡 そうそう、俺、元々漫画家になりたくって、中学の時にまだ神保町にあった頃の『ガロ』に漫画持ち込みしたんですけど、あん時、長井さん(『ガロ』の初代編集長)にいきなり蛭子さんの漫画見せられて、メチャクチャにやるんならここまでやれとか言われてああ難しいもんだな漫画って、とか思いましたね。
白取 なんかすごくいい挫折体験ってありますねぇ。
鶴岡 あのひと言であきらめたね、できないって。
白取 蛭子さんの漫画見て挫折するって珍しいよね、普通はあれでいいのかって思いますけどね。
鶴岡 あんなメチャクチャなのできないもん。
白取 今日は一応ねこぢるさんの話をしてるんですけど、ねこぢるさんって90年の6月号に初めて『ガロ』に載ったんですけど、あん時ってまだ読者だったんだよね?
鶴岡 俺 まだ「四コマガロ」とかに投稿してた頃なんですけど、うわ~イヤなもん始まったなとか思いましたよ。
白取 これなんかも去勢手術してくださいって言って、金玉にブスッて包丁刺したらキュ~って死んじゃうっていう、それだけの話なんですけどね。
鶴岡 まあ日常よくあることでしょう、何気ない日常っていうか。
白取 ないない(笑)。
鶴岡 でも俺、冗談抜きにねこぢるさんの漫画のほうがリアリティあると思う。車に浮浪者轢かれるとか、状況としていくらでもあるじゃないですか。俺は『Boys be…』のほうがシュールレアリズムだと思うよ、存在しないもんあんな話。
白取 そうだよね、だから皆かわいい猫のキャラクターだってところで惑わされてるよね。
鶴岡 リアルドキュメントだよ、ねこぢるさんの漫画は。人間の本質的な部分に食い込んでるもんね。
白取 『ガロ』の読者には、やっぱりすごい評判よかったですね。
鶴岡 『ガロ』の『ガロ』たる所以って言うか。そんな漫画が文藝春秋から単行本で出るってのが大笑いなんですけどね。
白取 僕ら的には本音を言うと、 自分たちがせっかく危険を冒してやってきたものを、ほかの版元がおいしいとこ取りして、っていうのもあるんですけど。
『ガロ』の刻印
鶴岡 あと、6年くらい前でしたっけ? 秋葉原の電光掲示板にねこぢるさんの絵が映ったでしょ。そん時少し離れた場所から見ると、電光掲示板の真下に浮浪者とか、電化製品買いに来た韓国人とかがうようよいるんですよ、あ、これを含めてねこぢるだなって気づいたんですけど。
白取 秋葉原、電脳街、ハイテクみたいな連想ではなく秋葉原、ガラクタ、多国籍みたいな。
鶴岡 売ってる物もジャンクなら集まってる人間のほうもジャンクだったという、 あれはすごくいい光景だったなぁ。
白取 ただ、アレを作った人たちは違うところに目を付けてたと思うんですよ、かわいいとか人目を引くとかそういう部分で。完全に失敗しましたね、これは。
鶴岡 そうですね、オレなんかいつ人殺すシーンが始まるのかな?とか思って待ってたんですけどね。
白取 そういうのがカラーで大映しになると最高だったんですけどね。
鶴岡 そういう意味でおっかないですよね。売れてほしいと思う反面、売れすぎるとそういうところが薄くなるっていう危険性が常にあるんで。本当は原形をある程度壊さないように保ちつつ、社会との折り合いをつけて売れていくっていうのが理想的なパターンなんですよね、なかなか『ガロ』系って難しいですよね。
白取 『ガロ』の刻印っていうかね。
鶴岡 俺、漫画持ち込みに行った時に長井さんに言われたんですけど、『ガロ』に載ってる漫画目標にして漫画描いてたら絶対ダメだって長井さん的にはやっぱりよその出版社から追いつめられて来たっていうのが理想的なんでしょう。
白取 そんなことないでしょう。
鶴岡 そういう漫画家たくさん知ってるし。
白取 まあ、俺も血で書いた漫画持ち込みされた時はびっくりしましたけどね。「茶色で描いちゃダメですよ、黒インクで描いてくださいね」って言ったら「これ俺の血なんです」って言われて。
