Underground Magazine Archives

雑誌周辺文化研究互助

『ガロ』のまんが道・白取千夏雄著『全身編集者』(おおかみ書房刊)の衝撃

白取千夏雄『全身編集者』(おおかみ書房刊)を読ませていただいた。

伝説の雑誌「ガロ」元副編集長が語り下ろした半生記・半世紀。

師・長井勝一との出会い、「ガロ」編集としての青春、「デジタルガロ」の顛末と「ガロ」休刊の裏側。

慢性白血病、最愛の妻の急逝、悪性皮膚癌発症、繰り返す転移と度重なる手術という苦難の中、それでも生涯一編集者として生きた理由、「残したかったもの」とは……

白取千夏雄さんは伝説の漫画雑誌『ガロ』の副編集長を務めた方で、壮絶な闘病生活の果てに惜しくも2017年3月に逝去された。

本書は彼の弟子・劇画狼(以下げウさん)が彼の生前から没後にかけて2年がかりで編集し、げウさん主宰のインディーズ出版社「おおかみ書房」から今年5月に刊行したものだ。

最初に刊行が告知されたのが2018年7月頃だったのでトータル1年ほど遅れた超マイペース刊行となったわけだが、読後の感想から言えば、発売まで一日千秋待ちわびた甲斐があった、とにかくスゴすぎる一冊だった。この一大プロジェクトを白取さん亡きあと、ほぼ独力で完走させたげウさんには感謝しかないです

でもってTwitterで本書の感想を見る限り、おそらく読者の6~7割以上はガロをリアルタイムで読んでいないか、名前しか知らないという人がほとんどらしい(みんなの感想は私がTogetterでまとめたのでそちらを参照してね)。なにせ、ガロ休刊から20年以上も経ってしまった。

結論から言えば、本書はガロを知ってても、知ってなくても興味深く読める本です。もちろん知ってたら新たな発見があるし、知らないなら知らないで、本書がガロの入門書(バイブル)となるだろう。

本書はガロを知らない読者に対しても、どれだけガロが凄かったか、また作家のオリジナリティとは何なのか、そして作家・やまだ紫との出会いと別れ、師・長井勝一青林堂創業者/ガロ編集長)から薫陶を受けて導いた白取流の編集哲学「作家に対して尊敬を忘れない」などの金言が余すことなく(中学生にも分かるような文章で)説明されており、ガロの足がかりをつかむ上では最適の著書だと思う。

これは白取さんの文章が読ませるわざだと思うけど、多くの人間を突き動かし、サブカルチャーのみならず、日本漫画界の精神性(バックボーン)を象徴していたガロという偉大な雑誌が大前提にあって、その内幕や編集哲学が惜しみなく語られてるわけだから面白くないわけがない。

世の中の全編集者・全創作者に読んでもらいたい一冊だし、とくに作家の実売部数を「オマエは売り上げに貢献していない」とSNSで勝手に晒した幻冬舎の売らんかな社長はハゲのコピペ本を出す前に、本書を数百万回見直すことをオススメする。そして出版人としての矜持を(元からないと思うけど)心から取り戻して欲しい。

話は飛ぶが、白取さんが師と仰いだ長井勝一が書き下ろした著書に『「ガロ」編集長』(筑摩書房)というものがある。これはガロが創刊した1960年代半ばから白取さんが編集部に入る前後の80年代初頭までのガロについて書かれた長井視点の自伝/漫画史で、いわば本書の前日譚にあたる。そして、これ以降(84年~97年)の青林堂/ガロについて内部の人間が語り下ろした著作は存在しない。つまり長井勝一著『「ガロ」編集長』の続編に当たるのが本書である

そして本書の存在は、90年代のガロ再興~ガロ休刊という漫画史上最大のミッシングリンクを埋めるにあたって必要不可欠なマスターピースであったわけだ(もちろんガロ休刊の内幕以上に「生涯一編集者」として生き抜いた白取さんの超カッコイイ生き様を知って欲しいわけだが)。

