【解説】「ボクは妻の流産を喜ぶ男を、はじめて見たのだった」以上が再デビューの仕掛人・山崎春美による蛭子能収初期のインタビュー記事である(ちなみに管理人が現在確認している蛭子能収インタビューの中では、これが2番目に古い)。
蛭子能収恐怖伝説のひとつ「女房の流産を喜んだ」というのは、おそらくここが初出であろう*1。
話は飛ぶが、このインタビューが掲載された『Billy』*2が「スーパー変態マガジン」になったのは何の因果か1982年3月号、つまり本号からである。その為か連載1回目の記事がやたらと多い。
X-LAND 今月の一冊『怪談・人間時計』徳南晴一郎曙出版・170円
僕の大好きな秘蔵本なんす。めったに門外不出を、ま、出してきました。折角のゲリラ号なので特別大サービスなんよ。
エビスさんねぇ、ハナワさんねぇ、木木しげるねぇ、つげ義春ねぇ、好きなマンガ家は多々あれど、一味ちがうのね。明らかに光っている。
理屈ヌキにスゴイから、ダマされたと思って……一度でいいから……。
今、どこでどうしてるのか、生きてんのか死んでんのか、もし消息を知ってる人がいたら、お願えでごぜえますだ、教えて下せえ。というわけで、読みたい人は連絡して下さい。賃貸しします。面接あり。(ハルミ)
※1981年、自動販売機本『HEAVEN』8号掲載
こうしてボクが『人間時計』を紹介した
つい今しがた、マンガ専門誌『ふゅーじょん・ぷろだくと』のバック・ナンバーが送られてきた。グロ専門なエロ雑誌として勇名の誉高き『BILLY』に載せた、蛭子能収なるアブノ漫画家のインタビューについて、一部分掲載に稿料ナシ、の代替えとして、呉れ、と頼んでたのだ。つらつらと眺むるに、思い出されるのは、やはり〈幻の『HEAVEN』10号〉用の漫画を(サイズを間違えつつも)喜々として描いてくれた折の清水おさむ、や、コンサートの機材運びを快くも手伝ってくれた蛭子能収であり、『タコ』のジャケット絵を、それこそ二つ返事に引きうけてくれつつも、相好一つ崩さぬ花輪和一の、がっしりボクサー並みにふしの強い腕と、そんな(かいな)に連なる、いまにもフルエだしそうな指先、などなのだ。
ところで『HEAVEN』8号でお披露目した、徳南晴一郎の『怪談・人間時計』を憶えてくれているだろうか。実は、あの時点で既に、早稲田の「現代マンガ図書館」にて件の「人間時計」だけが、ひっそりと復刊されていたらしい。マニアックなものらしく、知る人も少ない、とのこと。中野にある、有名な中古マンガ屋さんに訊いても「ああ、徳南サンねぇ。確か十冊くらいは出たはずだけど、今やどこで手に入るのやら」
いずれにしても、一年もたってからそんな経緯を知らされたわけだが、急ぎ問い合わせてみると、もうこれは一介の主婦に成りはってらっしゃる往時の「曙出版」編集長(女性)は、御年四十にも及ぶだろうか、記憶を辿り辿り、しかし「なにしろ、二百部しか作ってないような本のことですから、ねぇ~」。
それはそうだろう。
しかし、蛭子さん時〈ジ〉も、そうだったが、この手の話に、すぐ飛びつく癖が病まないボクとしては、早速に現在の連絡先を訊いたりしたのである。自宅の方は引っ越されたようで不明だったが、勤務先だけは、わかった。大阪の業界新聞だそうだ。
関西なんだ、と、ボクは感慨に耽った。
「でも、ムツカシイかも知れませんよ。今はもう昔の興味をすっかり失われてたみたいだし…。それに…なんというか、こう…ちょっとカタワというか生まれつきセムシみたいな身体つきの…。あ、ですから絶対に、その点には触れないよーに」とは、二代目「アケボノ出版」編集長(男性/エロ雑誌関係者らしい)助言。それにもめげず勇鼓を奮ったボクの脳裏には、たとえば、宴会の席で、酒も煙草もやらず、食事に箸さえ付けず、一人ポツンと誰とも喋らずじっと独り居た、とか、夜中、急ぎの原稿を描きながら、唐突に意味もない空笑いが止まらなくなる、などという逸話の数々が、徳南氏自身の人となりに、ダブッて視えたのだろう。
早朝だった。なにしろ(たより)といえば手元にある電話番号だけ。(午後に電話しても、判で押したような女事務員のツッケンドンな応答が『取材で居ません』『連絡先? さあ』『自宅をですか? 知りませんけど』と埒が開かなかった)。意を決し、深呼吸する。
もはや何度目かの「徳南晴一郎さん、いらっしゃいますか?」と、どうだ。「少々お待ち下さい」。
ああ、そして胸も焦がれる、その瞬間は、来た。
「もしもし、あのォ、ヤマザキと申しましてぇ、はじめてお電話する者なんですが……」
「ハイハイ、アノねえ~(強い関西、訛り)いまいっちゃん(=一番)忙しいときなんですわ。用件は? え? いるのアンタ、いらんの?」
「あ、あ、あのォ、ボ、ボク…」
「いらんのね、アンタ、要らんのやね」
ガチャッ。〈電話の切れる音〉
この間、約二十秒。
(編集家)
※1982年、自動販売機本『フォトジェニカ』掲載『アングラ・コミックス秘話』より抜粋。原稿中明らかに不適切な表現がございますが、この文章の歴史的意味を考慮し、そのまま再録いたしました。