鶴岡 あと、投稿四コマにペンネーム「明日死にます」とかいうのがいたでしょ?困ったもんですね。
白取 まあ、そういう雑誌って言っちゃなんなんですけど、それだけじゃないぞっていう感じで。
鶴岡 なんでも許してもらえると思うなよ、青林堂だからって(笑)。
白取 駆け込み寺じゃないんだから。ただそういう間口の広さっていうので集まってきたいい才能もいっぱいあったんですけど……これ別に『ガロ』追悼ナイトとかじゃないんですけど(笑)。
鶴岡 まあ、ねこぢるさんとかもよその雑誌だったら、絵はいいんだけど話を変えろとか言われますもん、絶対。
白取 大手の出版社だと毎回ネームチェックってのがあるんですけど、言ってみればヤバイこと描いてないかってところもその時点でチェックしちゃうんですよ。いつぞやの小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』も、皇室っていうだけで検閲されてスポーンと弾かれるという。まああんまり言いたくないんですけど、漫画っちゅうのも一応表現なんで、そういうのが入っちゃうと辛いなぁとは思うんですけどね。
鶴岡 それで怒る馬鹿がいるってのもあるんですけどね、世の中。
白取 差別とかを肯定しているわけじゃないんだよね。
鶴岡 肯定と現状認識っていうのを分けて考えないと。
白取 現実に街歩いてればゴミも捨ててあるし、浮浪者も寝てたりするじゃないですか。
鶴岡 新宿西口に行ったらイヤでも見れるんだから、こういうドラマが。
白取 やっぱそういうところを見て行かなきゃダメだしね、そこらへんを描くっていうのはすごい大事なことだと思う。
鶴岡 社会が成立するうえでいろんなことが隠蔽されているっていうか、とり繕われているんですよ。やっぱりクリントン来日する時に「オマンコに葉巻入れたヤツ来日」って誰も書かないじゃないですか、それはとり繕われてるんですよ。
白取 「うーん旨い」って(笑)。
鶴岡 やっぱ小渕はお土産として葉巻あげなきゃダメじゃないですか。
白取 そろそろ次の話を……(笑)。
純粋な傍観者
白取 それじゃ今日はもう一人ゲストの方が見えてます。青林堂版『ねこぢるうどん2』の帯を書いていただいたミュージシャンのサエキけんぞうさんです。
サエキ よろしくお願いします。僕は実はご本人に会ったことはないんですけど、僕のエッセイの連載で、ねこぢるさんに挿し絵を描いてもらってたんですよ。それを依頼した時に電話をかけたんですけど、非常にうつ的な話し方をする方ですよね。
白取 うん、そうですよね。
サエキ すごくゆっくりと話すっていうか、途切れ途切れ。すでに精神的には健康な方ではないなと思ったんですけど、それは誰に対してもそうだったんですか?
白取 そうですね。
根本 僕なんかは精神的に健康じゃないというよりかは、子どものままの人だなって感じがしますけど。子どもってある面大人を見抜いてるとこあるじゃないですか。
サエキ 言葉を選んでるっていうか探しながらしゃべってるって感じですよね。それと下品なことって全然言わないですよね、あんまりエッチなこととか考えない人なんですかね?漫画にもセックス描写は出たことないですよね。
鶴岡 そうですよね、普通の露悪趣味ってすぐにセックスに行っちゃうんですけどね。
白取 子どもってウンコとかオシッコとかって言うけどセックスとは言わないですよね、そのへんからも子どものままって感じがしますよね。
サエキ なるほど、それでその連載をお願いした2カ月後くらいにプラスワンで僕のコアトークっていうイベントがあって、それに来てくれたんですよ。それですごく会いたかったんですけど、お土産を残して去っていったという。僕、顔がわからないんで確認できなかったんですよね。顔がわからない人の話をするってのもイマジネーションだけが膨らんでいって、変な感じなんですけど。実際どんな感じの人だったんですか?