僕はガロ休刊の年に生まれた、いわばガロを知らない世代である。だが、ウチにはガロのバックナンバーが100冊以上もある。もちろん青林堂青林工藝舎の出版物は宝物だ。今後売り飛ばすようなことも絶対ないと誓える。どれもなけなしの小遣いをはたいて学生時代に集めまくったものだし。

 

もはやガロという存在は雑誌という枠を超え、僕の血肉となって精神と一体化している。もちろん本書に登場する固有名詞(漫画家、ガロ編集部員、イニシャルの匿名)は、本書を読む前からおおよそマスターしていた。

私は白取さんから見たガロ史を「復習」するつもりで読み進めた。あの頃のボロくて貧乏な青林堂の建物や編集部の様子が目に浮かぶ。

休刊騒動の経緯は白取さんがウェブに遺した「顛末記」である程度知っているつもりだったから、ガロ休刊の章は殆ど「復習」がてらに読んだ。それでも休刊の章には自分の大事な雑誌がなくなる舞台裏がしっかり書かれているので心が張り裂けそうになった。その後、白取さんに待ち受ける病苦や、妻のやまだ先生との別れの章なんかは、とても言葉で言い表せない感情の波が渦巻いた。。。

で、13章「ガロ編集魂」からトートツにげウさんが登場。

一気に笑える内容になる。

いや、バランス感覚が凄いわ。

本当13章に救われた(笑)。

。。。で、最終章「全身編集者」は本書刊行の顛末をげウさんが書いている。編者を超えて、ほとんど共著者だ。しかも、あのげウさんが割と真面目な文章を綴っていて、実はこの章が一番ウルときったかもしれない。別に湿っぽい事なんてこれっぽっちも書いちゃいないんだけどさ(笑)。

最後にあとがきで山中潤さん(元青林堂社長・ガロ編集長/1990年~1997年)の文章を読んだ。読む前から暴露的な内容が含まれていると話題になっていた禁断のあとがきだ。そこでようやく自分は何も知らなかったことに気付かされた。こればかりは読んでもらうほかない。山中さんのあとがきはたった4頁だけど、白取さんの本文160頁を覆しかねない内容で、あまりの衝撃に読了後すぐこの文章をブログに書き始めた。

関係ないが、吉永嘉明という編集者の手記『自殺されちゃった僕』で精神科医春日武彦が軟弱な著者や本文の登場人物を否定というか罵倒しまくる鬼畜を文庫版に載せたことがある。その解説は数ページのものだったけど、それまで読み進めた200頁あまりの本文を完全にひっくり返していたのだ。そして、この解説があるとないでは著書に対する評価も違ったことだろう。著者の吉永氏は不本意だろうが、私はこの解説を高く評価している。解説者は本文の違和感やしこりを取り除く役目がある。決して著者のイエスマンでもない。そして、それは何よりも誠実さを意味する。

山中さんのあとがき読んで、今までアックスや青林工藝舎(ガロの後継出版社。白取さんは最期まで認めなかったけど)に抱いていた複雑な感情やモヤモヤが取れた気がする。

本書にあとがきを寄稿した山中潤さん、

それを是々非々の立場で載せたげウさん、

著者の白取千夏雄さん、

現・青林工藝舎手塚能理子さん、

本書を読んで思うのは、みな誠実な人だということだ。そう私は信じている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ガロは時代に左右されない普遍性を秘めた雑誌で、ガロ系の作品はいつになっても古くならないし「替え」がきかない*1。それこそガロ休刊から20年近く経った現在も一定多数の支持を常に集め続けている所以である。

そうした後生大事に取っておきたくなる唯一無二の出版物を、これからもおおかみ書房には作って頂きたい。きっと、みんなもそれを待っていると思う。

*1:替わりがない・型にはまらないマンガ…文字どおりの意味で「オルタナティブなコミック」がガロ系である。