根本 十代の終わりくらいに初めて会って、変わっちゃいるけど基本的にかわいい子なんですけど、31まで全然変わらなかったですね。
鶴岡 顔出てませんでしたっけ?1回ガロに写真載りましたよね、眼鏡かけてて、ちいっちゃい方ですよね。
サエキ 「にゃーこ」みたいな人なんですかね?
白取 顔は全然そうではないんですけど、雰囲気はそのまんま「にゃーこ」ですね。
サエキ それで、そのイベントの後に2カ月に1回くらいは長電話するという関係にはなりまして。必ず最初に山野さんが出てくるんですけど、すごいちゃんとしっかりした応対をされて、その後に「も〜し~も~し~」ってねこぢるさんが出てくるという、その対比がおもしろかったんですけど。
白取 山野さんってすごいナイスな好青年って感じの方ですよね。
サエキ 『TVブロス』で書いてた「ぢるぢる日記」の山野さんって、ヒゲ面で、禁治産者的な描かれ方をされてるんですけど。
白取 本人は全然違いますからね。
鶴岡 『TVブロス』だけ見てると工員かなんかかと思いますよね。
サエキ 電話の印象とはだいぶ違いますね。
白取 美男子ですよ、本当の山野さんは。
サエキ そもそもあの2人はいつ頃から一緒にいるんですか?
根本 つきあいだしたのは10年くらい前ですね。
サエキ じゃあ、山野さんがデビューした後なんですね。山野さんのデビューも衝撃的でしたね、漫画だけ読むとキチガイっていうかヤバイ人っぽいんですけど、そんな格好いい人が描いているとは。
白取 見るからにヤバイ人がそういう漫画を描いててもおもしろくもなんともないんですけどね。
サエキ どうしてそんなことになってしまったんでしょうね?普通にロックでもやってればモテモテだったのに。
鶴岡 山野さんって顔だけは社会の勝者みたいな顔してるじゃないですか。
白取 顔だけって。
鶴岡 だって漫画はとても社会の勝者が描くものじゃないですからね。
サエキ 山野さんって最初ぐちゃぐちゃな漫画だったんですけど途中からメチャクチャさ加減はそのままに、悟りを開いたかのような神がかった作風に変わったじゃないですか。
白取 さっきの、浮浪者がはねられているのを見ている視点ですね、そのへんが『四丁目の夕日』とかにも出てると思うんですけど。
鶴岡 純粋な傍観者としての神を描くようになりましたよね。
サエキ 山野さんがそういうふうに変わっていったのって、少なからずねこぢるさんとの精神関係とかが関係してくるんですかね?
白取 僕はやっぱり、ねこぢるという伴侶を持ったことによって、フォロー者としての視点を持たなきゃならなかったってのがあると思うんですよ。
根本 だから、2人とも本当はよく似てるんだけど、役割分担をしないと社会と折り合っていけないじゃないですか。電話の応対にしろなんにしろ、山野さんだって本来そういう人じゃなくても、ねこぢるがいることによって、そう演じざるを得なかったという。
白取 だから必然的に山野さんの作風も変わっていかざるを得なかったと。
根本 いや、そこは作家として行きつくべき方向に行ったような気がするけどなぁ、ちゃんと。
白取 逆に言うと、そこらへんのフラストレーションが『どぶさらい劇場』とかに出てきたんじゃないかと。
鶴岡 ありますよね、普段メチャクチャなヤツって意外と毒にも薬にもならないものを描きますからね。
白取 変態が一番多いのは警官とか公務員とか医者とかだもん。
鶴岡 意外とちゃんとした感じの人のほうがヤバイと。
生きていたことさえも
サエキ 死ぬ前に描いた、『コミックビンゴ!』の追悼号(98年7月号)に載ったヤツあるじゃないですか、読むだけでうつ病になりそうな。あれ怖いですよね。
鶴岡 死んじゃったっていう情報があるから増幅されてるんだろうけど、俺、アレ怖くて1回しか読んでないんだよ。
サエキ いや〜死ぬ前って感じしますよね、根本さんなんかはどう思われました?
根本 そういうのがあるからそう見えるんであって、多分それがなかったらいつものとおりに見えるんじゃないですかね?
サエキ まあ普段でもアレくらいの話はありますからね。あと『TVブロス』の日記を読んでますと、定食屋のオヤジのすることが気にくわないとか、けっこう気にくわないことが多いですよね。
白取 気にくわない人が多いから人にも会わないんじゃないですかね。
サエキ 気にくわないってことと精神的なことって関係あったんですかね?
白取 いや〜、僕はそんなにねこぢるさんが精神的にどうこうってのは考えてないんですよ。確かにまじめな話をすれば、『ガロ』っていうのは自由に描いてくださいって感じなんですけど、よその雑誌に行くことによっていろいろ言われるわけですよ、漫画ってのも商売だしそういうのもわかるんだけど、作家にとってやっぱりそれはすごいストレスだと思いますよね。でも僕は、それが原因でどうこうとはあまり思わないですね。
鶴岡 何か気まぐれで死にたくなる時ってあるじゃないですか。
白取 深刻に悩んだ末って感じではないと思いますよね。
鶴岡 タイミング的に悪い偶然がいくつか重なっただけだと思いますね。あるじゃないですか、プラットフォームとかでふっと落ちちゃおうかな、とか思うこと。そんなもんだと思いますよ。
白取 いまだに山野さんなんかも原因はわからないって言ってますしね。
サエキ 山野さんがわからないんじゃ誰にもわからないですよね。ちなみにお葬式関係ってどうだったんですか?
根本 きわめて身内だけが集まってって感じでやってましたね。本当は彼女の希望としてはそういうのを一切やるなってことらしいんですよ。
サエキ 遺書があったんですか?
白取 何年も前に遺書を書いてたらしいんですよ、生きてたことさえも忘れてくれみたいな。
鶴岡 早く忘れなきゃ、皆。
白取 だからこういうイベントで、黙祷とか臭いことをやって故人を悼むとかっていうのは、本人が一番イヤがることですよね。
根本 あんまりいろいろやっても絶対喜ばないからね、本人。
サエキ まあ、こういう日が1日ぐらいあってもいいと思うんですけどね、毎日こんなことしてるわけじゃないし。
鶴岡 あ、そうそう、今インターネット上で自称山田花子の生まれ変わりっていうのがいるんですよ。お前7才かっていうの。だからそのうちねこぢる2世っていうのも絶対出てくると思いますよ10年、20年とかしたら。そこまで行っていいキャラクターだと思うし。
白取 肯定かい(笑)。
鶴岡 三島由紀夫と同レベルで、絶対出てくるよ。
白取 でもなんかそういう人って皆、本人に殴られそうですけど。
鶴岡 そうね。
白取 「神の見えざる手」で、畜生丸にはねられたり。
鶴岡 家、火事になったりね、死ぬよ。
蛭子の呪い
客 (会場から)蛭子さんの呪いみたいですね。
白取 そうそう、今誰か言ったけど、蛭子さんに下手に関わると死ぬよ。ファンクラブの会長死んだしね。
鶴岡 俺の知り合いで蛭子さんにサインもらった人が創価学会に入っちゃったし。
サエキ 横浜のクリスマスディナーの広告に蛭子さんの絵が使われて。まるで大瀧詠一のジャケットのような2人が描いてあるんですけど、よく見ると顔が蛭子さんの絵っていう。
白取 狂ってますね日本も、あれ行ったヤツ絶対何人かは死にますよ。皆、蛭子さんの恐ろしさを知らないんだよ、何人も死んでるんだから。ファンクラブの会長だけじゃなくて、みうらじゅんさんも事故ったし。
根本 『Number』の担当者も死んだでしょ。
サエキ たけしさんが事故った頃って蛭子さんと何かやってますか?
根本 1週間前に生まれて初めてたけしさんが蛭子さんから本もらって、それじゃあってサインもらってたらしいですよ。
サエキ うわヤバイ!
根本 小田和正がやっぱり「新橋ミュージックホール」でたけしさんと一緒になって蛭子さんのことハリセンでパンパン叩いたらしいんだけど、1週間後に交通事故になったんですよ。
サエキ 「スーパージョッキー」関係大丈夫ですかね?
根本 それで水道橋博士がこれは本当に何かあるんじゃないかってことで使いの若い者に蛭子さん関係の記事を全部コピーして来いって言って図書館に行かせたらしいんだよ?そしたら帰りにそいつが事故にあったんですよ。
白取 調べただけでこれだ。
鶴岡 あれから「スーパージョッキー」で「悪人」っていう呼び方になったんですもん。
サエキ 平気かなー、山田まりやとか……。
根本 今、日本全国で蛭子さんのサイン持ってる人って何人もいるんだろうけど、その内何割が死んでるのか調べてみたいね。
白取 その死亡率たるや、高圧線の下の癌発生率を凌いでると思うよ。
根本 あとほら、蛭子さんがずっと住んでる所沢って、今ダイオキシンがすごいんだよね。
白取 蛭子さんにとってはエネルギーだから。
鶴岡 それと、よりによって蛭子さんの息子さんって今セガで働いてるらしいんですよ。
白取 セガサターン消えますね(笑)。じゃあ、蛭子さんはソニーの最終兵器なんだ。
鶴岡 しかし、そこまでわかってるのになんで蛭子さんはサインするんですかね。だって『ガロ』とかで根本さんがガンガン書いてるのに読んでないんですかね?
根本 読まない読まない、人の書いたものに興味ないもん。
鶴岡 じゃ、何書いてるか知らないんだ。
白取 基本的に読まないですから。
サエキ ところで根本さんはなんで無事なんですか?ある意味最も接触頻度が高いのに。
根本 俺免疫あるから、対因果者の。スタンスさえまちがえなきゃ大丈夫。「修行」もしてるし。
白取 蛭子さんがそういう人物だってことを教えてくれたのが根本さんだから。根本さんのおかげでわれわれは命拾いしてるんですよ。
鶴岡 俺も根本さんの書いているものを読んで、蛭子さんのサインをもらっちゃいけないんだってことを知りましたからね。あれ読んでなかったら今頃余裕で死んでますね。
サエキ でも根本さんも蛭子さんと接した結果、そういうことがわかったんでしょ。それに気づく前には、何か悪いことは起こらなかったんですか?
根本 あのころはまだ蛭子の魔力もそんなに野放図じゃなかったから。だんだん人に認められだして金持ちになってからですから。
白取 人を量る尺度が「年収」ですからね。会うと「根本さん年収いくら?」とか訊いてくるでしょ。
サエキ ぶしつけなんてもんじゃないですね。
根本 もはやそれすらも言わないですけどね。以前俺の本が出たときに友だち集めて出版記念パーティーみたいなことをやったんだけど、蛭子さんがその時プレゼントを買ってきたんですよ。それの中身がトランクス1枚と72分の生カセットテープが2本だったという。
鶴岡 普通、無難に花とか買ってくるじゃないですか。
根本 だからあれは無意識の内に俺への評価をしてるんだと思うんだよ、蛭子さんにとって俺はトランクス1枚と72分の生カセットテープ2本程度の男なんだよね。それ以上でも以下でもない。
鶴岡 合計して千円いかないでしょ(笑)。
白取 ええー、今日はねこぢる追悼ナイトなんですが、なぜか蛭子さんの話で盛り上がってます(笑)。
根本 そのほうが、ねこぢるらしくていいんじゃない。きっと話がよそへ流れてホッとしてるよ、彼女。
『TALKING LOFT3世』VOL.2所収